◎形容動詞の扱いに、ひとつの結論を出した
橋本進吉博士著作集第二巻『国語法研究』(岩波書店、一九四八年一月)から、岩淵悦太郎執筆の「解説」を紹介している。本日は、その三回目。
昨日、紹介した部分のあと一行アキがあって、次のように続く。
本書に収められた四篇のうち、「国語法要説」「国語の形容動詞について」「助動詞の分類について」の三篇は、近い年月のうちに次々と発表されたものである。「国語法要説」が、文法上の単位を解明すると共に、文法上の単位の一つである単語の活用と、品詞の分類とについて論述したものであつて、いはば文法の根本的な問題を取上げたものであるのに対して、「国語の形容動詞についで」は、従来取扱ひに最も疑点のあつたいはゆる形容動詞に対して精密な検討を加へて、その正当な位置を決定したものであり、「助動詞の分類について」は、従来の意味による分類の妥当でない点を明かにして、助動詞分類のあり方を示したものであつて、この二篇は、「国語法要説」を補ふものと見ることが出来る。唯、「国語法要説」は文の構造に説き及んで居ないのであつて、これに関する博士の著作を本書のうちに収め得なかつたのは残念である。「切符の切らない方の解釈」は、言語現象のうち、文法に関するものと然らざるものとのある事を明かにし、いはば文法の限界を具体的に示すと共に、言語の使用解釈に於ける文法知識の効用を説いたものであつて、文法の本質を明確にしたものと言へる。
なほ、文法の研究法についての博士の考へは、前掲の「国語学研究法」に示されて居り、国語の習得、或は標準語、文語等の学習に於ける文法知識の効用、教育に於ける文法科の目的・意義・効果等についての博士の考へは、前掲の「国語学と国語教育」に明かである。
「国語法要説」
この篇は、国語科学講座中の一篇として執筆されたものである。刊行は昭和九年十二月であるが、これ以前、博士は、すでに東京帝国大学の講壇に於いて、「日本文法論」(昭和四年度)、「国語法概論」(昭和七年度)などを講じて、国文法の体系に関する見解を明かにして居られる。博士の文法学説の基本をなす「文節」論も、すでに「日本文法論」に見えてゐる。「国語法要説」は、これらの講義案を基にして整理されたものと見られる。なほ「国語法要説」公刊前に、博士は、中等学校の文法教科書「新文典」及びその別記を著はされた。しかし、これらは教科書であるがために、従来の通説に妥協されたところがあり、必ずしも博士の主張される学説そのままではなく、「文節」の如きも、そこでは取上げられてない。
この「国語法要説」は、国文法の根本的な問題を取扱つたもので、言語を構成する単位としての文、文節、単語、及び単語の下位成分たる接辞、語根等の性質を明かにし、活用の本質を明らめ、博士独自の品詞分類論を展開したものである。
【以下、約十八ページ分を割愛】
「国語の形容動詞について」
本篇は「藤岡博士功績記念言語学論文集」(昭和十年十二月刊)に掲載されたものである。
普通、形容動詞と言はれてゐるものは、
第一種 面白かり 苦しかり (カリ活用)
第二種 静かなり 丈夫なり (ナリ活用)
第三種 堂々たり 確乎たり (タリ活用)
の類〈タグイ〉である。これらは、起源的には「面白く―あり」「静かに―あり」「堂々と―あり」の合体したものである。そこで語源に従つて、これらを二語に分つて取扱ふ考へがある。しかし、このやうに語源に戻して取扱ふのは、文法上正当なこととは言へない。そのままの形で取扱ふのが正しい行き方である。そのままの形で取扱ふにあたつても、第一種の「面白かり」はこれを一語として取扱ひ、第二種・第三種は、「静か」と「なり」、「堂々と」と「たり」との二語に分けて取扱はうとする考へがある。しかし、「静か」「堂々」は、特殊の場合を除き、これだけ単独で用ゐる事はない。したがつて、「静かなり」「堂々たり」も一語として取扱ふのが穏当であると言へる。
この「面白かり」「静かなり」「堂々たり」を一語として取扱つた場合、その所属品詞が問題となる。これらは、意味から見ると、いづれも形容詞と同様である点から、形容詞と同類と見た人もあるが、その活用をラ行変格と見てこれを動詞の中に入れるのが普通であつた。
この形容動詞について詳細に検討を加へ、その取扱方について一〈ヒトツ〉の結論を出したのが本篇である。形容動詞については、博士はすでに東大の講義に於いて独創的な見解を示されたのであるが、吉澤義則博士が発表された形容動詞の論(「国語国文」第二巻第一号所載「所謂形容動詞に就いて」)を機縁として本篇を執筆され、かねて包抱された見解を公表されるに至つたものと考へられる。本篇でも、先づ吉澤博士の説を明らかにし、これを批評しながら自説を展開する態度をとつて居られる。
【以下、約八ページ分を割愛して、次回に続く】
若干、注釈する。「藤岡博士功績記念言語学論文集」の「藤岡博士」とは、言語学者の藤岡勝二(かつじ)のことである(一八七二~一九三五)。同論文集は、藤岡博士功績記念会編、岩波書店刊。吉澤義則(よしのり)は、『源氏物語』の研究で知られる国語学者(一八七六~一九五四)。