private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over28.21

2020-06-06 13:19:23 | 連続小説

「さあ、そろそろ視察にいこうか」https://youtu.be/x47aiMa1XUA
 そう言って朝比奈は軽快に立ち上がったかのように見えた。赤みを帯びかけた空、シルエットになった木々。ここがホテルのプールならこの風景は、まさにホテルカリフォルニアのジャケット、、、 そんなわけないか、、、 でも、朝比奈がプールサイドを優雅に歩くだけで、そこは高級ホテルにもなりえるじゃないか。
「誰でも、いつでもチェックアウトできる。でも、誰もそうしようとはしない。行くところまで行き着いてしまい、先の見えない将来を何とかしたいと思いつつ、誰も手をつけようとはしないとかね。捉え方はいろいろだけど、なんにしろすべてに憂いを持っている。それはいつの時代もかわらない」
 それが最後の歌詞の部分だとも知らず、しょうがないからおれも重くて、痛みがちな腰を憂いながら立ちあがると、そこにスーっと冷たい風が吹いてきた。朝比奈はこちらを振り返り、いい風ねと言った。おれはそんな風より朝比奈のそばから漂う、温かく甘い香りのほうが良かったが口には出さない。
 見上げれば暗がりに浮かび上がる校舎がさびれたホテルなら、おれみたいな落ちこぼれの学生は、なんだかんだと理由をつけて、この場から旅立つことを回避しようとしている。朝比奈はプールの出口の前でおれを待って、内カギを外して扉を開けてくれた。ここから先を導いてくれるかのように、、、 そしておれは呼び込まれていく。
 いつまでも学生ではいられないのに、責任がないのが自由だと勘違いしているうちは、そうすべきではないとか、先の見えない未来に希望が持てないだのそれらしいこと言って、先が見える未来がいったいいつの時代にあったのか、あったとしてもそれは権力者の口車にのったあわれな民衆が誤認した時代だけだったはずだ。
「その先にあるのは夢見た世界か、想像もしない現実か。どちらにしたって後ろがつまってるから、押し出されていくからしかたないでしょ。無理やりつぎのステージに担ぎ出されるのもあながち間違いじゃないし、そうでないとだれも次の一歩を踏み出そうとしない。いつしか時流に支配されるようになっていく」
 そこはそこで、そう言われて思い返してみれば、自分がどれほどうまく進級してきたなんて確信はなくて、自然にカラダが馴染んでったってほうが正しいんじゃないだろうか。朝比奈が言ったように、最初の一歩を踏み出すのは誰でも不安で、できればだれかが進んだあとの延長線にいたいはずだ。
「ここを探索するには懐中電灯が必要だった。それじゃ目立つからロウソクでもあればよかったか。そのあと花火もできたし… 残念だった」
 そう、先を見通せる光を誰もが求めていて、誰が時を支配しているのか知りたがっている。自分で支配しているはずもなく、時がおれのカラダをいいように使っていったのならば、それは、ひいてはつねにまわりの誰かに支配されていると同じで、思い起こせばいつだってそんな記憶しかない。
 マサトだって、永島さんや、そしてキョーコさんと関りがなければ、クルマを運転することもなく事故で死ぬこともなかった、、、 まだ、死んでないか、、、 それってみかたによっちゃ、自分の意思とははなれたところで操られているわけで、案外そっちが正しいのかもしれないなんて、とかく自分の能力に懐疑的になればなるほど、そういった暗黒面に精神を持ってかれがちだ。
「モノにだって、そうね、魂が宿っているだろうし。特に本人の思い入れが強ければ強いほど、そういうのってありえるでしょう。ナガシマさんってひとが手塩にかけて作り込んだクルマを、その思いを手放して、はたしてマサトが飲み込まれていったのか、そのクルマに乗る人間を選別したのか。そこにまだ迷いがあるうちは乗せられてるんでしょうけど。そこは先輩のお古のシューズと同じ」
 そう言って、さっきのシューズの話にからめてきた。おれが自分でもうまく噛みくだけていなかったことを、さらりと消化されてしまった。シューズに自分の未知の力を引き出してもらったという考えはなかったな。モノが持つ力、そのモノを大切にしていた人の力、そういうのがどこかで影響をあたえてくることはあるだろう。
 よく聞くのが武士の時代の名刀とか、その妖気に囚われて、本人の意思にかかわらず人を斬ってしまうってヤツ。それのクルマ版ならマサトは永島さんの妖気にとり付かれて、自分の能力以上を出してクルマを走らせてトラブルを巻き込んでいった。時期も時期だし、そういう魔の世界に取り込まれていたとしてもおかしくない、、、 のか?
「それはね… そうね、まだ、その話しは早いんじゃない、ホシノには… わたしは別にいいと思うんだけど、モノが、シューズが、ホシノが持ってる力を引き出してくれたとしても、その力を持っていたのはホシノだし、あつかう能力を伸ばしていけたのもホシノなんだから。タイミングって重要で、どんなに能力があったって、発揮する場所がないまま埋もれていくひとなんてごまんといる。ホシノはその日、そのタイミングに巡り合えた。それを今日知るところとなるなんて、それってすごく重要で、貴重なことなんじゃない」
 朝比奈は急に遠い目をして寂しげになる。首筋から手を差し込んで髪の毛をとかして、それから首をくるりと回す。月の光に照らされた髪の毛が宝石のように光り、腰から足元にかけての曲線美から目が離せない。そんな一連の動きの中にも多くの意味合いが込められているようで、なのにおれはそこからなにも引き出すことはできない。
 そんな朝比奈の言いようは前にも聞いた。言葉は唐突で、なんの論理性もないのに変に納得させられ、朝比奈が重要といえば重要だし、貴重って言えば貴重に決まってるんだ。夏休みの感想文をまともに書けたことがないおれは、みんなが良いと言えば良かったと書いて、わかりづらいって言えばそう書いた。流されやすく、権力者にはさらに弱い、、、 見上げれば朝比奈を照らす月の色はすこしピンクがかって見えた。
「わたしたちはそういうモノに囚われて生きている。学校に通っているのが誰かの誘いにのって集まったとしても、手にした力でなにも成し遂げられない」
 なにかを成し遂げるために生きていくのは人間としての本質なんだろうけど、おれたちってそういう目先の目標をつなぎ合わせて生きていくしかなく、知らないうちに、知っていながら巻き込まれているわけで、そいうのってあればあったでうっとうしいんだけど、なければないで、流れていく時間に乗せられて生きてるようで、自分で時間をつくるって行為を放棄しているのと同じだ、、、 どうやらいつかの時代に自分たちの魂を置いてきてしまっみたいだ。
「いいんじゃない、そいうの。なんか官能的で、すごく人間っぽい。こういうときにわたしは、もっと強い時の流れを感じられるんじゃないかってそう思っている。ひとりでもそうである時間は経験できた。たとえばステージで歌うとき、バンドが奏でるメロディに合わせて自分の時間をコントロールしていく。その時間は他では感じられないほど綿密で繊細なの。ホシノだって走ることで同じようなことを成し得てきたじゃない。目標を与えてきたのは、自分以外の権力を持っていた人間なのかも知れないけど、目標と日々戦ってきたのは間違いなくホシノだったんだから。これを体験してしまえば、それ以外のことがまったく無意味に思えてくる。だけど、それ以外の平凡があってこそ、その時間が貴重であるのもまた真実なんだって。夏休みの比重が重いのはそれ以外が単なる日常だから、それが現代のわたしたちに与えられた砂漠に浮かぶホテルカリフォルニアで、すり替えられた幻想だとしても」
 タイムにしろ、記録にしろ、勝敗にしろ。成し遂げてもつねにその先があり、手が届きかけても消え去ってしまう。どこに行き着けば、なにを手に入れれば満足できるのか。満足したときはもう次がないのなら、そこから先の人生に何の意味があるのかって、、、 それほど意味のあるこれまでの生きざまでもない、、、
 そうして出口のない迷路を必死になって進んでいく。ときに誰かに助言を受け、ときにだれかの策略にはまりながらも。本当に前に進めるヤツっていうのは、したから突き上げられなくても自分から離れることができる。社会的な行事をこなさないと前に進めないヤツは、いつまでたっても同じ場所に居続けるしかない。