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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

大部の平太郎は絶対に現世祈祷の作法をしなかった

2019-11-02 02:29:53 | コラムと名言

◎大部の平太郎は絶対に現世祈祷の作法をしなかった 

 伊藤義賢著『根本的にして最後の帰結を明示せる 神社と真宗教徒』(竹下学寮出版部、一九三四)から、「一〇 結論」を紹介している。本日は、その四回目(最後)。

 七、神の本質に適応した敬拝をなして、禳災招福【つみわざはひをのぞきふくをさづく】の神に事【つか】ふる作用を取るべきでないとした先例としては、已に宗祖親鸞聖人の教へに従へる平太郎がある。彼は庶務で引【ひき】づられて熊野に詣【まゐ】つたけれども、師教を守つて現世祈祷の作法は絶対にしなかつた。古【いにしへ】の熊野神社の神は権社【ごんしや】の神として本地【ほんぢ】は阿弥陀如来とせられてあつた為に、平太郎は師教を守つて其本質たる阿弥陀如来を拝んで垂迹【すゐしやく】たる禳災招福【じやうさいせうふく】の神に対する作法は取らなかつた。然るに今の神社には仏像は除かれ権社【ごんしや】の神は無くされた。然らば其本質に向かふべき宗風を伝統的に奉ずる今の真宗教徒としても亦本質に向はねばならぬ。其本質は祖先なるが故に唯其生前に於ける功業遺徳に対して感謝して敬拝するのみで、禳災招福【じやうさいせうふく】の神として拝せんとする者と同一態度を取るべきではない、是れ信仰所見を彼等と別にするが為である。
 八、本篇の主張と態度は、必ずしも真宗教徒のみでなく、苟くも真の日本精神を発揮し祖先崇拝の国風を高調せんと志す者、及び少しく理解ある者の等しく共鳴するところであらうと信ずる。
 以上の結論に到達し得た読者は、初めてよく本書を読み得た人と云ひ得るのであるが、前篇を通読しても尚【なほ】此【こゝ】に達し得ざるか、若くは此意味の論理がどこから来たかゞ判【わか】らない人は、未だ本書の読み方が疎漏であるか誤解者かであるから、更に熟読反復して全篇の意義を正解せられむことを望んで息【や】まぬ次第である。
    昭和九年八月五日擱筆         釈 義 賢  五十歳

神 社 と 真 宗 教 徒(終)

 ここでいう「平太郎」とは、一般に「大部〈オオブ〉の平太郎」と呼ばれる人物のことのようだ。常陸国〈ヒタチノクニ〉那荷西郡〈ナカノサイノコオリ〉大部郷〈オオブノゴウ〉の庶民で、親鸞の門弟のひとりだったという。

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