private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over28.31

2020-06-13 12:28:33 | 連続小説

 ついにとっぷりと陽がくれた校庭は照明もなく、あたり一面が真っ暗だ。学校って広いから街灯や、ビルの光が届くこともなく、こんなに暗くなるんだって、、、 こんなことがなきゃ、こんな時に、こんなとこにはいない、、、
 そりゃ忍び込むにはいい具合なんだけど、暗闇で誰かと遭遇したらと思うと気が気でないし、いったいどこから入ればいいのか、むやみに徘徊するのも得策じゃないし、朝比奈はどうするつもりなんだ。
「今日の今日だから、知るはずもない。正攻法でいいんじゃない」
 そう朝比奈は紋切り型に言い切った。時間があればそれなりの準備もしておいたんだろうな。そうだろう、これまでの流れを見ていれば。そして突然にふりかかっても対応力はさしてかわらない、、、 正攻法ってどういうことだ。
「正攻法なんだから、正面玄関でしょ。案外、カギなんかかかってないもんよ」
 そう言われると、きっとそうなると思えてくるからおかしなもんで、つまりは実際がどうであろうと、朝比奈の思考に現実が書き換えられていくんじゃないかと、おれもこれまで見てきたそういう次元のヤツらって、有言実行というよりは、有言したことに世界が変わっていくってのが正しいってぐらいの勢いだ。
 朝比奈は正面玄関の前で立ち止まり少し首を曲げて、どうやらおれにその重責を託したらしいく、そうなるといきおい心臓がバクバクしてくるのは、開くのか、開かないのか、おれの見解とか、朝比奈の能力とかが正しいか試される瞬間であり、おれ自身もそういう人種かどうか試されているようだからで。
 おれは慎重に扉を押そうと人差し指を突き出してながら、でももう、最初の感触から扉が開くと確信できたぐらい、そんな扉の圧力が伝わってきて、扉が少しズレたとき朝比奈の首はさらに曲がっていった、、、 まさか、それで念を送っていたとか、、、
「よかった、侵入できて。帰りもすんなり出られるといいんだけど。ホシノもさ、どちらかといえば… 」
 おれはなんだかほめられるような気がしたから、すぐに朝比奈の方に顔を向けた、、、 飼い犬が、飼い主に褒美を貰えると思ったときのように、、、 そうするとそれを悟ったのか、すぐに言葉をためらって口角をさげ、間近でよく見るとそこには小さな、ほんの小さなエクボができている。
「 …いい運気を持ってるんじゃないの。信じるのってさ、なんの費用もかからないんだから。なんにしろムダには… そうね、ムダにはならないから、信じてみればいんじゃない。だから、この先もさ」
 予想していたよりは、ほめられたのか、けなされたのか、微妙な言葉しかいただけなかったし、おれの運気を朝比奈の念が上回っているだけのような気もして、それもどれだけ自分が信じらるかなんてのは、日々の努力の蓄積の賜物でもあるんだから、当のおれ自体にそれがないから、余計にほめられた気がしなかったのかもしれない、、、 実感のないほめ言葉と、自分を信頼するにはいつも懐疑的だ。
「だから、そうなるなって思ったから、言うのやめようかって。ホシノがおなか空かしたワンちゃんみたいだからね。わたしとしてはちゃんとほめてるつもりなんだけど」
 やった、これでおれは朝比奈のイヌ認定、、、 それで満足、それ以上は贅沢。
 そしておれは、そう言われて、なんだか、腹が、減っている、、、 ことに気づいた、、、 こんなことなら学校に来るまでになにか入れとくか、食料を調達しておくべで、夜の学校の屋上で朝比奈とともに食事を共にするのもシャレてるような。
 それに朝比奈が賛同してくれるかは知れないし、朝比奈のことだ、こうなることはわかっていてあえて準備してないと考えたほうが正しいはずで、当の朝比奈はキュートなヒップをひねって扉を閉じた、、、 ああ、扉になりたい、、、
「ガソリンがないから動けないってのは、なしにして欲しいんだけど。わたしは決まった時間にしか食事しないから食べるつもりなかったんだけど、育ち盛りの男子高校生には耐えがたいか」
 さすがに察しがいいな、だいたい一日5食ぐらい食べてるからな、部活の時からそうだったし、やめてからもその習慣は抜けず、そのぶん運動してないから体重が増加の一途をたどり、それも腰が重いのに一役かっていて、フェンスを越えるのにヒザを擦りむくし、それに耐え難いのはなにも食糧事情だけではない、、、 いまは多くは語らないでおこう、、、
 朝比奈は校内スリッパに代えずにマットで砂を適当に払って、土足のまま廊下を進みだしたから、おれもそれに続いたけど、ふだんなれないことすればその一歩、一歩が罪悪感として伝わってくるから小心者にはたまらない。
 そりゃ、屋上にあがるんだから、スリッパじゃ勝手が悪いし、それにいつ何が起こるかわからない状況下なら、いざというときの対処にも理がかなっている。逃走することになって、土間に靴が残ってちゃ、逃げきれても証拠を残して、アタマ隠して尻隠さずだし、スリッパでは逃げられない、、、 おれなんかシューズでもあやしい、、、
 そうして感心しているあいだにも、朝比奈はサッサと廊下の突き当りまで行って階段を登りだしていて、夜の学校はやっぱり気味が良いもんじゃなく、誰かならまだ実体があっていいけど、、、 本当はそれも困る状況だけどな、、、 実体のない者まで出てくる可能性があり、おれはかえって見たくないモノを見つけようと目がせわしなく動いている。
 朝比奈はさすがの自信で自分に不利なことは起こらないと信じ切っているから、目的地に最短で進むことしか頭にない、、、 ように見えた、、、 階段もスピードを落とすことなくどんどん上っていき、4階までの階段をハムストリングを伸ばして、一定のリズムでテンポよく登り切るのを見て、おれもできる限りスピードをあげるけど追いつけないまま息切れしている、、、
 屋上に出る扉に続く最後の細い階段の前で待っている朝比奈の表情は硬く、それはきっとアビィロードスタジオの階段に、思いをはせているのだと勝手に決めつけて、比べればずいぶんと質素で味気がないはずだけど、朝比奈も気分が高まって明日への想いもふくらんでいるんのだと、、、 とか思ってた。
「もう、ここまでくれば大丈夫」
 その言葉は、宿直の教員や、学校関係者に見つかることはない安心感からで、おれも足のある物体には会わなくて済んだけど、そうじゃないヤツらだって、どこから現るかわからんからなと、さっきの教室を思い出して軽口をたたいたら、朝比奈の顔が急に引きつり、そこで屋上への扉がドンっと鳴った。
「!!」
 息を飲んだ朝比奈がおれの胸に飛び込んできて、ああそうか、この暗がりに乗じて、ついにおれの想いをくんでくれたのかと、背中に手を伸ばそうとしたら、あっというまに腕を取られて、ねじ上げられ後ろ向きで身動きが取れなくなっていた。
 あれっ? どういうこと。えっ、もしかして朝比奈って心霊現象とかにダメなタイプで、だから、廊下も階段も全速力で、それも最短距離を進んでいったとか。朝比奈はおれを放ち腕くみして、いつまでも弱いところを見せる気はないようで、壁に背もたれ、腕を組んで鋭い眼光を向けてきた。
「ホシノ大丈夫? わたしは大丈夫」
 でしょうね、、、 おれは腕が痛いし、朝比奈には肉体的被害はない、、、 支離滅裂な言動に、精神的に大丈夫かと心配したいぐらいで、それを思うと、ここまで来るのだけでも、かなり決死の覚悟だったのか? 本当ならひとりで下見に来るところだけど、それは無理だってわかってたから、おれを誘ったのか、、、 ガックリ。
「共犯にするつもりはなかったんだけど。さすがにひとりはムリだった。それに、そうなるかどうかは、これからの働き具合による」
 これからのって言われかたもキツいなあ。まあ普段の朝比奈ならそうるよな。取り乱したのは一瞬だけで、もうそんなそぶりは全然ないし、さっきのポジティブシンキングで、自分に悪いことは起こらないって理論では、乗り切れないんだろうかとか。
「現実に対しては有効だけど、ソッチにはなんの役にもたたない。はず、多分」
 冷静に分析ずみなのか、さっきは小学校のサマーキャンプとかで、ビビりまくる女子と何ら変わらない朝比奈の新しい一面を見て、おれは新鮮だったし、うれしかったのに、この姿はクラスの誰にも見せられないし、見せないな、、、 メドゥーサにも弱点はあったんだ、、、 おれのムチャぶりの指摘にはこれも含まれていたとは。
 あっ!!
「 っなに!?」
 おれは、さっきのリプレイを期待して朝比奈を脅かしてみたら、うまいことおどろいて、腕にしがみついてきた朝比奈の柔らかい部分が心地よかったのもつかのま、その腕をかつぎ上げ、肩にかけられ、イノキの腕折り固めの態勢に入っていた、、、 快楽には痛みも伴うものだ。
「ホシノ。その勇気は別のところで使ったほうがいいし、次やる勇気は持たないほうがいい」
 共犯者を口封じのためかたずけられるパターンはあるけど、これではカッコがつかない、、、 どちらにしても端役にありがちな姿の消し方だ。でもそうすると朝比奈、帰りはひとりだな、、、 あっ、スイマセン。腕をしぼられて、おれはすでに死亡寸前だった。