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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

天皇は国民にふくまれない(佐々木惣一)

2020-08-03 03:27:03 | コラムと名言

◎天皇は国民にふくまれない(佐々木惣一)

『ジュリスト』一九七七年五月臨時増刊(通巻六三八号)、「日本国憲法―30年の軌跡と展望」から、針生誠吉氏の「国民主権と天皇制」という論文を紹介している。本日は、その三回目。
 文中、傍点がある部分は、下線で代用した。

  三 佐々木・和辻論争をめぐって

 象徵天皇制に関する論文は、はやくも昭和二一年〔一九四六〕には、戦後民主主義法学の出発点を形成したともいうべき恒藤恭〈ツネトウ・キョウ〉氏の「天皇の象徴的地位について」(世界一〇・一一・一二月号)として登場している。この最良のリベラリストにおいても、単純な概念法学的解釈論への偏向や、観念的な古いアカデミズムのわく内における主権の展開に止り〈トドマリ〉、この重要な転換期の課題としての明治憲法の侵略的軍国主義的性格、ポツダム宣言受諾の歴史的意味について最後にわずかにふれるに止っていることは興味深い。またそれなりにアカデミックな水準の高い文章ともなっている点も問題であろう。象徴天皇制に関する論争的視点は、当時はやくから、黒田覚〈サトル〉教授らによっても出されている(憲法における象徴と主権(昭和二一年・有斐閣))。ここでは論争史として代表的な二組のものを取り上げるに止める。
 最初に佐々木・和辻論争にふれる。これは国体の概念をめぐる概念論争を中心としている。佐々木惣一氏は当時憲法学界の西の総帥というべき立場にあり、氏の「国体は変更する」(世界、昭和二一年一一月号)に、この論争ははじまる。つまり当時の代表的文化人和辻哲郎氏はこれに反論し、国体の連続性を「国体変更論について佐々木博士の教示をよむ」(世界三月号)を書いた。以後激しい論争が展開するが、両者の論文は、佐々木「憲法学論文選㈡」(有斐閣)、和辻「国民統合の象徴」(勁草書房)にまとめられているが、注意すべき論点のみのべておく。
 和辻氏はその得意とする歴史的考察により、天皇は統治権総攬者〈ソウランシャ〉ではなくとも、独特の尊さがあり、天皇のそうした中枢的意義が国民の全体性の表現であるとする。そしてこの国民の全体性が統治権の源泉であるならば、その天皇を統治権の総攬者と定めることと、国民を統治権の総攬者と定めることとの間には憲法の条文が表に示しているほど大きな区別は実質的にはないとする(大日本帝国憲法第四條は「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ……」とある)。和辻氏は日本国憲法一条にいう天皇が日本国民統合の象徴であるとは、天皇が国民の全体性を表現することであるとする。これに対して佐々木氏は、天皇制リヴァイアサンの社会科学的分析よりは、その学風である概念法学的純粋な論理分析によって和辻氏を批判する。佐々木氏の「憲法学論文選㈡」の結論によると、「天皇を統治権の総攬者と定めることと、国民を統治権の総攬者と定めることとの間には、憲法の条文が表に示しているほど大きな区別は実質的にはない、と説かれることは、私ども法的体制〔筆者傍点〕を考えるものより見ると、重大な点であり、私はこれには承服し得ない……そうであるとすれば、日本国憲法と前の帝国憲法との差異の尤も根本的なもの、即ち、一(日本国憲法)は国民主権を国家体制上の基本原理として、その上に他の国家体制上の幾多の原理を立てているし、他(帝国憲法)は君主主権を国家体制上の基本原理 として、その上に他の国家体制上の幾多の原理を立てている、ということを全然無視するものである。一口にいうと、新しい憲法と前の憲法とは、国家体制について、同一の根本原理を基礎とする、ということとなる。かかることの中らぬ〈アタラヌ〉ことは、いうまでもあるまい」と批判する。また佐々木氏は、和辻氏が、国民主権という国民のなかには天皇をふくむとするのに対し、天皇が国民にふくまれないという点は、美濃部〔達吉〕氏も私も同じ意見であると反論する。
 しかし佐々木氏の国民主権のとらえ方は法的体制の純粋論理的分析を主としている。和辻氏のごとき、敗戦による天皇制への打撃をやわらげようとするアポロギヤ〔弁明〕は、金森〔徳次郎〕国務大臣(昭和二一年八月の貴族院における)の「憧れの中心」論、また後述の尾高〔朝雄〕氏など様々の形をとってあらわれた。いずれの論者においても、天皇主権から国民主権への根本規範の革命的転換を、市民としての主体的立場から、その歴史的担い手として主張することはなかつた。また歴史的実態を欠落させている以上、それはありえようはずもなかった。しかし日本型リベラリストの遺伝伝的体質はより複雑である。【以下、次回】

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