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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「八月革命」は、権力奪取のブロセスが欠落していた

2020-08-02 04:47:05 | コラムと名言

◎「八月革命」は、権力奪取のブロセスが欠落していた

『ジュリスト』一九七七年五月臨時増刊(通巻六三八号)、「日本国憲法―30年の軌跡と展望」から、針生誠吉氏の「国民主権と天皇制」という論文を紹介している。本日は、その二回目。

  二 論争の歴史的性格

 主権概念は、国家権力の最終的帰属が誰れの手にあるかの問題を抜きにしては考えられないが、抗議概念(Polemischer Begriff)として用いられた、歴史的条件の制約性を注意しなければならない。一六世紀のボダンにおいては、主権概念は国家の本質論として用いられ、封建諸侯による権力の制限に対抗してもうけられた、国王の実力の法的無制限性を意味するものとされた。後進型市民社会のドイツにおいては、主権概念は、絶対主義の毒牙を抜き去りながら急進的民主主義への防壁をきずく意味において、主権は君主にあるのでも、人民にあるのでもなく、国家にありとする国家主権説として説かれた。それはメルクルの評価にみられるように、むしろ君権擁護の学説であった。しかし、日本においては、特殊歴史的な国家法人説がドイツから輸入された場合、かえって君主主義に対する「異端」の学説として禁圧され、天皇機関説事件をひき起した。ここに明治憲法体制下における主権論と天皇制の特殊後進的性格が見られる。このことは私の学問の出発点において分析した(拙稿「憲法学史の方法―国家法人説と天皇機関説に関する試論―」東北法学会雑誌九号)。日本において、今日問題とされている、市民階級の政治的へゲモニーを確立するために主張されたフランス流の国民主権論が、とにかくも理論レベルで、正面から学会で論争されるようになったのは、むしろ日本国憲法成立後のことであろう。宮沢〔俊義〕教授および杉原〔泰雄〕教授らの論点については本書別稿でも論ぜられよう。宮沢「八月革命説」が何故少数説に止ったかは戦後日本における主権の特殊歴史的条件と無関係ではなかろう。とにかくも「八月革命」による国民主権の確立を見た日本国憲法下においては、マルクス主義によらずとも、主権概念は、市民階級の階級的支配の法的表現を意味すると見るべきであろう。
 しかしもとより、日本国憲法の成立による天皇主権の国民主権への転換は、国内における市民的抵抗による階級闘争の直接的帰結によるものではない。敗戦によるポツダム宣言の受諾という外圧を実質的契機とするものであり、法形式的には明治憲法の改正手続により根本規範の変革が行われるという、占領統治の複雑な帰結を反映していた。国民主権の確立による主権概念が、本質的には君主制内部における市民階級のあれやこれやの権力の分有を意味するものではなく、市民革命による階級闘争の最終的帰結としてのヘゲモニーの確立を意味し、法的概念としても国民主権による権力の最高絶対性と無制約性を意味するとするならば、日本の「八月革命」においてはその本質的内容を支える歴史的背景、即ち市民による内発的・自生的な権力奪取のブロセスが欠落していたのである。この特殊歴史的性格こそが、敗戦後の日本憲法学において、ドイツ後進型市民社会の国家主権論の残存、西欧の法主権論・理性主権論の日本的歪曲などの現象を生むにいたるのである。
 この特殊日本的性格の残存は、法学者のみには限られない。そのことは後述の佐々木惣一氏との論争にみられる歴史学者和辻〔哲郎〕氏や、宮沢・尾高論争において援用される哲学者田辺〔元〕氏の哲学にも、広くみられることからもわかる。これらの人人は戦後日本の代表的文化人、リベラリストとしても知られている。ブルジョア思想の成熟による国民主権の確立をみなかった日本においては、明治以来の天皇制を補強する形で包摂されていたリベラリストは、皇道哲学・ファシズムの哲学の影響を多分に残しながら、それ自体ではないために、戦後民主主義への転向の契機さえも内省されることはなく、かえって学界・言論界に華々しく登場するに至ったのである。今日ロッキード事件などの政界の問題として論ぜられる戦犯的体質の残存は、学界・言論界において実は敗戦後の出発点から深く潜在化していた問題でもあるといえよう。こうした歴史的・精神史的背景を抜きにして国民主権と天皇制に関する論争のみを忠実に羅列することは意味がない。【以下、次回】

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