何のとりえもない(と自分では思っている)平凡な男が、大金持ちの娘と結婚したことで、多くの事件にまきこまれていく……宮部みゆきのお婿さんシリーズ(勝手に名づけました)第三弾。
確かに第一作の「誰か」は、そんなほのぼのした雰囲気があったけれど、第二作「名もなき毒」における、その毒の存在はあまりにも強烈で、思わず本を放り出しそうになった。あまりにも具体的。あまりにも邪悪。
さあ第三作。超大作がつづき、面白くなるまでに時間がかかると宮部みゆきが評されたのも今は昔。主人公が乗り合わせたバスが乗っ取られ、彼を中継点にして警察と犯人の交渉が始まる。この展開がなんともすばらしい。警察の動き、乗客の心の葛藤、そしてこのミステリのキモである、犯人の異様な流暢さ。
モデルになったのは豊田商事事件。老人を食いものにしたあげく、社長がマスコミの目前で惨殺されたニュースは、マスコミの姿勢も含めて大きく報じられ、わたしの世代は忘れられない。
1985年のできごとなんか知らないよという読者は、「おくりびと」の滝田洋二郎の傑作「コミック雑誌なんかいらない!」をレンタルしてほしい。内田裕也扮するレポーター(梨本勝がモデル)の前で、ビートたけしが壮絶な殺人劇を繰り広げてくれます。
「火車」「理由」など、現実の事件を物語に仕立て上げる名人である宮部みゆきの真骨頂。思えば「荒神」も、まさしくそんな物語だったわけだし。
問題はラスト。ある登場人物への罵詈雑言がネット上でとびかっている。でもわたしは思う。名探偵登場のためには、必要な通過儀礼だったのではないかと。探偵は、心に傷をもってなきゃねえ。
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