◎マレイ語のカカは、日本語のカカの祖形
安田徳太郎の『万葉集の謎』(カッパブックス、1955)を紹介している。本日は、その「あとがき」を紹介してみたい。かなり長いので、何回かに分けて紹介する。
文中、( )内に示されたアルファベットのうち、特殊な文字については、代替のものを用いた。
あ と が き
ここでは、日本語の故郷【ふるさと】にまでたどりつくまでに使った、いろいろな辞典だけをあげておく。
南 方 語 関 係
一、スキートとブラグデン『マレイ半島の原住民』、附録『各地の方言の比較語集』 Walter William Skert and Charles Otto Blagden, Pagan Races of the Malay Peninsula. Appendix, Comparative Vocabulary of aboriginal Dialects. London, 1906.
この中には、子どものコン、からだのカレート、「トップリ暮れる」のトップ、突漁【つきりよう】のスナ・ドルのスナとか、日本に押しかけて来たいちばんはじめの波としての原マレイ族系のいろいろの言葉があがっている。まず、ここから出発して、日本語に散らばっている原マレイ語を整理してみた。この中にはクメル語、モン語、セルン語のような、東南アジアの各地の方言との比較もあがっていて、じつにおもしろい。
二、ファーヴル『マレイ語・フランス語辞典』 L'Abbé P. Favre, Dictionnaire Malais- Français. Vienne, 1875.
この辞典には、スンダ語、スマトラのバッタク語、フイリビンのタガログ語、ボルネオのダイヤ語などもあがっていて、日本語と同系の言葉が、どの方面までちらばっているかを知る上で、ひじょうに役に立つ。たとえば、「マレイ語で夫が妻を呼ぶとき(par un mari parlant à sa femme)は、カーカ(kakak)と言っているが、ジャワ語ではカカン、スンダ語ではカカ、バッタク語ではハハ(haha)、ダイヤ語ではカカあるいはアカ、タガロ語ではカカとなっている。」と書いてある。このカカあるいはハハが、日本語のカカや母の祖形であると思う。
三、ウイルキンソン『マレイ語・英語辞典』 R. J. Wilkinson, A Malay- English dictionary. Mytilene, 1932.
太平洋戦争中、南方にいた読者やマレイ語学者から、日本語と同系のマレイ語をじつにたくさん教えていただいた。その機会に、この辞典によって、マレイ語を整理してみた。じっさい、いろいろの言葉があるが、はたしてこういう言葉が紀元前に原マレイ族によって、じかに日本列島へ持ちこまれたか、あるいは他の民族の移動によって、日本列島をふくめたインドネシアから太平洋諸島にまきちらされたか、わたくしにとって大きな問題になって来た。たとえば、チンパン (timpang)は跛行【びつこ】であるが、古いレプチャ語でも、チム・ボ(cim-bo)はちゃんと、「一対のかけたもの」、つまり跛になっている。したがって、日本へはマレイ語のチンパンがはいったのでなく、むしろレプチャ語のチム・ポがじかにはいって、チン・バになったとする方が、よいように思われる。言いかえると、古代代ヒマラヤ語のチム・ボがマレイにはいってチンパンになり、日本にはいってチンバになったとする方がよい。こういう意味でも、最初にやったマレイ語の整理は、わたくしにとってはひじょうにためになった。【以下、次回】