静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

ヘイトスピーチの法規制にあたって大事なこと   < 元国連人種差別撤廃委員の助言 >

2014-11-26 14:35:09 | 時評
  今朝の毎日に、上記内容に関し、パトリック・ソーンベリー英国キール大学名誉教授の寄稿が載っていた。Web版には出ていないので、念のため紹介しておきたい。 
    要点は以下の3つ。  日本のいまの地方自治体、そして政府の取組姿勢を考えるときの指針としたい。
  1) どんな国でも完全な表現の自由は存在しない。社会の調和を乱す表現にはおのずと線引きがなされてしかるべきだ。
     差別的な表現でも、聞いた人が気分を害するだけなら法的処罰の対象にまでする必要はないが、人間の尊厳を踏みにじったり、特定の人種や民族グループに
     「社会に居場所はない」などと公言するのは許されない。
  2) 「人種差別撤廃条約」(19965年採択/日本は1995年に加入)に加入する国は、人種差別を禁じる法律を制定し、刑法や民法を組み合わせた枠組みを作る必要がある。
     (国連条約には法的拘束力がない、とうそぶいて知らん顔している政府、それを許す国民を 誰が尊敬するだろうか?)
  3) 法規制が逆に社会的少数派の抑圧につながったり、正当な抗議の制限に拡大されるのを防ぐには、裁判官・警察官への教育が非常に重要だ。
     国際的な人権基準も含む教育はメディアに対しても必要で、市民運動でのたゆまぬ活動は大事だ。 

  色々な機会を捉え私は法規制の必要性を訴えてきたが、規制反対派ないしは消極派がトリデに用いる(3)についてもソーンベリー教授は明快に助言している。 我が国は国連加盟国であり、国連を基軸とした外交が基本方針であると歴代の政府は繰り返す。 だが、条約を批准しながら国内法の整備を放置し、20年間着手しようとしない。 これは明白な「不作為=意図的な無視」で、人権意識の啓蒙・向上など本当はしたくない国家では? 或は、何もしないのは・・隠れた意図があるのでは? と勘ぐられても弁解の余地がない。

  自民党は韓国における「反日ヘイトスピーチ」なるものを調査するとの報道がある。真偽は不明だが、「相手が同じことをするから俺もしてもよいのだ」とは絶対にならない。 
     これこそ”成らぬものはならぬ!” なのだ。  私はナマでヘイトスピーチを聞いたことは未だないがTVで耳にし、日本人として実に情けなく恥ずかしい。
  韓国人がそんなことをしていたとしても、<日本はそういうことはさせない仕組みを国がちゃんと創るんだよ>と何故いえないのか?   
  官僚+議員お得意の<握り潰し> もういい加減に やめさせようではないか!
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

勝間和代のクロストーク ;  尊厳死を認めるか  < 思想・信条の自由とのかねあいにおいて >

2014-11-26 10:48:07 | トーク・ネットTalk Net
  今朝の毎日朝刊から・・・・http://mainichi.jp/shimen/news/20141126ddm013020013000c.html
  彼女らしく要点を的確に挙げ、しかも自分の思いを率直に示す、私には好感の持てる内容である。最近のニュース報道で日本にも伝わったアメリカでの「安楽死」事件。これを記憶されている方は、一度ならず自身の「死」の迎え方に想いを馳せたことだろう。勝間さんが念のため整理しているように、「安楽死」と「尊厳死」は同じではない。混同する人も未だ少なくないのは、啓蒙が足りないのと反対派の意図的なプロパガンダ効果であろう。
   日本では裁判所の判例及び厚労省による<尊厳死の認定基準>がある。それを受けて、日本尊厳死協会も次のように啓蒙活動を行っている。
  <治療を中止して延命しなくなること(尊厳死)と、積極的に薬物などを投与して死を選ぶこと(安楽死)は異なります。日本尊厳死協会は、前者は認めていますが、後者は認めていません。延命治療を拒否する権利が患者にはあるが、積極的に死を選ぶようなことを医者がほう助してはいけないという考え方です。> この趣旨に賛同する国会議員が法制化の努力を何年も続けているが、身体障害者関連団体、一部の宗教団体、延命を重視する医師などの根強い反対があるらめ、厚労省も与党もイニシアチブを取れないままだ。

 勝間さんは語る。<「尊厳死」を選ぶかどうかも、家族内では共有しますが、積極的に公表はしないでしょう。それは個々人の価値観に基づくものだから共有すること自体がそぐわないと考えるからです。死は生物の根源ですから、人前で食事をわざわざ見せないとか、排せつを見せないのと同様、死も個人的なものとして扱うべきではないかと考えます>。 
   そう、「死」が全く個人的なものであることは宗教学者のお説を聴くまでもなく、誰もが近づく「死」を前にしたら悟ること。唯、多くの場合、自分の死が本当に間際に迫るまで、人は「死」を直視できないし、考えようとせず逃げまくるのだ。 だから「尊厳」とは何か?「尊厳ある死とは」を真剣に考えられない。
    <したがって、延命治療をしない形での「尊厳死」には賛同するが、アメリカの女性のように「尊厳死」にいたる様子を公表したり、薬物での死を選んだりすることには反対という立場になります。「尊厳死」について正解はないと思います。どういう理由でどこまでを選ぶのか、ご意見を寄せてください。>勝間さんはこの問いかけで結んでいる。 

   原則、私も同じ意見であり、尊厳死協会の会員である。親しい人には会員であることを話題にするが、彼女がいうとおり、「死」は個人的な選択なので賛同を強要しない。 唯、生と同様に重要であるがゆえ「死」についても思想/信条の自由を認め、反対意見の持ち主だからといって妨害することは、どうか慎んでもらいたい。  命・生を大事に考え主体的に生きたいからこそ「死」も主体的に選びたい、それだけである。
   参考までに披露すると、シンガポールでは、希望者は尊厳死の諾否を政府のデータベースに登録しておき、いざという場面では医師が家族と一緒に確認する制度がある。従い、家族の思いが本人の意思に優先する、などという事態は起きない。また、家族に本人の登録を(今は違うかもしれないなどと)覆すことも認められていない。 登録していない場合は、家族の意思を尊重し延命治療続行か否か、を決める。  何と明解ではないか!
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

☆ 暁 星 ;  2014.11.26

2014-11-26 09:54:01 | トーク・ネットTalk Net
 ☆ 自民党選挙公約 発表さる  296項目!
     予想以上の総花的羅列にヤッパシ! (集団的自衛権・憲法改正・原発エネルギー再編・社会保障見直し)など論議を呼ぶヤバイ課題は逃げたまま  卑怯モノ!
     <景気さえ・賃金さえ良くなれば、と将来のこと/道義なぞ考える余裕はない大衆>と見くびられた?   ヘイトスピーチ法規制はヤッパ触れていない
     エコノミックアニマルと嘗て外国から嘲笑されるほど経済一本槍だった日本 其の夢よもう一度? 同じ嘲笑を いま自民は有権者に向けている

  ☆ 伊吹前衆議院議長 「解散に大義なし」と自身のツイッターで
     小選挙区制による選挙がもたらしている政党政治の危機 ヴェテラン議員だけに正しい認識だ   然し、なぜツイッターでの発言なのだ?
     長老/ヴェテラン議員・O B に耳を貸さない若衆頭・安倍某  偉大な父祖をもつ血筋の重圧に負けまいと暴走する彼が この国を亡ぼしかねない

  ☆ スタバがない唯一の県 鳥取県知事平井伸治氏が語る”地方創生” ・・http://mainichi.jp/shimen/news/20141126ddm004070006000c.html
     大都市発<地方創生>は「常に上から目線」との指摘 同じ鳥取出身の石破さんよ どう聞いた?   このまま終わるのかい 石破さん
     危険ドラッグ規制条例の制定と 牛乳の地産地消を妨げる一律入札を一蹴した責任感に 中央官僚/政治家は学ぶ気持ちありや?
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする