礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

映画『首』に登場するバスは代用燃料車

2024-08-30 05:15:27 | コラムと名言
◎映画『首』に登場するバスは代用燃料車

 正木ひろし『弁護士――私の人生を変えた首なし事件』(講談社現代新書、1964)に拠りながら、いわゆる「首なし事件」について紹介している。
 本日は、その二回目。同書の第1章「運命の事件まいこむ」の第2節「取り調べ警官の暴行」の最後の部分を引用してみる。

  〈2〉 取り調べ警官の暴行
【前略】
埋葬死体を鑑定する方法は?
 賭博の件でやられた四人の中には、さるまた一つの裸にされて、二、三十分間正座させられたものや、傷がつかないように皮で包んだ棒でなぐられたというものもあったのでしたが、氏家やその他の連中が、警察へ行って、大槻の死に顔を見たかぎりでは、顔や頭に、その傷はなかったというのです。そこでわたしは、ことによると、大槻は裸で正座させられたのが原因で、脳溢血を起こしたのではないだろうか、と素人的な考えをいだきました。
 しかし佐藤勝子は、脳溢血で死んだ人を知っているが、寝床に、口・鼻その他からの排出物がまったくないのはおかしい、といいました。
 ともかくその日、警察側では、早く死体を引き取って、埋葬するようにと強要しました。氏家と山岸は遺族の来るまで待ってくれと、いいはったのですが、警察側は、かってに自動車を頼んできて、これに乗せて行けというので、やむなく、ふたりは長倉村の蒼泉【そうせん】寺に持って行って、仮埋葬したというのです。
 いったい、こういう事件をどうしたらいいのか。被告人を弁護するというなら、本人に会うなり、記録を読むなり、すぐ着手する手段がありますが、この事件には、そんなものはなにもなく、書類といえば、ただ警察が死体埋葬用にくれた村の医師根本藤蔵という人が作成した「脳溢血(推定)」という死亡診断書があるだけです。
 この「推定」という文字が問題です。けっきょく、死因の精密な鑑定以外に、解決のいとぐちがないわけです。しかし、政府も国民も戦争でごったがえしているとき、交通不便な山の中の死体に対し、どのようにしてそれを実現することができるでしょうか。しかも、死体は刻一刻と腐敗していくにちがいないのです。〈34~35ページ〉

 文中、「その日」とあるのは、文脈から、1月22日のことであろう。
 映画『首』では、この日、遺体を引き取りに警察署に向かったのは、炭鉱所長・岸本(下川辰平)、鉱夫・石橋(小川安三)、鉱夫・河内(加藤茂雄)の三人である。
 三人は、「茨北交通」の「東大崎町」というバス停で下車し、「大崎警察署」に向かう。驚いたことに、三人が乗ってきたバスが、うしろに釜を付けた「代用燃料車」であった。ナンバーは、「茨1003」。そんな古いバスを、どこから見つけてきたのか。
 三人は、警察で大槻徹の遺体を引き取り、警察が手配した乗用車に運びこむ。そのあと、鉱夫・石橋は、遺体を包んでいたフトンを、警察官たちに投げつけている。激しい怒りである。鉱夫・石橋は、このあとも、たびたび登場するが、それを演じている小川安三(おがわ・やすぞう、1932~)は、その都度、印象的な演技を見せている。
 なお、文中、「山岸」とあるのは、加最炭鉱の次長格・山岸幸作のことである。この山岸幸作の相当する人物は、映画には登場していない。

*このブログの人気記事 2024・8・30(10位の絞首は久しぶり、8・9位に極めて珍しいものが)
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