竹とんぼ

先達の秀句を味わいながら
自得の一句を求めて多作多捨です
古希すぎの晩学で楽しみながらの遅々緩歩です

神田川祭の中をながれけり 万太郎

2017年07月31日 | 万太郎
神田川祭の中をながれけり



季語:祭ー夏  出典:道芝  年代:大正14年(1925年:36才位)
(東京下町の柳橋あたりの)祭の賑やかさの中を、
神田川が静かに流れて行く。(如風訳)


流伴鑑賞

「島崎先生の『生ひたちの記』を読みて」の前書がある
祭は浅草橋榊神社の夏祭を詠んだものだが
前書を外して鑑賞すると、
神田川という響きのよさが
かえって鮮やかな響きを感じさせてくる
その方がこの句の雰囲気にはふさわしい
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何もかもあつけらかんと西日中 万太郎

2017年07月30日 | 万太郎
何もかもあつけらかんと西日中




季語:西日ー夏  出典:草の丈  年代:昭和20年(1945年:56才位)
前書き:終戦
8月15日、終戦の句である。
終戦の詔勅を拝し、
その日の太陽がようやく西に傾きかけ、
激しい西日の中で、
虚脱感を感じている情景。
(「近代俳句大鑑」)

流伴鑑賞

終戦の玉音放送を聞いた万太郎
56才といえば当時は晩年
去来する虚脱感
あっけらかん の措辞に万感が詰まっている


久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年(明治22年)11月7日 - 1963年(昭和38年)5月6日)は、
浅草生まれの大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。
生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して滅びゆく下町の人情を描いた。
俳人としては岡本松浜、松根東洋城に師事、
戦後に俳誌「春燈」を主宰し文人俳句の代表作家として知られる。
俳句の別号に暮雨、傘雨。別の筆名に千野菊次郎。
文化勲章受章者。贈従三位勲一等瑞宝章(没時叙位叙勲)。
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焼岳は夏日に灼けて立つけぶり 秋桜子

2017年07月29日 | 秋桜子鑑賞
焼岳は夏日に灼けて立つけぶり





季語:夏日ー夏  出典:新樹  年代:昭和7年(1932年:40才位)

焼岳は、北アルプスの活火山。海抜2458メートルの山。
夏の烈しい日のもとに、
焼岳がその焼けただれた山肌を
さらして眼前にそびえるが、
よく見ると一筋の噴煙が
うすうすと立ち上っているという景。

流伴鑑賞

焼岳は灼けて立つけぶりまでを含めて焼岳なのだ
それも夏日の強いこの焼岳ほど
その名にふさわしい

と秋桜子は詠んでいるのだろう
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瀧落ちて群青世界とどろけり 秋桜子

2017年07月28日 | 秋桜子鑑賞
瀧落ちて群青世界とどろけり




季語:瀧ー夏  出典:帰心  年代:昭和29年(1954年:62才位)
熊野の那智瀧を詠んだもの。
滝壺の色はもちろん、
瀧の周りの山杉の色も、
藍青色一色の世界に、
瀧の音がとどろきわたっている。

流伴鑑賞
何度か那智の滝を訪れているが
この秋桜子の句には絶句の教官をする
これ以上でもこれ以下でもない滝の表現だろう

水原 秋桜子(みずはら しゅうおうし、1892年(明治25年)10月9日 - 1981年(昭和56年)7月17日)は、
日本の俳人、医師・医学博士。秋櫻子とも表記する。
本名は水原豊(みずはら ゆたか)。
松根東洋城、ついで高浜虚子に師事。
短歌に学んだ明朗で叙情的な句風で「ホトトギス」に新風を吹き込んだが、
「客観写生」の理念に飽き足らなくなり同誌を離反、
俳壇に反ホトトギスを旗印とする新興俳句運動が起こるきっかけを作った。
「馬酔木」主宰。別号に喜雨亭。
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いづくにも虹のかけらを拾ひ得ず 誓子

2017年07月26日 | 誓子鑑賞
いづくにも虹のかけらを拾ひ得ず



季語:虹ー夏  出典:和服  年代:昭和25年(1950年:49才位)
神が贈ってくれたような美しい虹は、
いったん消えてしまうとどこにもその一片すら拾うことができない。

流伴鑑賞

目に鮮やかであっても
その欠片さへ手にできない虹に擬えて
現実を詠んでいるようにも窺える
ただ虹を掴む音が出来ないことを
残念がっているわけではあるまい

山口 誓子(やまぐち せいし、1901年(明治34年)11月3日 - 1994年(平成6年)3月26日)は京都府出身の俳人。
本名は新比古(ちかひこ)。
高浜虚子に師事。
昭和初期に水原秋桜子、高野素十、阿波野青畝とともに「ホトトギスの四S」とされたが、
のちに同誌を離反した秋桜子に従い「ホトトギス」を離脱。
来の俳句にはなかった都会的な素材、知的・即物的な句風、
映画理論に基づく連作俳句の試みなどにより、
秋桜子とともに新興俳句運動の指導的存在となる。
戦後は「天狼」を主宰し現代俳句を牽引した。

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蟻地獄みな生きてゐる伽藍かな 青畝

2017年07月25日 | 青畝鑑賞
蟻地獄みな生きてゐる伽藍かな




(季語:蟻地獄ー夏  出典:万両  年代:昭和2年(1927年:28才位)
今眼前の蟻地獄が蟻をを呑んで、
生きているようにうごめいている。
それからこの寺院内にある無数の蟻地獄を思いやり、
みなこうなのだと、
この人気なく、
森閑とした寺院内で無数の無言の殺戮が、
繰り広げられているさまを想像したのである。

流伴鑑賞

素十、誓子に比べるとその名を聞くことは少ないが
虚子門下の名手といわれる
勇気定型を忠実に固守して見事の作が多い

散文や詩、短歌とも違う、
有季定型(五七五+季語)を知悉した
作者ならではの傑作といわれている
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記大空に長き能登ありお花畑 青畝

2017年07月24日 | 青畝鑑賞
大空に長き能登ありお花畑





季語:お花畑ー夏  出典:国原  年代:昭和10年(1935年:36才位)

高山に登るとよくこういう光景がながめられる。
大空に長く半島が延びているのだ。
この句の場合はお花畑からの展望である。
(「近代俳句大鑑」)

流伴鑑賞
お花畑にいる作者
能登半島にいて作者は空から
鳥瞰のような錯覚を楽しんでいる

阿波野青畝(あわの せいほ、1899年(明治32年)2月10日 - 1992年(平成4年)12月22日)は奈良県出身の俳人。本名は敏雄。旧姓・橋本。原田浜人、高浜虚子に師事。昭和初期に山口誓子、高野素十、水原秋桜子ととも「ホトトギスの四S」と称された。「かつらぎ」主宰。
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引つぱれる糸まつすぐや甲虫 素十

2017年07月23日 | 素十鑑賞
引つぱれる糸まつすぐや甲虫



季語:甲虫ー夏  出典:初鴉  年代:昭和13年(1938年:45才位)

子供に捕えられ、糸をつけられた甲虫が逃げようとしている姿。

流伴鑑賞

捕らえた甲虫に紐をつけた記憶が蘇る
戦わせた幼少期も懐かしい

なんとも素朴でそのままの写実
現代では少し物足りない感もある
俳句がさまざまな句億面に
変化してきたことが良く分かる


高野 素十(たかの すじゅう、1893年3月3日 - 1976年10月4日)は、茨城県出身の俳人、医師(医学博士)。
高浜虚子に師事。虚子の唱えた「客観写生」を忠実に実践、
簡潔で即物的な写生句で頭角を現し、山口誓子、阿波野青畝、水原秋桜子とともに「ホトトギスの四S」と称された。
「芹」主宰。本名は高野与巳(よしみ)。
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万緑の中や吾子の歯はえ初むる 草田男

2017年07月22日 | 草田男鑑賞
万緑の中や吾子の歯はえ初むる



(季語:万緑ー夏  出典:火の島  年代:昭和14年(1939年:38才位)
地上を埋めつくした無数の青葉若葉を背景にし、
それらに呼応するごとく
生え初めたわが緑子の前歯は、
1枚の若葉のようだ。(香西照雄)

流伴鑑賞
草田男は家族、特にじょどもを詠んだ句が多い
解は引用の香西氏にゆずるが
万緑を我が子の歯と同格に扱うことに驚く
それほどに大きな感動を覚えたのだろう

4人の娘に恵まれた
「万緑」はよほど気に入っていたらしく
自分の主宰する結社の俳誌の誌名にもなっている
82才の長寿を全うした
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火の奥に牡丹崩るるさまを見つ 楸邨

2017年07月21日 | 楸邨鑑賞
火の奥に牡丹崩るるさまを見つ



季語:牡丹ー夏  出典:火の記憶  年代:昭和20年(1945年:40才位)
火中を彷徨しながら、いずくの家だか焼け落ちる火の奥に牡丹が崩れる様を一瞬のうちに見たのである。(石田波郷)

流伴鑑賞
現代俳句協会のHPの解説を紹介する


この句には長い前書がある。それを書く。「五月二十三日、夜大編隊侵入、母を金沢に疎関せしめ上州に楚秋と訣れ、帰宅せし直後なり、わが家罹災」
 この「火」は当然焼夷弾による炎上させられた火である。紅連の炎の中に崩れてゆく牡丹、もしこれが人であったらこの世の最後の悲鳴を挙げたであろう。それも叶わず黙って焼かれていった牡丹、私はこの牡丹を作者が人間をイメージして詠んだような気がしてならない。何の罪もない一般国民があの忌わしい業火の中で命を落さなければならなかった時代。この国民の呻きを牡丹に託して詠んだと思えてならない。
 この罹災の翌日に楸邨は、 
 五月二十四日
  雲の峰八方焦土とはなりぬ
  明易き欅にしるす生死かな
 の二句を詠んでいる。
 当時の心ある詩人ならば詠んでおかねばならなかった体験であった。それを良心にもとづいた作家活動をしていた加藤楸邨が詠んだということである。
 ふたたび掲句にもどるが、この句からは、さまざまな点に思いが至る。そのひとつに、この句の持つ諦念的な反戦感がつたわるということである。戦中は自分の命を自分で守るためには何も言えなかった。同じ楸邨句に<蟇誰かものいへ声かぎり>があるように国家の言論統制による国民の閉塞感は今の北朝鮮以上だったかもしれない。
 なんとも訳のわからぬ現代が、戦争好きの人の危険な動きは着実に増している。私達は、この悪性新生物にもっと敏感になってよいと思っている。

出典:『火の記憶』昭和23年
評者: 大牧 広
平成22年5月11日
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鶴の毛は鳴るか鳴らぬか青あらし 楸邨

2017年07月20日 | 楸邨鑑賞
の毛は鳴るか鳴らぬか青あらし



季語:青嵐ー夏  出典:まぼろしの鹿  年代:昭和41年(1966年:61才位)
鶴の毛だから、
胸のあたりの白いやわらかな微毛であろう。
万目青あらしの中、
純白なその毛はそよぎながら鳴っているのか、
鳴っていないのか。(森澄雄)

流伴鑑賞
楸邨の系列の俳人は数多くいる
この鶴の句は見たままをそのまま詠んでいるのだが
胸毛がそよぐのではなく
鳴るか鳴らぬかの感傷は独特だ
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面白うてやがて悲しき鵜舟かな 芭蕉

2017年07月19日 | 芭蕉鑑賞
面白うてやがて悲しき鵜舟かな




季語:鵜舟ー夏  出典:曠野  年代:貞享5年(1688年:44才位)

鵜舟が目の前で、花やかな篝火を焚きつつ活発な鵜飼を繰り広げる時、
面白さはその極に達するが、
やがて川下遠く闇の彼方へ消え去るにつれて
、何とも言い知れぬ空虚な物悲しさだけが心に残る。
 
 
「美濃の長良川にてあまたの鵜を使ふを見にゆき侍りて」との前詞がある。
 
鵜飼は月のない闇夜、舳先に赤々と篝火を焚き、
鵜匠が一人で十二羽の鵜を手綱でさばいて鮎を獲りながら、
川上から川下へと、
何艘も相前後して流れ下る。
その作業が目の前にきて繰り広げられるとき、
見物の感興は最高潮に達するが、
やがて川下に流れ去り、
篝火とともに闇の彼方に消える。
句はその間の「歓楽尽きて哀情深し」という心理を捉えている。

流伴鑑賞
鵜飼を見た経験はまだないが
古今鵜飼を詠んだ句は多い
面白くてやがて悲しい
この一言のなんと思い響きよ
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閑かさや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉

2017年07月18日 | 芭蕉鑑賞
閑かさや岩にしみ入る蝉の声



季語:蝉ー夏  出典:おくのほそ道  年代:元禄2年(1689年:45才位)
岩にしみ通るような蝉の声が聞こえて、
あたりのしずかさはいよいよ深まっていくことよ、の意。
蝉の種類は、ニイニイ蝉であるとされている。

流伴鑑賞

芭蕉の代表句とされている

蝉が鳴いていて閑さが極まる
この矛盾に次の解釈が明快だ
蝉の声さえも巌に染み入ってしまいそうだ

ここで芭蕉が詠んだ「閑さや」の句は『おくのほそ道』の中で大きな意義をもっています。
西脇順三郎(詩人、1894—1982)ふうに訳すと、
 
何たる閑かさ
蝉が岩に
しみ入るやうに鳴いてゐる
 
こんなふうになりますが、
蝉が岩にしみいるように鳴いているのなら「何たる閑かさ」どころか、
「何たるやかましさ」ではないか。
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竹の子や稚き時の絵のすさび   芭蕉

2017年07月17日 | 芭蕉鑑賞
竹の子や稚き時の絵のすさび
 


季語:竹の子ー夏  出典:猿蓑  年代:元禄4年(1691年:47才位)
竹の子が土の中から顔をを出している。幼い時にはよくこれを絵に描いて遊んだものだ、の意。

流伴鑑賞
俳句は現在を詠むもので
過去を偲ぶようなものは第2等といわれる
この句は筍をみて昔よく絵を描いたことを思う出した」という句だが
その当時の時代や家族そしてそれから現在につながる
人生の来し方までを感じさせる

「絵のすさび」の措辞がなんとも平明だが余韻をかんじた
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清瀧や浪に散りこむ青松葉  芭蕉

2017年07月16日 | 一茶鑑賞
清瀧や浪に散りこむ青松葉




季語:青松葉ー夏  出典:笈日記  年代:元禄7年(1694年:50才位)
清瀧の清冽な流れに、風に吹かれて松の青葉が散り込んでいく、の意。

死の三日前、大坂の病床での改案である。
大坂の園女亭での発句「白菊の目に立てて見る塵もなし」の「塵なし」など類
想の難があるとし、「是れも亡き跡の妄執と思へば・・・」と語って改めたとい
われている。
 
初案は「清滝や波に塵なき夏の月」とあり、落柿舎滞在中の吟である。
初・改案とも清滝の清涼感が主題となっている。

流伴鑑賞
波に散りこむ青松葉
の措辞に感動する
初案の平明さも良いが芭蕉はもの足りなかったのだろう
初案も改案も句碑が残っている
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