ジョージ・いまさきもり の アンダンテ・カンタービレ

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東日本大震災と原発事故について思うこと(その2)

2011年04月18日 | 社会について独り言

 東日本大震災と原発事故について思うこと(その2 )

1.原発避難地区に戒厳令を。
  昨日東電から原発事故を収束させる工程表が出されたが、
  上手く進んでも9ヶ月かかるという。
  いずれにしても、
  相当長期にわたって避難を余儀される方が出るだろう。
  そうなると、
  自分達の町や村が、そして自宅や田畑がどうなるか心配になる。
  もう既に空き巣狙いがかなり横行していると言うのではないか。
  強制避難させるなら、
  その人たちの財産や町村の資産を守ってあげる必要がある。
  自衛隊の人にはそちらの仕事にあたってもらったらどうか。
  また、そういう不届き者には、別裁判で最低でも懲役25年くらいにしても良い。

2.外国からの資金調達を。
  復興の財源をどうするか。
  どうするか、どうするかと言っても、
  復興税、復興国債、消費税上げ、社会保障費の削減等
  を言っているだけである。
  外国の資本を導入できないだろうか。
  復興国債を海外で買ってもらったらどうか。

3.海外拠出資金の取りやめを。
  日本はこれまで、国連その他国際的に多大の負担をしてきた。
  今回、海外諸国が寄せてくれる励ましの声を正直に受け取ったらどうか。
  海外への拠出資金の負担を減らしも、許して貰えるのではないか。


内橋克人さん『原発への警鐘』から(その2)

政治家主導によって、
見切り発車で日本に次々と原発が設置された。

そして
原子炉内のパイプの”応力腐食割れ”による事故に、
各地の原発が揃って襲われたが、、
なんとか技術的解決に目鼻がついた頃、

米国スリーマイル島で、大きな事故が起こった。
こちらは加圧水型原子炉であるが、その二次給水系に故障が起こり、
放射線物質が外部に放出されてしまった。

この事故でショックな点は、
この故障が運転員の捜査ミスによってもたらされたということである。
  定期点検の後に、
  運転員が給水ポンプのバルブを開くのを忘れた事、
  さらに加圧器の水位計を見誤るというミスが重なって、
大きな事故を引き起こしてしまったのである。

原発の運転操作は、いつまでも特定の技術者が行うのでなく、
順次一般の社員が担当するようになっていたから、
幾重も安全操作の仕組みが必要であったわけであるが。
それが十分ではなかったと言うしかない。

原子力発電は異質の巨大技術であるがゆえに、
その確実さにおいては、宿命的に欠落部分がつきまとう。

「原子力技術は、
技術者が
2代にも3代にもわたって継続していかなければ、完成しないという、
これまでとは全く異質の技術です。
技術の研究開発から廃棄物処理の完了まで、
優に百数十年はかかる。
確実さを心掛ける以外安全を守る方法はない。」
という、川上幸 一さんの言葉が重く響く。

続いては『放射線を追う』と題して
許容できるとされる放射線量について言及している。

原発から放出される放射線の許容量を定めて、
作業や避難について安全施策をしている。
○○ミリシーボルトまでは安全だとか言っている。
(この著書の頃の単位はレム)。
しかしこの放射線量の数値の根拠は、信頼できるものだろうか?

この数値は、
ICRP(国際放射線防護委員会)という機関の勧告に根拠を置いているが、
ICRPは、『T65D』と呼ばれる、
広島・長崎両原爆の推定放射線量と
被爆者の発病率の相関を計算したものを基礎データにしている。

実際の被爆量とその被爆者の発病状況を是非調べなければいけない。
マンクーゾ博士は『米国
エネルギー委員会』の依頼によって、
ワシントン州の原子力施設で働く労働者について、
がんやその他の被爆が誘発する病気についての調査を行った。

その結果は
骨髄、肺、咽頭に対する影響は、
安全な放射線量に拠る予測の10倍以上あったという。
これをそのまま『マンクーゾ報告』で発表したしたところ、
米国政府は想定外の結果に困って、
研究費補助を打ち切ってしまったという。

後半は、
『現場からの報告』として、
”公開ヒアリング”に見る原子力行政の無責任さや、
原発作業員の被爆データの捏造や、
”隠れ被爆作業員”と示談の事実などを述べられている。

そして、
『原発マネーフロー』として、
敦賀市長、問わず語りの”タカリの構造”。
原発を持てば電力会社の利潤は増える構造。
電力は本当に足りないのか、余っているのか。
そして東電と北陸電力の電気料金を比較して、
電力会社の”三題噺”で儲かる仕組みを紹介。
さらに「世界一高い電気料金の現実を述べられている。

エピローグでは、
原発過密国日本への警告と共に、
『電力自給圏を全国に築く』事を、既にこの時期に提言されている。

そして最後に
玉野井芳郎さんの言葉を紹介して結んでいる。
「(私は、経済学を研究して書斎で過ごしてきたが)
その私が反原発を、命を守る運動として、
国民運動にまで高めていかなければならないと思った。
(というのは)原発についてあまりに誤った幻想が、権力を持つ人、
カネを持つ人、責任ある地位に立っている人たちに、
強く一般化していることを思い知らされたからです。
あと10年するかしないかのうちに
放射能廃棄物と人間との距離は、
ぐんと縮まる時代がやってくるでしょう。
私たちの子供や孫は、いったいどうなるのでしょうか!」