private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権

2015-05-03 18:06:44 | 非定期連続小説

SCENE 2


 会長は難しい顔を崩さないまま、親指をひとなめしては企画書をめくっていく。読み終えた方の山は角がふやけて波を打っている。それを持ち帰るのもうんざりするし、それ以上にこのあとに発せられる言葉を想像すると気が重い。
 本来ならプロジェクターを使って、スライドを映し出しプレゼントークで引き込んでいくところだ。
 それなのに、この能天気な息子にひと言、そんな場所ないっスと言い切られ、たしかに通された場所はコテコテの日本間で、プロジェクターをセットするには無理があった。
 急いでPCから複合機へ出力しようと、せっかくだからカラーの方がいいかと思い20ページ送信したら出力するのに20分もかかってしまい、そのあいだコピーが使えなったまわりのヒンシュクをかうことにもなる。
――なれないことするもんじゃないわ。あんなにかかるとはね。だからって、あからざまに不満を前面に出さなくてもいいじゃない。
 心の中でぼやきながらも、おもてむきは張り付いたような笑顔をくずさない恵は、会長の反応を待つしかなく、なすすべもない。
 常に攻めの営業を主体としてきた恵は、こういった場面ではクライアントの表情を読みながら、自信のあるポイントでは力を込めたコメントを挟み、首をひねられればすかさずフォローを入れ、何か聞きたそうであればそこを掘り下げて、有利に交渉を運べるように誘導するのだが、こうも黙りこくったまま、いっさい感情を表に出さず読みふけられると、言葉をはさむタイミングがみつからない。
 なにもかもが悪い方向へ進んでいる時は、変に動いても事態を悪化させる要因となりえると、これまでの経験で学んではいる。ここは辛抱して静をつらぬく方が賢明と判断した。
 会長が最後のページを読み終えたところで、すかさず恵が口を開こうとすると、わざわざ20分かけて出力して、いまや片角のふやけた企画書は無情にも恵の手元に押し返され、そのまま会長は腕組みをしてしまった。あきらかに拒否のポーズである。
 作り笑顔が引きつりかけたのを見透かされないようにそっと手を口にやる。
「こんなんで、本当に人が呼べるのか?」
――そんなの、アホ社長に聞いて頂戴よ。なんで私が弁解しなきゃならないの。
「これは、弊社の社長自ら考案したプランでございまして」
 会長の目が恵を値踏みするように深く睨みつける。
 セリフとしては社長を立てつつも、
自分のプランでないと匂わす姑息な気の持ちようでは会長を納得させられるはずもない。
「なんだかヘンテコなく食いモンと、不細工な着ぐるみで」
「これはB級グルメと、ゆるキャラと申します。いま全国的に人気でして、どこの自治体でも取り入れているんですよ」
――メニューはB級にもみたないし、ゆるキャラどころか、ズッコケまちがいないズルキャラじゃないの。
 オヤジそんなことも知らないのかよ、と言う戒人の発言は、いくら親子の立場とはいえ、プレゼンの場にあるまじき言葉で、恵の説明の腰を折っただけだ。
 役立つ働きをするとは期待もしていないが、せめて足を引っ張らないで欲しいところだ。
 そんなもん知らんと、にべもない会長はさらに追い討ちをかける。
「なんにしろ、この金額では話にならんな。駅前商店街ならまだしも、ウチに出せると思うのかね?」
 恵の目が宙を泳いだ。
 会長の言葉は暗に、駅前に持っていってボツになった企画を、そのまま押し付けてきたのではと言わんばかりで、まさにその通りのオチに冷や汗が出た。
「そのようなことはございません。ぜひこの商店街の発展のお役に立てればと、弊社といたしましても精一杯、ご尽力させていただく所存でございます」
――なによ、このオヤジ。結構、しっかり見てるじゃないの。尻尾つかまれないうちに抜け出さないと、私の華麗な経歴にキズがつくじゃない。だいたいムリなのよ、ムチャなのよ、ムボウなのよおぉ。
「言葉はたいそう立派だが、ワシに言わせれば身が伴なっとらんのだよ。ここの商店街のことを何にも知らず、店の者や、買い物客とのふれあいもないまま、ただ机の上で考えただけで何かが変るほど、この世の中は甘くないんじゃないのかね。ここは… 」
 ひたすら恐縮している恵を見て、続けて言うつもりだった言葉を飲み込み、別の話しに切り替えていた。
「ワシとしてもね、息子が世話になっている会社の話だから、無下にもできんと思って話しを聞いてはみたが、もう少し現実的な案を持ってきてくれなければ、これ以上は時間の無駄になる。とにかく今日のところはお引取り願おうか。戒人。このお嬢さんを送っていきなさい」
 大きく机を叩いて、会長は離席してしまった。恵は資料などをカバンに詰め込みながら、会長を呼び止める。戒人は空腹のお腹をさすりながら、その様子をただ眺めていた。