private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over00.0

2018-09-30 08:26:10 | 連続小説

「ホシノが望む答えになるかどうかわからないけど、わたしたちは、漠然と時の流れのなかに乗っかっているだけの個体でしかない。人が生を受けているのは遺伝子を過去から未来へ届けるためだけにあるように、だったら時の概念など何の意味もないし、自分の意識がどこの世界にあっても、ものごとの本質においては何ら問題ない」
 そう言う物事の仮定のしかたは朝比奈らしく、これまでにも耳にしてきた。それなのにもうおれはそういう物言いも含めてどうでもよくなっていた。そりゃおとこの性欲が自分の子孫を残そうとするところから始まっていれば、自分の欲望を越えたところでうごめくモノに対してどうにもなんないってハナシで、愛だの恋だの見てくれだけ良くしたって、結局のところはその遺伝の配列に操られているなんて、色気もなにもないのが現実だ。
 
美しいオンナと、力強いオトコを互いに求めていくのは、自分の意識とは別のバイアスが働いているだけなんだ。だったら自分の存在がどうであろうと、どこに意識があろうと、生きていようと、死んでいようと遺伝子の系統の引き継ぎになんの影響もないじゃないか。
「自分の意識、自分の記憶、まわりの状況、まわりの人たち。自分たちの関係する環境だけが昨日と今日を結びつけている。自分の見えていない場所で、いったいなにが起きていたって不思議じゃない。ホシノがね、ホシノだけじゃなく、多くの子供の頃に感じていたことは、あながち間違いじゃない。ひとによってはね、そんな、感じ方を、ときにする。人間の生とは離れて快楽を求めていく人間の生き方と欲望が、いつかそういった系統を破壊していく」
 最後の部分はよくわかんないけど、おれなんかは自分の記憶があいまいで、あとから戸惑うことも多いし、だけどきっとそんな人間がほとんどなはずだ。かといってみんながみんな、そんなわけじゃない。現に朝比奈だったらおれみたいなバカやんないから、見たもの、言ったこと、書いたものを明確に覚えているはずだろ。
「だからね、そんなのも、全部、自分の身の回りの範疇で起きているだけで、自分の記憶がひとつの世界の中で、脈々とつながっている証拠にはならない。なによりも、ホシノ。自分自身がそれを断言できるほど、この世界のことをわかっちゃいないのよ。多重世界。そのなかで、このひとこんな性格だったかしらとか、この建物や駐車場になる前はなんだのかとか、あの有名人このごろ見なくなったなとか、なんか大切なひとの名前が思い出せないとか、ふと気になればそんなのいくらでもある。だけどそんなことをいちいち気にして生きているわけじゃない。ほとんどがどうだっていいことに分類されていく。生きているあいだはパラレルワールドを彷徨っているのかも知れないし、単純に向こうとこちらを行き来しているのかもしれない。そんなことは問題じゃないわ。ホシノの現世は終わっていて、肉体と意識はもう切り離されている。あと、その意識がたどり着く先はただひとつだけ」
 おれは自分の手と足を見てみた。見なれた手足がそこにある。その手で顔をなでてみた。髪の毛は伸びたけどいつもと同じ顔だ、、、 のはずだ、、、 だけど朝比奈が言うにはもうこの肉体はおれのものじゃない。
 つまりはそういうことを含めて、おれは人生をあきらめさせられる、、、 自分の生への欲望、ひととしてのありかた、人類の存在理由、そんなものが、すべてなんの価値もないものへと変換されていく、、、 
 
おれはしあわせなんだろうか。仮にも、人生で遣り残した、、、 と思われる、いくつかの出来事を、カタチを変えモノだとしても、なんとか消化することができたんだから、、、 それをこの夏休みの中で。
 
それは夏休みの終わりが近づいて、残っているやらなきゃならないことを、あわててやってるときと重なり合って、さらに物悲しい気にさせる。
「夏休みって。ひとが死を迎え入れるための準備、なれてくための練習なのかもしれない。確実にやってくる最後の日を迎える心構えを知ることになる」
 そうか夏休みってヤツは人生の縮図なんだ。
 
誰だって有意義な一生を暮らそうと人生設計に余念が無く、他人より先んじることだけを優先してきた。そして当然のように、取ってつけられる言い訳を用意して、楽をすることを覚えていく。それはまだ先が見えずに余裕がある時期だからできるのであって、しかも先走った分だけ時間が増えたように思っているから、余裕ができた錯覚をしてしまいさらに楽をしようとしてしまう。
 
そこでは確実に砂時計の砂が減っているのに、見えないフリをしてしまう。わかっているからこそ不安な自分を認めたくないために気づかないように。カラ元気な行動を取る度にそのあとの虚空が怖かった。ひとりになるのが怖かったんだ。あとはもうただ時間を食いつぶしていくだけ、何もできない、何もしない。やりのこした多くのすべきことは、もう二度と取りかかることはない。
「ホシノ、お別れのようね」
 夏休みは何度もやってくる、ダメな自分をあざ気笑うかのように。去年の反省を踏まえて今年こそはと意気込んで、そして同じような1ヵ月半を過ごしている自分を知るところとなり、いつのまにかもうどうでもよくなっていく自分を許していた。
「もう、ふんぎりがついたはず」
 たしかにこのところ自分につごうのいい展開が多かった。すべてじゃないけど、なにかやり残していたことを、やらなきゃいけないことをひとつひとつ消化しているようでもあった。それは本当に自分が望んでいたものではなくても、そんなことは問題じゃない、おれがなにを望んでいたかではなく、おれがなにをやらなきゃいけないかが唯一の理由なんだから。
「さよなら。ホシノ」
 
おれたちは時を越え未来に先回りしてしまったのだろうか、、、 それともそれを手に入れることができたのか、、、
「できれば、ホシノと… 」
 そんなことどうでもいい、もう、どうだっていいんだ。
 おれは、おれは、
「もっと、生きていたかった」

「ホシノ。おまえ夏休みどうするつもりだったんだ?」