民俗情報工学ⅧⅩⅦ

　子どもの頃に蟻を観察していてこう思いました。
蟻の上を足でまたいでみます。
蟻にとっては自分の目の前に突然何かが降ってきたと思うでしょう。
蟻はそれを避けて通ります。私は足をどかします。蟻は躊躇します。
この時の蟻の感覚は”あるがままを受け入れること”以外にありません。

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民俗情報工学ⅧⅩⅥ

　「ところでなんでこの周辺にはお寺が無いのでしょう」そのお年寄りに聞きました。
お年寄りは「何でそんなモノが必要なんだ。
私は死んだら富士山を守る魂になるんだ。私の祖先もみんな富士山を守っているんだ」
そのお年寄りはハーンの言った時間空間を超越した魂のことを語っているのです。
富士山の存在の前ではどんな宗教もかなわないようです。

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民俗情報工学ⅧⅩⅤ

　近年、富士山の周辺に住居を構える人たちにお話を伺うためにしばらく滞在した時のことです。ある浅間神社で掃除をしているとそこに年寄りがやってきました。
「腰の曲がった私に代わって掃除をしていただけるのはたいへんありがたい」

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民俗情報工学ⅧⅩⅣ

　日本人はこの国を作った神々の子孫で、この神々こそ我々の祖先です。
この神々に奉仕し、祖先を崇拝することが我々の務めであると考えてきました。
神道では他の宗教のように地獄極楽を説きません。
日本人はその肉体を終えると同時に超自然の力を得て
時間空間を超越した魂となって子孫と国家を守るのです。
この考えのない人は古い意味での日本人ではないと言っても良いでしょう。

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民俗情報工学ⅧⅩⅢ

　ココはどこの国なんでしょうか。
西洋人的な眼で日本を見ることしかできなくなっているのが今の日本人なのです。
ハーンは日本がどんどん神国ではなくなっていくことに危機感を感じ、
日本人は眼に見える森羅万象の背後に超自然の心霊を考えて、
山川草木湖海風雷から井戸かまどに至るまで、それらを司る神を創造しました。

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民俗情報工学ⅧⅩⅡ

ラフカディオ・ハーン。ご存じ日本風土の研究者です。
「日本人が西洋の技術を追い越してそれを凌駕するようになると日本には日本人の顔をした外国人が闊歩するようになるだろう」
　日本文化はどんなモノ？という質問に対して今の日本人の多くは答えられません。
すなわち日本人でない日本人が日本人の顔をして日本中を闊歩しているといえます。
今の私たちが江戸時代に行ったとしたらまるで夢の国にいるかのように感じると思います。

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民俗情報工学ⅧⅩⅠ

　ベルツは日本に対して非常にシンパシーを持って非常に良い国だと思い始めた時には
ベルツの初期の言葉が影響して日本人がそういったモノを見なくなってしまったのです。
ベルツは日本に影響を与えたがベルツも日本に大きく影響を与えられました。
西洋文化が入ってくるほどに日本人は日本人で無くなっていきました。

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民俗情報工学ⅧⅩ

　当時の日本人は今より幸せな日本人が多かったのじゃないかと思うのです。みんな楽園にいるような状態だったのかも知れません。
「不思議なことに今の日本人は自分達の過去について何も知りたくないようだ。それどころか教養人達はそれを全て恥じている様に見える」
「『何もかも野蛮で我々に歴史はありません。我々の歴史は今始まるのです』という日本人さえいる有様だ」。
身近にいる知識層日本人に対してベルツは非常に嫌悪感を持ち始めます。

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民俗情報工学ⅦⅩⅨ

エルヴィン・フォン・ベルツ。明治に来日した外国人です。
「日本人はおかしいんじゃないか？。みんな風土的病に冒されている。これは由々しきことだ。
見えもしないモノを何でみんな見えていると言うんだ。」初めのうちは日本の風土に批判的でした。
でもしばらくすると「でも見えている人の方が眼がキラキラしている。幸せそうだ。」

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民俗情報工学ⅦⅩⅧ

　ほんの３０年前にはこのような話はどこの村に行ってもたくさんあったのです。
そこでは普通にそういう事件が起きていました。共同体でみんながそれを認識しているとみんなでそれを見てしまうのです。
また、蛇は男、キツネは女というような地域的な特色があります。明治の中期くらいまでは都会でもそういうことがありました。
街灯もないところではそんなことが起きました。近代化によりそういうモノは見なくなってしまいました。
いつから天狗キツネの話をしなくなったのでしょう。
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民俗情報工学ⅦⅩⅦ

　30年ほど前には秋田や山形に研究に行った時に現地の人は明らかにモノを見ているのが分かりました。
「昨晩、あるとこの娘が蛇にばかされて大変だったんだ」「蛇は男に化けるからな」。
「キツネはよく女に化けて男を拐かす」
「村祭りの晩にきれいな女に誘われて山に付いていった。でも爪を見たらすぐキツネだと分かるんだ」。
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民俗情報工学ⅦⅩⅥ

　民俗工学と物理学。この二つの境界は完全に切り離す事が可能でしょう。
ところが脳の中ではこの二つをわずかに繋ぐ回路のようなモノがあり、
幻覚だろうが正確でなかろうが楽しければ、あるいは新たな情報が得られるのなら、
命を保つためにプラスになるのではないかと思うのです。

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民俗情報工学ⅦⅩⅤ

その時、昔の日本人は目が輝いていたんじゃないかと気がついたのです。
一番の恐怖を持つモノ、楽しいモノ、そういったモノを見ている。
それがどこか日本的なモノなのです。それは日本人の脳には完全に切ってしまえないモノ。

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民俗情報工学ⅦⅩⅣ

　周囲は非常に当惑しましたが、患者当人は他の情報認識に関しては正常のようでした。
会話も楽しく正常に交わせますがいろんな物が見えるようです。きっとモルヒネのせいなのだでしょう。
「そこの棚の上に男の子が居るんだ。その子は先日この病室で亡くなった子なんだ･･･」。
「あそこに蛇がいるから気を付けてよ」。
彼は目の輝きが無くなるとそういったモノが見えなくなるようです。

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民俗情報工学ⅦⅩⅢ

　現代では末期癌、膵炎など急性痛の時モルヒネが使用されます。日本人はその時に特有の幻覚を見るようです。
ある高名な自然科学者のお見舞いをした時、ベットに寝ている当人が非常に目を輝かせ真顔でこう言いました。
「そこの机の下で狸とキツネがダンスを踊っているんだよ」。

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