龍の声

龍の声は、天の声

「ファーブル昆虫記」

2014-07-23 07:17:24 | 日本

「ファーブル昆虫記」を読み、ファーブルから教えを受けた。


ジャン・アンリ・ファーブル<1823-1915>の代表作「昆虫記」は、世界各国で翻訳されており、日本でも『ファーブル昆虫記』として親しまれている。

「昆虫記」(全10巻、1879-1910)で取り上げている虫は、ちょっと普通には目立たない、どうかすると退屈な虫が多くて、美しい蝶やカブトムシのような誰で知っている虫は出てこない。スカラベなどのタマオシコガネ、オトシブミ、ベッコウバチ、ゾウムシ、ハンミョウなどで、クモやサソリまで出てくる。しかし、これらの虫の生態は非常に変っていて、それをファーブルが独自の観察方法でなぞを解いていくところは、推理小説を読むようでたいへん面白いものである。

ファーブルは「種の起源」のダーウィン(1809-1882)と同時代の人だが、進化論とは別の立場を取っていた。生き物の行動を良く見ていれば、そこに偶然なんて存在しない、まして、その積み重ねで今ある生物に進化したなどありえない、と考えていた。また、ファーブルは、虫が状況を判断するなど思考によって行動しているとは考えなかった。何かによって最初から決められている手順を、ただ順序どおりに実行しているだけだということを、観察と実験で証明してみせた。

しかし、ファーブルとダーウィンの間には交流があり、ダーウィンは低姿勢でファーブルに接していたことが「昆虫記」からうかがえる。けだし、当時、ファーブルを最も評価していた生物学者はダーウィンではなかったかと思える。
 
「昆虫記」には虫そのものの話ばかりでなく、自然や生き物と向き合う姿勢、研究の方法などについてのファーブル自身の主張も語られている。全体にギリシャローマの神話、古典、聖書からフランスの民話に至るまでの引用が沢山あり、情景描写などは詩のような書き方をしてある。また、「昆虫記」はファーブルの自伝的な側面もあるが、ところどころ権威に反発するような記述もあって、ファーブルは、同業の仲間などからは決してよくは思われていなかったことが分かる。たいへんな教養人で博学だったファーブルは、信念の人だったが、その分、世の中を辛く生きていくようにできていた人だったようにも思える。

ところで、ファーブルの「昆虫記」は昆虫学者には不人気だそうである。どう見ても研究書の体裁ではないし、手厳しくほかの学者の批判をしていたり、虫のことばかりでなく、俗世間のことも書いているから、それがたとえ正しいことを書いていたとしても、人によっては要らぬことを書いていると思ってしまう。恐らく、専門家にはカチンと来るところがあるのだろう。しかし、幸いなことに、専門家でもなく、学者でもなく、教養もなく、昆虫に詳しいわけでもない、ただの虫好きには面白い本である。



◎ファーブルが、ドラグラーヴ社「昆虫記」の第1巻を発刊する。ファーブルは、自分がアルマスで行う研究の意義、そして「昆虫記」に記す内容について、それを馬鹿にする学者たちを糾弾して、次のように行っている。

あなた方は虫の腹を裂いておられる。だが私は生きた虫を研究しているのです。
あなた方は虫を残酷な目にあわせ、嫌な、哀れむべきものにしておられる。私は虫を愛すべきものにしてやるのです。
あなた方は研究室で虫を拷問にかけ、細切れにしておられるが、私は青空の下で、セミの歌を聞きながら観測している。
あなた方は薬品を使って細胞や原形質を調べておられるが、私は本能の、もっとも高度な現れ方を研究している。
あなた方は死を詮索しておられるが、私は生を探っているのである。

そして、「自分が『昆虫記』を書くのは、本能の謎に挑もうとする、とりわけ若い人のためである。学者たちによってつまらないものにされてしまった博物館を、もう一度、若者たちが好きになるようにするためである」と宣言している。



◎人間以外では、いかなる生き物も自分で命を断つという最後の手段を知ってはいない。なぜなら、そのいずれも死ということを知らないからである。死について、はっきり思い描くことができるのは人間だけであり、死後について素晴らしい本能的直観を持つことが出来るのも人間だけである。


◎ファーブルはまた、唯一死を知る生物であるはずの人間が、なぜ戦争というおろかな殺し合いをやめないのかと、「昆虫記」の中で繰り返し問うている。
例えば、サソリの共食いについて述べたところでは、戦いに負けた相手を食べ尽くすという行為は、それは食料にしているという点において理がある。しかし食べるわけではないのに、民族と民族が殺し合う戦争は何のためにするのか、自分には理解できないと言っている。

◎さらに、道徳を知るはずの人間が、なぜ野蛮な行為を続けるのかについても疑問をなげかけている。文明が進み、技術も進んだけれども、戦争やめるということに関しては一つも進歩していない。
例えば、技術が進歩した結果、大量の銃弾を連射できる機関銃などが開発され、戦争の手段は格段に進んでしまった。ファーブルは、人間の道徳が進歩し、殺し合いをやめるようになるには、まだまだ時間がかかるだろうと述べている。そして、奴隷制の廃止や女子教育の普及を例に挙げ、人間は非常にゆっくりとではあるが、少しずつ良い方向には向かっているとしている。


◎つまり、絶望していても仕方がないということである。たとえどん底に突き落とされたとしても、頭を上げて、とにかく力いっぱい生きていこう。ファーブルの文章の根底には、どんなに困難な状況あっても、自分の人生というものを充実させよう、楽しく生きていこうと言う、力強いメッセージがある。


◎ファーブルは91歳で、その生涯を閉じた。セリニャンの墓地にある墓石には、ファーブルの遺言により

「死は終わりではない、より高貴な生への入り口である」

と言う言葉がラテン語彫られている。無駄な死というものはない。生き物の死は、次の生へとつながっている。それは昆虫でもそうであるし、自分自身もそうである。