竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

籐椅子と成りおほせたる家人なり   鈴木章和

2019-05-31 | 今日の季語


籐椅子と成りおほせたる家人なり   鈴木章和

成りおほせたると言っているが、家人すなわち妻が亡くなられたわけではなさそうだ。籐椅子になってしまう妻にはユーモアが漂うからだ。なぜ籐椅子になったのか。それはいつも籐椅子に横たわっていたために妻の体が籐椅子と一体化してしまったのだ。いつもビールを飲んでいるためにビヤ樽になってしまった夫と家事を怠けて籐椅子になってしまった妻。その横を豚児(とんじ)すなわち豚になってしまった愚かな息子が通る。謙譲の表現は面白い。『夏の庭』(2007)所収。(今井 聖)



籐椅子】 とういす
◇「籐寝椅子」(とうねいす)
籐の茎などで編まれた椅子で、専ら夏に用いられる。仰臥出来るように大型に作られたものを籐寝椅子という。

例句 作者

木曽川の音の中なり籐の椅子 長谷川 櫂
籐椅子のヌードモデルのガウンかな 浅井陽子
籐椅子に夜を大事にしてをりし 嶋田一歩
籘椅子や一日かならず夕べあり 井沢正江
竹籟を聴くまどろみや藤寝椅子 渡部抱朴子
週末は虹を門とす藤寝椅子 中島斌雄
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ボート漕ぐ翼のごとく腕を張り 松永浮堂

2019-05-30 | 今日の季語


ボート漕ぐ翼のごとく腕を張り 松永浮堂

胸を張り、肩甲骨を引き寄せるボートを漕ぐ動作と、鳥の羽ばたきの動きは確かに酷似している。ことにレガッタなど数人が連なるボート競技を見ていると、腕とオールが翼と化して、水面を羽ばたいているように見えてくる。長い翼の中心に据えられた背中が、ことに鳥のそれを思わせるのだ。以前、デイヴィッド・アーモンドの『肩甲骨は翼のなごり』という書籍をジャケ買い(カバーの印象が気に入って買ってしまうこと)したことがある。残念ながら内容は生物図鑑とはまるきり関係なく、感動的な小説だったが、なにより翼のなごりが自分の身体にもあるのだということが、心を広々と解放させてくれた。とはいえ、体重10kgほどの大白鳥でさえ、両翼を開いた状態で2mを越える。人間が飛べる翼とはどれほどのものだろうと調べてみると、なんと片翼だけで17mが必要になるという。邪魔か。『遊水』(2011)所収。(土肥あき子)


ボート 三夏

貸ボート/ボート小屋/ボート番
西洋型の小舟で、オールで漕ぐものをいう。川、池、湖、海など
での乗物。昔は木製のボートが主流だったが、最近ではゴム製の
ボートが一般的で、舟遊びのほか釣や人命救助に利用されている。  



さようなら夏 湖上ボートの 白い軌跡 伊丹三樹彦
ついてくる鷲鳥にボートつひに勝つ 山口青邨
つつじ紅白少年のボート少女のボート 富安風生
ひとの死処ここかボートを漕ぎて過ぐ 山口誓子
ひと死にて温き海ボートより触る 山口誓子
アベックのボート鵞鳥を従へて 山口青邨
キヤンプより漕ぎ出したるボートかな 山口青邨
ボートにて湖来し大工チャペル建つる 中村草田男
ボートのあふりうけて家鴨の無辜の胸 津田清子 礼拝
ボートの櫂入ると出づると滑らかに 山口誓子
ボートの腹真赤に塗るは愉快ならむ 西東三鬼
ボートひとつ富士へ漕ぎ出す冬芒 百合山羽公 故園
ボート同じ男女同じ春の河濁り 西東三鬼
ボート屋の歩板女にふと長し 後藤比奈夫
ボート押出すときも少女はガムを噛む 富安風生
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蛇苺いつも葉っぱを見忘れる 池田澄子

2019-05-29 | 今日の季語


蛇苺いつも葉っぱを見忘れる 池田澄子

季語は「蛇苺(へびいちご)」で夏。おっしゃる通り。たまに蛇苺を見かけても、ついつい派手な実のほうに気をとられて、言われてみればなるほど、「葉っぱ」のほうは見てこなかった。こういうことは蛇苺にかぎらず、誰にでも何に対してでも日常的によく起きることだろう。木を見て森を見ず。そんなに大袈裟なことではないけれど、私たちの目はかなりいい加減なところがあるようで、ほんの一部分を認めるだけで満足してしまう。いや、本当はいい加減なのではなくて、目が全焦点カメラのように何にでも自動的にピントがあってしまつたら、大変なことになりそうだ。ものの三分とは目が開けていられないくらいに、疲れ切ってしまうにちがいない。その意味で、人の目は実によくできている器官だと思う。見ようとしない物は見えないのだから。それにしても、やはり葉っぱを見ないできたことは気になりますね。このあたりが、人心の綾の面白さ。ならば、一度じっくり見てやろうと、まことに地味な鬼灯の花にかがみこんだのは皆吉爽雨だった。「かがみ見る花ほほづきとその土と」。その気になったから「土」にまでピントがあったのである。『いつしか人に生まれて』(1993)所収。(清水哲男)

【蛇苺】 へびいちご
◇「くちなわ苺」
名前の印象から嫌われ易いが、無毒である。バラ科の多年草で、草原や路傍など多少とも湿気のある場所に自生。4月頃、鮮やかな黄色の五弁花を開き、初夏の頃、緑色の大きな花托をもった紅い小粒の実をつける。形はいかにも苺に似ているが、固くて不味い。

例句 作者

蛇苺玉の輿とも云はれしが 松村富雄
蛇苺世を拒まねば光り得ず 齋藤慎爾
道問へば吉野訛りや蛇苺 寺島初巳
関寺の小町の塚の蛇いちご 村木佐紀夫
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夏立つやつぎつふぃ孵る熱気球 たけし

2019-05-27 | 入選句


夏立つやつぎつふぃ孵る熱気球 たけし



5月26日㈰ 朝日俳壇 高山れおな先生の選をいただきました

選評は残念ながら3席までに入らなかったので頂けませんでした



「孵る」の言葉に惹かれてなんとか1句にしたものでした

私の居住地に葉熱気球の世界チャンプが居て

毎日訓練のトライをしていますが



先日空一杯に熱気球の花が咲きました

家の窓から見える早苗田の上空にそれは

孵化しているようでした



今年は朝日俳壇に採られたのは3回目

励みになる
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麦の穂を描きて白き団扇かな  後藤夜半

2019-05-25 | 今日の季語


麦の穂を描きて白き団扇かな  後藤夜半

季語は「団扇(うちわ)」で夏。真っ白な地に,すっと一本か二本の「麦の穂」が淡く描いてある。水彩画タッチか、あるいは墨一色の絵かもしれない。いずれにしても、いかにも涼しそうな絵柄の団扇だ。その素朴な絵柄によって,ますます背景の白地が白く見えると言うのである。作者、お気に入りの団扇なのだろう。この句に目が止まったのは,私がいま使っている団扇のあまりに暑苦しい図柄の反動による。街頭で宣伝物として配られていたのをもらってきたのだから、あまり文句も言えないのだが,それにしてもひどすぎる。まずは、色調。パッと見て,目に飛び込んでくる色は、赤色,橙色,黄色だ。これって、みんな暖色って言うんじゃなかったっけ。「うへえっ」と図柄をよく見ると,どうやら夏祭りを描いているらしい。それは結構としても,最上部の太陽からは、幼稚園児の絵のように,太い橙色の光線が地上を照らしている。その地上には祭りの屋台が二軒出ていて、これがなんと「たいやき屋」と「たこやき屋」なのである。普通の感覚なら,氷屋なんかを出しそうなところに,選りに選って汗が吹き出る店が二軒も、左右にぱーんと大きく描かれているのだ。そして、客のつもりなのだろう。店の前には、ムーミンもどきの黄色と緑色の大きなお化け状の人物(?!)が二人……。そして絵のあちこちには、めらめらと燃え上がる真っ赤な炎みたいなものも配されていて,もうここまでやられると、力なく笑ってしまうしかないデザインである。あきれ果ててはいるのだけれど、でも時々,どういうつもりなのかと眺め入ってしまうのだから、宣伝物としては成功しているのかもしれない。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)

【団扇】 うちわ(・・ハ)
◇「白団扇」 ◇「絵団扇」 ◇「古団扇」 ◇「渋団扇」
扇が外出用なら、団扇は主として家の内に居て寛いで涼を取る時に使うという様に、庶民的な感じが強い。楕円形の他、方形や円形のものもあり、千葉・岐阜・京都・丸亀など産地も多い。

例句 作者

母親に夏やせかくす団扇かな 正岡子規
手にとりてかろき団扇や京泊 有働 亨
筆筒に団扇さしたる机かな 河東碧梧桐
修驗者の嶺暮れてくる團扇かな 福島壺春
いつよりを晩年といふ渋団扇 有馬朗人
戦争と畳の上の団扇かな 三橋敏雄

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麦秋や江戸へ江戸へと象を曳き   高山れおな

2019-05-24 | 今日の季語


麦秋や江戸へ江戸へと象を曳き   高山れおな


季語は「麦秋(ばくしゅう)」で夏。見渡すかぎりに黄色く稔った麥畑のなかを、こともあろうに象を歩かせるという発想がユニークで愉快だ。どんなふうに見えるのだろう。なんだかワクワクする。が、掲句は、空想句ではなく史実にもとづいた想像句だ。実際に、江戸期にこういう情景があった。以下は、長崎県の「長崎文化百選」よりの引用。「(象が)はっきり初渡来として歓迎されたのは、亨保十三年(1728年)将軍吉宗の時代に長崎に渡来したときである(松浦直治)という。 六月七日にオランダ船で長崎に着いた象は、雄と雌の二頭。雌の一頭は病気で死んだが。残った七歳の雄は将軍吉宗に献上のため翌十四年三月十六日長崎を出発。十四人の飼育係に交代で見守られながら、江戸まで三百里(約1200km)をノッシノッシと行進する。南蛮渡来のこの珍獣を一目見ようと、沿道は大変な騒ぎ。ずっと後世のパンダブームのような大フィーバーである。なにしろ巨体だから、橋も補強しなければならない。大井川はイカダを組んで渡す、といったありさま。そのころはもう江戸では象の写生図が早打ち飛脚で到着して一枚絵に刷られ、象の記事の載ったかわら版は、いくら刷っても売り切れ『馴象編』『象志』など象百科のような出版物は十数種に上ったという。 五月二十五日に江戸に着いた象は、浜御殿の象舎に入った。翌々日江戸城へ引き入れられ、吉宗は諸大名とともに象を見物した」。しかしこの象は、やがて栄養失調でやせ細り死んでしまったという。あまりの大食ぶりに、さすがの江戸幕府も持て余したようだ。図版は長崎古版画(長崎美術館蔵)より。『ウルトラ』(1998)所収。(清水哲男)

【麦秋】 ばくしゅう
◇「麦秋」(むぎあき) ◇「麦の秋」(むぎのあき)
麦は初夏に収穫時期を迎えることからこの季節を「麦の秋」と呼ぶ。「麦秋(ばくしゅう)」は陰暦4月(ほぼ陽暦5月)の異称である。

例句 作者

麦秋や雲よりうへの山畠 梅室
麦秋の野を征きしこと人知らず 石田玄祥
麦秋の夜空かわきて農夫病む 古賀まり子
麦秋や葉書一枚野を流る 山口誓子
見渡せばパンの耳ほど麦の秋 大井一柳子
麦秋の遊子ミレーの畑探す 千田百里
アトリエに未完の裸婦や麦の秋 原田かほる
照り翳る筑波ふた峰麦の秋 大橋和子
飲む水に喉は応へて麦の秋 田中太朗
船隠してふ麦秋の入江かな 能村研三
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島を出し船にしばらく青嵐 片山由美子

2019-05-23 | 今日の季語


島を出し船にしばらく青嵐 片山由美子

船と陸との距離が明解。その距離がしだいにひろがる。その時間が「しばらく」だ。ここには時間と距離が詰まっている。空間構成が中心に据えられていて情緒に凭れない。知をもって空間を捉える山口誓子に発した伝統が鷹羽狩行を経由して着実にこの作者に受け継がれていることがわかる。こういう方法に今の流行は抵触しない。しかし、それは俳句の伝統的な要件を踏まえた上でクールな時代的感性を生かした現代の写生である。『季語別・片山由美子句集』(2003)所収。(今井 聖)

【青嵐】 あおあらし(アヲ・・)
◇「風青し」 ◇「青嵐」(せいらん)
初夏の青葉のころに吹きわたる爽やかなやや強い風のこと。「夏嵐」とも。概ね南寄りの風である。「せいらん」とも読むが「晴嵐」と紛らわしいので「あおあらし」と読まれることが多い。同じ南の風でも「南風」(みなみ・はえ)の方が生活に密着した語であると言える。

例句 作者

なぐさめも男は一語青あらし 山岸治子
両の手は翼のなごり青嵐 掛井広通
衛兵の見やる一点青嵐 斎藤佳代子
水神を祀れる巌青あらし 藤本安騎生
岡の上に馬ひかへたり青嵐 正岡子規
兵は征きて勲八等の青嵐 名和未知
威張りゐる妊婦あづかる青嵐 西岡晴子
青あらし天守に登る草履あり 前田普羅
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青田中信濃の踏切唄ふごとし   大串 章

2019-05-22 | 今日の季語


青田中信濃の踏切唄ふごとし   大串 章

自註に、こうある。「昭和三十八年作。初めて信州に旅をした。大空のかがやき。青田のひかり。信州の緑の中で聞く踏切の音は都会のそれとは全く異なっていた」。先日私が新幹線から見た青田も美しかったが、新幹線に踏切はない。青田中から新幹線の姿を叙情的にうたうとすれば、どんな句になるのだろうか。『自註現代俳句シリーズ7・大串章集』所収。(清水哲男)

【青田】 あおた(アヲタ)
◇「青田面」(あおたも) ◇「青田風」 ◇「青田波」 ◇「青田道」
苗を植えてまもない田を「植田」というのに対して稲が生育して一面青々とした田を「青田」という。植田が青一色になる頃は土用の日差しも強く、青田を吹き行く風(「青田風」)になびく稲は波のように揺れ(「青田波」)、見るからに爽快である。《植田:夏》

例句 作者
ていれぎの水流れ入る青田かな 森薫花壇
青田青し父帰るかと瞠るとき 津田清子
青田中信濃の踏切唄ふごとし 大串章
青田より青田へ飛騨の水落す 島田妙子
青田道来て礼拝の顔揃ふ 谷島 菊
自転車が占む青田道青田駅 小黒黎子
日本海青田千枚の裾あらふ 能村登四郎
鉄塔の四肢ふんばつて青田中 久田岩魚

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蝌蚪に足出て小満といふ日かな 前島みき

2019-05-21 | 今日の季語


蝌蚪に足出て小満といふ日かな 前島みき


句意はあまりにも明快である
句のうちに小満を云いえてじゅうぶんである
説明しているようで
おたまじゃくしの成長と
季節のたしかな移ろいを愉しんぢる作者がみえてくる(たけし)

【小満】 しょうまん(セウ・・)
二十四節気の一つで、5月21、22日頃に当る(立夏の15日後)。陽気盛んにして万物ようよう長じ満つる、の意。

例句 作者
蝌蚪に足出て小満といふ日かな 前島みき
小満や箭竹篠竹生えしめて 星野麥丘人

小満や一升壜に赤まむし 齊藤美規

小満やどの田も水を湛へをり 小島雷法子

小満のみるみる涙湧く子かな 山西雅子

小満のまるき柱を抱きをり 柿本多映
小満の人影ふゆる田に畑に 太田 嗟
小満の月へ開けおく納屋の窓 黛執
小満の身を大いなる樹下に容れ 池田秀水
小満の風を青しと遊びけり 草間時彦
小満やあやめにまじる薄荷草 那須弥生
小満や川うごかして手を洗ふ 鳥居おさむ
小満や母に八十二歳の日 平間眞木子
山葵田の小満の水余りけり 鈴木しげを
縦三つを引き小満の勝越しぞ 都筑智子
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目には青葉尾張きしめん鰹だし 三宅やよい

2019-05-20 | 今日の季語


目には青葉尾張きしめん鰹だし 三宅やよい

思わず破顔した読者も多いだろう。もちろん「目には青葉山時鳥初鰹」(山口素堂)のもじりだ。たしかに、尾張の名物は「きしめん」に「鰹だし」。もっと他にもあるのだろうが、土地に馴染みのない私には浮かんでこない。編集者だったころ、有名な「花かつを」メーカーを取材したことがある。大勢のおばさんたちが機械で削られた「かつを」を、手作業で小売り用の袋に詰めていた。立つたびに、踏んづけていた。その部屋の写真撮影だけ、断られた。いまは、全工程がオートメーション化しているはずだ。この句の面白さは「きしめん」で胸を張り、「鰹だし」でちょっと引いている感じのするところ。そこに「だし」の味が利いている。こういう句を読むにつけ、東京(江戸)には名物がないなと痛感する。お土産にも困る。まさか「火事と喧嘩」を持っていくわけにもいかない。で、素直にギブ・アップしておけばよいものを、なかには悔し紛れに、こんな啖呵を切る奴までいるのだから困ったものだ。「津國の何五両せんさくら鯛」(宝井其角)。「津國(つのくに)」の「さくら鯛」が五両もするなんぞはちゃんちゃらおかしい。ケッ、そんなもの江戸っ子が食ってられるかよ。と、威勢だけはよいのだけれど、食いたい一心がハナからバレている。SIGH……。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)

【初鰹】 はつがつお(・・ヲ)
サバ科の魚。毎年黒潮に乗って北上し、遠州灘を越えて、若葉のころ房総や伊豆半島に現れる。このころ最初に捕れる鰹を初鰹と呼ぶ。初物好きで、生きのよい江戸っ子気質に合っていたため、「勝魚」とも書かれ、江戸時代には特に珍重された。《鰹:夏》
例句 作者
断つほどの酒にはあらず初鰹 鷹羽狩行
鎌倉を生て出けむ初鰹 芭蕉
目には青葉山郭公初鰹 素堂
初鰹観世太夫がはし居かな 蕪村
雨ざつと来てさつと去り初鰹 太田寛郎
初鰹糶の氷片とばしけり 皆川盤水



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若竹のつういつういと伊那月夜   矢島渚男

2019-05-18 | 今日の季語


若竹のつういつういと伊那月夜   矢島渚男

元来「つういつうい」は、ツバメや舟などが勢いよく滑るように、水平に移動する様子を指しているが、この句では若い竹の生長するさまについて用いられている。水平ではなく垂直への動きだ。なるほど、竹の生長の勢いからすると、たしかに「つういつうい」とは至言である。元気いっぱい、伸びやかな若竹の姿が彷彿としてくる。しかも、時は夜である。月の雫を吸いながらどこまでも伸びていく竹林の図は、まことに幻想的ですらあって、読者はある種の恍惚境へと誘われていく。そして舞台は伊那の月夜だ。これまた絶好の地の月夜なのであって、伊那という地名は動かせない。しかも動かせない理由は、作者が実際に伊那での情景を詠んだかどうかにはさして関係がないのである。何故なのか。かつての戦時中の映画に『伊那節仁義』という股旅物があり、主題歌の「勘太郎月夜唄」を小畑實が歌って、大ヒットした。「影かやなぎか 勘太郎さんか 伊那は七谷 糸ひく煙り 棄てて別れた 故郷の月に しのぶ今宵の ほととぎす」(佐伯孝夫作詞)この映画と歌で、伊那の地名は全国的に有名になり、伊那と言えば、誰もが月を思い浮かべるほどになった。句は、この映画と歌を踏まえており、いまやそうしたことも忘れられつつある伊那の地で、なお昔日のように月夜に生長する若竹の姿に、過ぎていった時を哀惜しているのである。『木蘭』(1984)所収。(清水哲男)



【若竹】 わかたけ
◇「今年竹」 ◇「竹の若葉」
筍が成長してすべての皮を落とすと、健やかな若竹となる。幹の緑が若々しく、節の下部に蝋質の白い粉を吹くため緑の幹に白い輪が目立つのも若竹の特徴。
例句 作者
高高と皮ひつさげて今年竹 大澤ひろし
若竹の中と思へぬ暗さかな 鷹羽狩行
経蔵に万巻眠る今年竹 有馬籌子
今年竹見えざる雨の雫せり 野沢節子
前山の雨のはなやぎ今年竹 太田寛郎
今年竹数へて生家去りがたし 志城 柏
死のあとの若竹かくもそよぐかな 岡田詩音
京の夜を薙ぐ一本の今年竹 柴﨑左田男
今年竹道の眩しくありにけり ふけとしこ
今年竹ひかりを水に通しけり 大串 章
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丁寧に暮らす日もあり新茶汲む  奥田友子

2019-05-16 | 今日の季語


丁寧に暮らす日もあり新茶汲む  奥田友子

目にとめて、すぐにどきりとした。私には「丁寧に暮らす」という意識がほとんどない。大げさではなく、生まれてこのかた、大半の日々を行き当たりばったりに暮らしてきた。貧乏性に近いと思うのだが、常に何かに追いまくられている感じで暮らしており、生活や人生に落ち着きというものがない。友人などには反対に、少なくとも見かけは、何事にも丁寧につきあい、悠然としている奴がいて、どうすればあんなふうに暮らせるのかと、いつも羨しく思ってきた。そんなわけで、句の「暮らす日も」の「も」に若干救われはするけれど、しかしこれは謙遜でもありそうだ。新茶の馥郁たる香りや味を本当に賞味するには、精神的にも身体的にもよほどの強靭さとゆとりがなければ適わない。そういうことなんだろうなあ。きっと、そうなんだ。『彩・円虹例句集』(2008)所載。(清水哲男)

【新茶】 しんちゃ
◇「走り茶」 ◇「古茶」(こちゃ)
初夏の頃、新芽を摘んで製したその年の新しいお茶。その新鮮で高い香りが、特に珍重される。

例句 作者

新茶汲む母の齢をはるか越え 中村苑子
古茶新茶これより先も二人の居 村越化石
嘘言ひし口淋しくて新茶吸む 宍戸富美子
夜も更けて新茶ありしをおもひいづ 水原秋櫻子
生きて居るしるしに新茶おくるとか 高浜虚子
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女房は下町育ち祭好き 高浜年尾

2019-05-15 | 今日の季語



女房は下町育ち祭好き 高浜年尾

なんとも挨拶に困ってしまう句だ。作者が虚子の息子だからというのではない。下町育ちは祭好き。……か、どうかは一概にいえないから困るのである。そういう人もいるだろうし、そうでない人もいるはずだ。たとえ「女房」がそうだったとしても、女子高生はみんなプリクラ好きとマスコミが書くようなもので、なぜこんなことをわざわざ俳句にするのかと困惑してしまう。祭の威勢に女房のそれを参加させてやりたい愛情はわからないでもないが、だったら、もっと他の方策があるだろうに。時の勢いで作っちまったということなのだろうか。この句のように「そうなんだから、そうなんだ」という類の句は、見回してみるとけっこう多い。しかもこういう句は、どういうわけか記憶に残る。そこでまた、私などは困ってしまうのだ。なお、俳句で単に「祭」といえば夏の季語で「秋祭」とは区別してきた。この厳密さに、もはや現代的な意味はないと思うけれど、参考までに。『句日記三』所収。(清水哲男)

【祭】 まつり
◇「夏祭」 ◇「祭礼」 ◇「宵祭」 ◇「宵宮」 ◇「夜宮」(よみや) ◇「御輿」(みこし) ◇「渡御」(とぎょ) ◇「山車」(だし) ◇「祭囃子」(まつりばやし) ◇「祭太鼓」 ◇「祭笛」 ◇「祭衣」(まつりごろも) ◇「祭提燈」 ◇「祭髪」
祭は春夏秋それぞれにあるが、単に「祭」といえば夏祭を指す(もともとは京都の賀茂祭(葵祭)を「祭」、その他の神社の祭を「夏祭」として区別していたが、今は夏祭一般を「祭」と呼ぶ)。日本人は天地・自然の中に多くの神々の存在を認め敬い、農事の安定と豊穣を願って神に祈り、感謝を奉げ、1年の無事を共に喜び、それを祭として表現してきた。夏祭はもともと夏に多く発生する自然の災難や疫病から守ることを願い、神に祈るものとして始まった。これに対し、春祭は五穀豊穣の祈願、秋祭は収穫の喜びを祝う意味合いがある。《葵祭:夏)

例句 作者

神田川祭の中を流れけり 久保田万太郎
夕空と水との間祭笛 桂 信子
着崩れて祭の夜に紛れけり 秋山未踏
朴の葉に雨ひと粒や祭来る 永方裕子
荒神輿ときにやさしく練り戻す 上井正司
鉾蔵の暗さ百年一と昔 行方克巳
図体をぶつけて祭太鼓かな 大島雄作
浦の子のこんなにゐしや夏祭 上﨑暮潮
男らの汚れるまへの祭足袋 飯島晴子
路地に生れ路地に育ちし祭髪 菖蒲あや
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水切りの光も音も風も春  たけし

2019-05-13 | 入選句



水切りの光も音も風も春  たけし



令和元年5月13日㈪ 読売俳壇

正木ゆう子ゆう子先生の選をいただきました



この句は私なりの冒険句でした

ひとつは「も」を3度も表すること

もうひとつは下五の「春」

どちらかというとふたつとも

私的にはタブーな表記でした



俳句をはじめて8年目になります

いよいよ分かったような分からないようなところに

彷徨いこんでいるようです



そんなときの冒険句の入選は格別嬉しい
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母の日の常のままなる夕餉かな 小沢昭一

2019-05-12 | 今日の季語


母の日の常のままなる夕餉かな 小沢昭一

句集『変哲』より、69年5月作。あの小沢昭一である。評者にとっては困った時の「変哲(小沢昭一の俳号でもある)」頼み。変哲の句を出せば安心できるのだ。「母の日」といっても特別なことをするというわけではない(大体そんなもの昔はなかった)、いつもと同じ夕餉につき黙々と食べる。この句には見えない母が曲者ですな。同居の老母かもしれないし、子供たちの母、すなわち作者の老妻かもしれない。その方がむしろ味わい深い。「母の日」は、今年は本日十日。常日頃、92歳の母を老人ホームに入れたきりで、電話一本かけもしない親不幸息子の評者であるが、今年はお見舞にでも行こうかしら。(井川博年)

【母の日】 ははのひ


5月の第2日曜日。アメリカのメソジスト協会に起り、全世界に広まる。母に感謝する日。

例句   作者

母の日や鼻緒の固き母連れて 恩田秀子
子にまかす母の日なにもせぬ疲れ 島村比佐子
わが炊きし仏飯母の日の母に 澤田緑生
母の日の島を遠目に足浸す 吉田鴻司
母の日の水中に皿滑走す 磯貝碧蹄館
母の日や働く母のほか知らず 西 美知子
母の日の風のどこかに子守歌 林 昌華
母の日も身の置きどころ文机 殿村菟絲子
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