private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-11-01 10:29:42 | 非定期連続小説

SCENE 15

「敵情視察ですか? 時田さん」
 夏、真っ盛りの暑いさなかにダブルのスーツを着ている、いかにもやり手の実業家然とした男が恵の後ろから声をかけてきた。声だけで誰なのかを察した恵は、男の方を振り返ることなく、あえてショップのショーウインドに映りこむ姿に言葉を返した。
「あーら、重室さん、こんな暑い中、わざわざプロジェクトリーダ自ら現地視察ですか? さすが、できる広告代理店ビジネスマンは違いますねえ。ここまでやって、いまだ改善に余念がないとは。それとも… 自分が出した成果を見回して、眺め回して、舐めまわして、堪能して、自己満足にでも浸っているところに負け犬を見つけたもんだから、気分も盛り上がって、てとこでしょうか?」
「ハハハッ、そこまでイヤミがスラスラと出てくるとは、よっぽど根に持たれているみたいですね。まるで、今日この日のために蓄えてきた怨みつらみを、すべて吐き出さんばかりの完璧なセリフ。まさか台本まで用意してたとか?」
「そうですねえー、一日千秋の思いでこの時を待っていましたわ。なんて言ってやり込めてやろうかと毎晩考えてたら、暗記してしまったようです。人の怨みが持つ陰の力を身に染みて感じてしまいましたわ。なるほどそれらが幾つもの歴史を変えてきた理由がよーく理解できたところです」
「ハッハッハ。まあ歴史云々のハナシは置いておいて、アナタのような素敵な女性が毎晩ぼくのことを思っていただなんて大変光栄ですよ。もっとお話しを聞かせていただきたいですね。どうですか、今晩一緒に食事でも? もちろんそこで、これまでのボクへの怨み節を話されても喜んでお聞きしますよ」
――マゾかっつーの! 喜ばれるなら言わないって。
「あーら、ご関心があるのは仕事と、この商店街だけだと思ってましたら、意外と女性にも興味がおありとは。仕事中毒で浮いた話しのひとつもないって評判ですんで、普通だとここでソッチかもしれないなんて下衆な勘繰りをするものですけど、私はそうは思ってないから安心してくださいね」
 恵は否定することにより、あえて口に出せる方法で重室を挑発した。食事の時間を待つまでもなく、いつでも、どこからでも、どんな体勢でも嫌味は出てくる。
「なにをおっしゃるかと思えば… 他人の成功は普通の人間にとっては、やっかみの原因になるものです。そんな話しをいちいち気にして相手にしていたら身が持たないし、時間の無駄です。言いたいヤツラには言わせておけばいいし、そんな人間は所詮、それ以上の何者にもなれない… まあ、なるつもりもないでしょうけどね」
 恵はようやくカラダを向き直して、重室と対面した。満面の笑顔で腰に手をあて、腰をくびれさす。室河の視線がウエストからヒップ、そして太ももをなぞっていった。
「あなたと意見が一致して残念ですけど、私もまったく同感です。他人を貶めるのは、自分を貶めると同じことで、なんの利益になりませんからね」
「はっはっはっ。利益ですか。いやー時田さん、いいですね。わたしはね、常々あなたとは方向性は同じだと思っていたんですよ。言葉の端々にトゲがありますけれども、それもまた刺激的で小気味いいほどです。これまではライバル会社として何度か遣りあってきましたけれど、いつか一緒に仕事をしてみたいと思っていたんですよ。どうです、そのような話しをもう少し詰めていきませんか? お互いの意思を疎通できる素晴らしい空間を提供しているお店があるんですよ。私の親友がやっているイタリア料理の店なんですけどね」
――なにスカシたこと言ってんのよ。アンタが女をおとす時、必ず使う店でしょ。店長を取り込んで飲み物に混ぜモノしてるってハナシですけどお?
「ゴメンなさい。ぜひご一緒したいんですけどお、今日中に駅裏の会長に提出する企画書をまとめなきゃならないんです。アナタのような人生の成功者にはわからないと思いますけど、才能がない人間は他人が遊んでいる間に努力しないと、いつまでたっても追いつけませんからね」
「だからですよ。だから、私と一緒に人生の成功者になればいいんです。しょせん成功を手にできるのは一握りの選ばれた人間だけなんですから、無駄な努力をするよりも同じ神輿に乗ったほうが早いと思うんですがね。あんな見込みのない駅裏の仕事は貴女には似合わない。さっさと見切りをつけた方がいい。つまり、私にノッからないかってことですよ。いろんな意味で。ハッハッハッ。食事のあとでさらに親交を深められるんじゃないでしょうか。ハッハッハッ」
――出た。エロオヤジ炸裂。無駄な努力ってどうよ? ふんっ、調子にのっててくれてたほうがコッチも都合がいいけどね。
「あらあら、重室さんとしてはえらく下世話な発言ですねえ。どうでしょうこれは充分に、セクハラのパワハラの、モラハラに該当すると思いますけど? 知り合いの弁護士さんに相談したら何というでしょうか? 一度、聞いてみます?」
 恵は、端末を取り出して片手で起用に操作し始める。余裕を見せていた重室も、これにはさすがに顔をこわばらせ、焦った表情でとりつくろう。
「ちょっ。ちょっと待って!」
「エアーよ、エアー。そんなメンドーなことに関わってる暇ないですから。やはり、エリートサラリーマンもさすがに訴訟ごとは避けたいようですね。世間体も悪いし」
「まったく、悪いヒトだな… っと、これじゃ余計なことしゃべれないな。つまりは手を出すなってことですか。いいでしょ、まだ、降参してないというのなら、どんな手で巻き返してくるのか楽しみにさせてもらいますよ。いつまでそれが続くのかわかりませんが、早めに降参してもらえるとボクも助かるんですがねえ。時田さんが言うように時間は大切だ」
――私落すのに時間かけられないってこと? ずいぶん安く見られたモンね! 出来レースでしか勝てないヤツがよく言うわよ。みてらっしゃい次はそのまんま、アナタに地団駄踏ませてやるから。
「たとえ負けたとして降参はしません。アナタにアタマさげるぐらいならこの業界に残るつもりはありませんから。それともうひとつ、忠告させていただけるのなら、アナタの価値がいつまで続くのかいささか懐疑的でもあります。あまり自分の能力を過大評価してると、知らない間に消えていなくなるなんてことも… 上昇志向もいいですけど、先に何があるのかも知らず、自分が何になりたいのかも決められないまま、どこまでも突き進んでしまうのはアタマの良い人間はしませんよね。私とどちらが先にいなくなるか楽しみですね」
 穏やかで端正なマスクが少し歪んだのは、少なからず身に覚えがあるということになる。恵のカマかけは自信満々に言い切りるために、相手が簡単に翻弄されていく。
「ふーっ、いまの言葉は聞き捨てなりませんね。いいでしょう、おとなしく私の軍門に下ればその先もあり、いい目が見れたものの。そこまで言われれば、コチラも徹底的にやるだけです。ボクはまだ消えるつもりはありませんのでね」
「手に入らなければ、抹殺したほうがいいと? わかりやすくていいですね。これで私も張り合いが出てくるわ。私ね戦う相手が悪けりゃ悪いほど燃えてくるタイプなんです」
「悪けりゃ? 強よけりゃの間違いでしょう。あまりいたずらが過ぎるとケガをしますよ。ボクはあなたがキズ付く姿は見ていられそうにない。武士の情けでけで、これだけは忠告しておきましょう。見えている敵がすべてでなく、どこに見えない敵がいるのかも充分に考慮しておくべきだとね」
 いいようにあしらわれた状況に、少しでもまだ自分に余裕があるところを見せたいのか、含ませながら強がっていた。それによって恵が貴重な情報を得られたとまではアタマがまわらない。
――わかってるわよ、そんなこと。見えないところで敵がうごめくもんだから、ハマってるんでしょ。
「これは、ごていねいにありがとうございます。世の中の人間がみんな、アナタみたいに素直で、わかりやすいと楽なんですけどねえ?」
 恵は笑いながら、ハンドバッグを振りかざし、踵を返した。今夜の獲物を失った重室は、小バカにされたままの状態で別れることとなり顔をしかめて悔しさを現す。
「あのオンナ… 必ずひれ伏させてやる… 」