礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

国書刊行会主旨(1905)は市島謙吉の執筆か

2018-02-03 03:59:50 | コラムと名言

◎国書刊行会主旨(1905)は市島謙吉の執筆か

 本年に入ってから、神田の古書展で、市島謙吉編『国書刊行会出版目録附日本古刻書史』(国書刊行会、一九〇九)という本を入手した。
 国書刊行会というのは、一九〇五年(明治三八)に設立された会員制の出版団体で、「国書」(日本の古典籍)の翻刻、頒布をおこなった。一九二二年(大正一一)に解散するまでに、「国書刊行会叢書」全八期、七五部、二六〇冊を刊行したという(ウィキペディア「国書刊行会(1905-1922)」)。ちなみに、今日ある出版社「国書刊行会」は、明治大正期の国書刊行会とは、まったく関係がない。
 さて、『国書刊行会出版目録附日本古刻書史』の巻末には、市島謙吉の「第一期刊行顛末」という文章が載っていて、これが実に興味深い。ただし、かなりの長文で、簡単には紹介できない。
 その「第一期刊行顛末」の最後に、「国書刊行会主旨」というものが引かれている。国書刊行会の発足時、会員募集のために書かれた趣意書である。本日は、これを紹介してみよう。

  国書刊行会主旨
日露戦争は実に振古未曽有の偉績、東西共に比すべきものなし。吾儕〈ワナミ〉何の幸か此の如き邦土に生れ、此の如き盛世に遭ふ。宜しく益々奮つて、以て邦家の隆運に裨補〈ヒホ〉する所なかるべからず。
熟ら〈ツラツラ〉此の偉績の由来する所を繹ぬる〈タズヌル〉に、積累蘊蓄〈セキルイウンチク〉、年久しく淵源亦一ならすど雖も〈イエドモ〉、蓋し〈ケダシ〉我が国民性の秀霊特絶、実に之が最大原因たらすんばあらず。而して此の国民性を涵養し陶鋳〈トウチュウ〉したるものを求むれば、我が国史之が経〈タテイト〉たり、我が国文之が緯〈ヨコイト〉たりといはざるべからず。果して然らば、国史国文の重んすべき、這回〈シャカイ〉〔今回〕の大業によりて、一層の重きを加へたるなり。帝国の臣民たるもの豈〈アニ〉等閑に附すべけんや。況や〈イワンヤ〉身を斯学の研鑚に委ぬるものに於てをや。
然るに斯学の資料となるべき我が国書は、古来書写伝承したるもの多きが故に、其の世に頒布せらるゝこと極めて尠く、中には原作者の手稿のみに止まりて、他には一部の謄本も無く、所謂天下一本と称せらるゝ者も少しとせず、又同一の書と雖も,異本類本極めて多く、審か〈ツマビラカ〉に対校検討するにあらざれば、容易に其の何れか正偽を鑑別する能はざるものあり。殊に珍書と称せらるゝ類〈タグイ〉は、図書館又は名家の書庫に秘蔵せられて、斯道に熱心なる者と雖も、容易に閲覧することを得ず。又徳川氏時代に於て、一たび刊行せられたる者に在りても、其の部数限りありて、それすら蠧蝕〈トショク〉散逸、世に存するもの洵に〈マコトニ〉少く、偶〈タマタマ〉これあれば、則ち市価甚だ貴く、之を得ること頗る難し。况や巻冊浩瀚〈コウカン〉にして、出納閲覧に多大の不便を感するものも亦多きをや。是実に我が国民が自国の精華たる国書に対する現状なりとす。
是に於て乎〈カ〉、近時国書保存の必要亦有志の論議に上り、之が方法として、予約法又は其の他便宜の方法によりて、国書の出版翻刻せらるゝもの相次ぎ、一時二十余種の多きに上るに至れり。其の事たる洵に盛世の一美事たるには相違なきも、購読者は志ありて、資力の伴はざるものあり。或は出版の多種多様なるが為、其の去就撰択に迷ひ、逡巡躊躇の間に予約の機会を失するものあり。従ひて其の結果を見れば、何れも十分なる目的を達する能はず、以前の欠陥は依然として存せり。是〈コレ〉学者の常に憂ふる所して又帝国の一大憾事にあらずや。
本会茲に鑑みる所あり。聊か〈イササカ〉帝国の文運に裨補する所あらんと欲し、国書刊行の方法に就きて、百方研究する所あり、或は学者に聴き、或は書肆に質し〈タダシ〉、或は朝野の希望を探りて以為く〈オモエラク〉、至廉至便の方法を以て珍貴又は浩瀚〈コウカン〉の国書を普及せしめんと欲するには、一大会を組織して、会員を天下に募り、月費の制により出版実費を以て、会員に頒つ〈ワカツ〉に若く〈シク〉ものなしと。是に於て斯道の学者名家の賛助を得、即ち会員を天下に集し、先づ三年間を第一期とし、出版実費を以て従来未だ曽て企画せられざる珍貴浩瀚なる図書の普及を図らんとす。而して第一期完了の後は更に第二期第三期と継続して、我が国書の大統一を図るを得ば、我が帝国の文運に貢献することも亦鮮少ならざるを信ず。
本会の会則、出版の予算、頒布の方法等は下に詳記せる如く、則ち仮りに会員を三千名とすれば、毎月会費金弐円の支出に対して、三年間に約八万五千頁の図書を頒布することを得べし。此の如き便法は、従来の予約出版に於て見る能はざりし所なり。想ふに国書の保存普及を併行するの最良方法は之を措きて、復〈マタ〉他に覔む〈モトム〉ベからす。而して之を実行するの時機は、唯今日を然りとなす。斯道の学者、研究者、同好者は勿論、苟くも帝国臣民として、此の秀霊特絶なる我が国民性を涵養せる国華を蔵せんと欲せらるゝ大方の諸士、幸に此の挙を賛成して、本会に加入せられ、名家の秘書、貴書を以て、各自の文庫を飾らるゝに至らんことを切望して已まざる〈ヤマザル〉なり。依りて左に本会の特色を明にし、出版の予算を掲げ、以て同好諸士の参考に資す。

 この「国書刊行会主旨」には署名がない。しかし、たぶん執筆したのは、市島謙吉であろう。なお、最後のところに、「依りて左に本会の特色を明にし、出版の予算を掲げ」とあるが、「第一期刊行顛末」においては、その紹介は省かれている。

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