goo blog サービス終了のお知らせ 

礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

古典の真実を探ることが、何故にわるいのか(三浦藤作)

2023-04-23 01:15:41 | コラムと名言

◎古典の真実を探ることが、何故にわるいのか(三浦藤作)

 書棚を整理していたら、三浦藤作著『古典の再検討 古事記と日本書紀』(日本経国社)という本が出てきた。一九四七年(昭和二二)六月に刊行された本で、敗戦直後の雰囲気が濃厚に漂っている。同時に、そこに見られる著者の見解には、類書にない独自なものがあって興味深い。
 本日からしばらく、同書の紹介をしてみたい。本日は、その「序」を紹介する。

     

 時勢の大浪に押し流されて、ふるき日本の国は滅び、新しき日本の国が生まれ出ようとして、今その陣痛になやんでゐる。古今未曽有の大波瀾の渦中に投じた日本の民族は、過去をかへりみてほんたうの国のすがたを見つめ、進み行く前途の方向を踏みあやまらぬやうにしなければなるまい。先代の文化的遺産ともいふべき古典に再検討を加へることが、起死回生の途上にある日本の民族には、重大な問題となつて来たことを痛感する。
 日本は神の国であるといふ信念が、久しい間、日本民族の骨髄にしみ込んでゐた。さうして、それが遂に日本の国を現在の窮地におとしいれた。今はその神国観を拭ひ去らなければ、国の更生を図ることができず、民族の自滅を招くといふ冷厳な運命の前に立つに至つた。国と民族の悠久なる生命を思ふ者は、深く反省するところがなければならないであらう。
 日本の民族に神国の信念を根強く刻みつけた源拠は、「古事記」・「日本書紀」と称する二種の古典であつた。この古典に出てゐる神話を歴史上の事実と混同したのが、神国観の由来であることには、何等の疑ひもない。この両書が遺らなかつたら、神の生んだ国であるとか、世界中で最もすぐれた国であるとかいふやうな迷信は、決して生じなかつたにちがひない。神国観を拭ひ去るには、先づ「古事記」・「日本書紀」に再検討を加へ、神話の本質を明らかにして、これを歴史と切りはなし、国のすがたの真実を眺めなければならない。
 古典は祖先伝来の精神的遺産として尊重し、大切に保存すべきものである。しかし、古典は過去の文化の記念品に過ぎない。古典に心酔してその内容を過重〈カチョウ〉すれば、文化の進歩に逆行して、おのづから世界の大勢におくれる。古典の尊重といふことは、内容の尊重を意味してゐない。日本では「古事記」・「日本書紀」を神典と称し、古来多くの学者が故意に附会して、いやが上にも尊きものに祭り上げた。これを自由に研究し、率直に批判することは、事実に於て許されないものとなつてゐた。古典の真実を探ることが、何故〈ナニユエ〉にわるいのか、その不合理には何としても解し難いものがあつた。殊更に歪曲して蔑視すべきものではないが、神典などと称して礼讃すべきものでもない。他の古典と同じやうに研究することに何の差支へがあらうかと、いつも思つてゐたが、今はむしろ大いに自由な研究の必要を感ずるに至つた。
 昨冬帰郷して風光の明媚な沿海山麓の古刹全保寺〈ゼンポウジ〉に寄寓してゐた時、たまたま、村の人々の間から、「日本書紀」の話が出たのに感ずるところがあつて、私見をまとめてみようと思ひついた。しかし、小著の中に「古事記」・「日本書紀」の内容を一々論ずることはできず、ただ両書を解説して若干の所感をありのままに羅列したに止まつたのみならず、疎開等のために参考書の大半を失ひ、事の確かめ難く意のつくし難きことが極めて多く、偶感的のものになつたのを遺憾とする。

  昭和二十二年三月       著 者 識

 文中、「全保寺」は、愛知県蒲郡にある曹洞宗の寺院。

*このブログの人気記事 2023・4・23(8位に極めて珍しいものが入っています)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする