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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

青木茂雄氏の映画鑑賞回想記

2015-03-25 06:46:56 | コラムと名言

◎青木茂雄氏の映画鑑賞回想記

 一昨日に続いて、青木茂雄氏の映画評を紹介したい。ただし、今回のものは、映画評ではなく、映画鑑賞の回想記である。
 文章にあるように、青木氏は水戸市「上市」の生まれである。生年は記されていないが、一九四七年(昭和二二)のお生まれとお聞きしている。

 記憶の中の映画(2)  青木茂雄
 映画とはアメリカ映画のことであった・1

 小学校の頃は、家族に連れられてよく映画を見た。“映画は洋画”の不文律から、見る映画は殆ど洋画であり、洋画とはすなわちアメリカ映画のことであった。
 私の育った茨城県水戸市は、市部が東西に細長く上市〈うわいち〉と下市〈しもいち〉に二分されており、上市が旧武家屋敷と町人街とからなりたつ高台であったのに対して下市は低地で全域が町人街からなりたっていた。わが家のあった上市から見ると下市はまったく別の町に当時の私には思えたが、その上市には昭和30年頃には(記憶している限りで)映画館が全部で七館あった。そのうち五館が邦画専門で、封切り館が4館、二~三番館が一館あった。洋画専門は二館で一館が新作ではあるがいわゆる二番館、もう一館が三~四番館(当時は名画座などというしゃれた名称はなかった)であった。邦画専門の封切り館は東映・日活・松竹・大映、二~三番館は「銀映」という名称で別称「ニューパール」(小学校の友人たちはよくそこで日本映画を観ていた、新作の上映館ではないので「ニューパール」ならぬ「カスパール」と呼んでいた。洋画専門の私などからすればそこは別世界のように思えた)、封切り落ちを配給会社にかかわりなく上映した。その劇場は1980年代にはピンク映画専門館となり、そしてほどなく閉館した。これらの劇場はかなり以前に全て廃館になった。
 家族でよく観にでかけたのが二つの洋画専門館。この当時地方都市ではロードショウ劇場はなく、東京でのロードショウ(これももはや死語になったか)上映から平均して半年後に地方館にかかる。それでも地方館としては新作館(「オデオン座」が劇場名)として尊重された。二本立て上映で、子供料金で80円くらいだったと記憶している。もうひとつの三~四番館は劇場名は「水戸東宝」(なぜ「東宝」で洋画をかけるのかとやがていぶかった、東京にも「早稲田松竹」があるが)。なかでも家族で気軽にでかけたのがこの「水戸東宝」劇場であった。二本立てや三本立てで、入場料金が大人で80円、子供は30円だったかと思う。劇場近くの小さな書店では当日用の前売り券を売っており、これ買うとさらに安くなった。映画館の入場料金は大体散髪料金と同じだと思っていたが、そのうち散髪料金の方が格段に高くなってしまった、と記憶している。
家族で「オデオン座」に行くのは特別な場合で、普段は近くの安い「水戸東宝」だった。それでも日曜などは昼間の部は大入り満員で座るのがやっとだった。しかし、夜の部に入るとガラガラと空席ができたことを記憶している。日の高いうちに映画館の中に入り、出る時には外はもう真っ暗。この断層の中に、たった今しがたまで過ごしてきた映画館の中の時間の経過とは何だったのかといぶかった。帰りには、近くの目抜き通りの大工町あたりの広場で定期的に行われていた夜市で何かを買って帰ったこともあった。
 「水戸東宝」劇場は古いけれど館内は大きく、二階席まであった。もちろん木造だが、床はちゃんとコンクリートが張ってあった。スクリーンに向かって左側に「便所」があり(私がその後東京で出会った今は無き古い館、例えば「新宿昭和館」や「三軒茶屋中央」なども「便所」は決まって左側であった)、もちろん水洗ではないから、客席まで匂いがただよう時もあったが、それ以上に館内はタバコによるもうもうたる煙りか、しみついたタバコの匂いであった。  
この三番館にかかるまでには封切りから少なくとも一年以上経過しているのが当たり前であったから、フィルムもかなり痛んでいることもよくあった。縦に筋が走る、これを「スクリーンに雨が降る」と称していた。
 それでも映画館は特別な空間であった。暗闇の中にぱっさりと四方を裁断した画面。4本の線による暗闇との明確な裁断、私にはこれ以上の純粋な直線は描きえないとさえ思われた(近づいてみればただの黒いカーテンと光の影のなせる技にすぎないのだが)。そこは周囲の空間とはまったく次元を異にした「特別な」空間であり、周囲とは異なる時間と空間がそこには演じられているのである。

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