本当に久しぶりになってしまった。
あの事件から早くも12日もの時日が経過した。
あの事件と現状について、これは絶対に書いておかなければならないとは思っていた。
だがやはり生活は一変し、とてもブログを開き、のんきに日記を付けていられるような精神状態、そして情勢ではなかった。
いま、ようやく少しだけ落ち着いてきた。
ずっと書こうとして書けなかった記事を漸くここに形にすることができた。
もう体にあの感覚が染み付いている。
多分共感していただける方も多いと思うのだが、揺れているあの感覚が体に染み付いてしまった。横になったりすると常にあの感覚に襲われる。常に揺れているかのごとく錯覚する。
あの日俺は普通に歩いていた。
あれほどの揺れを生まれて初めて経験した。生まれて初めて地震で怖いと感じた。
死ぬ前にこの感覚を知ることができたことに関してはよかったと思う。
幼稚園くらいの女の子だろうか。母親に送ってもらいっている途中であろう。自転車の前の座席に座っていた。母親のパニックに陥った雰囲気がありありと伝わるのだろう。
母親の“どうしよう、どうしよう”と恐怖に怯える声を聞き、みるみる内に女の子の顔が歪み、号泣していた。
それを見て、本当に怖いと思った。
大きかったには大きかったが、そのときの俺は電車が止まってしまい、途方に暮れている位であった。何時間待てども待てども復旧せず。そんな暢気な感覚でぼけーっと電車の復旧を待っていた。
その時はあれほどまでの歴史に残るような大惨事になっているとは知らなかった。
東北では目を覆いたくなるような悲劇が起こっていることを全く知らなかった。
これほど大きな事件だとは思いもよらなかった。
自分が深夜まで帰れなくなって、職場に戻りテレビの速報を見て、自分が今巻き込まれている状況がどれだけ多きなものかを知った。
自分がどれだけとてつもない状況に巻き込まれているのかを初めて悟った。
そして日本でどれだけ途方も無いことが起こっているのかをそこで初めて知った。
本当にこんなことになるとは思ってもいなかった、という正直な感覚。
なんでこんな事になっちゃったんだろう…と思うころには、北陸の海岸沿いの全てが瓦礫と化した、町があったであろう成れの果ての映像が延々と映し出されていた。
本当に不謹慎で最低な発言をさせてもらうと、ニュースで見る津波に街が飲み込まれていく様子は、まるで映画を見ているようであった。
現実味がまるで無かった。
そして翌日の海岸沿いにおよそ2000人もの津波で流された方々の死体が打ち上げられたという報道を聞いたときにそれが急に現実味を帯びてくる。
この報道は本当に衝撃的だった。
未だかつてこんな映像があっただろうか。まさに未曾有という言葉で表現すべき事態だ。
想像しただけで言葉が出なくなるような光景であろう。
テレビの番組が全て緊急速報に代わり、原発が爆発し、停電が実施され、俺が毎日使っている電車も止まった。
現時実の無い映画のような出来事がどんどん現時味を帯び、改めて自分がいま体験している状況のとんでもなさが浮き彫りになる。
それほど実感がなかった事件が、自分の身の回りにもどんどん影響するにつれ、日本がどれほど危機的状況に陥っているのかを理解していった。
もう既に東北地方で起こった悲劇では済まなくなっていた。これは既に日本国民全ての問題であるのだ。それを理解するのに少し時間がかかってしまったが、実感を伴って理解したため、深く理解できた。
運悪く亡くなってしまった人が大勢いる中で幸運にも生き延びることができた人も大勢いる。
しかし、生き延びてしまった…と嘆く人もいた。
命は助かった。しかしもう帰る家も無い。帰る故郷も跡形も無くなってしまった。そんななかで彼らは一体どこに帰るのだろうか。
俺の部屋では幸運にも本や机の上などに並べてあるものがめちゃくちゃになっていた程度で済んだ。被災地の人たちはもう次元が違う。
命以外の殆どを失った。けど命だけは助かった。そんな人も多くいるんじゃないだろうか。
命あってこそ。生きていてなんぼ。
そんなせりふが聞こえてきそうだが、本当にそうなのか。それは殆ど何も失わずに済み、いま落ち着いて暮らしている人間の傲慢ではないのか。
“こんな老人が生き延びちゃってごめんなさい”と涙ながらに語っていた老婆の言葉。
もちろん、亡くなったほうがよかったなんて馬鹿なことを言いたいんじゃない。
被災地の人たちは多分、命あってこそ、なんてことすら考えられない状況なんじゃないだろうか。あの大惨事の中、命が助かった。これからのことは分からない。けど、生きているので今この時間を一生懸命生きる。
そんな人もいるんだろうと思う。
ただ、生き延びればこれからがある。
どれほど復興が困難で、膨大な時間がかかり、後先は不透明で、今現在は帰る場所も無い。
そんな中でも、生きていれば何かしら先がある。今のところは先がどうなるかなんて誰にも分からないだろう。
けど、間違いなく先がある。
だから残酷に思えるかもしれないが、早く前を向くことは大事なんじゃないかと思う。
実際に被災地で身内を亡くされた人にそんなことは言えないし、これは運良く今回の事件で被害を受けず、今多少なりとも落ち着いて暮らせる人間の高慢ないち考えだ。
一朝一夕で語れる問題ではないなんて百も承知。
俺が乗っている電車も超満員だが動くようになった。先週は何時間も歩かされ、朝の4時に起きた。平和な世の中にどっぷり漬かり切っていた自分としては結構疲れたし、大変だった。被災地の方々に比べればこんなの特記するようなことでもないだろう。
けど、俺は“こんなの被災地のひとに比べれば…”という考え方をしたくない。
実際に俺は被災地のひとではないし、そう考えたって被災地の人たちへの何の解決にもならない。被災地の人と自分の状況を比べている時間があったら、前を向いて協力できることを探したい。
そもそも“被災地の人に比べればこんな停電や電車の不便さも我慢できる”なんてレベルの話じゃない。
今自分の置かれている状況を理解し、取り敢えずもう前を向こう。
今はそれぞれが生き延びたこの今を取り敢えず生きよう。
この先どうなるか分からなくて不安でしょうがないが、取り敢えず今は生きよう。
時間が全て解決するわけではないが、この12日間の時間でも多少なりとも問題は解決してきている。
今、人生で一番節電している。おそらくこれが俺の住む地域の誰もができる、そいうかしなくてはならない協力であろう。
これは国民の責務だと思う。
ご協力とか良心といった問題ではないと思う。
ナイターを実施するだと?一体何をどう考えたらそんなことになるのか気が知れないなんて程度の話ではない。今世紀最大の勘違い発言に呆れてモノも言えない。
ハイチの地震のときも、こないだのニュージーランドの地震のときも“不条理”をテーマにした日記を書いた。これがここまで本当に自分の身に降りかかってくるとは思わなかった。けどやはり、これが不条理だ。一体誰があの地震を止めることができたというのか。
今更になってあのときに書いた日記が痛切に響いてくる。
形式だけのご冥福をお祈りする前に、取り敢えず今の置かれている状況下で懸命に生きていこうと思う。そして自分のできる事を探して行こうと思う。
ただ、一刻も早く日本全てが、かつての姿を取り戻してくれることは誰よりも願っているつもりだ。
あの事件から早くも12日もの時日が経過した。
あの事件と現状について、これは絶対に書いておかなければならないとは思っていた。
だがやはり生活は一変し、とてもブログを開き、のんきに日記を付けていられるような精神状態、そして情勢ではなかった。
いま、ようやく少しだけ落ち着いてきた。
ずっと書こうとして書けなかった記事を漸くここに形にすることができた。
もう体にあの感覚が染み付いている。
多分共感していただける方も多いと思うのだが、揺れているあの感覚が体に染み付いてしまった。横になったりすると常にあの感覚に襲われる。常に揺れているかのごとく錯覚する。
あの日俺は普通に歩いていた。
あれほどの揺れを生まれて初めて経験した。生まれて初めて地震で怖いと感じた。
死ぬ前にこの感覚を知ることができたことに関してはよかったと思う。
幼稚園くらいの女の子だろうか。母親に送ってもらいっている途中であろう。自転車の前の座席に座っていた。母親のパニックに陥った雰囲気がありありと伝わるのだろう。
母親の“どうしよう、どうしよう”と恐怖に怯える声を聞き、みるみる内に女の子の顔が歪み、号泣していた。
それを見て、本当に怖いと思った。
大きかったには大きかったが、そのときの俺は電車が止まってしまい、途方に暮れている位であった。何時間待てども待てども復旧せず。そんな暢気な感覚でぼけーっと電車の復旧を待っていた。
その時はあれほどまでの歴史に残るような大惨事になっているとは知らなかった。
東北では目を覆いたくなるような悲劇が起こっていることを全く知らなかった。
これほど大きな事件だとは思いもよらなかった。
自分が深夜まで帰れなくなって、職場に戻りテレビの速報を見て、自分が今巻き込まれている状況がどれだけ多きなものかを知った。
自分がどれだけとてつもない状況に巻き込まれているのかを初めて悟った。
そして日本でどれだけ途方も無いことが起こっているのかをそこで初めて知った。
本当にこんなことになるとは思ってもいなかった、という正直な感覚。
なんでこんな事になっちゃったんだろう…と思うころには、北陸の海岸沿いの全てが瓦礫と化した、町があったであろう成れの果ての映像が延々と映し出されていた。
本当に不謹慎で最低な発言をさせてもらうと、ニュースで見る津波に街が飲み込まれていく様子は、まるで映画を見ているようであった。
現実味がまるで無かった。
そして翌日の海岸沿いにおよそ2000人もの津波で流された方々の死体が打ち上げられたという報道を聞いたときにそれが急に現実味を帯びてくる。
この報道は本当に衝撃的だった。
未だかつてこんな映像があっただろうか。まさに未曾有という言葉で表現すべき事態だ。
想像しただけで言葉が出なくなるような光景であろう。
テレビの番組が全て緊急速報に代わり、原発が爆発し、停電が実施され、俺が毎日使っている電車も止まった。
現時実の無い映画のような出来事がどんどん現時味を帯び、改めて自分がいま体験している状況のとんでもなさが浮き彫りになる。
それほど実感がなかった事件が、自分の身の回りにもどんどん影響するにつれ、日本がどれほど危機的状況に陥っているのかを理解していった。
もう既に東北地方で起こった悲劇では済まなくなっていた。これは既に日本国民全ての問題であるのだ。それを理解するのに少し時間がかかってしまったが、実感を伴って理解したため、深く理解できた。
運悪く亡くなってしまった人が大勢いる中で幸運にも生き延びることができた人も大勢いる。
しかし、生き延びてしまった…と嘆く人もいた。
命は助かった。しかしもう帰る家も無い。帰る故郷も跡形も無くなってしまった。そんななかで彼らは一体どこに帰るのだろうか。
俺の部屋では幸運にも本や机の上などに並べてあるものがめちゃくちゃになっていた程度で済んだ。被災地の人たちはもう次元が違う。
命以外の殆どを失った。けど命だけは助かった。そんな人も多くいるんじゃないだろうか。
命あってこそ。生きていてなんぼ。
そんなせりふが聞こえてきそうだが、本当にそうなのか。それは殆ど何も失わずに済み、いま落ち着いて暮らしている人間の傲慢ではないのか。
“こんな老人が生き延びちゃってごめんなさい”と涙ながらに語っていた老婆の言葉。
もちろん、亡くなったほうがよかったなんて馬鹿なことを言いたいんじゃない。
被災地の人たちは多分、命あってこそ、なんてことすら考えられない状況なんじゃないだろうか。あの大惨事の中、命が助かった。これからのことは分からない。けど、生きているので今この時間を一生懸命生きる。
そんな人もいるんだろうと思う。
ただ、生き延びればこれからがある。
どれほど復興が困難で、膨大な時間がかかり、後先は不透明で、今現在は帰る場所も無い。
そんな中でも、生きていれば何かしら先がある。今のところは先がどうなるかなんて誰にも分からないだろう。
けど、間違いなく先がある。
だから残酷に思えるかもしれないが、早く前を向くことは大事なんじゃないかと思う。
実際に被災地で身内を亡くされた人にそんなことは言えないし、これは運良く今回の事件で被害を受けず、今多少なりとも落ち着いて暮らせる人間の高慢ないち考えだ。
一朝一夕で語れる問題ではないなんて百も承知。
俺が乗っている電車も超満員だが動くようになった。先週は何時間も歩かされ、朝の4時に起きた。平和な世の中にどっぷり漬かり切っていた自分としては結構疲れたし、大変だった。被災地の方々に比べればこんなの特記するようなことでもないだろう。
けど、俺は“こんなの被災地のひとに比べれば…”という考え方をしたくない。
実際に俺は被災地のひとではないし、そう考えたって被災地の人たちへの何の解決にもならない。被災地の人と自分の状況を比べている時間があったら、前を向いて協力できることを探したい。
そもそも“被災地の人に比べればこんな停電や電車の不便さも我慢できる”なんてレベルの話じゃない。
今自分の置かれている状況を理解し、取り敢えずもう前を向こう。
今はそれぞれが生き延びたこの今を取り敢えず生きよう。
この先どうなるか分からなくて不安でしょうがないが、取り敢えず今は生きよう。
時間が全て解決するわけではないが、この12日間の時間でも多少なりとも問題は解決してきている。
今、人生で一番節電している。おそらくこれが俺の住む地域の誰もができる、そいうかしなくてはならない協力であろう。
これは国民の責務だと思う。
ご協力とか良心といった問題ではないと思う。
ナイターを実施するだと?一体何をどう考えたらそんなことになるのか気が知れないなんて程度の話ではない。今世紀最大の勘違い発言に呆れてモノも言えない。
ハイチの地震のときも、こないだのニュージーランドの地震のときも“不条理”をテーマにした日記を書いた。これがここまで本当に自分の身に降りかかってくるとは思わなかった。けどやはり、これが不条理だ。一体誰があの地震を止めることができたというのか。
今更になってあのときに書いた日記が痛切に響いてくる。
形式だけのご冥福をお祈りする前に、取り敢えず今の置かれている状況下で懸命に生きていこうと思う。そして自分のできる事を探して行こうと思う。
ただ、一刻も早く日本全てが、かつての姿を取り戻してくれることは誰よりも願っているつもりだ。