礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

幹部候補生および短期現役兵の制度を全廃すべし

2018-09-26 03:20:08 | コラムと名言

◎幹部候補生および短期現役兵の制度を全廃すべし
 
 松下芳男の『軍政改革論』(「民衆政治講座」第二二巻、青雲閣書房、一九二八年一〇月)から、その第五章「兵役法の改正」を紹介している。
 本日は、その四回目で、同章の第四節を紹介する。第四節は、(イ)から(ト)までの七項からなる。本日は、その(イ)を紹介する。

  第四節 兵役法改正の要旨
   (イ) 特権兵役の廃止
 我々は先づ特権兵役の廃止を叫ばざるを得ない。即ち兵役法中より幹部候補生及び短期現役兵の制度を断然削除し、一切の日本男子をして同等の兵役に服せしむべきを主張する。即ち有産階級の特権を兵役より剥奪せんとするのである。
 先づ幹部候補生に就いていへば、有産階級なるが故により高い学校を卒業出来たのであるのに、更にその上兵役義務をまでその金力を以つて左右せしめて、在営の苦痛を一年ですまさせるといふは、不都合千万【せんばん】な制度である。有産階級なればなるほど、二年位の在営は物質的には何でもないことではないか。無産者を二年在営せしめ、有産階級を半減せしめることは、又社会政策上採るべき策ではない。
 又幹部候補生は元来予備後備役の将校同相当官を希望する者といふ条件であるが、之れを希望して志願するものは、先きにもいふやうに多少はあるかも知れないが、その多くは、在営を一年ですまさうとするを主眼としてゐるのである。加之【しかのみならず】、茲でも又金が物を云ふのであつて、実際将校になり得る実力あるものでも、金のないためにわざと不成績になつて下士で止【とま】るものがある。それは若し将校になると被服や何かで多額の入費【にふひ】が予想されるからである。現に最近私の知れる予備少尉は、約千円の支度金がかかつたといつてゐる。故に一年志願兵の心理は全く在営の一年といふことと在営間の優遇とが目当てであるといつても過言ではないと信ずる。是れ甚だ面白からざることではないか。
 陸軍当局は此制度を大に助長せんとするやに見える。けれども、斯くの如きことは軍隊内部にも恐るべき悪影響を及ぼすのであつて、頃者【けいしや】某新聞の投書記事に曰く『一年の志願兵(改正前【ぜん】の名称)が軍曹に進級して、馬術に、射撃に、軍刀術に、なに一つとして、現役上等兵に及ぶことない。それに何ぞや神聖なるわが軍隊において、金銭のために、階級を左右するとは、一般現役兵の士気を損ずる事、実に少なくない』と。尤ものことでなければならぬ。而も此声の年と共に高まるべきことは想像に難くない。曽つて兵卒中には志願兵に向ひ、『貴公等【きこうら】は金を出して一年で帰るのだから、序【ついで】に少々俺等【おれら】に金を借せ』とばかりに彼等から金銭を捲き上げたものもあつたのみならず、『俺も中学以上の教育を受けられるだけの家庭に生れ、僅かに二三百円の金があつたら、彼等同様に一年で家へ帰へられるだらうに……』と。人知れず悲嘆の涙に暮れ、兵役を呪ふものの如何に多いか。それが貧困の度の増すにつれて、その悲嘆が益々深刻になるは自明の道理である。
 私は予備役幹部を養成することに反対するのではない。それにはその方法がある。要は出身の如何を問はず希望の優秀者を以つて充てればいいのである。
 又或は此幹部候補生制度の理由として、学問あるを以つて普通兵卒の二年で修得することを、一年で修得出来るといふ理由を以つてするものもあるかも知れない。之れに対しては後の項で詳論するであらうが、要するにその理由は成立しないのである。
 次ぎに短期現役兵に就いても同様である。小学校教育に携はるの故を以つて、曽つては六週間、次ぎには一ケ年、今は五ケ月の在営期間のみで、直に国民兵役に編入され、予備役も後備役もない上に、希望者は予備役将校もなり得る途【みち】が開かれてゐるといふことは、余りに甚しい特権である。小学校教育の大切なこと、小学校教員の保護奨励は、素より何人【なにびと】も異存はないであらう。併しそのために兵役義務を犠牲にすることは断じて我々の採らざるところである。
 故に私は兵役を国民の平等の義務とする理由に依り、幹部候補生及び短期現役兵制度を直に全廃すべきであると信ずる。併し私はその特権を剥奪して、『焼けない家をも焼いて了へ』的の暴力手段を敢へてせんとするのではなくして、むしろ反対に一般兵卒をも全部今日の特権に浴せしめよといふのである。それは次ぎに段々述べて行く。

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