「佐藤可士和展」 国立新美術館

国立新美術館
「佐藤可士和展」
2021/2/3~5/10



1965年に生まれたクリエイティブデザイナーの佐藤可士和は、ユニクロやセブンイレブンなどのブランドクリエイティブディレクションを手掛けたほか、近年は日清食品関西工場といった大規模な建築プロジェクトに参加して幅広く活動してきました。

その佐藤自らがキュレーションを行い、約50件にも及ぶ各種プロジェクトを紹介する展覧会が、国立新美術館にて開催されています。


「ADVERTISING AND BEYOND」展示風景

まず「ADVERTISING AND BEYOND」では、Mr.ChildrenやMy Little LoverといったCDジャケットからPARCOのポスター、それにユニクロのショッピングバックやビールの「極生/生黒」のパッケージデザインなどが紹介されていて、とりわけ屋外ポスターに至っては発表時の巨大なスケールで展示されていました。



いずれも佐藤が広告代理店にてアートディレクターとして活動し、後にクリエイティヴスタジオ「SAMURAI」として独立した1990年代から2000年代にかけてのプロジェクトで、誰もが一度は目にしたことのあるようなデザインばかりでした。



当時、テレビやラジオ、そして新聞に雑誌が広告の主軸とされる中、佐藤は人が見るもの全てが有効なメディアになりうると考えていて、広告デザインのあり方そのものを刷新させました。


「THE LOGO」展示風景

それに続くのが佐藤が制作したロゴを紹介する「THE LOGO」でした。ここで面白いのは佐藤の趣向により、ロゴを巨大なオブジェとして見せていることで、もはやロゴによる一大インスタレーションというべき空間が広がっていました。



それらのロゴは楽天やユニクロ、セブンプレミアムなどの見慣れたものばかりで、「ADVERTISING AND BEYOND」での作品しかり、いかに日常の生活が佐藤のデザインに囲まれているのかがひしひしと感じられました。多かれ少なかれ佐藤のデザインは、日本に住む大勢の人々の暮らしに根差しつつあると言えるかもしれません。


「ロゴの設計図」

またこうした一連の巨大ロゴと合わせて10種類の詳細な設計図も展示されていて、どのようにロゴが作られているかの一端を伺うこともできました。オブジェとしてのロゴとはまた異なった印象を見せていて、あたかも緻密な集積回路を目の当たりにしているかのようでした。

企業や教育機関、さらに文化施設や地域産業など、多様なジャンルのブランディングのプロジェクトを紹介する「ICONIC BRANDING PROJECTS」も圧巻の内容だったのではないでしょうか。


「ICONIC BRANDING PROJECTS」(セブンイレブン)展示風景

そのうちセブンイレブンでは、オリジナル商品のパッケージデザインが床から天井付近までを埋め尽くすように展示されていて、膨大な商品の中へと飲み込まれるような感覚に陥りました。佐藤は棚一面に商品が並んだ状況を想定しながらデザインを考案していて、1つ1つのパッケージこそシンプルながらも、全体で揃うとセブンイレブンのデザインとして強く主張しているようにも感じられました。



それらは食品、酒、日用品、はたまたカウンターコーヒーのマシンなど多岐にわたっていて、実際にコンビニの店頭で手にとったものも1つや2つではありませんでした。


「ICONIC BRANDING PROJECTS」(カップヌードルミュージアム)展示風景

2011年に開館した「カップヌードルミュージアム」の総合プロデュースも佐藤が手掛けていて、会場では日清食品のブランディングをテーマとするインスタレーションを公開していました。



そこでは創業者の安藤百福を主人公とするアニメーションから商品企画、さらに工場の見学施設のプロデュースまでを行っていて、カップヌードルなどの商品の形をした名刺なども並んでいました。


「今治タオル ブランディングプロジェクト」

この他ではくら寿司や今治タオルのブランディングも目立っていたかもしれません。さらにスペースブランディングとしてユニクロの店舗やヤンマーミュージアムなどに関するパネル展示もありました。


「LINES / FLOW」展示風景

ラストは佐藤の2つのアートワーク、「LINES」と「FLOW」を対比したインスタレーションが公開していて、岩絵具を使ったドローイングや有田焼の陶板作品が並んでいました。



いずれも依頼者の存在するデザインの仕事とは別に制作した作品で、いわばアーティストとしての佐藤の一側面を知ることができました。


「佐藤可士和」 1975年(小学校5年生の時に制作)

こうした一連のデザインとともに、私が強く印象に残ったのは一枚の小さな色紙である「佐藤可士和」と題したコラージュでした。これは1975年、当時小学校5年生だった佐藤が手掛けた作品で、早くも現在のロゴタイプの片鱗を伺わせる面がありました。佐藤は子どもの頃から漫画の表紙やロゴ、それに標識が好きだったそうですが、ここにデザイナーとして持ち得えていた天賦の才すら表れているかもしれません。



ユニクロのTシャツブランド「UT」の販売コーナーも壮観だったのではないでしょうか。なお佐藤は個展の開催に際し、巨大な倉庫を借り上げ、展示空間と同寸の壁を立ててプランを練るほどに力を入れていて、デザイナーとして表現を生み出すことに対する執念すら感じられました。



新型コロナウイルス感染予防の観点より、オンラインでの事前予約制が導入されました。但し会期中はチケットブースにて当日有効のチケットも販売されています。


「ICONIC BRANDING PROJECTS」展示風景

私は平日の夕方に出向いたために混雑していませんでしたが、既に土曜、日曜、祝日の午後の時間帯において、当日券の予約枚数が終了している場合があるそうです。


「楽天 UNLIMITED SPACE」

今後、会期中盤以降は混み合い、事前予約分でチケットが売り切れになる可能性も考えられます。最新の情報は同展の公式アカウント(@kashiwasato2020)をご覧ください。


一部を除き、撮影も可能でした。5月10日まで開催されています。

「佐藤可士和展」@kashiwasato2020) 国立新美術館@NACT_PR
会期:2021年2月3日(水)~5月10日(月)
休館:火曜日。但し2月23日(火・祝)、5月4日(火・祝)は開館。2月24日(水)は休館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
 *当面の間は夜間開館を休止。
料金:一般1700円、大学生1200円。高校生800円。中学生以下無料。
 *団体券の発売は中止。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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「DOMANI・明日展2021 スペースが生まれる」 国立新美術館

国立新美術館
「DOMANI・明日展2021 スペースが生まれる」
2021/1/30~3/7



文化庁の新進芸術家海外研修制度に参加したアーティストの活動を紹介する「DOMANI・明日展」は、今年で23回目を迎えました。

今回はサブタイトルを「スペースが生まれる」として、過去10年間に海外で研修を行った7人の新進作家に加え、それ以前に研修を経た竹村京・鬼頭健吾、及び袴田京太朗の計10名の作品が展示されていました。


高木大地「Window」 2018年

まずイントロダクションに続くのは1982年に岐阜で生まれ、2018年から翌年にオランダで研修した高木大地の展示で、「Window」や「The moon and trees」などと題した油彩画10点が並んでいました。


高木大地「The moon and trees」 2019年

そこにはカーテンのかかった窓や木立の中に広がる陽の光などが描かれていて、いずれも静けさに満ちていました。また具象でありつつも、単純化したような色面には抽象性も感じられて、まるで夢の中の世界を覗き込むような幻想的な雰囲気も漂っていました。


利部志穂 展示風景

それこそ展示室内のスペースも作品に取り込んだ、利部志穂のインスタレーションも魅惑的だったかもしれません。


利部志穂 展示風景

ここには小さな絵画とともに、プラスチエック製品やカフェの紙袋などが、いくつかに積み上げられたダンボールの上に載っていて、黄色や水色のチェーンによって緩やかに結ばれていました。


利部志穂 展示風景

いずれもが静止していて動かないものの、しばらく見ていると全体が循環して繋がっているようで、何らかの運動が形として表されているようにも感じられました。


大田黒衣美 展示風景

昼寝中の猫の上に、ガムの切り絵を置くことからはじまったという作品を展示した、大田黒衣美も独創的な魅力が感じられるのではないでしょうか。


大田黒衣美 展示風景

ここにはガムを模したセラミックのレリーフとともに、猫の毛の上にガムを置いた様子を捉えた写真を並べていて、手足や人を連想させる形ゆえか、ポートレートを見ているような気持ちにさせられました。


袴田京太朗 展示風景

コロナ禍の中、都内のギャラリーにおいて外から観ることだけの展示を行ったという、彫刻家の袴田京太朗の作品も興味深いものがありました。


袴田京太朗「軍神ー複製」 2019年

ほぼ全ての人型の像は壁や床の方を向いていたり、カーテンの中に頭を突っ込んでいて、1つとして鑑賞者の方を向いていませんでした。またカーテンからは自転車が出ていたり、人形が寝転びながら覗き込もうとしているものの、実際に中を見ることは叶いませんでした。


袴田京太朗「六面観音ー複製1」 2020年 ほか

それに「六面観音」などは観客の存在を無視するように手を壁へ向けて合わせていて、もはや正面から見られることを拒否しているかのようでした。


新里明士「光器」 2021年

岐阜県を拠点に活動する作家、新里明士による白磁の「光器」に思わず息をのんだのは私だけではないかもしれません。


新里明士「光器」 2020年

いずれも裂け目の入った器が絶妙なライティングによって展示されていて、器から滲み出す光や影までの全てが1つの作品として表現されていました。



この裂け目は新里が工房での失敗作を見直すべく、あえて直接ひびを入れた作品で、焼成によって時にめくれるように開いていました。新里自身も「刹那的かつ瞬間的な美しさ」と記していましたが、まさに器自身の内に秘めたエネルギーが示されているかのようでした。


新里明士「累日」 2021年

また日々、日記のように作り続けたというぐい呑みを並べた展示も魅力的で、お酒などが注がれる姿を空想しながら見入りました。少し大きめのサイズの作品もあり、料理を盛っても映えて見えるかもしれません。


鬼頭健吾「cartwheel galaxy」 2020年

2010年以降アトリエを共にし、パートナーでもある竹村京と鬼頭健吾の展示も、美術館の広いスペースを効果的に活かした内容だったかもしれません。


竹村京・鬼頭健吾 展示風景

2人の共同アトリエをイメージしたという空間には、竹村の糸や綿布を用いた作品や鬼頭のフラフープなどだけでなく、共作の「Playing Field」も並んでいて、素材や色彩を超えてのコラボレーションが実現していました。


竹村京・鬼頭健吾「Playing Field 04」 2021年

特に共作の「Playing Field 00」シリーズは、糸や繊維、それにアクリル絵具や写真のイメージが絡み合っては複雑なテクスチャーを築き上げていて、レイヤー状に積み重なった細かな表現にも魅力を感じました。


山本篤「I」、「名前を知らない鳥」 2019年〜2020年

昨年にオンラインでの「DOMANI・明日展plus online2020」で発表された山本篤の映像作品「I」を、同じく映像の「名前を知らない鳥」とともに展示室内で鑑賞することができました。なおオンライン展は3月7日まで無料にて再公開されています。改めて見るのも良さそうです。


事前予約は不要です。会期末を迎えました。3月7日まで開催されています。(会場内の撮影も可能でした。)

「DOMANI・明日展2021 スペースが生まれる」@DOMANI_ten) 国立新美術館@NACT_PR
会期:2021年1月30日(土)~3月7日(日)
休館:火曜日。但し2月23日(火・祝)は開館し、24日(水)は休館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
 *夜間開館は休止。
料金:一般1000円、大学生500円。高校生、18歳以下無料。
 *開催中の佐藤可士和展、および公募展のチケットの提示にて一般800円、大学生300円。
 *団体受付は中止。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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「第24回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)展」 川崎市岡本太郎美術館

川崎市岡本太郎美術館
「第24回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)展」
2021/2/20~4/11



岡本太郎の精神を継承し、現代美術作家を顕彰する「岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)展」も、今年で第24回を迎えました。

今回の応募総数は、前回の452点より大幅に増えて616点でした。そのうち美術専門家を審査を得て、入選を果たした作品が、川崎市岡本太郎美術館にて公開されています。


大西芽布「レクイコロス」 岡本太郎賞

まず最高賞である岡本太郎賞に選ばれたのは、2003年生まれの大西芽布による「レクイコロス」で、グロテスクとも呼べるような人間の群像が大小様々なキャンバスへと溢れるように描かれていました。



この「レクイコロス」とは、レクイエムにコロナウイルスを合成した造語で、直接的に殺戮の場面などは見られなかったものの、それこそ死を思わせるような世界が広がっていました。大西は実際にも父の影響により、幼い頃からゾンビやホラーの外国映画に親しんでいたそうです。



大西は「人間の悲惨を作品化することに衝動を感じる」としていましたが、確かに生から死へと否応なしに追い込まれた人物の魂の叫びが発露しているかのようで、猟奇的なまでのエネルギーが渦巻いていました。またねっとりとした油彩の筆触そのものにも作家の衝動が憑依しているかのようで、大変な迫力を感じました。


モリソン小林「break on through」 岡本敏子賞

岡本敏子賞を受賞したモリソン小林の「break on through」にも魅せられました。約5メートル四方の空間には、標本植物の根が枠を突き抜けながら壁や床へと伸ばしていて、それらは他の植物と繋がっていました。



また床面からもシダを思わせる植物が生え、壁には花を咲かせた朝顔と思しき植物も蔓を巻いていて、全てが有機的に絡み合っていました。



いずれの植物も精巧に象られているため、一見するところ本物を用いたインスタレーションと思ってしまいがちですが、実際には全て金属で作られていました。何とも卓越した造形技術を駆使しているようで、にわかには金属と信じられないほどでした。


小野環「再編街」 特別賞

特別賞の小野環の「再編街」も意外な素材感からして面白い作品でした。合板の台の上には紙によって作られた建築模型が置かれていて、昭和期に日本住宅公団が建てた星型のスターハウスや、現在の鎌倉文華館である旧神奈川県立近代美術館鎌倉館などがありました。



さながらジオラマのように広がる模型そのものも魅惑的でしたが、細部に目を凝らすと、百科事典や美術全集などを素材としていることが分かりました。また元になる書籍を切り取って見せたり、本棚の並ぶ書斎、さらには彫像を製作するアトリエのような空間も作り上げていました。



戦後の日本の家庭でステータスシンボルでもあった美術全集が、多くは役目を終えて取り壊されたスターハウスなどに再構成されつつ、新たに蘇った作品と言えるのかもしれません。


金子朋樹「Undulation / 紆濤 -オオヤマツミ」

麻紙に墨や顔料などを用いた金子朋樹の「Undulation / 紆濤 -オオヤマツミ」にも心惹かれました。大型の変形屏風には高層ビルのシルエットとともに、幾重にも連なる山々が描かれていて、空にはヘリコプターや飛行船が飛びつつ、全ては白い霧に包まれているかのようでした。



はじめは屏風の表のみに絵画が描かれていると思いきや、実は裏面はおろか、展示室の壁面にも紙が連なっていて、やはり山々やビルのモチーフが浮かび上がっていました。オオツヤマツミとは古より山の神を表す言葉だそうですが、霞に包まれた幻想的な光景を目にしていると、あたかも神が息を吐いては大気を満たしているようにも感じられました。


西野壮平「別府温泉世界地図」

温泉街の別府に訪ねた旅の写真をコラージュしたのが、西野壮平の「別府温泉世界地図」でした。ここには約1ヶ月間、別府市内で撮影した2万枚もの写真を地図に則してキャンバスに貼り合わせていて、別府駅や道路をはじめ、ひしめく建物から浴場、さらには同地の看板までもが縮尺を問わずにモザイクのように広がっていました。


なかざわたかひろ「ウィズコロナの肖像」

コロナ禍における巣ごもり生活をいわば反映したとも言えるのが、なかざわたかひろの「ウィズコロナの肖像」と題する連作でした。なかざわは外出も難しい中、毎日誰か一人の肖像をイラストに描いていて、政治家やスポーツ選手、それにタレントなどの著名人のポートレートが一面に並んでいました。



当初はなかなか開幕しなかったプロ野球の選手などを描きつつ、緊急事態宣言が一度開けてからは日々のニュースに登場する人物をモチーフとしていて、なかざわがコロナ禍で何に関心を持っていたのかが明らかになると同時に、ポートレートを通して昨年の社会の動向が反映されているようにも感じられました。


東弘一郎「回転する不在」

この他では多くの自転車を素材にした東弘一郎の「回転する不在」や、街灯やテレビ、それに家具に廃材などを堆く積み上げたみなみりょうへいの「雰囲気の向こう側」も目立っていました。


みなみりょうへい「雰囲気の向こう側」

会期中に行われる入選作家によるパフォーマンスに合わせて出かけるのも面白いかもしれません。(詳細は同館WEBサイトへ)


また今回も「お気に入りを選ぼう!」として、気に入った作品を投票するコーナーが用意されていました。なお投票期間は3月21日までで、結果は3月25日にWEBサイトにて発表されます。


浮遊亭骨牌 作品風景 特別賞

屋外のシンボルタワー「母の塔」の横にも、特別賞を受賞した浮遊亭骨牌の作品が展示されていました。こちらもお見逃しなきようご注意ください。(3月20日以降、会期末までの土日の14時から17時までに限り、茶室の中を見学することができます。)



常設展示を含めて撮影も可能でした。事前予約は不要です。4月11日まで開催されています。

*一番上の写真作品は植竹雄二郎の「Self portrait」(特別賞)

「第24回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)展」 川崎市岡本太郎美術館@taromuseum
会期:2021年2月20日(土)~4月11日(日)
休館:月曜日。2月24日。
時間:9:30~17:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般700(560)円、大・高生・65歳以上500(400)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *常設展も観覧可。
住所:川崎市多摩区枡形7-1-5
交通:小田急線向ヶ丘遊園駅から徒歩約20分。向ヶ丘遊園駅南口ターミナルより「溝口駅南口行」バス(5番のりば・溝19系統)で「生田緑地入口」で下車。徒歩5分。
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「FACE展2021」 SOMPO美術館

SOMPO美術館
「FACE展2021」 
2021/2/13~3/7



2012年にSOMPO美術財団が創設し、年齢を問わず「真に力がある作品」(同館WEBサイトより)を公募する「FACE展」も、今回で第9回を数えるに至りました。

出品数は昨年の875点を大きく上回る1193点で、専門家による審査の結果、83点の作品を入選とし、グランプリ以下の9点の受賞作品が決まりました。


魏嘉(ウェイジャ)「sweet potato」 2020年
 
そのグランプリを受賞したのが魏嘉(ウェイジャ)の「sweet potato」と題した絵画で、煙突のある家の中にパイナップルや桃、それにコップを片手に飲み物を口に入れようとする人物などを描いていました。いずれもがラフなスケッチのような線で象られていましたが、パステルやスプレー、エアブラシなどが巧みに使い分けられていて、極めてニュアンスに富んだ質感を見せていました。


魏嘉(ウェイジャ)「sweet potato」(部分) 2020年

作家は受賞に際して、コロナ禍において帰国した台湾から出られなかった経験を元にしているとコメントしたそうですが、いわゆるステイホームを連想させる面もあるかもしれません。一見、ポップでありながら東洋画的な雰囲気も漂っていて、漢字で連なる文字列はさながら画賛のようにも思えました。


高見基秀「対岸で燃える家」 2019年

優秀賞に選ばれた高見基秀の「対岸で燃える家」は、川岸で屋根から炎を吹き出しながら燃える家を移していて、星空の元、木立に囲まれた辺りは静寂に包まれていました。まるで夢の中を覗き込むようで、不思議と以前に目にしたピーター・ドイグの絵画を思い起こしました。


内田早紀「鱗粉のゆくえ」 2020年

審査員特別賞の内田早紀の「鱗粉のゆくえ」も魅惑的かもしれません。やや小さな画面にはサメやウミヘビや海藻などの海のモチーフが絡み合うように描かれていて、色鉛筆と水彩による色彩が互いに響き合うように広がっていました。奇怪な生き物による魑魅魍魎とした世界ながらも、抽象的な形が垣間見えるのも面白いのではないでしょうか。


山本亜由夢「パライソ」 2020年

同じく特別賞では山本亜由夢の「パライソ」も印象に深い作品でした。ここでは抽象的な色面の中へ、樹木や生物、そして男女の様子を潜ませるように描いていて、いくつかのレイヤー状から情景が浮かび上がるように表されていました。


土井沙織「バイバイ フリードリヒ」 2020年

大きな瞳を前に向けた少女を描いた土井沙織の「バイバイ フリードリヒ」(読売新聞社賞)も存在感があったのではないでしょうか。それこそ仲睦まじい子どもとペットを写した家族のスナップ写真のような一場面を、石膏やペンキ、アクリル絵具などを用いた重厚な筆触で表していて、郷愁に誘われるような魅力を感じました。


吉田愛の「山行」 2020年

この他では、吉田愛の「山行」をはじめ、植田陽貴の「夜の共通語」や橋口元の「daily life」、さらには神戸勝史の「はじまりの木」に安藤恵の「Ordinary days」などにも心惹かれるものがありました。


植田陽貴「夜の共通語」 2020年

審査委員長の堀元影が審査講評において「例年以上にハイレベルな作品が多いと感じた」と記していましたが、確かに想像以上に見応えがあったのではないでしょうか。具象に抽象の表現、また油彩やアクリル、それに日本画の素材などのメディウムを問わず、力作が少なくありませんでした。


橋口元「daily life」 2020年

なお今回の「FACE展」は、昨年5月に新しくオープンした美術館棟での初めての開催となりました。展示室内の撮影も可能でした。(収蔵品コーナーの一部作品は除く。)


神戸勝史「はじまりの木」 2020年

会期中、観覧者投票によって「オーディエンス賞」が選出されます。私は土井さんの作品に投票しましたが、お気に入りの作品を探しながら鑑賞するのも楽しいかもしれません。


事前予約は不要です。3月7日まで開催されています。

「FACE展2021」 SOMPO美術館@sompomuseum
会期:2021年2月13日(土)~3月7日(日)
休館:月曜日。但し祝日・振替休日の場合は開館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般700円、高校生以下無料。
住所:新宿区西新宿1-26-1
交通:JR線新宿駅西口、東京メトロ丸ノ内線新宿駅・西新宿駅、都営大江戸線新宿西口駅より徒歩5分。
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「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート」 たばこと塩の博物館

たばこと塩の博物館
「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート 自然と共生の世界」 
2021/2/6~5/16



新潟県十日町市にあるミティラー美術館は、インドのミティラー地方に伝承する壁画をはじめ、先住民族のワルリー族やゴンド族の描く現代の民俗絵画などを数多く所蔵してきました。

そのミティラー美術館のコレクションがまとまった形でたばこと塩の博物館へとやって来ました。出展数は約90点で、主に1990年前後から2000年代に描き手が制作した絵画に加え、テラコッタなどの彫刻も公開されていました。

インド北東部に位置し、ネパールと国境の接するビハール州北部の平原地帯には、約3000年にも渡って母から娘へと壁画が伝わって来ました。それらは当地において、宇宙神やラーマーヤナ、マハーバーラタなどが家を飾るように壁画として描かれました。


ジャグダンパ・デーヴィー「ラーマとシーター」 制作年不詳

今ではインド政府の美術運動などにより紙やキャンバスにも描かれるようになっていて、一連の作品をかつての王国の名であるミティラー画と呼ばれるようになりました。


ガンガー・デーヴィー「結婚式」 1990年

こうしたミティラー画の第一人者とされるのが故ガンガー・デーヴィーで、会場でも「結婚式」や「上弦の月を喰べる獅子」などの作品が展示されていました。


右:ガンガー・デーヴィー「スーリヤムッキーの木」 1990年

「スーリヤムッキーの木」はガンガ・デーヴィーの遺作となった作品で、1991年に亡くなる1年前の春に来日して描きました。中央にはまるで蛇のようにニョロニョロと伸びるクローブの木が表されていて、枝葉には鳥などの小動物が集っていました。コンクリート擬似壁と呼ばれる素材に描かれていましたが、まるで刺繍を目にするような工芸的な味わいも魅力かもしれません。


リーラ・デーヴィー「ヴィシュヌ神と宇宙創造」 1994年

ガンガ・デーヴィーに師事したリーラ・デーヴィーの「ヴィシュヌ神と宇宙創造」は、ヒンドゥー教の主神の1人であるヴィシュヌをモチーフとしていて、蓮池に身を横にしてはヘソから花が伸び、ヴィシュヌが見た夢から作られた世界の誕生の場面を描いていました。


サシカラー・デーヴィー「村の生活」 1995年

この他ではサシカラー・デーヴィーの「村の生活」も楽しい作品ではないでしょうか。大勢の人々や鳥や牛などの動物、それに草花や樹木が画面を埋め尽くすように広がっていて、黄色や青、赤といった色彩が華やかな雰囲気を醸し出していました。自然に囲まれた村での生き生きとした生活が伝わってくるようで、幾何学的でかつ装飾的な文様が広がる様子にも目を引かれました。

インド西海岸のムンバイに近いマハラシュトラ州のターネー県には、約40万人のワルリー族と呼ばれる先住民族が生活していて、男女を問わず結婚式や祭りに際して壁画を描いてきました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「村の結婚式」 1994年

かつてはロックペインティングのような原初的な絵画であったものの、ジヴヤ・ソーマ・マーシェ(1934〜2018)の手によって民話や神話を表現するようになり、ワルリー画の新たな世界が築かれました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「ベールから生まれた娘」 1996年

いずれもが赤いキャンバスやコンクリート擬似壁を支持体に、白く細いレースの網目のような線で神話的とも呼べる光景が広がっていて、あたかも壮大でかつ幻想的な歴史物語を見ているかのようでした。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「魚を捕る大きな網」 1995年

ワルリー画では人物や動物が半ば象徴的に描かれているのも特徴で、ミティラーよりも大勢の人が登場し、漁や祭りに結婚式といった生活の場面をモチーフとした作品も目立っていました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「タルパーダンス」 1998年

ジヴヤ・ソーマ・マーシェの「タルパーダンス」は、ディバーワリ(ランプの祭り)と呼ばれる祭りの日の舞台としていて、男女が手を取り合いながら渦を巻くように踊る姿を表していました。頭の部分に細かな装飾のような表現が見られましたが、これは祭りのための装身具を描いているのかもしれません。


シャンタラーム・ゴルカナ「カンサーリー女神(豊穣の女神)」 2004年

シャンタラーム・ゴルカナの「カンサーリー女神(豊穣の女神)」も面白い作品ではないでしょうか。貧しいながらも他人に食べ物を与える男へ女神が米を施す場面を描いていて、もはや米は山を築くように堆く積み上げられていました。


ジャンガル・シン・シュヤム「飛行機」 1999年

インド中央部のマディヤ・プラデーシュ州に多く住むゴンド族によるゴンド画は、女神や虎などのほかに、飛行機といった現代の乗り物までをモチーフとしていて、いずれもほぼ単体として描いていました。


ジャンガル・シン・シュヤム「チャーンディ女神」 1999年

またゴンド画は細かな線よりも、小さな点を多く重ねながらモチーフを象っていて、いわば点描画のようにも見えました。なおゴンド族はインドの中でも最大の先住民族で、人口規模は1300万人にも及ぶそうです。


ジャンガル・シン・シュヤム「虎」 1999年

十日町の森の中にある旧小学校の校舎を利用したミティラー美術館では、1988年から多くのミティラー画の描き手を招聘し、インド民俗絵画を未来へと継承すべく活動を続けてきました。また2004年の中越地震により被害を受けて休館を余儀なくされましたが、2006年に1年9ヶ月ぶりに再オープンしました。

私も以前、十日町の光の館に泊まった際、界隈の美術館をいくつか廻りましたが、ミティラー美術館までは行くことができませんでした。いつの日か一度、訪ねたいと思いました。


「ミティラー美術館コレクション展」会場風景

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、開館時間が通常より短縮されました。(開館時間:11時~17時。入館締切は16時30分。)また予約は不要ですが、混雑時は入室を制限する場合があります。最新の情報は同館の公式アカウント(@tabashio_museum)をご覧ください。


なおたばこと塩の博物館ではミティラー美術館との共催の展覧会を過去に5回行っていて、今回のコレクション展は2006年以来、実に15年ぶりのことになるそうです。その意味でも貴重な機会と言えそうです。

撮影が可能でした。5月16日まで開催されています。おすすめします。

「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート 自然と共生の世界」 たばこと塩の博物館@tabashio_museum
会期:2021年2月6日(土)~5月16日(日)
休館:月曜日。但し5月3日は開館。5月6日(木)。
時間:11:00~17:00。*入館は16時半まで。
料金:一般・大人100円、小・中・高校生50円。
住所:墨田区横川1-16-3
交通:東武スカイツリーラインとうきょうスカイツリー駅より徒歩8分。都営浅草線本所吾妻橋駅より徒歩10分。東京メトロ半蔵門線・都営浅草線・京成線・東武スカイツリーライン押上駅より徒歩12分。
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「千葉正也個展」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「千葉正也個展」 
2021/1/16~3/21



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「千葉正也個展」を見てきました。

1980年に神奈川県で生まれた画家の千葉正也は、これまで国内のギャラリーで作品を発表してきた他、「ふぞろいなハーモニー」(広島市現代美術館)や「六本木クロッシング展:アウト・オブ・ダウト」(森美術館)などに出展して活動を続けてきました。

その千葉の美術館での初の個展が文字通り「千葉正也個展」で、絵画のみならず、彫刻、映像、インスタレーションなどの多様な作品が展示されていました。



さて「斬新でスリリングな絵画体験」と公式サイトに記されていましたが、足を踏み入れた途端、目の前に広がる光景に思わず驚いてしまったのは私だけではないかもしれません。



とするのも、展示室内には木屑の入った木製の通路が伸びていて、観葉植物などが半ば無造作に置かれていたと思うと、周囲におもちゃのようなオブジェや絵画が展示されていたからでした。



また絵画は壁に掛けられず、大半の作品は通路に沿うように並んでいて、しかも通路の方を向いていました。つまり通常の順路に従って進むと、サインが記された絵画の裏側だけしか見ることは叶いませんでした。



そして通路はギャラリーの4室を巡るように繋がっていて、各展示室の仕切りの壁をトンネルのようにぶち抜いていました。



木組の通路に沿うように歩きながら、木枠に立てられたキャンバスや彫像にオブジェなどを見ていると、仮設の工事現場に彷徨い込んだような錯覚に陥るのと同時に、観葉植物や書籍も置かれているからか、あたかも作家のアトリエを訪ねているような気持ちにもさせられました。



絵画には山や湖の広がる屋外の光景を背に、木の棚に白いオブジェや観葉植物、それに家電製品などが並んでいる様子が描かれていて、一部は展示室のオブジェなどと重なって見えるからか、画中の世界がまるで三次元的に広がっているようにも感じられました。



なお千葉は絵画を描くことに際し、先に粘土や木片で人型のオブジェを象り、身の回りの品々とともに仮設の風景を築くことから始めるそうです。こうした二次元と三次元を行き来するような手法も興味深いかもしれません。



木製の通路は広いスペースを伴っていたり、また緩やかな坂道になっているなど、あたかもアトラクションのような様相を呈していました。それにしても一体、この木製の通路は何故に展示室に張り巡らされていたのでしょうか。



驚くことに答えは亀でした。何と通路には生きた亀が棲息していて、亀はのんびりと体を休めつつ、ある時にはモゾモゾと通路の上を自由に移動していました。言わば通路は亀の家と化していて、過半の作品は亀の視点から見るのに都合の良い場所に設置されていたわけでした。



それこそ亀になったつもりで、亀の視点を想像しつつ、展示空間を追っていく体験も面白いかもしれません。奇をてらわない展覧会タイトルとは裏腹に、様々な仕掛けの施された、千葉の絵画世界を謎解きのように楽しめる空間が広がっていました。



事前予約なしで入場可能です。また入場時の混雑回避のため、予め来館日時をWEBで指定することもできます。(予約サイト



撮影も可能でした。3月21日まで開催されています。

「千葉正也個展」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:2021年1月16日(土)~3月21日(日)
休館:月曜日、2月14日(日)
時間:11:00~19:00 
 *入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *同時開催中の「収蔵品展070難波田龍起 初期の抽象」、「project N 81 小瀬真由子」の入場料を含む。
 *( )内は各種割引料金。団体での受付は当面停止。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」 すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館
「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」
2021/2/9~4/4



すみだ北斎美術館で開催中の「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」を見てきました。

彩色に工夫が凝らされ、絵師の筆触がダイレクトに残る肉筆画は、浮世絵において版画よりも先行して作られてきました。

そうした浮世絵の肉筆画に着目したのが「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」で、岩佐又兵衛にはじまり、菱川師宣や葛飾北斎、それ歌川国芳などの60名の浮世絵師の作品、約125点が紹介されていました。(前後期で全点入れ替え。一部は巻き替え。各会期で半数を展示。)

さて今回の「筆魂」展の特徴は、浮世絵の通史を肉筆画で追えるのと同時に、新発見や再発見、初公開の作品が少なくないことでした。それは重要美術品などと合わせると、実に全出品作の3割程度を占める40点に及んでいました。

また古山師重や松野親信、鳥山石燕に月斎峨眉丸といった、必ずしも有名ではない絵師の作品も多く公開されていて、それこそレアな絵師のレアな作品を楽しめる浮世絵展でもありました。


冒頭は浮世絵の先駆とされる岩佐又兵衛の作品が展示されていて、中でもかつて六曲一双の「金谷屏風」として知られ、現在は掛軸となって分蔵された「弄玉仙図」が目立っていました。笙で鳴き声を出しては鳳凰を呼ぶ姿を捉えていて、衣服などを象る滑らかな線が殊更に魅力的に思えました。まさにこれぞタイトルならぬ「線の引力」と呼べるのではないでしょうか。

菱川師宣の「二美人と若衆図」は絵師の最盛期の作品とされていて、着物の文様などが実に精緻に表されていました。すみだ北斎美術館は薄型の展示ケースも多いため、肉筆の細かな表現を目と鼻の先で見られるのも嬉しいポイントと言えるかもしれません。

黒い夏物の着物を纏う女性が化粧をする光景を描いた、喜多川歌麿の「夏姿美人図」も絶品でした。着物の下にはうっすらと水色の襦袢が透けて見えて、すらりとした立ち姿ながらも妖艶に感じられました。


新発見の歌川豊国の「三代目中村歌右衛門の急変化図屏風」も目立っていました。三代目中村歌右衛門による変化舞踏を8面に表した屏風絵で、それぞれの一瞬のポーズを切り取るように描いていました。各々が異なった様態ながらも、全体として均整がとれているように見えるのは、豊国の技量によるものかもしれません。

葛飾北斎の「合鏡美人図」は合わせ鏡で髷の具合を確かめる女性を描いた作品で、実物としては本展で初めて公開されました。また同じく北斎ではビゲローの旧蔵品とされる「登龍図」も充実していて、黒い虚空を背景に龍がとぐろを巻きながら登っていく様子を示していました。龍の体に墨の濃淡などが細かに施されているからか、立体感も巧みに表されていて、ぐるりと向きを変えては画面から飛び出してくるような味わいも感じられました。

葛飾北斎が、勝川派絵師たちと歌川豊国とともに描いた「青楼美人繁昌図」もゴージャスな作品と呼べるかもしれません。色とりどりで艶やかな衣装を身に纏った遊女たちと太鼓持ちを主題としていて、あたかも互いの遊女たちの会話が伝わるかのように臨場感がありました。この作品からは、北斎と不仲説が伝えられた勝川春章門下の兄弟子の春好や、ライバルとして知られる歌川豊国との意外な交流関係を見ることができるそうです。



展示替えの情報です。会期中、前後期で全ての作品が入れ替わります。かつての「金谷屏風」である岩佐又兵衛の「弄玉仙図」も「龐居士図」に分けて公開されます。

「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」(作品リスト
前期:2月9日(火)~3月7日(日)
後期:3月9日(火)~4月4日(日)

事前予約制ではありませんが、展示室内の混雑防止のために入場制限する場合があります。私は祝日の夕方に出かけましたが、まだ会期早々だからか、特に混み合っていませんでした。但し充実した内容だけに今後、混み合う可能性も考えられます。またミュージアムショップが10:30~16:00までの時短営業となっていました。最新の情報は公式ツイッターアカウント(@HokusaiMuseum)でご確認下さい。



4月4日まで開催されています。おすすめします。

「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」 すみだ北斎美術館@HokusaiMuseum
会期:2021年2月9日(火) ~4月4日(日)
 *前期:2月9日(火)~3月7日(日)、後期:3月9日(火)~4月4日(日)
休館:月曜日。
時間:9:30~17:30(入場は17:00まで)
料金:一般1200円、大学・高校生・65歳以上900円、中学生400円。小学生以下無料。
 *団体受付は中止。
 *観覧日当日に限り、常設展も観覧可。
住所:墨田区亀沢2-7-2
交通:都営地下鉄大江戸線両国駅A3出口より徒歩5分。JR線両国駅東口より徒歩10分。
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「笠松紫浪―最後の新版画」 太田記念美術館

太田記念美術館
「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」
2021/2/2~3/28



太田記念美術館で開催中の「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」を見てきました。

1898年に東京に生まれた笠松紫浪は、鏑木清方に入門して日本画を学ぶと、東京や温泉地の風景を舞台とした新版画を多く制作しました。

そうした一連の新版画を紹介するのが「笠松紫浪―最後の新版画」で、大正から戦中、戦後にかけての作品、全130点が揃いました。(前後期で入れ替え。各会期で半数を展示。)

はじまりは紫浪が大正期に手掛けた新版画で、「青嵐」や「初秋」など水辺の牧歌的な景色を描いていました。まだ20代だった若き紫浪は、清方の勧めや渡邉庄三郎の依頼によって、1919年から翌年の間に渡邊木版画舗から5点の新版画を刊行しました。しかしその後は新版画に携わらず挿絵や日本画を描いていて、10年以上経った1932年頃に同じ渡邊木版より再び新版画を制作するようになりました。

1945年に戦争を避けるため長野県へ疎開した紫浪は、戦後もしばらく同地で暮らしていました。そして1948年になると渡邉庄三郎の甥である金次郎の手により、新版画を制作しはじめて、1950年までに8点の作品を発表しました。ところが刊行に際し、庄三郎の許可を得なかったために販売が差し止められ、市中へ出回ることはありませんでした。

結果的に渡邊木版画舗と疎遠になった紫浪は、1952年から京都の芸艸堂の依頼によって新版画を制作し、1959年までの8年間に100点もの作品を刊行しました。かつては紫浪が拠点としていた東京や疎開先の長野を描いていましたが、この時代になると芸艸堂からの取材資金によって全国各地を旅していて、日光や伊豆、松島などの温泉地や観光地も題材となりました。



戦前から戦後、色彩などで画風を変えたものの、紫浪の新版画は一貫して風景が捉えられていて、新版画の第一人者である巴水の作品を彷彿させるものがありました。ただ紫浪の作品には時に人の生活が滲み出ているようで、一見、静謐な風景のように思えても、ドラマのワンシーンを切り取るかのような抒情的な味わいが感じられました。

「春の夜―銀座」は多くの人が行き交う夜の銀座の賑わいを捉えていて、明かりの漏れる屋台の中には、おそらく客と思しき人物の足が描かれていました。まさに日常の一コマを取り出していて、人々の会話すら伝わってくるような情景と言えるかもしれません。

川沿いに立ち並ぶ家々を描いた「片瀬川月の出」は、ちょうど夜に月がのぼった光景を表していて、家の窓からは明かりと人影を見ることができました。あくまでも静かな景色ながらも、例えば家の中では夕飯の支度をしている人々の様子も想像出来ないでしょうか。


芸艸堂のいくつかの新版画は直筆の原画と見比べることもできました。そのうち「箱根湯本の春宵」は ぼんやりと外灯が点る温泉場の道を和装の女性が歩いていて、満開の桜とともに、雨上がりなのか路上には水溜まりがありました。紫を中心とした淡くおぼろげな色彩が包み込む原画には、まるで夢の中を彷徨うかのような幻想的な雰囲気が漂っているかもしれません。

ラストの一枚、「東京タワー」にも目を奪われました。ちょうど開業した翌年である1959年の作品で、夕暮れにライトアップされたタワー見上げるような構図で描いていました。古く懐かしい場所だけでなく、東京のビル群や横浜の大型貨物船などの近代的な風景を作品に取り込んでいるのも、紫浪の制作の特徴の1つかもしれません。

チラシ表紙を見て楽しみにしていた展覧会でしたが、実際の作品も想像以上に魅力的に感じました。また一人、かけがえのない画家と出会ったような気がしました。


なおカタログに記載されていましたが、笠松はこうした新版画の他に、日本画と自画自刻自摺による版画も制作していたそうです。特に戦後、1960年に芸艸堂からの刊行を終えると、実に1987年まで自画自刻自摺による作品を作り続けました。

今回の笠松展では日本画や自画自刻自摺の版画は出品されていません。いつの日かそうした作品を網羅した回顧展が行われればと思いました。

会期は2期制です。前後期で全ての作品が入れ替わります。

「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」(出品リスト
前期:2月2日(火)~25日(木)
後期:3月2日(火)~28日(日)
*2月26日から3月1日は展示替えのため休館。

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、開館時間が10:30~17:00(最終入館は16:30まで)と短縮されました。また混雑緩和のため、1階の畳の間と2階ののぞきケースに作品は展示されません。予約は不要ですが、混雑時は入場規制を行う場合があります。最新の情報は同館のWEBサイトをご覧下さい。



3月28日まで開催されています。おすすめします。

「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」 太田記念美術館@ukiyoeota
会期:2021年2月2日(火)~3月28日(日)
 *前期:2月2日(火)~25日(木)、後期:3月2日(火)~28日(日)
休館:月曜日、及び2月26日~3月1日。
時間:10:30~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般1000円、大・高生700円、中学生以下無料。
住所:渋谷区神宮前1-10-10
交通:東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅5番出口より徒歩3分。JR線原宿駅表参道口より徒歩5分。
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「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」 日比谷図書文化館

千代田区立日比谷図書文化館 1階 特別展示室
「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」
2021/1/22~3/23



日比谷図書文化館で開催中の「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」を見てきました。

1887年に埼玉県川越市に生まれた画家、小村雪岱は東京美術学校にて日本画を学ぶと、装幀、挿絵、舞台演出の分野にて幅広く活動しました。

その雪岱の主に装幀と挿絵に着目したのが「複製芸術家 小村雪岱」と題した展覧会で、鏡花本、新聞や雑誌の挿絵、大衆小説のための装幀など約200点の作品と資料が公開されていました。


泉鏡花「日本橋」 千章館 大正3(1914)年9月18日

はじまりは雪岱の手がけた泉鏡花の装幀で、デビュー作の「日本橋」をはじめ、「紅梅集」や「芍薬の歌」などの書籍が並んでいました。


泉鏡花「弥生帖」 平和出版社 大正6(1917)年4月20日

いずれも甲乙付け難いほどに魅惑的な装幀ばかりで、可憐でかつ意匠に秀でた作品世界が開かれていました。


泉鏡花「愛染集」 千章館 大正5(1916)年10月2日

「愛染集」は千章館が最後に制作した鏡花本で、表紙には雪降る吉原の遠景をやや幾何学的に表しつつ、見返しでは街中の雪景色が大胆な遠近法をもって描いていました。表紙から見返しへと景色の中に入りこむような仕掛けと言えるかもしれません。


邦枝完二「喧嘩鳶」 「東京日日新聞」夕刊 昭和13(1938)年8月7日〜昭和14(1939)年2月15日 「大阪毎日新聞」夕刊 昭和13(1938)年8月7日〜昭和14(1939)年2月14日

今回の雪岱展でとりわけ充実していたのが、新聞連載小説や雑誌のための挿絵でした。そのうち新聞の挿絵では原画だけでなく、新聞の原紙や切り抜きが紹介されていて、広告なども掲載されているからか、まるで連載当時の新聞をリアルに読んでいるような気分にもさせられました。


邦枝完二「お伝地獄」 「讀賣新聞」夕刊 昭和9(1934)年9月21日〜昭和10(1935)年5月11日

全ての資料は本展の監修を担い、装幀家である真田幸治氏の個人コレクションで、膨大な切り抜きなどを前にしていると、雪岱への情熱的とも言える愛しみが伝わるかのようでした。


鈴木彦次郎「両国梶之助」挿絵原画 「都新聞」夕刊 昭和13(1938)年9月22日〜昭和14(1939)年3月24日

鈴木彦次郎の「両国梶之助」の挿絵原画も見応え満点でした。これは1938年から翌年にかけて都新聞にて全155回に渡って連載された作品で、白と黒のコントラストや大胆な構図、はたまたメスで切り取るように細かな描線など、雪岱画の魅力に満ち溢れていました。


鈴木彦次郎「両国梶之助」挿絵原画 「都新聞」夕刊 昭和13(1938)年9月22日〜昭和14(1939)年3月24日

またともすると余白に美意識の感じられる作品ながら、時に思いがけないほど人物を濃密に表したりしていて、静と動の両場面を巧みに描き分ける雪岱の才能に感じ入るものがありました。


「九九九会の仲間たちの装幀本」展示風景

泉鏡花を中心としたグループで雪岱も入会した「九九九会」には、岡田三郎助や妻の八千代、久保田万太郎、鏑木清方らが名を連ねていて、雪岱はメンバーの著書の装幀を数多く手がけました。


表紙絵 長田幹彦「春の波」 「をとめ」創刊号 千章館 大正5(1916)年1月1日

最も挿絵画家として雪岱が注目を浴びたとされるのが大衆雑誌の分野でした。ここでは「演劇新派」や「をとめ」、「現代」、「キング」などの雑誌がずらりと並んでいて、多様な挿絵を目の当たりにできました。


表紙絵 「オール讀物」第4巻第11号/第5巻第12号 文藝春秋社 昭和9(1934)年11月1日/昭和10(1935)年12月1日

中でも時代小説が誌面を占める「オール讀物」は特に人気を博した雑誌で、雪岱は表紙も任されるなどして活躍しました。


左手前:「粧い」 東京銀座資生堂 昭和7(1932)年

この他では雪岱が一時入部していた、資生堂意匠部に関する作品も興味深いのではないでしょうか。


中央:「化粧」 東京新橋福原資生堂 大正7(1918)年8月〜大正8(1919)年9月

ここでは「銀座」の装幀や雑誌「花椿」の挿絵をはじめ、冊子「化粧」の表紙絵などを手がけていて、時代小説の挿絵とはまた一風変わった甘美でかつ幻想的な作風を見ることができました。


「花椿」創刊号 資生堂 昭和12(1937)年11月1日

なお今も資生堂独自の書体である和文の「資生堂書体」とは、雪岱が「雪岱文字」を持ち込み、資生堂和文ロゴタイプの制作で中心的な役割を担ったことに由来するそうです。まさに挿絵だけでなく、文字においても1つの地位を築いていると言えるかもしれません。


団扇「新月」 わかもと本舗 昭和14(1939)年

さほど広いスペースではありませんが、作品は所狭しと並んでいて、思いがけないほど見応えがありました。現在、三井記念美術館においても「小村雪岱スタイル-江戸の粋から東京モダンへ」展が行われていますが、合わせて見ておきたい展示と言えそうです。


「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」会場風景

会場内の撮影も可能でした。予約等は不要です。


3月23日まで開催されています。おすすめします。

「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」 千代田区立日比谷図書文化館 1階 特別展示室(@HibiyaConcierge
会期:2021年1月22日(金)~3月23日(火)
休館:2月15日(月)、3月15日(月)。
時間:10:00~19:00(月〜木、土曜)、10:00~12:00(金曜)、10:00~17:00(日祝)。
 *入室は閉室の30分前まで
料金:一般300円、大学・高校生200円、中学生以下無料。
住所:千代田区日比谷公園1-4
交通:東京メトロ丸の内線・日比谷線霞ヶ関駅B2出口より徒歩約3分。東京メトロ 千代田線霞ヶ関駅C4出口より徒歩約3分。都営三田線内幸町駅A7出口より徒歩約3分。
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「漱石山房の津田青楓」 新宿区立漱石山房記念館

新宿区立漱石山房記念館
「特別展 漱石山房の津田青楓」 
2021/1/26~3/21



新宿区立漱石山房記念館2階資料展示室で開催中の「特別展 漱石山房の津田青楓」を見てきました。

図案家であり、日本画家や洋画家としても活動した津田青楓は、30代にして夏目漱石と出会うと、絵を教えたり、連れ立って展覧会へ出向くなどして交遊を深めました。

そうした青楓の手がけた漱石本の装幀を中心に紹介するのが「漱石山房の津田青楓」展で、書籍、資料、さらには絵画や書簡が約90点弱ほど展示されていました。

はじまりは漱石と出会うまでの青楓の軌跡を辿っていて、文芸雑誌「ホトトギス」に投稿した雑誌資料などが並んでいました。今回の青楓展ではいわゆる描く仕事でなく、書く仕事に着目しているのも特徴で、青楓の知られざる文筆活動の一面を知ることができました。


漱石を青楓が訪ねたのは、フランスへの留学を終え、1911年に京都から東京に移り住んでからのことでした。きっかけは、青楓が「ホトトギス」へ投稿した作品に漱石門下の小宮豊隆が関心を寄せたからで、青楓は小宮の紹介によって漱石と会うことができました。いわば「ホトトギス」が青楓と漱石の縁を繋いだと言えるかもしれません。

青楓は漱石の主に晩年に作品に装幀を手がけていて、会場では「行人」や「道草」、それに「明暗」などの書籍が展示されていました。また装幀のための図案集や「フランス刺繍花と鳥」も興味深いのではないでしょうか。青楓はフランスから帰国すると、装飾風の日本画や工芸品を制作していて、一時は刺繍が中心を占めていました。



漱石山房と青楓に関した資料も見逃せませんでした。この漱石山房とは、まさに記念館の地に建っていた晩年の漱石が過ごした家で、毎週「木曜会」などのサロンが催されては、多くの若い文学者が集っていました。

ここでは山房を南画風に表した「漱石先生閑居読書之図」や「漱石山房図」などが並んでいて、漱石の愛した芭蕉が生茂る往時の山房を見ることができました。

1916年に漱石が世を去った際、青楓は葬列にて人目を憚らず泣きじゃくったと伝えられています。そして展示でも漱石と青楓の関係に着目していて、記念館2階の1室における小さなスペースながらも、密度の濃い内容だと言えるのではないでしょうか。ちょうど昨年、練馬区立美術館にて「画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」と題した大規模な回顧展が行われましたが、それを補完するような展示だったかもしれません。



さて新宿区立漱石山房記念館は、漱石が生まれ育った早稲田南町の住宅街の中、かつて漱石山房の建っていた地に位置しています。



漱石の没後に夫人が土地を購入し、母屋の増改築などが行われるなどして長く残されてきましたが、戦争の空襲によって1945年に焼失し、戦後に跡地は東京都の所有となりました。1950年からは都営アパートの敷地として使用されていたそうです。



しかし1976年に一部が漱石公園と整備されると、アパートの移転に伴って、2017年に漱石の記念館である同館が建てられました。まだオープンしてから数年しか経過していないゆえか、建物の外観も真新しく見えました。



記念館は地下1階、地上2階建てで、1階に漱石の生涯などをパネルや映像で紹介する導入展示と、山房の書斎やベランダ式回廊を再現した展示室があり、2階に青楓展が行われている資料展示室が広がっていました。また地下には図書館や事務室がありました。



漱石山房は空襲で焼失したものの、遺品や写真類は疎開されていたため難を逃れ、後に神奈川県立近代文学館へと寄贈されました。また漱石の旧蔵書も、青楓を漱石に紹介した小宮豊隆の尽力によって東北大学へと譲渡されたため、戦禍を免れました。



山房の書斎の再現に際しては、神奈川県立近代文学館の協力を経て、調度品や複製資料などが作られました。紫檀文机や飾り棚などが見事に再現されていたのではないでしょうか。



記念館の裏手には漱石公園が広がっていて、かつての夏目邸の母屋の遺構や、同家で飼われた猫などの生き物を供養するための石塔が残されていました。なお石塔は空襲で損壊したものの、残欠を利用して再興されたもので、山房唯一の遺構でもあるそうです。



1階エントランスに面したカフェ・ソウセキにて、「吾輩は猫である」に登場する空也もなかのセットをいただきました。またブックカフェも併設されていて、漱石作品や関連の図書などを読みながらコーヒーを楽しむこともできました。



カフェ・ソウセキは当面の間、漱石山房記念館の休館日と火、水曜日が休業となるそうです。ご利用の際はご注意ください。



新型コロナウイルス感染症対策に伴い、入場時に検温と手指の消毒、また連絡先などを記入する必要があります。但し事前予約は不要です。



3月21日まで開催されています。

「特別展 漱石山房の津田青楓」 新宿区立漱石山房記念館 2階資料展示室
会期:2021年1月26日(火)~3月21日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館し、翌平日が休館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般500円、小・中学生100円。
 *土日祝日は小中学生が無料。
場所:新宿区早稲田南町7
交通:東京メトロ東西線早稲田駅1番出口より徒歩約10分。都営地下鉄大江戸線牛込柳町東口より徒歩約15分。
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「美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 サントリー美術館

サントリー美術館
「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 
2020/12/16~2021/2/28



サントリー美術館で開催中の「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」を見てきました。

2007年に東京ミッドタウンに移転開館したサントリー美術館は、「美を結ぶ。美をひらく。」をメッセージに掲げ、洋の東西を問わず様々な展覧会を行ってきました。

今回は江戸時代から1900年のパリ万博へ至る時代のコレクションを紹介していて、古伊万里、鍋島、紅型、和ガラス、浮世絵にガレなど、国や時代、それに素材を超えた作品が展示されていました。


「色絵組紐文皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17〜18世紀

まず冒頭では古伊万里や鍋島の優品がずらりと並んでいて、特にデザインの観点からも面白い「色絵組紐文皿」や「薄瑠璃地染付花文皿」といった鍋島に魅せられました。

またここで興味深いのは、タイトルに物語とあるように、それぞれの作品をトピックとしてまとめていることで、鍋島では「構図」や色彩の「青の表現」などに着目していました。


「染付松樹文三脚大皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17〜18世紀 重要文化財

「染付松樹文三脚大皿」は松の枝と葉を丸く屈曲するように表した大皿で、幹や枝は単純化された一方、松葉の塊は細かい線によって1本1本丁寧に描きこまれていました。


「薄瑠璃地染付花文皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17世紀

朝顔型の皿である「薄瑠璃地染付花文皿」は大振りの花や太陽光のモチーフを散らしていて、いずれも青と白抜きで口縁をはみ出すように開いていました。まるで花火を見やるようなイメージも浮かび上がるかもしれません。


「花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地」 19世紀

15世紀から19世紀にかけての琉球王国を彩った紅型や型紙も充実していました。そのうち「花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地」は、赤、青、黄、緑、紫の5色の羽をつけた鳳凰が堂々と舞う姿をモチーフとしていて、まさに王家のシンボルに相応わしいような風格を見せていました。


「矢羽根繋模様白地型紙」 19世紀

型紙の展示方法も秀逸だったのではないでしょうか。例えば「矢羽根繋模様白地型紙」では、ちょうど型紙をケースの中で浮かせるように置いていて、照明の効果によって型紙の影が鮮やかに浮かび上がっていました。



鍋島の優品と並んで私が強く魅せられたのは、江戸時代に「びいどろ」や「ぎやまん」と呼ばれた日本の伝統的なガラスでした。


左奥:「青色菊形向付」 江戸時代・18世紀

「青色菊形向付」は筋状の凹凸のある形にガラスを吹き込んで作られた器で、青色の曲線を描いているからか、水面が揺らいでいるような光景にも見えました。


「薩摩切子 藍色被船形鉢」 江戸時代・19世紀

この他、「藍色被船形鉢」や「緑色被栓付瓶」などの薩摩切子の名品も目立っていて、透き通ったガラスの煌めきの美しさにため息がもれるほどでした。


「横浜異人商館座敷之図」 五雲亭貞秀 江戸時代・文久元(1861)年

浮世絵では江戸、幕末の横浜浮世絵、明治の開化絵、それに小林清親の版画が展示されていて、主に洋風表現や近代化を描いた作品など、西洋との関係に着目していました。


「女織蚕手業草」 喜多川歌麿 江戸時代・寛政10〜12(1798〜1800)年頃

喜多川歌麿の「女織蚕手業草」は晩年の連作で、蚕が繭となり、糸になって織られる光景が描かれていました。女性が働く仕草を実に精緻に示していて、衣服の文様が空摺りによって立体的に浮かび上がっていました。また元々、一枚ずつ完結した場面であるものの、つなぎ合わせると部分的に絵柄がつながる構成も面白いかもしれません。



ラストはアール・ヌーヴォーの作家で、日本美術とも関わりの深いエミール・ガレの展示でした。ここには花器や壺をはじめ、飾棚からランプ、ティーテーブルまでが並んでいて、ガレの多様な制作を見ることができました。


左:エミール・ガレ「花器 バッタ」 1878年頃

花器「バッタ」は1878年のパリ万博で発表した「月光色ガラス」を用いた作品で、バッタや葉の表現からは日本の蒔絵を連想させるものがありました。


エミール・ガレ「壺 風景」 1900年頃

壺「風景」は器を取り囲むような木々の向こうに、色面で抽象化された風景が広がる様子を表現していて、神秘的とも呼べる作品世界を築いていました。


入場に際して検温、手指の消毒が必要です。なお予約制ではありませんが、事前にオンラインでチケットを購入することができます。金曜と土曜の夜間開館は休止となりました。



会場内の撮影も可能です。2月28日まで開催されています。

「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:2020年12月16日(水)~2021年2月28日(日) *会期変更
休館:火曜日。但し2月23日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
 *金・土曜の夜間開館は中止。
料金:一般1500円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分
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「香りの器 高砂コレクション展」 パナソニック汐留美術館

パナソニック汐留美術館
「香りの器 高砂コレクション展」
2021/1/9~3/21



パナソニック汐留美術館で「香りの器 高砂コレクション展」を見てきました。

古くは紀元前3000年頃の古代メソポタミアやエジプトに辿ることのできる「香り」は、古今東西において、香油や薬、香水など人々の暮らしと密接に関わってきました。

そうした香りに関する器を紹介するのが「香りの器 高砂コレクション展」で、紀元前10世紀のキプロスの香油壺から古代オリエントのガラス製容器、さらにはマイセンからガレやラリックなどの香水瓶、はたまた日本の漆工品が一堂に会していました。

いずれも1920年に創業し、今では世界有数の香料会社として知られる高砂香料工業に由来するコレクションで、その数は約240点に及んでいました。

はじめに展示されていたのは、土や石、それに陶器で造られた、紀元前10世紀から紀元前450年頃の極めて古い香油壺でした。それに続くのが古代オリエントのガラス製の香油瓶で、とりわけ青や群青の色彩がマーブル文様を描く「マーブル文長頸香油瓶」に魅せられました。これは1世紀頃の限られた時期のみに確認される作品で、大理石や縞瑪瑙の模様をガラスで表現するため、2色のガラスを溶かして制作されました。

オリエントやイスラムの世界では、中世から近世にかけての蒸留技術の開発によって香水が多く作られ、その後、ヨーロッパでは17世紀頃にアルコールの精油の抽出による香水文化が花開きました。さらに18世紀になると庶民の間でも香水が普及し、かつてのガラス瓶に代わって、マイセンやウエッジウッドといった陶磁器による香水瓶が人気を集めました。


マイセン 色絵香水瓶「子犬」 ドイツ 19世紀

マイセンで目を引いたのは、人物や動物の姿を象った小型の彫像の香水瓶でした。子犬や狩人、また修道士などがモチーフとなっていて、かなり写実的でかつ色彩が細かに施されていました。


左:ウエッジウッド「女神天使文香水瓶」 イギリス 18世紀後半
右:ウエッジウッド「天使文香水瓶」 イギリス 18世紀後半

この他には、青や緑などの素地にカメオ風の白いレリーフを施したウエッジウッドの香水瓶や、セーブルのポプリポットなども魅力的かもしれません。


ボヘミアン・ガラス 展示風景

1つのハイライトを築いていたのが、ボヘミアン・ガラスの香水瓶の展示でした。ボヘミアでは19世紀の香水文化の普及を背景に、単純で控えめな装飾を特徴としたビーダーマイヤー様式の香水瓶が生産され、技術革新によって多様な香水瓶が作り出されました。そして色ガラスに金彩やエナメル彩を施した香水瓶や、エングレーヴィングの技法によって文様を彫ったものは、同国外の香水瓶の造形にも影響を与えました。


ボヘミアン・ガラス 展示風景

会場では「被せガラスエナメル金彩花文香水瓶」を頂点に、ボヘミアン・ガラスの香水瓶が6角形の展示台に並んでいて、実に華やかな雰囲気を醸し出していました。


ルネ・ラリック 香水瓶「ユーカリ」 フランス 1919年

アール・ヌーヴォーとアール・デコの香水瓶では、ガレやラリック、そしてドーム兄弟による作品が展示されていて、とりわけラリック代表作として知られた「ユーカリ」に心を引かれました。


右:ドーム兄弟「風景文香水瓶」 フランス 1900〜10年頃

ドーム兄弟は風景や百合の文様を色ガラスへ絵画のように描いていて、「風景文香水瓶」では湖や山が広がる光景を幽玄に表していました。


カール・パルダ「幾何学文香水瓶セット」 1930年頃

幾何学的モチーフを取り入れた香水瓶セットも興味深いのではないでしょうか。ボヘミアのガラス作家、カール・パルダの「幾何学文香水瓶セット」は、花や蝶などのモチーフを瓶に装飾していて、ワイン色のような光を放っていました。


「幾何学文アトマイザー香水瓶」 オーストリア 1920年頃 他

オーストリアの幾何学文様の香水瓶もいくつか並んでいて、シンプルなデザインでありつつ造形としての力強さが感じられました。いずれもウィーン工房周辺のガラス工房で制作された可能性があるそうです。

こうした一連の外国の香りの器に加え、もう1つの見どころと言えるのは、江戸時代の香枕や明治時代の七宝による高炉など日本の香りに因んだ器でした。また合わせて香木や香道伝書の資料も並んでいて、日本の香りに関する文化の一端を伺うこともできました。


参考出品:R.B.Sibia「ウォルト社」ポスター フランス 20世紀

アール・デコ時代の椅子やフロアランプなどの特別出品の資料も会場を彩っていました。


中央:セーブル「草花文ポプリポット」 フランス 18世紀

ファッションとデザインの両面の観点から多様な器を追っていくのも楽しいかもしれません。1つ1つの香水瓶がまるで宝飾品のように輝いて見えました。


予約は不要です。3月21日まで開催されています。

「香りの器 高砂コレクション展」 パナソニック汐留美術館
会期:2021年1月9日(土) ~3月21日(日)
休館:7月22日(水)、8月12日(水)~14日(金)、8月19日(水)、9月9日(水)、9月16日(水)。
時間:10:00~18:00 
 *入館は閉館の30分前まで。
 *3月5日(金)は20時まで開館。(2月5日の夜間開館は中止)
料金:一般1000円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分
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「《米谷健+ジュリア展》 だから私は救われたい」 角川武蔵野ミュージアム

角川武蔵野ミュージアムエディット アンド アートギャラリー
「《米谷健+ジュリア展》 だから私は救われたい」
2020/11/6~2021/3/7



角川武蔵野ミュージアムエディット アンド アートギャラリーで開催中の「《米谷健+ジュリア展》 だから私は救われたい」を見てきました。

日本とオーストラリアのアートユニットで夫婦でもある米谷健とジュリアは、社会や環境問題を主題とする作品を制作し、主に海外の芸術祭や展覧会にて活動してきました。

その米谷健+ジュリアによる日本初の大規模な個展が「だから私は救われたい」で、会場では国内初公開の「最後の晩餐」などを含む数点の大型インスタレーションが展示されていました。


「最後の晩餐」 2014年

白く眩しいまでの煌めきに思わず息をのんでしまうかもしれません。一際目立っていたのが「最後の晩餐」で、長いテーブルに燭台やグラス、果実や牡蠣などの食材をモチーフとした白いオブジェが並んでいました。はじめは石膏で作られているのかと思いきや、素材は驚くべきことに塩でした。


「最後の晩餐」 2014年

米谷はオーストラリア東南部のマレー・ダーリング盆地における塩害に着目し、被害を止めるために地下から汲み上げた水を精製した塩を用いて作品を制作しました。同地域は国の最大の食糧生産地であるものの、大規模農業の過度の灌漑によって塩害が進行している上に、高温小雨が続いているため持続的な農業が困難になっているそうです。そのために毎年55万トンもの塩水を汲み上げ、塩分濃度の高い地下水の増加を止めようとしています。


「最後の晩餐」 2014年

また「最後の晩餐」は多くの絵画に表された聖書の一場面として知られていて、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの作品には、裏切り者とされるユダが塩のカップをひっくり返す光景が描かれています。人間が生きるために必要な塩は神聖であるとともに、環境を破壊する力を持つと捉えた米谷は、農業や食の安全性への疑念など踏まえて「最後の晩餐」として表現しました。


「クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会」 2012年〜

「クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会」も外観からは思いもよらぬ意味を持ちえた作品でした。ここでは大小6つのウランガラスを用いたシャンデリアが宙につられていて、ブラックライトの照射により緑色の美しい光を放っていました。


「クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会」 2012年〜

あたかもゴージャスな夜のパーティーへと誘われたような雰囲気を醸していましたが、シャンデリアにはカナダや中国、それにベルギーといった国名が記されていました。一体、何を意味していたのでしょうか。


「クリスタルパレス:万原子力発電国産業製作品大博覧会」 2012年〜

これは2011年の福島第一原発事故を契機に作られた作品で、シャンデリアの大きさに世界の原発保有国32カ国の電力の総出力規模を反映させていました。(そのうちの6点を展示。)

タイトルは1851年の第一回万国博覧会会場の「クリスタルパレス」に由来していて、そこには世界各国が万博で競うのと同じように、今も原発を建てていることが暗示されていました。ウランガラスの妖しいまでの光は、いわば夢のエネルギーとされた原発の一側面を示しているのかもしれません。


「Dysbiotica」 2020年

2020年の最新作の「Dysbiotica」は、米谷は珊瑚の白化現象に注目し、人と動物、それに微生物の共生のあり方について考えた作品で、死んでいく珊瑚と人間を重ね合わせて表現しました。


「大蜘蛛伝説」 2018年

岡山と鳥取県の県境の峠に伝承する蜘蛛の物語をテーマとした、「大蜘蛛伝説」も目立っていたかもしれません。この峠には人を喰らう巨大な蜘蛛が棲んでいたため、藁人形で退治したという言い伝えが残されたことから、「人形峠」の名が付けられました。なお地域一帯では1950年代にウランの採掘が行われていて、本作でも「クリスタルパレス」と同じウランガラスが用いられました。

農業や気候変動、それに原発などから神話や伝承などを行き来した作品は、一見、美しく静謐ながらも、作家の様々な問題意識が強く反映されているのではないでしょうか。「美とユーモアと毒を併せ持つ作品」と解説にありましたが、美の奥底には現代社会へ不安や危うさが見え隠れしているように感じられました。


「本棚劇場」

チケットはWEBでの事前予約制です。「KCM スタンダードチケット」にて本展の他、本棚劇場、エディットタウン-ブックストリート、荒俣ワンダー秘宝館、武蔵野ギャラリーなども観覧することができます。


「角川武蔵野ミュージアム」。壁面に貼り付いているのは鴻池朋子の「武蔵野皮トンビ」。

2月1日より5日までは館内メンテナンスのために臨時休館します。


撮影も可能です。3月7日まで開催されています。

「《米谷健+ジュリア展》 だから私は救われたい」 角川武蔵野ミュージアム エディット アンド アートギャラリー(@Kadokawa_Museum
会期:2020年11月6日(金)~2021年3月7日(日)
休館:毎月第1・第3・第5火曜日(祝日の場合は開館・翌日閉館)。臨時休館日:2021年2月1日(月)~2月5日(金)
時間:10:00~18:00
 *金・土は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1200円、中学・高校生1000円、小学生800円、未就学児無料。
 *完全事前予約制。
 *本棚劇場、エディットタウン-ブックストリート、荒俣ワンダー秘宝館、武蔵野ギャラリーなども観覧可。
場所:埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3
交通:JR線東所沢駅から徒歩約10分。ところざわサクラタウン有料駐車場あり。
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「冨安由真展|漂泊する幻影」 KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場
「冨安由真展|漂泊する幻影」
2021/1/14~2021/1/31



KAAT神奈川芸術劇場で開催中の「冨安由真展|漂泊する幻影」を見てきました。

1983年に生まれた現代美術家の冨安由真は、絵画やインスタレーションを通して、「不可視なものに対する知覚を鑑賞者に疑似的に体験させる作品」(公式サイトより)を制作してきました。

その冨安の新作個展が「漂泊する幻影」で、同劇場のスタジオを廃墟に置き換え、現実と非現実の交錯した「無限迷宮」(解説より)を築いていました。



さてスタジオへの鉄製の扉を開け、もう1つのアンティーク調の木製のドアを開けると、目の前に細く長い廊下が伸びていました。



それは先の木製のドアと同様、年代を感じさせるように古びていて、天井には照明がついていました。そして正面を見据えると突き当たりに人影が見えましたが、すぐに自分の姿であることが分かりました。つまり廊下の正面の壁に鏡が設置されていました。



奥の鏡へ向かって進むと左側に扉があり、開けて中へ入ると、暗く大きな空間が広がっていました。しばらく目が慣れるまでは一体、何が置かれているか判然としませんでしたが、天井から点滅を繰り返すスポットライトにより、カビの生えたようなテーブルやひっくり返った椅子、それに壊れたピアノなどが舞台装置(セット)のように並んでいることが見て取れました。



そうした家具の周囲には、狸や鹿、それにアルマジロやワニなどの動物の剥製が点在していて、何やら我が物顔に闊歩するような様子を見せていました。



さらに朽ち果てたバーカウンターやボロボロのソファーも並んでいて、ホテルの廃墟のような空間が作られていることがわかりました。ただそれぞれのセットは断片的にしかライトで照らされない上、時に視界を遮るかのように暗幕がたなびき、全てを明るい状態で俯瞰することはできませんでした。



ライトの点滅に誘われながら壊れた家具の合間を動いていると、ホテルの廃墟の中を彷徨っているような気持ちにさせられるかもしれません。またあちこちに置かれた動物の剥製は、人間がいなくなった廃墟へ代わりにやって来た住人のようにも思えました。

こうした一連の廃墟のセットと同時に、暗室にて展開するのが、一方の壁のスクリーンへ投影された映像でした。



そこには同じように朽ちたバーカウンターや廊下、ソファーや椅子の並ぶ廃墟の室内が広がっていて、動物の剥製が置かれた様子も映されていました。



ただし映像は途切れ途切れに映されるため、展示室内のセットを一度に見るのが難しいのと同じく、全ての状況を把握するにはしばらく時間がかかりました。また映像とスポットライトが同時に映されることもありませんでした。



ともに断片的に視界が開けるセットと映像を見比べていくと、互いに共通する廃墟のイメージが頭の中で緩やかに繋がっていきました。展示室に広がるインスタレーションは、映像のホテルの一部を取り出して再構成したようにも見えるかもしれません。



この他にもノイズを立てるラジオや時を刻む時計も置かれていて、椅子の下の古ぼけたモニターにはスクリーンと同じような廃墟空間が映されていました。



何度かスクリーンを見ていると、映像の室内の壁に絵画が飾られていることに気がつきました。ただ特にクローズアップされることもなく、まさに忘れられた存在のようにさり気なく映っていました。そして改めて暗室のセットをライトとともに確認すると、映像と同じような椅子や家具こそ置かれているものの、絵画だけは1つもありませんでした。



入って来た扉とは別のドアから部屋を出ると、再び廊下が姿を表しました。廊下には車椅子や灰皿が捨てられたように置かれていて、最初と同じように奥には鏡が設置されていました。ちょうど合わせ鏡のようになっていて、また自分の姿が映り込みました。



廊下の右手にある扉を抜けると暗く小さな部屋が広がっていて、右側の壁には何枚もの絵画が掛けられていました。それらはスポットライトによって交互に照らされていて、今度は同時に全てが明るく映されることもありました。



その絵画には古く壊れた家具が散乱する廃墟化した室内が描かれていて、先ほど見た映像の中の光景と重なり合いました。但し映像と同時に見比べることは物理的に不可能なため、あくまでも記憶の中で擦り合わせることしかできませんでした。



映像、インスタレーション、それに絵画の3つの要素から、1つのホテルの廃墟が「無限迷宮」のように築かれているようで、一体どれが現実で非現実であるのか分からなりました。またそれぞれ同じような廃墟でありながらも、朽ちた程度がわずかに異なっているようにも感じられて、あたかも別の時間が流れているかのようでした。



一見、リアルなように思える映像の廃墟も、ともすれば展示室内のセットや絵画に描かれた室内を再現した架空の空間なのかもしれません。まさに冨安の「曖昧なもの・不確かなもの」(解説より)を表現した場に投げ込まれ、何が幻影なのかも判然とせず、その中を永遠に漂泊しているような気持ちにさせられました。

劇場空間を活かして、スポットライトを用いた展示も効果的だったのではないでしょうか。映像や絵画には一切の人物は登場しませんが、鑑賞者の動きや足音までも演出の一部として取り込んでいるかのようでした。



会場は一方通行でした。扉から廊下、暗室の展示室、そして廊下を経て絵画の部屋へと順路が続いていました。また全て見終えた後に二巡以上することも可能ですが、混雑時はこの限りではありません。



近年、人気を高めている冨安の個展ゆえか、土日を中心に多くの来場者を集め、既に一部の時間帯において数十分待ちの入場規制が行われました。そもそもスペースの都合や作品の性格上、一度に多くの人が鑑賞できません。会期最終週にあたる次の土日は相当に混雑することが予想されます。実際に一昨年の資生堂ギャラリーでの個展も会期後半は長蛇の列となりました。

私は運よく平日の夕方に入場したために人も疎らでした。タイトなスケジュールだけに難しいかもしれませんが、なるべく平日の観覧をおすすめします。


予約は不要です。1月31日まで開催されています。*写真は「冨安由真展|漂泊する幻影」会場風景。撮影が可能です。

「冨安由真展|漂泊する幻影」 KAAT神奈川芸術劇場@kaatjp
会期:2021年1月14日(木)~2021年1月31日(日) 
休館:会期中無休
時間:10:00~18:00 
料金:一般800円、学生・65歳以上500円、高校生以下無料。
 *10名以上の団体は100円引き無料。
住所:横浜市中区山下町281
交通:みなとみらい線日本大通り駅3番出口より徒歩約5分。JR線関内、石川町両駅より徒歩約15分。
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「阪本トクロウ|デイリーライブス」 武蔵野市立吉祥寺美術館

武蔵野市立吉祥寺美術館
「阪本トクロウ|デイリーライブス」
2021/1/9~2/28



武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の「阪本トクロウ|デイリーライブス」を見てきました。

1975年に生まれて日本画を学んだ阪本トクロウは、身近な風景を撮影した写真を元に描いた風景画などで人気を集めてきました。

その坂本の新旧作からなる個展が「デイリーライブス」で、2006年から2019年までの絵画、29点が展示されていました。


「呼吸」 2007年

まず阪本の代表的なシリーズとして知られるのが、日常の何気ない一コマを切り取った「呼吸」でした。そのうちの1つでは広い空の下、集合住宅のバルコニーが真正面からトリミングするように描かれていて、淡く白い光に包まれていました。


「呼吸」 2010年

さらに道路を坂道の下から見上げた景色であったり、家屋の勝手口と思しき扉をやはり正面から捉えていて、誰もがどこかで見かけるような日常が記録されていました。


「呼吸」 2008年

とはいえ、いずれも無人の光景が広がっていて、しばら目にしていると白昼夢を見ているような錯覚に囚われました。こうした一見、リアルな景色でありながら人の気配がなく、シンプルでかつ時に幾何学的な構図として浮かび上がるのも阪本の作品の魅力と言えるのかもしれません。


「呼吸」 2014年

一連の「呼吸」の中で特に印象に残ったのが、白い椅子が黒いテーブルを囲んだ室内を描いた作品でした。一面の白い室内の正面左手にはドアがあり、上部には非常口のプレートなどが設置されていて、オフィスビルの会議室のような空間が見てとれました。

ただここでも不在が強く意識されているように感じられて、この部屋に人がやってくることが想像もつきませんでした。解説に「淡白で中心性のない空虚感を描く」とありましたが、特定の場所や物語を想起させず、ただ空間のみを捉えているのも作品の特徴かもしれません。


「夜景」 2011年

「夜景」は暗がりの夜空に広がる都市を描いた作品で、マンションや家々、それに高層ビルからは無数の灯が漏れていました。画面の9割近くを空が占めていて、遠くまでを見渡せる光景ゆえか、空気が澄み切って冷え込んだ東京の真冬を思わせるものがありました。


「水面」 2016年

一方で「地図」や「水」のシリーズは、オールオーバーと受け取れるような作品で、線や形がせめぎ合う光景は抽象的に映りました。


「weave」 2019年

さらに近作の「weave」に至っては、水の中で揺らぐ波紋のような光景が広がっていて、より自由な造形感覚を見ることができました。実際に近年は水面のイメージだけでなく、水面の現象を写す「墨流し」と呼ばれる技法を用いているそうです。


「白」 2019年

「weave」と同じ2019年の作品である「白」に目を奪われました。海を背にした砂浜の海岸線が横一線に広がっていて、砂浜の上には物置やドラム缶、さらには車輪のついた家などが並んでいました。


「白」(部分) 2019年

何気ない海岸のようでありながら、現実ではありえない光景のようで、どこかシュールにも思えました。マグリットの絵画のイメージも思い浮かぶかもしれません。


「エンドレスホリディ」 2008年

白い空間へ公園の遊具のみを描いた「エンドレスホリディ」にも心惹かれました。遊具の下に僅かな影があることから、地面の上に立っていることは分かるものの、まるで風船が浮いているようにも見えました。また一抹の寂寞感も漂っているようで、平穏な日常に潜む不安や孤独が滲み出ているようにも思えました。


「呼吸」(部分) 2010年

アクリルと麻紙が生むマットな質感も魅力かもしれません。目を凝らして浮かぶ細かなモチーフにも見入りました。


新型コロナウイルス感染症対策のため、入場時にマスクの着用と検温、さらに連絡先の記入が必要です。

2月28日まで開催されています。

「阪本トクロウ|デイリーライブス」 武蔵野市立吉祥寺美術館@kichi_museum
会期:2021年1月9日(土) ~ 2月28日(日)
時間:10:00~19:30
休館:1月27日(水)、2月17日(水)、24日(水) 。
料金:一般300円、中高生100円、小学生以下・65歳以上無料。
住所:武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 コピス吉祥寺A館7階
交通:JR線・京王井の頭線吉祥寺駅中央口(北口)から徒歩約3分。
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