事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「グエムル - 漢江の怪物」The Host ('06)

2008-06-04 | 洋画

Gwoemul  世界でもっとも怪獣に破壊された都市といえば東京。銀座の和光の時計台は、ゴジラによって破壊されることでむしろメジャーなのだし、東京タワーにいたってはガメラにちぎられ、モスラが羽化する画面の方が現実のタワーよりもはるかに美しい。

 今回、怪獣があらわれたのはソウル。しかし、一種の名物と化した東京の怪獣と違い、かなり怖い。その怖さは、着ぐるみとCGの差以前に、まずスピードにある。襲いくる怪獣は常に不意を突いて登場し、圧倒的なスピードで人間を屠っていく。しかし、同じように素早かったアメリカ版ゴジラはほとんど怖くなかった。この違いはどこにあるのか。

 わたし、サイズが大事なんだと思う。体長50㍍もある怪獣の場合、その恐怖は多くの場合群衆すべてに向けられている。ところが、体長10㍍のすばやい漢江の怪物の恐怖は「次に殺されるのは誰か」に集約できる。わたしだけが殺されるのか、という恐怖だ。画面前方にいる主人公の向こうから、怪物が次第にピントが合うように突き進んでくる動きはすさまじい。「殺人の追憶」の天才監督ポン・ジュノは、恐怖の質をよくつかんでいる。“怪獣映画を違うステージに引き上げた”という評は大げさではない。

 演出はハリウッドの手法をてらいもなく引用している。怪獣の不意打ちと、にじみ出るユーモアはどう見ても「JAWS」だし、原題は「宿主」の意味だから「エイリアン」が下敷きにある。精神的な弱さからアーチェリーでの優勝を逃し、最後に……というペ・ドゥナ(「リンダ・リンダ・リンダ」のあの娘だっ!)のエピソードは露骨な「ダイ・ハード」の“気弱な警官一発大逆転シーン”のパクリ。あんまり成功していないけれど。

 でも、最後の最後に“ハリウッドでは絶対に描けないラスト”を採用したわけで、このあたりは日本人の観客の評価も分かれるところだろう。

 あまりに主人公ソン・ガンホの家族がお間抜けなので(だからこそ最後の大逆転が快感なのだとする人もいるはず)、感情移入できなくてちょっとイライラ。でもある理由で怪獣に銃弾を撃ち込むことができない設定は「身体から酸が出てくるので宇宙船の中で撃つことができない」エイリアンのパターンを踏襲している(で、その裏があるあたりがうまい)。

 しかし意図的に政治的映画だと誤解すると、かなり納得はできる。“怪獣”が発生したのはアメリカのせいなのに、その解決策をアメリカは提示することができず、むしろ主人公の家族(韓国民の比喩だろう)を窮地に追いつめる。最後に使われた武器が○○○であるあたり、民主化にシンパシーを寄せる韓国民の感情がこの映画の韓国史上最大ヒットを……いや、違うな。やっぱり恐怖映画として上等であるあたりが要因だと思う。日本では都市でしかヒットしていないとか。凡百の韓流映画の100倍は素晴らしい。とにかく劇場へ!

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