A PIECE OF FUTURE

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「光路」テキスト

2015-08-09 23:25:47 | お知らせ
光路へ
平田剛志

 光路へ。「あなたがたは世の光である」とは『マタイによる福音書』に書かれたイエスの言葉だが、この世界は「光」に満ちている。目に見える可視光線から不可視の紫外線、赤外線、X線などの電磁波まで、世界にはさまざまな光がある。
 その光を使った光学系機器のひとつがカメラである。写真を意味するフォトグラフィー(Photographie)はPhotoが「光」、graphが「描く」こと意味し、日本では当初「光画」と訳されたように、写真はカメラによって「光で描く」技法だった。

 「光路」とは、光が光学系を横断する際にとる経路を意味する。レンズの機能は、光を集中、発散、反射、屈折させること、つまり、光を集め、像を作り、ものを大きく見せることが働きである。その光がレンズを通過した際にとる行程が「光路」である。
 レンズは光を集めて像をつくるが、レンズだけでは写真はできない。光を感じとり記録する感光材料のフィルムや光を検知する撮像センサ、そして感光材料に光を当てるカメラの部品であるシャッターが必要である。このように写真や映像は光学系機器であるカメラのさまざまな環境や設定によって導きだされた「光路」の結果、記録された「光」なのである。
 本展では、光学装置を通じて、どのように「光」を知覚(Perception)し、制作・投影(Projection)するのか、今村遼佑、大洲大作、前谷康太郎の3人の作品と光学系機器を通じて、「光路」を考察するものである。それぞれの作品は一つの空間で交路し、私たちの進む路(光路・行路)を照らす場となるだろう。

 展示は前谷康太郎の《Womb》(2011)から始まる。本作は、光を記録した映像作品である。前谷は自作のカメラオブスキュラのレンズに赤い画用紙を取り付け、大阪環状線に乗車して車窓を撮影した。映像は赤いが、時にまばたきをするように明滅する。画用紙でレンズを塞ぐことで見える「光」がある。それは、人が生まれる前の母親の子宮(womb)のなかで光の強弱を認識していたときの「光路」なのかもしれない。人間が母の胎内の闇から生まれるように、映像はカメラの闇から生まれる。「光路」とは子宮でもある。

 大洲大作は、インスタレーション《光のシークエンス・métro》(2015)と写真作品《光のシークエンス・Ombre《奥羽本線》》(2015)の2点を展示する。《光のシークエンス・métro》は、地下鉄の地下、暗闇の中で灯る「光のシークエンス」を捉えた作品である。写真は地下鉄車両のドア窓を思わせる2つの縦長スクリーンにランダムにプロジェクションされ、車窓を過ぎゆく風景/光路を見るだろう。闇がなければ光は見えない。私たちが闇に見る光はいつかの「光路」だったかもしれない。
 一方、《光のシークエンス・Ombre《奥羽本線》》も同じく車窓を捉えた1作である。中央に丸く黒々としたものが見えるが、本作は雪景色のなかの木立の茂みを捉えた写真なのである。地下鉄内のシークエンスとは異なり、地上の光景のなかに「闇」を見い出した写真である。大洲作品にとって「光路」は、車窓がレンズのように光を反射、屈折させて生み出す「光のシークエンス」なのである。

 今村遼佑の《街灯と辞書》(2015)は、辞書のなかの「過去」「現在」「未来」「night」の言葉を小さな街灯が照らす作品である。大洲、前谷が車窓の「光」を捉えたように、光は時間でもある。今村は、過去と現在、未来を街灯で照らしだすことで、光のように過ぎゆく言葉と時間に光を灯すのである。あたかも夜道を照らす街灯のように、言葉は私たちの「光路」を照らしているのかもしれない。言葉とは啓蒙(Enlightenment)であり、光であった。
 また、《窓》(2015)は、窓越しに挿しこむ朝日を捉えた映像である。部屋はカメラオブスキュラのように、カーテン越しの光を捉え、柔らかい朝の光が「時間」として記録される。

 彼ら3人に共通するのは、それぞれが「窓」を通した光を作品化していることであろう。電車の車窓、室内の窓から差し込む「光路」の記録なのである。そして、街灯は言うまでもなく、プロジェクター、モニター、今展のイベント時のみ使用したスライド映写機などさまざまな光学機器によって、光をプロジェクションする。ともすれば最初は、それが「光」であること、映像や写真であること、動いていることさえ気づかないかもしれない。だが、彼らの作品は、この世界が光で満ちていることを、過ぎゆく電車の車窓やめくられた本の1ページ、いつもの朝日の光を通じて視覚化するのである。本展で私たちが見るのは、足元を照らしだす一つのあるいは無数の「光路」であった。(2015.08.08)


前谷康太郎《Womb》(2011)


今村遼佑作品

「光路」Optical Path
出品作家:今村遼佑、大洲大作、前谷康太郎
企画:平田剛志(京都国立近代美術館研究補佐員)
会期:2015年7月25日(土)~8月8日(土)
会場:SAI GALLERY

掲載写真クレジット
撮影:大洲大作


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