A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 135 最も鈍い者が

2014-01-31 23:58:04 | ことば
言葉の息遣いに最も鈍い者が
詩歌の道を朗らかに怖さ知らずで歩んできた
と思う日

人を教える難しさに最も鈍い者が
人を教える情熱に取り憑かれるのではあるまいか

人の暗がりに最も鈍い者が
人を救いたいと切望するのではあるまいか

それぞれの分野の核心に最も鈍い者が
それぞれの分野で生涯を賭けるのではあるまいか

言葉の道に行き昏れた者が
己にかかわりのない人々にまで
言いがかりをつける寒い日


吉野弘「自然渋滞」『吉野弘全詩集』、青土社、2004年、715-716頁。

私もまた美術に最も鈍い者である。


memorandum 134 祝婚歌

2014-01-27 23:14:07 | ことば
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい


吉野弘「風が吹くと」『吉野弘全詩集』、青土社、2004年、452-454頁。

memorandum 133 生命は

2014-01-23 22:07:51 | ことば
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


吉野弘「北入曽」『吉野弘全詩集』、青土社、2004年、364-366頁。


世界も人間もゆるやかでいい。
私のなかの欠如は、あなたによって満たされ、あなたの欠如は私が満たすだろう。


【ご案内】『おやすみの前の、詩篇』

2014-01-21 23:31:09 | お知らせ
タイトル:おやすみの前の、詩篇
著者:手塚敦史
装幀:平田剛志
表紙・扉作品:今村遼佑《雨のドローイング》2013年
発行:調布 : ふらんす堂
発行日:2014.2
印刷:トーヨー社
製本:並木製本
形態:180p ; 22cm
内容:
二〇一〇年十一月十九日から十一月二十五日まで、京都、大阪へ行った。東京、京都、大阪に住む古くからの友人。一年間つき合ってくれた一人の恋人。いまは寓居の中音もなく、旅の途上拾った秋の木の実が机上に置かれたままになっている。


M[ ém ]、T[ tí: ]、Y[ wái ]、O[ óu ]、N[ én ]、S[és ]、それぞれの名前やこれまでの出来ごとは純粋に音にまで分かれ、歩行が光と陰とひとしく見分けられなくなる群れの中へ消された。頭からふいに分岐し収斂しながら、太陽に襲いかかろうとする何羽かの鳥は押し潰されていったかに見える空へ羽をきしらせ、何かを掻き出し、鳴いて、影が光でもある中枢の核の方へたちどころに突き抜けようとした。

(おやすみの前の、詩篇)
(おやすみの先の、詩篇)
(αおじぎ草への接近)

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 この度、詩人・手塚敦史さんの第4詩集『おやすみの前の、詩篇』の装幀をさせて頂きました。お近くでお見かけした際はぜひお手にとって頂けると幸いです。

 表紙と扉に使わせて頂いた作品は、美術家・今村遼佑さんの《雨のドローイング》です。本書の装幀はこの作品を見たことから始まったといっても過言ではありません。地味ですが、4色カラーです。

 本書の刊行までには、私の作業の遅れから何度も変更や遅延をしてしまい、関係者の皆様に多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。辛抱強くサポートして頂いたふらんす堂の皆さま、本書の装画のためにたくさんの作品を制作・提供して頂いた今村さん、そして何度も何度も打ち合わせの時間を作ってくれた著者の手塚さんに心から感謝しています。

 私にとっては、東京時代の大学の後輩である手塚さんと京都で出会った今村さんと仕事を一緒にできたこと、東京と京都を行き来して生まれたプロセス含めて、とても愛着と思い入れのある本となりました。


未読日記833 『毎日のパン』

2014-01-20 23:41:17 | 書物
タイトル:毎日のパン
著者:いしいしんじ
意匠:上野昌人
制作:白川書院
発行:京都 : 進々堂
発行日:2012.12
形態:36p ; 15cm
内容:
「毎日のパン」いしいしんじ
「ごあいさつ」続木創(株式会社進々堂代表取締役社長)

頂いた日:2014年1月20日
場所:進々堂 寺町店
 京都のベーカリー・進々堂の創業百周年を記念して刊行されたいしいしんじのパンを題材とした新作書き下ろし小説。全店で無料配布というのが驚き。しかも、ページ数もけっこうある。日経のいしいしんじ氏の記事を読んで知り、仕事帰りにパンを買うついでにゲット。パン屋で小説を手に入れるって楽しい。

memorandum 132 雪のように

2014-01-19 23:12:59 | ことば
ひとは皆、他とは違った生き方を好む。
雪が六角形の枠のなかでさえ
模様の、多少の変化をきそうように。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
雪が自分以外の色に超然としているようで
実は、他の意見にやすやすと染まるように。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
雪のように
自分に暖かくすることができなくて
自分に冷たく当る以外、凝縮できなくて。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
ただよう雪のように
落下しているのに飛翔していると信じて。


吉野弘「感傷旅行」『吉野弘全詩集』、青土社、2004年、331-332頁。


私も人と同じ生き方をしている。

視聴覚室205 "そして最後にはいつもの夜が来て"

2014-01-18 23:13:23 | music

from 曽我部恵一BAND、"トーキョー・コーリング", 2012.





演出部:中村佳代
カメラマン部:大橋仁
ごく普通の日常。ドラマチックなことはなにもおこらないのに、つい終わりまで見てしまう。
食事を作ったり、食べたりするシーンが妙に寂しいのは、都市に生きる1人暮らしの男性だからだろうか。

memorandum 131 奈々子に

2014-01-17 23:55:48 | ことば
赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも、ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。

苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。


吉野弘「消息」『吉野弘全詩集』、青土社、2004年、44-47頁。


若い人々に贈りたい詩かもしれないが、不健康な日々を送り、自分を愛する心を見失っている働く人々すべてに捧げたい。