竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

うち添ひて妹山背山滴れり 上田五千石

2020-07-31 | 今日の季語


うち添ひて妹山背山滴れり 上田五千石

妹山背山は奈良県万葉の道からの、和歌山県/高野山・九度山のこと
うち添えうみどり濃き山々を一気に読みこんだもの

山滴るの意味は夏の季節表す言葉。夏の山のことを指した言葉で、木々や葉の緑が青々としていて瑞々しさがあるという意味。この季語のもともとの由来は中国で、郭煕という山水画家の著作「臥遊録」に載っていた言葉だそうだ。

山滴るの由来となった「臥遊録」には「夏山蒼翠にして滴るが如く」と書かれている。文の意味は、夏の山に生えている木や草は青々と生い茂っていて、水が滴り落ちるようだ、ということ。夏の情景を思わせる。

滴り はここから派生した季語だと思える
(小林たけし)

例句 作者

ジンフィズの酔ひに滴る山ありき 草間時彦
三国の山の滴り競ひあふ 鷹羽狩行
原稿紙山滴るにひろげ書く 大野林火 月魄集 昭和五十四年
地に深く山霊坐して滴れり 有馬朗人 立志
天矛の滴りの山みな青嶺 山口誓子
天香具山のもつとも滴れる 鷹羽狩行
山滴る峡道飛騨に入りにけり 村山故郷
山滴る黒川能の村はるか 村山故郷
東征は壬申の道山滴る 松崎鉄之介
滴りて全山の木が緊まりけり 加藤秋邨
滴りのこの音山の音とこそ 鷹羽狩行
滴りの等量の音山の音 三橋敏雄
滴りも熱からむかと湯殿山 鷹羽狩行
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原爆地影絵のごとく梅を干す 中村和弘

2020-07-30 | 今日の季語


原爆地影絵のごとく梅を干す 中村和弘

作者は原爆地の住人でなければなるまい
影絵のごとく梅を干す
この平明な措辞に深い悲しみと憤りがこめられている
多くの鑑賞は無用だ
二読三読するとますますその思いは増幅する
(小林たけし)



【梅干】 うめぼし
◇「梅干す」 ◇「梅筵」(うめむしろ) ◇「干梅」 ◇「梅酢」 ◇「夜干梅」(よぼしうめ) ◇「梅漬」 ◇「梅漬ける」
梅の実を塩漬けにし、いったん取り出して日にさらした後、赤紫蘇の葉を加えた梅酢に漬けてさらに干し直したもの。時期的には、土用中が最適とされている。昔は塩分が強く保存性が高かったが、最近は塩分が少ない梅干も好まれるようになってきた。紀州の南高梅は高級種として知られている。

例句 作者

梅干して誰も訪ねて来ない家 黒田杏子
ぐんぐんと日は山へゆく梅筵 樋口桂紅
三日干す梅に夜星のふえてくる 斎藤 清
月食のはじまる下に夜干し梅 直井多美子
梅干して午後ふかくしぬ信徒村 古賀まり子
梅干すと星の高さをたしかむる 飯島力康
梅干して吉野いでざる歌人あり 谷 迪子
干梅の温みを甕に納めけり 小松誠一
生涯に星の数ほど梅を干す 鳥井保和




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もう誰も来ない石段蟬しぐれ 金山桜子

2020-07-29 | 今日の季語


もう誰も来ない石段蟬しぐれ 金山桜子

待ち人来たらず
石段で待つことしばし
とっくに時間はすぎている
さきほどまで訝し気な視線を投げかけていた
参内の人影も消えた
もう誰も来ない
これから来ても会う気も失せた
せいせいとしたこの心地よい気分は何故だろう
来ないことを期待していた自分に気づいてしまった
蟬時雨がはやしたてている
(小林たけし)


【蝉】 せみ
◇「油蝉」 ◇「みんみん蝉」 ◇「みんみん」 ◇「熊蝉」 ◇「にいにい蝉」 ◇「蝉時雨」 ◇「唖蝉」(おしぜみ) ◇「初蝉」 ◇「朝蝉」 ◇「夕蝉」 ◇「蝉涼し」
セミ科の昆虫の総称。鳴くのは雄ばかりで、鳴かない雌蝉のことを「唖蝉」(おしせみ)という。梅雨が明ける頃からニイ、ニイと鳴き出すニイニイ蝉、盛夏にジージーと鳴く油蝉、ミーンミーンと高い声で鳴くミンミン蝉、やかましくシャーシャーと鳴く熊蝉、晩夏から初秋の夕暮れ時にカナ、カナと美しい声で鳴く蜩(ヒグラシ)など種類も数も多く、いずれも季節感を演出してくれる。一斉にまるで雨が降るように鳴く蝉の声を「蝉時雨」という。《蝉生まる:夏》《蜩:秋》《つくつく法師:秋》

例句 作者

うす墨で描く全景蟬しぐれ 鈴木夏子
ひたむきの哀しきことぞ蟬時雨 浜田博美
トーストの耳まで焦げて蟬しぐれ 大城戸晴美
今生の今日を狂いて蟬時雨 丹羽麓
原爆のドーム支える蟬時雨 越智愛水
古池や刺客集まる蟬しぐれ 澤田正男
古里の煮こぼれている蟬時雨 宮脇木脩
境内に残る土俵や蟬時雨 岡市順子
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どの子にも涼しく風の吹く日かな 飯田龍太

2020-07-28 | 今日の季語


どの子にも涼しく風の吹く日かな 飯田龍太

龍太の代表区のひとつ
どの子にも
この上5が作者の言いたいことの全てだろうと解る
自然の風は分け隔てなく等しく
その恩恵を恵む
他は決して分け隔てなくではない
平易な措辞にやさしさを十分に感じさせていて
ちょっぴり風刺もあると感じるのは詠みすぎか
(小林たけし)


【涼し】 すずし
◇「涼気」 ◇「朝涼」(あさすず) ◇「夕涼」(ゆうすず) ◇「晩涼」(ばんりょう) ◇「夜涼」(やりょう)
夏の暑さの中にあって一服の涼気はことのほか心地よいものである。涼を最も求めるのは夏であることから夏の季語とされる。

例句 作者

ひらくたびつばさすずしくなりにけり 対中いずみ
をみならも涼しきときは遠(をち)を見る 中村草田男
パブロフの犬に挑まれ涼しかり 花谷清
プラネタリウムの涼しき白鳥座 池田冨美
一山の涼風を浴び羅漢たち 西登喜子
不惑涼し夜色を得つつ空青む 香西照雄
京おとこ鞠智城まで来て涼し 加藤知子
住吉の松の下こそ涼しけり 武藤紀子
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嘘のやう影のやうなる黒揚羽蝶 岩淵喜代子

2020-07-27 | 今日の季語


嘘のやう影のやうなる黒揚羽蝶 岩淵喜代子

黒揚羽が影のようだ
との表意は簡易に思えるが
上5の「嘘のよう」との響きに新しさを感じる
りずむも良くて好句である
(小林たけし)


【夏の蝶】 なつのちょう(・・テフ)
◇「夏蝶」 ◇「梅雨の蝶」 ◇「揚羽蝶」 ◇「揚羽」 ◇「黒揚羽」
単に蝶というと春季になるので、春以外は夏・秋・冬を冠する。夏に見られる蝶は種類が多いが、揚羽蝶に代表格されるようにどこか雄大な印象を受ける。梅雨の晴れ間などに見かける蝶を「梅雨の蝶」と呼ぶ。《蝶:春》

例句 作者

さきぶれは黒揚羽蝶彼が来る 熊谷愛子
山の子に翅きしきしと夏の蝶 秋元不死男
日本海つひに夏蝶見失ふ 日美清史
縁側は家内か外か黒揚羽 宇多喜代子
ヴィーナスの臍深くして夏の蝶 福島壺春
夏蝶や途切れてはまた塩の道 塩野崎巻浪
御真影へ冥く曲がれる黒揚羽 須藤徹
黒揚羽亡き人の魂のせて来よ 中嶋秀子
黒揚羽水の匂ひの法隆寺 あざ蓉子
黒揚羽飛ぶ水滴に映るまで 桂信子




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完璧はかなし祭の縄燃やす 石田よし宏

2020-07-25 | 今日の季語


完璧はかなし祭の縄燃やす 石田よし宏

祭はいっときの狂気でもある
祭に酔いしれるときはみな忘我のなかの非日常を楽しむ
普段とは違う自分に陶酔もする

祭が終わる
祭の小道具だった縄を燃やしている
完全に燃えつきて炎は淋しヘナ灰色に
そして姿はもろくも崩れていく
作者の景と心象のおりなす縄からの煙が目に浮かぶ
(小林たけし)


【祭】 まつり
◇「夏祭」 ◇「祭礼」 ◇「宵祭」 ◇「宵宮」 ◇「夜宮」(よみや) ◇「御輿」(みこし) ◇「渡御」(とぎょ) ◇「山車」(だし) ◇「祭囃子」(まつりばやし) ◇「祭太鼓」 ◇「祭笛」 ◇「祭衣」(まつりごろも) ◇「祭提燈」 ◇「祭髪」
祭は春夏秋それぞれにあるが、単に「祭」といえば夏祭を指す(もともとは京都の賀茂祭(葵祭)を「祭」、その他の神社の祭を「夏祭」として区別していたが、今は夏祭一般を「祭」と呼ぶ)。日本人は天地・自然の中に多くの神々の存在を認め敬い、農事の安定と豊穣を願って神に祈り、感謝を奉げ、1年の無事を共に喜び、それを祭として表現してきた。夏祭はもともと夏に多く発生する自然の災難や疫病から守ることを願い、神に祈るものとして始まった。これに対し、春祭は五穀豊穣の祈願、秋祭は収穫の喜びを祝う意味合いがある。《葵祭:夏》

例句 作者

家を出て手を引かれたる祭かな 中村草田男
山の端のまつりや朴葉しきつめて 丹野禮子
山車太鼓町を違へてひびき合ふ 佐々木渓水
山車見んと大群衆の傾けり 平賀節代
帰る頃祭太鼓の近づきぬ 森野稔
広場に柱立てて祭がやって来る 三苫知夫
村まつり水路一本光らせて 髙尾日出夫
村も都会も等温線の夏祭り 金子徹
村祭り笛に古老の情滾る 駒井水雀
東京の祭の人垣しなうなり 桑原房子
樹の声や祭の果てし夜の空 石田よし宏
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蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな 芥川龍之介

2020-07-24 | 今日の季語


蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな 芥川龍之介

蝶の伸びきった舌をだれが見たのだろうか
誰も見たことのないその様を暑さについに伸びきった舌と言う
人も他の哺乳類も暑い時には舌を出して熱を放射する
蝶もきっと同じだと作者は知っている
ぜんまいの例えもユニークだ
(小林たけし)


【暑し】 あつし
◇「暑さ」 ◇「暑き夜」 ◇「暑き日」 ◇「極暑」(ごくしょ) ◇「酷暑」(こくしょ) ◇「溽暑」(じょくしょ) ◇「炎暑」(えんしょ)
夏を通じての気温の高さをいう。「暑(しょ)」と音読した場合、「大暑」「小暑」の時節の意味も含む。「極暑」は極めて暑いこと、「辱暑」は蒸し暑いこと、「炎暑」は炎えるような暑さ、真夏の太陽による炎えるような熱気をいう。

例句 作者

敗れたる土の熱さよ甲子園 黛 まどか
荒縄をとぐろに巻いて炎暑かな 外川正市
極暑の夜父と隔たる広襖 飯田龍太
暑き日を海に入れたり最上川 芭蕉

鬱の字に毛ほどの隙間むし暑し 安済久美子
裏湿りをり炎熱の麦筵 豊田 昇
朴の葉に金蝿を置く蒸暑かな 富安風生
暑き日のこれまた熱き団子汁 有馬朗人
静脈の浮き上り来る酷暑かな 横光利一
つよき火を焚きて炎暑の道なほす 桂信子
下北の首のあたりの炎暑かな 佐藤鬼房
炎暑去る地中にふかく樹の根満ち 桂信子
牛の身の山越えてゆく炎暑かな 桂信子
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乳母車夏の怒濤によこむきに 橋本多佳子

2020-07-23 | 今日の季語


乳母車夏の怒濤によこむきに 橋本多佳子

怒涛ひさめく海に乳母車を伴って
作者は何故居るののだろう
強い風に乳母車は横向きだというではないか
心象を実景に模して詠んだとしても意味は深い
(小林たけし)


【夏の海】 なつのうみ
◇「夏の浜」 ◇「夏の岬」 ◇「青岬」 ◇「夏の波」
夏の海は燦々と降りそそぐ太陽光を受け、熱と力に満ちあふれている。健康的であり、スポーツも華やかに繰り広げられる魅力いっぱいの海である。

例句 作者

まつさきにさう言つてゐる夏の海 杉野一博
夏の浜わが身さらさら砂となり 今村廣
夏の海余生はるかに展けたり 水上山機
夏の海夏の乳房を湧かせたる たむらのぶゆき
夏の海水兵ひとり紛失す 渡辺白泉
夏怒濤私の内気受け止める 海藏由喜子
夏濤夏岩あらがふものは立ちあがる 香西照雄
打ち寄せるガラクタ文化や夏の海 比嘉幸女
晩年や空気で冷える夏の海 永田耕衣
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兎も片耳垂るる大暑かな 芥川龍之介

2020-07-22 | 今日の季語


兎も片耳垂るる大暑かな 芥川龍之介

なんという想像力だろう
龍之介がこの暑さに辟易としている様が
容易に浮かんでくるではないか
兎の耳だってピンと両耳立てているわけがない
(小林たけし)


【大暑】 たいしょ
二十四節気の一つで、7月23日頃に当る(小暑の15日後)。一年中で最も暑く、夏の絶頂期とされる。

例句 作者

ざりがにのあとずさりする大暑かな 林弓恵
伸びて縮んで伸びて働く大暑の影 久保田凉衣
八海のいよいよ尖り大暑かな 青木牧風
大阪の屋根の歪みも大暑かな 桂信子
念力のゆるめば死ぬる大暑かな 村上鬼城
柔道着干す重たさの大暑かな 玉置信乃
水晶の念珠つめたき大暑かな 日野草城
洗張女は大暑忘れけり 須賀余年
縞馬のしま流れ出す大暑かな 大野緑也
芥川龍之介佛大暑かな 久保田万太郎
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下闇を出でゝあかるし渡月橋 正岡子規

2020-07-21 | 今日の季語


下闇を出でゝあかるし渡月橋 正岡子規

子規にこんな作があったことに安堵する
壮絶な病魔と闘いながらの生涯
下闇を病床など深読みは無用
表意どおりの句意として味わいたい
(小林たけし)


木下闇】 こしたやみ
◇「木下闇」(このしたやみ) ◇「下闇」 ◇「青葉闇」 ◇「木の晩」(このくれ) ◇「木暮」(こぐれ) ◇「木暗し」(こぐらし)
夏の木立の枝葉が茂って日を遮り、昼間でも暗いさまをいう。「下闇」「青葉闇」などともいう。「緑陰」が木洩れ日のある明るい木陰であるのに対し、「木下闇」は鬱蒼とした暗い様子を指す。明るい所から急にそうした中に入った時など、特にその感が強い。

例句 作者


木下闇抜け人間の闇の中 平井照敏
下闇を現れて来る目鼻立 深見けん二
山刀伐の木の暗に径のこりけり 矢島渚男
下闇を鹿と頒ちて商へり 檜 紀代
下闇や恋おほらかに東歌 和田孝子
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ひた泳ぐ自由は少し塩辛い 櫂未知子

2020-07-20 | 今日の季語


ひた泳ぐ自由は少し塩辛い 櫂未知子

ひた泳ぐ は水の中でなない
ひたすら己を信じて我が道をすすんできた
得た自由はなにものにも代えがたく貴重だが
気が付けば孤独になってしばらく
もうそれにも慣れてはいるが
塩辛い そんな味わいだという
(小林たけし)

【泳ぎ】 およぎ
◇「水泳」 ◇「競泳」 ◇「遠泳」 ◇「クロール」 ◇「バタフライ」 ◇「背泳ぎ」 ◇「平泳ぎ」 ◇「犬掻き」 ◇「海水浴」 ◇「汐浴び」(しおあび) ◇「川浴」
夏のスポーツとして最も爽快なもので、激しい夏日の下、きらめく海に色とりどりの水着や日傘が映え、躍動感に溢れた夏の風景が展開される。古くは「水練」といったが、武術の1つとして色々の型や流派が存在する。

例句 作者

わが泳ぎいつか水平線上に 石田よし宏
イオー島から遠泳で還ってこい 岩下四十雀
パンツ脱ぐ遠き少年泳ぐのか 山口誓子
不安と愁い日本海に浮く浮輪 竹廣梨影
他人と骨触れあって平泳ぎ 金子弓湖
共に泳ぐまぼろしの鱶僕のやうに 三橋敏雄
共に泳ぐ幻の鱶僕のやうに 三橋敏雄
兵泳ぎ永久に祖国は波の先 池田澄子
古稀の日を古式泳法にて泳ぐ 前田清方
告白を始める息をして泳ぐ 対馬康子
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土用うなぎ冷戦に要るエネルギー  かとうさきこ

2020-07-19 | 今日の季語


土用うなぎ冷戦に要るエネルギー  かとうさきこ

この冷戦をなんとみるかで句意は微妙に変化する
夫婦の小さな諍いに
うな丼で次の臨戦に備えるのも愉快だ
(小林たけし)


相手が男であれ女であれ、昔から「冷戦」は苦手だ。パパッと言い合ったほうが、よほど楽である。しかし、止むをえずに「冷戦」に入ることもある。私から言わせれば、みんな相手のせいなのだ。不意に「むっ」と押し黙ったまま、物を言わなくなる。このタイプは、男よりも圧倒的に女に多い。こうなったらお手上げで、何を言っても無駄である。勝手にしろと、喧嘩のテーマを外れたところでも腹が立ち、しかし声をあらげるのも無駄だと知っているので、こちらも黙り込んでしまう。ここから、立派な「冷戦」となる。「冷戦」の嫌なところは、いつまでも尾を引くところ。その間に、ああでもあろうかこうでもあろうかと相手の心を推し量ることにもなり、なるほど「エネルギー」が要ること、要ること。この句を読んで感心させられたのは、「冷戦」中の作者がちゃっかり(失礼っ)と「土用うなぎ」に便乗してエネルギーを補強しているところだ。事「冷戦」に関しては、私に限らず、男にはまずこんな知恵はまわらないだろうと思う。たとえフィクションであろうとも、だ。したがって、掲句に「冷戦」得意の女性一般(気に障ったら、ごめんなさい)の強さの秘密を垣間みたような……。面白い発想だなあと、男としては、さっきから感心しっぱなしなのである。「俳句界」(2001年8月号)所載。(清水哲男)

【土用】 どよう
◇「土用入り」 ◇「土用明け」 ◇「土用太郎」 ◇「土用次郎」 ◇「土用三郎」 ◇「土用照り」
土用は本来春夏秋冬それぞれにあるが、単に土用といえば夏の土用を指し、小暑から13日目(7月8日頃)から立秋の前日までの18日間をいう。1年中で最も暑い時期である。土用の入りを「土用太郎」ついで「土用次郎」「土用三郎」と呼ぶ。

例句 作者

土用三郎古稀てふ未知に乾杯す 村上ふさ子
糠床を念入りに混ぜ土用入 大野信子
鳥の眼の花に間近き土用かな 廣瀬直人
遠山は雲を払ひて土用太郎 檜山京子
油滴天目その一滴の土用照り 伊丹さち子
通りより見ゆる晩酌土用来る 宮岡計次
わぎもこのはだのつめたき土用かな 日野草城
土用中摩耶埠頭ゆくダルマシアン 中野路得子
地に落ちて柿栗青し土用東風 西島麦南
真昼日に松風少し土用かな 尾崎迷堂

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凌霄花手錠のにぎりこぶしかな  横山香代子

2020-07-18 | 今日の季語


凌霄花手錠のにぎりこぶしかな  横山香代子

目にも鮮やかなオレンジ色の凌霄(のうぜん)の花。日本には豊臣秀吉が朝鮮半島から持ち帰ったといわれている中国原産の蔓性の植物である。「霄」という字は空を意味し、空を凌(しの)ぐほど伸びるという途方もない名を持っている。掲句は色鮮やかな花と、罪人の手元という異色の取り合わせである。なにより、人は手錠を掛けられたとき、誰もがグーの形に手を揃えるのだという事実が作者のもっとも大きな発見であろう。さまざまな後悔や無念が握りしめられたこぶしに象徴され、天を目指す鮮やかな花の取合わせがこのうえなく切なく、読む者をはっとさせる。また凌霄花は、夏空に溢れる健やかさのほかに、貝原益軒の『花譜』では「花を鼻にあてゝかぐべからず。脳をやぶる。花上の露目に入れば、目くらくなる」と恐ろし気な記述が続き、また英名Campsis(カンプシス)は、ギリシャ語の「Kampsis(屈折)」が語源だという、単に美しいだけではない一面を持つ。もちろん掲句にそのような深読みは不要だろう。しかし思わずその名の底に、善のなかの悪や、悪のなかの善などが複雑に入り交じる人間というものを垣間見た思いがするのだった。『人』(2007)所収。(土肥あき子)

凌霄の花(のうぜんのはな) 晩夏
子季語 凌霄、凌霄葛、のうぜんかづら

例句 作者

あしたより天の灼けつゝ凌霄花 百合山羽公 春園
おんばしら見むと凌霄咲き昇る 林翔
くろぐろと夜空なだるる凌霄花 岡本眸
この庵の尼の住まへる凌霄花 森澄雄
その子ずけずけ亡父を語るのうぜんかずら 金子兜太
ながあめの切れ目に鬱と凌霄花 佐藤鬼房
のうぜんかづら垣越えて旭の早し 大野林火 冬青集 雨夜抄
のうぜんのかさりかさりと風の月 下村槐太 天涯
のうぜんのもと踊り子の待ち合はす 大野林火 潺潺集 昭和四十年
のうぜんの吹かれて花をおとしけり 百合山羽公 春園
のうぜんの散る日の山の平かな 星野麥丘人
のうぜんの花の蔓より蟻のみち 百合山羽公 春園
のうぜんや真白き函の地震計 日野草城
わが馬にしばしの陽射しのうぜんかずら 金子兜太
凌霄に井戸替すみし夕日影 西島麦南 人音
凌霄のかづらをかむり咲きにけり 後藤夜半 翠黛
凌霄の光に堪へぬ眼を洗ふ 橋閒石 雪
凌霄の花と羽抜けし鵜の貌と 百合山羽公 春園
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大の字を裸で作る冥利かな 森貞夫

2020-07-17 | 今日の季語


大の字を裸で作る冥利かな 森貞夫

幼年期を過ぎての裸体は人目をはばかるのが普通だが
掲句の作者はそれも大の字になっているという
おそらくはと素っ裸を想像する
天井を仰いで
これ以上ない「冥利」を貪っている
(小林たけし)


【裸】 はだか
◇「素裸」(すはだか) ◇「丸裸」 ◇「赤裸」 ◇「裸身」(らしん) ◇「裸子」(はだかご)
暑さのため衣服を脱ぎ、全身の肌を露わにしていること。季語としての「はだか」は、暑さを凌ぐためになる裸を指す。赤裸。丸裸。

例句 作者

いつも今なり鏡中のわが裸 佐藤洋子(好日)
いつも断崖おんおん裸身みがくなり 岸本マチ子
まら振り洗う裸海上労働済む 金子兜太
わが裸草木蟲魚幽(くら)くあり 藤田湘子
丸裸どんどん空を持ってこい 宮崎斗士
伸びる肉ちぢまる肉や稼ぐ裸 中村草田男
全裸なり波ひたひたと寄る術後 対馬康子
午前充つ午後はだか寐す誕生日 古沢太穂
地にあれば裸十字のKewpieよ 木村聡雄
墓を彫る陽にくすぐられ若い裸 隈治人
壕に寝しひと夜の裸身拭きに拭く 金子兜太

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国分尼寺までは螢を灯しゆく 塩野谷仁

2020-07-16 | 今日の季語


国分尼寺までは螢を灯しゆく 塩野谷仁

国分尼寺は
聖武天皇の勅願によって国分寺とともに国ごとに建てられた尼寺。
法華経を講じさせ、奈良の法華寺を総国分尼寺とした。

蛍を灯しゆく
なんという詩情あふれる措辞だろう
国分尼寺の由来をしればなお更にその想いは深まる
(小林たけし)


【螢】 ほたる
◇「ほうたる」 ◇「源氏螢」 ◇「平家螢」 ◇「螢合戦」 ◇「螢火」 ◇「初螢」 ◇「恋螢」 ◇「朝螢」 ◇「昼螢」 ◇「夕螢」 ◇「雨螢」
ホタル科の甲虫類。普通見るのは源氏蛍や平家蛍。両種類とも、雄、雌、蛹、幼虫、そして卵も光る。蛍の名所を名前にして、宇治蛍、石山蛍などと呼ばれることもある。初夏の闇夜に青白く妖しい光を放ちながら飛んでいる蛍は、夏を代表する風景の1つであろう。

例句 作者

ほうたるの息ほうたるの夏闇より 加古宗也
じやんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子
蛍火に闇の息づく百戸村 沼沢破風
夫(つま)の墓ほたるの墓となりて燃ゆ 中嶋秀子
女身に 身八つ口あり 夕蛍 金田めぐみ
妻の掌のわれより熱し初螢 古沢太穂
安息は蛍袋の中がいい 星野一惠
宿下駄を鳴らし蛍を追ひ行けり 髙畑澄子
少年と少女のむかし蛍来い 原田正子
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