「鈴木理策写真展 意識の流れ」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「鈴木理策写真展 意識の流れ」 
7/18-9/23



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「鈴木理策写真展 意識の流れ」を見てきました。

1963年に和歌山で生まれた写真家の鈴木理策。2000年に木村伊兵衛賞を受賞。その後も国内外で数々の個展を開催し続けています。

私が鈴木のことを意識的に見知ったのは2007年の秋。現在は改修休館中の東京都写真美術館でのことでした。

展覧会のタイトルは「鈴木理策 熊野 雪 桜」。もちろん個展です。熊野は鈴木の言わばライフワーク、そして雪と桜。いずれも被写体ではありますが、ともかく心に染み入るほどに美しい。率直なところ、鈴木の捉えた桜より眩く、それでいて可憐に咲く桜を私は見たことがありません。

また明と暗、つまり熊野の火祭りの闇から純白の雪を経て、ぱっと明るい桜へと誘われるような会場構成もただ素晴らしかった。大いに感銘を受けたことを覚えています。

以来、都内の美術館としては8年ぶりの個展です。出展は未発表作、新作を含めて約100点。デジタルカメラで撮影された3点の映像作品も加わります。

会場内の撮影が出来ました。



はじまりは「海と山のあいだ」です。Kumanoとあるので、もちろん熊野の自然を捉えたものでしょう。海の際、岩場の水たまり、そして一転しての深き森の水たまりに鳥たち。砂浜へ寄せた美しき波紋。山の中の滝壺でしょうか。真っ白い肌を晒しては手を開いて水に潜る男性の姿も見えます。



青、水色、緑。波の円に水の煌めき、そして荒々しいまでの岩場、その迫力。景色は際立ちます。ただしいずれも寡黙です。解説に「ロードームービー」なる言葉がありました。確かに一点一点を追いかけていると、あたかも熊野を旅歩いているような気分にさせられます。

「水鏡」には驚きました。水面を通して水中と歪む反射像を写した連作ですが、特に素晴らしいのが蓮池を捉えた二連の作品です。



どうでしょうか。水面に浮く蓮の葉。左手には一輪の花も見えます。左は密、右は粗。その分、水面の面積が広く写っています。また上部には青緑色に茂る木立が反射しています。細かにざらついたテクスチャが、まさに鏡の如く広がる水面と美しいコントラストを成していました。

そして何よりも雲です。白く綿飴のようにふんわりとした雲が水面に写り込んでいます。もちろんこうした水に写る雲、何も珍しくないかもしれませんが、鈴木の目を通すとより美しさをたたえているように見えるのも興味深いところです。というのも雲が単に手の届く水面にあるように浮かんでいるのではなく、まるで雪の塊が水面に積もり、そして溶けているような、現実にはあり得ない光景のようにも思えるのです。



「水鏡」を経由すると「White」、そして「SAKURA」が待っていました。White、つまり雪です。とは一言にいえども、実は多様な姿を持っていることが分かります。

どっしりと降り積もり、森や木立の全てを覆い尽くさんとばかりの雪。重みすら伝わるボリューム感。一方で鈴木は雪の小さくとも輝かしい結晶のみを取り出して写してもいます。



さらに雪が空間を支配した白一面の世界。いわば雪は白という色に還元されました。この混じりけのない白を前にしていると、これが果たして本当に雪なのかどうか分からなくなってしまうほどです。



「SAKURA」です。またため息が出るほどに美しい。花はたわわなまでに咲き誇り、枝を隠し、空をも隠します。まさに満開でしょう。一方で花弁はやや落ち、蕊だけが残っている桜もありました。花が先に見た雪の結晶の姿に重なって見えます。朧げながらも、ある時にはクリアに浮かび上がっては、白く、淡いピンク色の光の粒をパラパラと振りまく美しき桜。思わず息をのんでしまいました。



エチュードと題した小品にも目が止まりました。その多くは小さな野の草花を写したものです。大胆に花をクローズアップしては写真のブレやボケを巧みに利用しています。花の鮮やかな黄色は草の緑を包むかのようにして広がっていました。



なおエチュードを展示するための鏡の台は今回のために特別に仕立てたものだそうです。熊野にはじまり、水鏡、そして雪、草花を通して、桜へと至る。最後に少し大きなサイズのエチュード、チラシ表紙にもある木を捉えた作品が待ち構えています。



写美の時のようなドラマテックな構成ではありませんが、それでも「水鏡」などでは映像を床に平置きにして展示するなど、見せ方にも新たな工夫がある「意識の流れ」展。初めの2~3枚からして鈴木の写真世界にすっと引込まれてしまいます。しばらくすると、まさに意識に流されるままに場内を2周、3周している自分に気がつきました。

9月5日まで銀座のギャラリー小柳でも個展、「鈴木理策 水鏡」を開催中です。



「鈴木理策 水鏡」@ギャラリー小柳(~9/5) *8/9~8/17は夏季休廊。

9月23日まで開催されています。*8月2日(日)はオペラシティビルの全館休館日のためお休みです。ご注意下さい。

「鈴木理策写真展 意識の流れ」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:7月18日(土)~ 9月23日(水・祝)
休館:月曜日。祝日の場合は翌火曜日、但し9月22日は開館。8月2日(日)。
時間:11:00~19:00 *金・土は20時まで開館。入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *( )内は15名以上の団体料金。
 *65歳以上600円。
 *閉館1時間前以降に入場する場合は半額。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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8月の展覧会・ギャラリーetc

8月中に見たい展覧会をリストアップしてみました。

展覧会

・「第21回 秘蔵の名品 アートコレクション展 美の宴」 ホテルオークラ東京(8/3~8/20)
・「浮世絵師 歌川国芳展」 そごう美術館(8/1~8/30)
・「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」 国立新美術館(~8/31)
・「ドイツと日本を結ぶものー日独修好150年の歴史」 国立歴史民俗博物館(~9/6)
・「伝説の洋画家たち 二科100年展」 東京都美術館(~9/6)
・「パウル・クレー だれにも ないしょ。」 宇都宮美術館(7/5~9/6)
・「交流するやきもの 九谷焼の系譜と展開」 東京ステーションギャラリー(8/1~9/6)
・「特別展示 発掘!知られざる原爆の図」 丸木美術館(~9/12)
・「ペコちゃん展」 平塚市美術館(~9/13)
・「うらめしや~、冥途のみやげ展」 東京藝術大学大学美術館(~9/13)
・「妖怪と出会う夏」 千葉県立中央博物館(~9/23)
・「木村伊兵衛写真賞 40周年記念展」 川崎市市民ミュージアム(~9/23)
・「引込線 2015」 旧所沢市立第2学校給食センター(8/29~9/23)
・「セザンヌー近代絵画の父になるまで」 ポーラ美術館(~9/27)
・「東の正倉院 金沢文庫」 神奈川県立金沢文庫(~9/27)
・「藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美」 サントリー美術館(8/5~9/27)
・「鎌倉からはじまった。1951-2016 PART2」 神奈川県立近代美術館鎌倉館(~10/4)
・「オスカー・ニーマイヤー展/おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」 東京都現代美術館(~10/12)
・「アーティスト・ファイル 2015 隣の部屋ー日本と韓国の作家たち」 国立新美術館(~10/12)
・「躍動と回帰ー桃山の美術」 出光美術館(8/8~10/12)

ギャラリー

・「絵画を作る方法 杉本圭助/関口正浩/益永梢子/和田真由子」 児玉画廊東京(~8/8)
・「アートアワードトーキョー丸の内2015」 丸ビル1階マルキューブ(~8/9)
・「絵画を抱きしめて 阿部未奈子・佐藤翠・流麻二果 Part.1」 資生堂ギャラリー(~8/23)
・「TENGAI2.0」 六本木ヒルズA/Dギャラリー(8/7~8/23)
・「桂ゆき」 東京画廊+BTAP(~9/5)
・「塩田千春」 ケンジタキギャラリー(~9/26)
・「境界 高山明+小泉明郎展」 メゾンエルメス(~10/12)

さてともかく暑い夏。そして興味深い展覧会も目白押しですが、ともかく夏の恒例企画といえばホテルオークラ。今年も「アートコレクション展」が始まります。



「第21回 秘蔵の名品 アートコレクション展 美の宴」@ホテルオークラ東京(8/3~8/20)

回を重ねること21回目。すっかり夏の美術展として定着した感がありますが、今年の主題は「宴」。日本の絵画が中心です。副題にもあるように琳派、栖鳳、大観、松園などの優品が一堂に展示されます。

そして既に報道でも知られているようにホテルオークラ東京は本年8月末をもって一度営業終了。2019年春の新装へ向けて建て替えに入ります。

「本館建替えと別館営業に関するごあいさつ」(ホテルオークラ東京)
「光と影が織りなす美 ホテルオークラ東京本館 半世紀の歴史に幕」(日本経済新聞)
「マーガレット・ハウエル、〈ホテルオークラ東京〉解体計画に物申す」(Casa BRUTUS)

つまり現オークラでは最後のアートコレクション展というわけです。また会場も別館アスコットホールより場所を移して本館の「平安の間」。オークラ最大の宴会場でもあります。

あの美しくもモダンなロビーなど、現オークラの空間がなくなってしまうのは、率直なところ残念ではありますが、ともかくは最後のアートコレクション展です。今年も意外な名品を目当てに出かけたいと思います。

人気の国芳が真夏の横浜へ一ヶ月だけ集結します。そごう美術館で「浮世絵師 歌川国芳展」が始まります。



「浮世絵師 歌川国芳展」@そごう美術館(8/1~8/30)

出品は全200点。会期中に30点ほどの展示替えがあります。また貴重な肉筆画や横浜を描いた画も紹介。9つのテーマの元、国芳の魅力を伝える展示となるそうです。

二度目の観覧料が200円引きとなるリピーター割引もあります。まずは早めに見に行きたいところです。

東京で展示されるのは25年ぶりのことだそうです。「藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美」がサントリー美術館で始まります。



「藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美」@サントリー美術館(8/5~9/27)

25年ぶりの展開というのはもちろん「国宝 曜変天目茶碗」。現存する3碗はいずれも国宝指定。うち1碗が大阪の藤田美術館に所蔵されているわけですが、それが久々に東京にお出ましということになります。立体展示に定評のあるサントリーのことです。より妖しく、より美しく見えるのではないでしょうか。

なお本展は何も曜変天目といった器の展示ではありません。ほか藤田美術館が誇る仏教美術、書跡、近世絵画、染織なども公開。何でも藤田美術館のコレクションがまとまって出たのは、これまでの60年の歴史の中で一度もなかったそうです。その意味では歴史的な展覧会とも言えます。

それでは8月も宜しくお願いします。
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「ディン・Q・レ展:明日への記憶」 森美術館

森美術館
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」 
7/25-10/12



森美術館で開催中の「ディン・Q・レ展:明日への記憶」を見てきました。

1968年にベトナムに生まれ、ホーチミンに在住。10代の頃に家族とアメリカへ渡り、ニューヨークにて写真やメディアアートを学んだ、ディン・Q・レ。アジアでは初めての大規模な個展だそうです。

さてディン・Q・レ、国内では必ずしも知名度のあるアーティストではないかもしれませんが、実はつい昨年、首都圏にて強く印象に残るような作品を展示していたことがあります。

一点の映像でした。海景です。遠目では本物と見間違うかのような大海原。そこにヘリがやって来ました。軍用ヘリでしょうか。プロペラを力強く振り回しては飛んでいます。と、次の瞬間、にわかに信じ難いことが起きました。突如バランスを崩して海へと落下したのです。しかも一機ではありません。次から次へと、バシャンバシャンとヘリが墜落していきます。恐ろしい。ただどこか現実とは言い難いシュールな景色にも映りました。種を明かせばCGです。何はともあれ、ともかく目に焼き付いたものでした。

ヘリの映像があったのはヨコハマトリエンナーレ2015。森村泰昌のディレクションでも話題となりました。場所は新港ピアです。福岡アジア美術トリエンナーレ関連の展示作品でした。

 
ディン・Q・レ「南シナ海ピシュクン」 2009年
3Dアニメーション・ビデオ 6分 福岡アジア美術館


タイトルは「南シナ海ピシュクン」。モチーフはサイゴンから脱出する人々の乗った米軍ヘリです。当時、空母に着艦したヘリは、後続機のスペースを確保するため、米兵によって海へと投棄されました。それをアメリカの先住民族がバッファローを崖へ追いつめて落とすという狩りになぞらえて、CGのアニメーションに描いたというわけです。

そしてヘリは「ベトナム戦争を象徴するアイコン」(キャプションより)でもあります。今回の「明日への記憶」でも重要なポジションを占めていました。

 
ディン・Q・レ「農民とヘリコプター」 2006年
3チャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、手作りの実寸大のヘリコプター 15分


「農民とヘリコプター」はどうでしょうか。ドンと会場に置かれた巨大なヘリコプター。真っ白です。実寸大、しかも手作りというから驚きですが、ヘリの前で繰り広げられる映像こそまさに歴史の記憶を辿るもの。戦争を思い出すとしてヘリそのものに拒否感を示す人物のいる中、一方で農作業や人命救助のためにヘリを開発しようと試みる技術者や農民がいます。そこにベトナム戦争をテーマとした映画や記録フィルムも映し出されています。

 
ディン・Q・レ「農民とヘリコプター」 2006年
3チャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、手作りの実寸大のヘリコプター 15分


ヘリを介在にして、歴史や時代、そして様々な意見が交錯しています。ベトナム人にとってベトナム戦争とは何だったのか。ヘリを通して浮かび上がってくるわけです。

 
ディン・Q・レ「巻物:ティック・クアン・ドック、ファン・ティー・キム・フック」 2013年
Cプリント製の巻物、金蒔絵の箱 シンガポール美術館


歴史を批判的に見定めながらも、何か主義主張を声高に述べるのではなく、美術として巧みに落とし込んでいるのも魅力的なところです。例えば天井からぶら下がる巨大な「巻物」、一見するところカラフルで美しくも見えないでしょうか。滝が落ち、炎があがっているようにも映ります。ともすると被写体にまで関心が届かないかもしれません。

しかしながらキャプションを読んで絶句しました。ここには南ベトナムの仏教と弾圧に抵抗して焼身自殺をした僧侶の写真と、ナパーム弾攻撃によって裸で逃げる少女のイメージが写されているのです。それを何と50メートルにも引き延ばして展示しています。

 
ディン・Q・レ「傷ついた遺伝子」 1998年
シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、手編みの子ども服、ぬいぐるみ、人形、おしゃぶり 16分


また同じく一見、可愛らしくも見えるベビー服や玩具にも、ベトナム戦争によって引き起こされた問題を表しています。つまり枯れ葉剤による健康被害です。米軍が大量散布した枯れ葉剤によって赤ん坊の生育に異常が生じました。レはそこに着目。いわゆる結合双生児の人形や衣服をつくり、ホーチミン市内で販売。枯れ葉剤被害への問題提起を行いました。

 
ディン・Q・レ「抹消」 2011年
シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、写真、石、木製ボートの断片、木製通路、コンピューター、スキャナー 7分


レが渡米したのはカンボジアのポルポト派の侵攻があったからだそうです。初めはボートピープルとなってタイに逃れました。もちろんベトナム戦争も多数の難民を生んでいます。「抹消」は難民の人々を据えたインスタレーションです。床に敷き詰められたのは無数の肖像写真。ここに難民の一人一人の生活を見出します。そして座礁するボート。海上では多くの危険が伴うことでしょう。背後の映像はキャプテンクックの帆船をイメージしています。テーマは2010年のオーストラリア領の島で起きた難民座礁事故。帆船はまるで幽霊船のように揺れていました。

 
ディン・Q・レ「光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ」 2002年
100点のドローイング:鉛筆、水彩、インク、油彩、紙/シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド 35分 カーネギー博物館


ベトナム戦争の体験者たちにインタビューを行いました。いわゆる従軍画家です。戦場とはいえども日常もあります。日々の暮らし、またつかの間の娯楽の時間。100点のドローイングは画家たちのものです。戦争の記憶が絵に紡がれていきます。

現代の視点からベトナム戦争を見ている作品も異色でした。映像は「人生は演じること」。演じるのはとある日本人の男性です。

 
ディン・Q・レ「人生は演じること」 2015年
シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、軍服 26分


彼はミリタリーグッズを集め、戦争を擬似的に再演するという趣味の持ち主。普段着から軍服に着替え、地を這っては、さも勇ましそうにほふく前進します。さらにベトナム戦争や日本の戦争についても語り出しました。振り返れば今年は日本の終戦からも70年でもあります。

 
ディン・Q・レ「バリケード」 2014年
仏領インドシナ時代の家具、スピーカー、ステレオ・システム、マイクスタンド、マイク、サウンド


ベトナム戦争以前、フランス植民地化のベトナムまでの歴史を汲み取った「バリケード」も秀逸でした。積み重ねられるのは植民地時代の古い家具。椅子にスピーカーが付いています。聞こえるのはラップです。歌手はアルジェリア人。やはりかつてフランスの植民地でした。警察によって暴力を受けた移民を描写します。さらにその後のベトナムの対仏戦争とアルジェリアの歴史をも関連づけるもの。テーマは広がっていきます。

 
ディン・Q・レ「愛国心のインフラ」 2009年
自転車、竹、ゴム、布


作品数は25点と少なめですが、映像に見せるものも多く、思いの外に時間がかかりました。今年はベトナム戦争終結40年です。戦争だけに限らず、ベトナムには多くの問題と、それに向き合う人たちがいます。ベトナムとは何か。その取っ掛かりを、レの鋭い目線、また映像やインスタレーションなどの表現を通して知ることの出来る展示でした。

10月12日まで開催されています。おすすめします。

「ディン・Q・レ展:明日への記憶」 森美術館@mori_art_museum
会期:7月25日(土)~10月12日(月・祝)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *ただし火曜日は17時で閉館。(9/22は22時まで。) 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、大学・高校生1200円、中学生以下(4歳まで)600円。
 *「ディン・Q・レ展」、「MAMスクリーン」、「MAMリサーチ」と共通チケット。
 *入館料で展望台「東京シティビュー」にも入場可。
場所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)館内の撮影が可能でした。掲載写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
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「MAMコレクション002:存在と空間ース・ドホ+ポー・ポー」 森美術館

森美術館
「MAMコレクション002:存在と空間ース・ドホ+ポー・ポー」
7/25-10/12

森美術館で開催中の「MAMコレクション002:存在と空間ース・ドホ+ポー・ポー」を見てきました。

1962年生まれの韓国人アーティスト、ス・ドホ。半透明の布地を用いた建築的な作品でもお馴染みです。作品は東京都現代美術館に所蔵されているほか、2012年には広島市現代美術館などでも大規模な個展を開催しました。一方のポー・ポーは1957年生まれのミャンマー人アーティストです。2005年の横浜トリエンナーレにも参加しています。

スの作品は一点、「因果関係」です。ただし今回は布地ではありません。素材はアクリル樹脂やアルミ板です。天井付近から釣り下がるインスタレーション。かなり大型です。対するポー・ポーは5点の油彩を展示。オレンジや黄の色彩も鮮やかです。何層にも連なる円や三角などの幾何学的な図像を描いています。

 
ス・ドホ「因果関係」 2007年 アクリル樹脂、アルミニウム板、ステンレススチール・フレームほか

さてスの「因果関係」、一見するところシャンデリア風。ゆえに華やかにも映りますが、近づいて見るとご覧の通り、一つ一つが小さな人形で構成されていました。

何でもこれらは仏教の概念の一つ、「業」に着想を得たものだそうです。過去と現在、現世と来世、はたまた行為と結果といった因果の関係が、人体というパーツを基盤に、さも一つの全体を経て宇宙へと広がるかのように作られています。

ポーの油彩も同じく仏教の観点に基づくものでした。軍事政権下のミャンマーにおいて独学で哲学やアートを会得したポー。背景にあるのは「アビダルマ」。言わばブッダの説いた法や真理を解釈し、作り上げられた仏教の思想体系です。

 
ポー・ポー「風(動きの要素)」 1985年 油彩、カンヴァス

ここに宇宙にある四大要素の地、水、火、風を、それぞれ四角、半円、三角、円形に対応させています。スーの人体とポーの幾何学的図像。モチーフは異なるようでも、通底には仏教の教えがあります。その意味でもまとまった展示だという印象を受けました。

 
「MAMコレクション002:存在と空間ース・ドホ+ポー・ポー」会場風景

なお「MAMコレクション」は森美術館の収蔵品をテーマに沿って紹介していくシリーズ展です。2回目にあたる本展は「ディン・Q・レ」展と同時開催中。観覧に際しては「ディン・Q・レ」展のチケットを購入する必要があります。

10月12日まで開催されています。

「MAMコレクション002:存在と空間ース・ドホ+ポー・ポー」 森美術館@mori_art_museum
会期:7月25日(土)~10月12日(月・祝)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *ただし火曜日は17時で閉館。(9/22は22時まで。) 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、大学・高校生1200円、中学生以下(4歳まで)600円。
 *「ディン・Q・レ展」、「MAMスクリーン」、「MAMリサーチ」と共通チケット。
 *入館料で展望台「東京シティビュー」にも入場可。
場所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)掲載写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。
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東京国立近代美術館で「MOMATサマーフェス」が開催されます

7月31日(金)から8月2日(日)の3日間限定のイベントです。東京国立近代美術館で「MOMATサマーフェス」が開催されます。


「MOMATサマーフェス」@東京国立近代美術館
URL:http://www.momat.go.jp/am/exhibition/summer_festival2015/
期間:7月31日(金)、8月1日(土)、8月2日(日)

まず初日と2日目は「ナイトミュージアム」と題し、夜10時までの夜間開館を実施。あわせて美術館前庭、及び講堂にて「真夏の夜の野外シネマ」と「灼熱のシンポジウム」が行われます。

[DAY1 7月31日(金)「真夏の夜の野外シネマ」]
19:00~21:00 美術館前庭にて(雨天決行) 申込不要・参加無料
移動映画館「キノ・イグルー」セレクトによる野外シネマ。ジャック・タチ『郵便配達の学校』や、チェコアニメ『もぐらのクルテク』ほか、夏の夜にぴったりな短編作品を、屋外スクリーンにて上映します。

[DAY2 8月1日(土)「灼熱のシンポジウム」]
15:00~21:00 美術館講堂および前庭にて 申込不要・聴講無料
開催中の展覧会「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典」にちなみ、「美術館」をテーマにしたシンポジウムを開催いたします。夕方からは会場を前庭に移して、食べたり飲んだりしながら気軽にご聴講いただけます。
*プログラム*
15:00~16:20 これまでの美術館とこれからの美術館  
 建畠晢(多摩美術大学学長/埼玉県立近代美術館館長)
 馬渕明子(独立行政法人国立美術館理事長/国立西洋美術館館長)
16:30~17:50 作品を残すこと―保存修復の理論と実践 
 田口かおり(日本学術振興会特別研究員/東北芸術工科大学保存修復研究センター)
18:00~19:20 美術館(公共空間)で作品を見せること
 中村史子(愛知県美術館学芸員)
 鷹野隆大(写真家)
19:50~21:00 全体討議(前庭に移動予定)

最終日の8月2日(日)は朝のイベントです。名付けて「夏のおはよう!ミュージアム!!」。朝8時から特別に開館し、前庭でのびじゅつ体操のほか、ギャラリートーク、また午後からは過去展のカタログのバーゲンセールなどが行われます。



[DAY3 8月2日(日)「おはよう!びじゅつ体操」]
9:00~10:00 美術館前庭にて(雨天時:ロビーにて) 申込不要・参加無料
ダンサーの永井美里さんと、美術館のキュレーターが先生になって、東京国立近代美術館の所蔵作品をモチーフにしたオリジナル体操をします。モチーフとなるのは、萬鉄五郎や藤田嗣治などの国内作家から、フランシス・ベーコンなどの海外作家の作品まで、バリエーションに富んだラインナップ。いつもとは違うアプローチで作品を体感するチャンスです。体を動かした後は、ぜひ展覧会でモチーフとなった作品をご鑑賞ください。

10:30~11:30 「ギャラリートーク」 1F企画展ギャラリーにて 申込不要・要観覧券
「No Museum, No Life?―これからの美術館事典」展のキュレーターが、展示作品について話します。

13:00~17:00 「ヤードセール」 美術館前庭にて(雨天時:ロビーにて)
過去に東京国立近代美術館で開催された展覧会のカタログを、とびきりお得な価格で販売します。

[MOMATサマーフェス 開館時間]
7月31日(金)、8月1日(土) 10:00~22:00(入館は閉館の30分前まで)
8月2日(日) 8:00~17:00(入館へ閉館の30分前まで)

サマーフェス期間中は連日、前庭にフードやドリンクの屋台も登場。夏祭りの気分を盛り上げます。またハンモックも無料で楽しむことが出来るそうです。

さらに8月2日(日)は所蔵作品展の無料観覧日です。この日に限り常設展を無料で見ることも出来ます。

[8月2日(日)に無料で見られる展覧会]
事物ー1970年代の日本の写真と美術を考えるキーワード(2Fギャラリー4)
MOMATコレクション(4F-2F所蔵品ギャラリー)

なお現在、東京国立近代美術館で企画展「「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典」も開催中。いわゆる国立美術館のコレクション展ですが、AからZまでの36のキーワードによる切り口は鋭く、大いに考えさせられる展覧会となっています。



「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」(はろるど)


左:「額」 国立西洋美術館
右:アンリ=ジャン=ギョーム=マルタン「自画像」 1919年 国立西洋美術館 
*「これからの美術館事典」展は一部を除き、館内作品の撮影も出来ます。


幸いなことに天気予報によればこの3日間はお天気にも恵まれるとのことです。ロングランのシンポジウムに正面から向き合っても良し、またビール片手に映画を見ながら、野外で夏祭り気分を楽しんでも良しの「MOMATサマーフェス」。お時間のある方は竹橋まで出かけてみては如何でしょうか。

東京国立近代美術館の「MOMATサマーフェス」は7月31日(金)から8月2日(日)まで開催されます。

「No Museum, No Life?ーこれからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:6月16日(火)~9月13日(日)
休館:月曜日。但7月20日(月)は開館。翌21日(火)は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1000(800)円、大学生500(400)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *WEB割引引換券
 *当日に限り、「事物ー1970年代の日本の写真と美術を考えるキーワード」と「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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「エリック・サティとその時代展」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「異端の作曲家 エリック・サティとその時代展」
7/8-8/30



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「異端の作曲家 エリック・サティとその時代展」を見てきました。

1866年に生まれ、いわゆる「20世紀への転換期」(公式サイトより)に活動したフランスの作曲家、エリック・サティ。有名な作品としてはジムノペディが挙げられるのではないでしょうか。ラヴェルやドビュッシーにも影響を与え、時に調性を超えた、言わば前衛的な音楽を生み出した人物の一人としても知られています。

そのサティを紹介する展覧会です。ただし重要なのがタイトルにもある「その時代」。つまりはサティの生きた時代を、彼の音楽はもとより、様々に関係した芸術家の作品から追体験し得るような展示となっています。


フランシス・ピカビア「『本日休演』の楽譜の口絵」
1926年 紙、リトグラフ フランス国立図書館
Bibliotheque nationale de France, Paris


それにしても作曲家エリック・サティ、関わった芸術家は何も音楽家だけではありません。例えばコクトーにピカソです。1917年、若いコクトーが台本を書き、ピカソが舞台装飾と衣裳を手がけたのがバレエ「パラード」。音楽をサティが作曲しました。

サーカスなどの大衆娯楽、すなわち中国の奇術師やアクロバット、張り子の馬を引用した「パラード」は、当時、賛否の入り交じった大変な反響を生んだそうです。ピカソの「パラードの幕のための下図」は舞台のための習作です。ほかにもピカソの手による衣装下絵のほか、コクトーの記した覚え書き、そして舞台写真なども展示されています。

ちなみに「パラード」では終幕の部分が映像(3分間)でも紹介されていました。2007年の再現公演です。ラッパの音が轟くと、青い服をまとった奇術師や、妙なハリボテの馬まで登場します。それにしても見るからに奇抜、時に滑稽なまでの舞台です。大いに驚きを持って受け入れられたことでしょう。

シャルル・マルタンをご存知でしょうか。モンペリエに生まれ、パリに出た後、はじめは水彩を手がけた画家です。ファッション雑誌に挿絵を描く仕事をしていました。


エリック・サティ(作曲)、シャルル・マルタン(挿絵)「『スポーツと気晴らし』より『カーニヴァル』」
1914-23年 紙、ポショワール フランス現代出版史資料館
Fonds Erik Satie - Archives de France / Archives IMEC


そのマルタンが挿絵をつけたのが、サティ作曲の「スポーツと気晴らし」。カーニバル、海水浴、ゴルフといった様々なテーマに基づく独奏ピアノ曲です。高級モード雑誌の編集者から依頼された楽譜集の絵をマルタンが担当しました。


エリック・サティ(作曲)、シャルル・マルタン(挿絵)「『スポーツと気晴らし』より『カーニヴァル』」
1914-23年 紙、ポショワール フランス現代出版史資料館
Fonds Erik Satie - Archives de France / Archives IMEC


これがすこぶる洒落ていて美しい。マルタンはキュビズムやロシアの構成主義を吸収した様式で知られているそうですが、細い線を多用し、時に幾何学的な面を駆使した構図感は、どこかファッショナブルとも言えるのではないでしょうか。これがサティの手による楽譜と交互に展示されています。全20面超。楽譜自体も筆触はリズミカル。軽快です。随所に詩も挿入されていました。音楽とほかの芸術との相互作用に関心を持っていたというサティ。その一つの結実した姿を見ることが出来ました。

ブラックの油彩がポンピドゥーからやって来ました。「ギターとグラス」です。中にサティの楽譜が描かれています。またブランクーシのブロンズも興味深いもの。彼はサティの交響詩から霊感を受けて作品を制作したこともあります。さらにサティ晩年、ないし没後におけるダダとの関わりも重要です。マン・レイのリトグラフ、「エリック・サティの梨」はどうでしょうか。マン・レイはサティを「眼を持った唯一の音楽家」だと高く評価していました。

ラストは何とドランでした。作品は「ジュヌヴィエーヴ・ブラバン」。サティの没後に発見された楽譜に基づくマリオネットのオペラです。最終的には採用されませんでしたが、ドランは生前のサティと共同制作を試みた経験があったことから、舞台と衣裳のデザインを手がけました。


ジュール・グリュン「『外国人のためのモンマルトル案内』のポスター」
1900年 紙、リトグラフ モンマルトル美術館
Musee de Montmartre, Collection Societe d’Histoire et d’Archeologie“Le Vieux Montmartre”


冒頭にはロートレックの大判のポスターが待ち構えています。若いサティが出入りしていたモンマルトルのキャバレーを描いたロートレック。その時代の息吹を感じ取ることも出来ます。またサティも参加した影絵劇や、「薔薇十字展」なる秘教的な団体に関する展示も興味深いのではないでしょうか。

サティの音楽を通して、19世紀末から20世紀初頭のフランスの芸術の潮流をも追いかけられる展覧会です。美術の側からも引き出しは数多くあります。サティの旺盛な制作と多彩な交友関係は音楽と美術を垣根をゆうに超えていました。


コンスタンティン・ブランクーシ「エリック・サティの肖像」
1922年 ゼラチン・シルバー・プリント フランス現代出版史資料館
Fonds Erik Satie - Archives de France / Archives IMEC


眼ではなく、耳でも楽しめる仕掛けもありました。ずばり音楽です。場内では計2カ所、サティの曲がスピーカーから流れています。冒頭はジムノペディ。1番から3番です。そして薔薇十字会のファンファーレも3曲分、計10分超ほど流れていました。

「サティ:ピアノ作品集1/高橋悠治/日本コロムビア」

8月30日まで開催されています。

「異端の作曲家 エリック・サティとその時代展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:7月8日(水)~8月30日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~19:00。
 *毎週金・土は21:00まで開館。入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1400(1200)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
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「没後180年 田能村竹田」 出光美術館

出光美術館
「没後180年 田能村竹田」
6/20-8/2



出光美術館で開催中の「没後180年 田能村竹田」を見てきました。

豊後国岡藩の藩医の子に生まれながら、若くして隠遁。絵を描き続けながら儒者としての道を歩んだ田能村竹田(たのむらちくでん。1777~1835)。

必ずしも良く知られた画家とは言えないかもしれませんが、密に過度でなく、疎に絶妙な文人画の世界は素直に見入るものがあります。

出光美術館としては18年ぶりの回顧展です。作品は全て同館のコレクション。初期から晩年までの作品、約55点が展示されています。

1.精妙無窮ー竹田画の魅力と特質
2.山水に憩うー自娯適意の諸相
3.微細な色彩と薫りー生命あるものへ
4.眼差しの記憶ー「旅」と確かな実感
5.幕末文人、それぞれの理想

田能村竹田、先に倣うのは中国の文人山水画です。例えば「青緑山水図」は雨後に濡れた岩山を描いたもの。緑青、群青を配した色の塗り分けも軽妙で美しい。「三津浜図」は伊東の景色を表した作品です。砂浜を鳥瞰的、ないし覗き込むような構図は西湖図風でしょうか。手前には小さな人影も見えます。

それにしても竹田の文人画、筆致は実に繊細です。時に肉眼では分からないほどに細かいこともあります。単眼鏡があっても良いかもしれません。

季節感、また空気感を巧みに伝えているのも竹田画の魅力ではないでしょうか。重要文化財の「梅花書屋図」では水辺越しの梅林を描いています。馬に乗って小径を進む人の姿も垣間見えました。そしてこの梅林の何とも可憐な様と言ったら素晴らしいもの。仄かなピンク色をした花からは梅の薫りが漂ってくるかのようであります。

「高客吹笛図」にも惹かれました。モチーフは喫茶を楽しむ高士たちです。背景は岩山、滝の姿も見えます。筆は思いの外に大胆。しかしながら高士たちの表現は緻密です。ヒゲ、髪の毛の線は細かく、また着衣の線も無駄がありません。杯を持っては茶を飲み交わす男たちの愉快な雰囲気も伝わってきます。

「寄春詩図巻」も絶品でした。縦長の軸画の目立つ竹田画の中ではやや珍しい横長の図巻です。梅と竹、それに小鳥を描いていますが、興味深いのは竹におそらくは青を用いていることです。一方で梅は墨。小鳥も生き生きと描かれています。意図したものではないかもしれせんが、さも月明かりに照らされた光景のようにも見えました。

「東山図」はどうでしょうか。旅好きの竹田、全国各地を渡り歩いては絵に残したそうですが、本作でも舞台は京都の東山です。山々を吹き散らかしの筆で颯爽と描いています。擦れるような墨の滲みも情感深い。細かな曲線を多用しては、こんもりとした山の緑を表しています。

一転して色鮮やかな作品に目が留まりました。「春園富貴図」です。見るも大きな牡丹に太湖石のモチーフ。極彩色と言っても良いのではないでしょうか。太湖石の緑青、そして牡丹の紫、ピンク、白などが力強いまでに塗りこまれています。

「蘭図」も魅惑的でした。群生する蘭を瑞々しく描いた一枚。「蘭は心で、心は蘭だ。筆遣いの巧拙などは気にする必要がない。」。竹田はこのようにも述べています。

遊び心にも満ちた「書画貼交屏風」も良い。鳩に猫に鵞鳥に蟹などを描いていますが、特に蟹が可愛らしい。全部で7匹です。脚を広げては忙しそうに行き交っていました。

文人画ということで賛が付けられていましたが、大半の作品に訓読と大意を記したキャプションが付けられています。賛を読み、絵を愛でては、竹田の自然、あるいは人々に対する温かい眼差しを知る。実のところ私にとっては未知の画家でしたが、まさかこれほど惹かれるとは思いませんでした。

竹田の先輩格に当たる池大雅に与謝蕪村、また同時代の文人による作品も10点ほど出ていました。こちらも楽しめるのではないでしょうか。

一部作品において会期中に頁替えがありますが、展示替えはありません。

「田能村竹田/宗像健一/新潮日本美術文庫」

8月2日まで開催されています。

「没後180年 田能村竹田」 出光美術館
会期:6月20日(土)~8月2日(日)
休館:月曜日。但し7月20日は開館。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜日は19時まで開館。入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円、高・大生700(500)円、中学生以下無料(但し保護者の同伴が必要。)
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階
交通:東京メトロ有楽町線有楽町駅、都営三田線日比谷駅B3出口より徒歩3分。東京メトロ日比谷線・千代田線日比谷駅から地下連絡通路を経由しB3出口より徒歩3分。JR線有楽町駅国際フォーラム口より徒歩5分。
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「メガ恐竜展2015」 幕張メッセ

幕張メッセ
「メガ恐竜展2015」
7/18-8/30



幕張メッセで開催中の「メガ恐竜展2015」のプレスプレビューに参加してきました。

現在、地上で最も大きな動物はアフリカゾウ。体重は平均で8トンにも及び、体長も6メートルを超えます。しかしながら今から1億4500年前にはゾウよりも遥かに大きな動物が陸上を闊歩していました。

それが竜脚類と呼ばれる動物、つまり恐竜です。うちスペインで見つかったトゥリアサウルスは全長30メートル。体重は推定40トンです。ゾウからして長さも体重もおおよそ5倍。現在では最大級の竜脚類だったと考えられています。

何故に恐竜は大きくなったのか。ずばりそれが大きなテーマです。だからこその「メガ恐竜」。世界各地の巨大恐竜の復元骨格や実物の化石などが一堂に集まっています。


「ショニサウルス 頭骨」 後期三畳紀(カナダ) 北九州市立いのちのたび博物館

巨大化する生き物の進化、初めは海で始まりました。例えばショニサウルスです。後期三畳紀に生きていた全長21メートルの魚竜類、長い顎を持っていたそうですが、意外にも殆ど歯はなかったそうです。骨格は世界で初めて制作された頭骨の復元です。ぎょろりと睨むような大きな眼が特徴的でもあります。


「サウロドン 全身骨格」(実物) 白亜紀(アメリカ) 群馬県立自然史博物館

白亜紀に生きた長さ2メートルの魚の実物骨格が出ていました。サウロドンです。薄く長細い巨大魚類、下顎の先には尖った歯がついています。ちなみに上の写真の右側で大きな口を開いているのがカルカロドン。時代は進んで中新世の大きなサメです。全長10メートル。今のサメと同様に鋭い歯を見せています。


「パレオパラドキシア 全身骨格」 中新世(日本・岩手県) 群馬県立自然史博物館

陸の巨大な動物もお目見えしています。頭のサイズだけで1メートルをこえるのはマチカネワニです。発見されたのは大阪の豊中。祖先はヨーロッパにありますが、アフリカやインドを経て日本にやってきました。またパレオパラドキシアの全身骨格も迫力があるのではないでしょうか。海生哺乳類です。体長は2.5メートル。海水と淡水の交じる場所で海の動植物を食べて生きていました。

ハイライトへ進みましょう。それはもちろん竜脚類。過去、地球の陸上で最も巨大化した恐竜です。中生代には全ての大陸に生息していたと言われています。


「カマラサウルス亜成体 全身骨格」(実物) 後期ジュラ紀(アメリカ) 群馬県立自然史博物館

貴重な実物の骨格です。カマラサウルスは後期のジュラ紀に生きた竜脚類。全長5メートルですが、骨格の全てが実物の化石で出来ているというから驚きです。


「カマラサウルス 上腕骨」(実物) 後期ジュラ紀(アメリカ) ミュージアムパーク茨城県自然博物館

カマラサウルスの上腕骨の本物に触れることが出来ました。長さはおおよそ1メートル。実は「メガ恐竜展2015」では随所にこのような「さわってみよう!」のコーナー、ようはハンズオンの展示があります。見て、さらに触れて楽しめるというわけなのです。


「トゥリアサウルス 部分骨格(半身)」 後期ジュラ紀(スペイン) ディノポリス

トゥリアサウルスの復元骨格が日本へ初めてやって来ました。先にも触れたように全長は30メートル、幕張メッセの天井付近まで首がのびています。また頭骨や歯の化石も同じくお披露目。ちなみに頭の化石については本国スペインでも一度も展示したことがなかったそうです。ようは世界初公開ということになります。


「トゥリアサウルス 上顎骨」(実物) 後期ジュラ紀(スペイン) ディノポリス ほか

これらの化石が発見されたのは比較的最近の2003年のこと。東中央スペインの南部、リオデバという小さな町の近郊で発掘されました。

腕の骨の形が特徴的だったことから、竜脚類の中でも未知のグループに属することが判明したそうです。おおよそゾウの10倍近くもある長い首は高い場所にある植物を食べるためにも効果的でした。本展の総合監修をつとめたマーティン・サンダー氏によればクレーンのイメージに近いそうです。

また竜脚類の首の自体も軽く、動きやすかったと言われています。軽量化という観点からは、それこそ幕張メッセの天井の骨組みにも近いというお話もありました。


「エウロパサウルス 全身骨格」 後期ジュラ紀(ドイツ) ディノパーク

トゥリアサウルスの隣にやや小ぶりの竜脚類がいました。エウロパサウルスです。全長6メートル。ジュラ紀のドイツに生息したものですが、興味深いことに現在発見されている竜脚類の中で唯一、小型化した恐竜として知られています。つまりこの骨格の個体は子どもというわけではありません。


「エウロパサウルス 産状」(実物) 後期ジュラ紀(ドイツ) ディノパーク

何故に小型化したのでしょうか。キーワードは「島嶼矮小化」です。エウロパサウルスが見つかったのはドイツの小島。元々は大きな種であったと推測されているそうですが、島の環境、ないし生息域に対応するために、次第に小型化。またエウロパサウルスの捕食者がいなかったそうです。結果的に巨大化する必要がありませんでした。

ちなみに手足の骨の発見例は多いそうですが、今回のように頭部が見つかるのは比較的珍しいそうです。脆い頭蓋骨はなかなか原型を留めてはくれません。


「エウヘロプス 全身骨格」 前期白亜紀(中国) 福井県立恐竜博物館

白亜紀に入ると竜脚類は多様な進化を遂げます。うちアジアで初めて発見されたのがエウヘロプス、全長10メートルです。20世紀初頭、発見地は中国山東省の地層です。オーストラリアの古生物学者が発掘しました。


「ティラノサウルス 全身骨格」 後期白亜紀(アメリカ) 山口県立山口博物館

人気のティラノサウルスの全身骨格も展示されています。全長は約11メートルです。ちなみにティラノは竜脚類ではなく獣脚類恐竜。視覚や聴覚にも優れ、動きが俊敏だったことから、特に北アメリカにおいて生態系の頂点にいた捕食者だったと言われています。


「メガ恐竜展2015」会場風景

恐竜が何故に巨大化したのかについてはパネルでかなり詳しく紹介されていました。また恐竜の食事、特にフンの化石のハンズオンコーナーも面白いのではないでしょうか。多少勇気がいるやもしれませんが、実物のフンの化石を触ることも出来ます。

ラストは時代を超えて哺乳類へと進みます。また会場の幕張に因んだのでしょう。千葉県内から発見された巨大化石なども目を引きました。


マーティン・サンダー ドイツ・ボン大学教授(総合監修)
ルイス・アルカラ スペイン・ディノポリス館長
アーミン・シミット ドイツ・ディノパーク研究員


「トゥリアサウルス」を中核に巨大恐竜たちが目白押しの「メガ恐竜展2015」。骨格、化石ほか資料含めて200点超の展示です。さすがにスケール感がありました。

一部の標本資料を除いて撮影が出来ます。もちろん骨格を背にした記念撮影も可能です。カメラをお忘れなきようご注意下さい。


「メガ恐竜展2015」会場入口

夏休み限定の展覧会です。会期中のお休みはありません。8月30日まで開催されています。

「メガ恐竜展2015 巨大化の謎にせまる」@mega_dino2015) 幕張メッセ 国際展示場11ホール
会期:7月18日(土)~8月30日(日) 
休館:会期中無休。
時間:9:30~17:00 入館は閉場の30分前まで。
料金:大人(高校生以上)2000円 、子ども(4歳~中学生)1000円。3歳以下無料。
住所:千葉市美浜区中瀬2-1
交通:JR線海浜幕張駅より徒歩5分。JR線・京成線幕張本郷駅から京成バス「幕張メッセ中央・QVCマリンフィールド」行きに乗車、「海浜幕張駅」及び「タウンセンター」、「幕張メッセ中央」下車徒歩3~5分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」 泉屋博古館分館

泉屋博古館分館
「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」 
5/30-8/2



泉屋博古館分館で開催中の「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」を見てきました。

住友家が長きに渡って蒐集してきた美術工芸品を保存、さらには公開することを目的に設立された泉屋博古館。ともすると陶芸や考古品の展示のイメージがあるやもしれませんが、今回は一転。住友グループの所有する近代フランス絵画です。出品は約45点。エンネル、ミレー、マネ、モネ、ルノワール、そしてルオー、ピカソ、シャガールほか、ビュフェなどを網羅しています。


ジャン=ジャック・エンネル「赤いマントの女」

冒頭はエンネルでした。19世紀末にサロンやアカデミーで活動した画家の一人。それでいてどこか象徴派風な雰囲気を感じさせるのも魅力ですが、「赤いマントの女」でも同様ではないでしょうか。闇から朧げに浮かびあがるのは赤いマントをまとった女性です。赤は血のように鮮やか。うっすら青白く光った顔は真横を向いています。目鼻立ちは整っていて思いの外に力強い。髪の毛はブロンドです。ぐっと引込まれます。

一際大きな作品に目がとまりました。「マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち」です。描いたのはジャン=ポール・ローランス。サロンの受賞作で歴史画を中心に大作を残したアカデミーの画家、モデルは27歳の若さで亡くなったフランスのマルロー将軍です。


ジャン=ポール・ローランス「マルソー将軍の遺体の前のオーストリアの参謀たち」 1877年

ベットの上で永遠の眠りについているのが将軍です。顔は土色をしています。既に生気はありません。手にはサーベルが握られていました。そしておそらく嘆き悲しんでいるのでしょう。頭に手をやって俯いている男も見えました。一方、将軍の足元で頭を足れているのがカール大公です。実は大公はマルローの敵であるオーストリアの人物。しかしながら将軍にシンパシーを抱き、葬儀に出席します。その際に遺体をフランス側に渡したそうです。

なお本作はローランスに学んでいた鹿子木孟郎が購入したもの。鹿子木は住友家15代当主、春翠の支援を受けてパリへ渡っていました。つまり春翠の要望を受けて買い入れた作品というわけです。


クロード・モネ「サン・シメオン農場の道」 1864年

鹿子木と春翠に関する展示もあります。例えば書簡です。またマネの「婦人像」も同じように鹿子木が春翠の意向を受けて購入したもの。そしてモネの「モンソー公園」や「サン=シメオンの農場への道」も春翠がヨーロッパへ旅行した際に手に入れました。春翠の眼あってからこそ成り立った西洋絵画コレクションとでも言えるのではないでしょうか。

ちなみに「モンソー公園」は今から120年前の明治時代、初めて来日したモネの絵画です。日本のモネ受容史にとって重要な一枚でもあります。

ヴィクトル・ヴィニョンという画家をご存知でしょうか。印象派の風景画家として活動したものの、当時はあまり評価されなかった人物です。作品は1点、「田舎家」が展示されています。

強く白い光に照らされた家々が並ぶ田舎道。影でしょうか。建物の白い壁にはグレーが溶けるように交じっています。筆触は繊細です。ピサロ風と呼べるかもしれません。ちなみにヴィニョン、公的なコレクションとしてはオルセーに数点あるのみだそうです。日本で見られる機会からして貴重だと言えます。

ギヨーム・セニャックの「ミューズ」に惹かれました。モチーフは文字通りギリシアのミューズ、女神です。購入時は「白衣の少女」と呼ばれ、住友家の関西の別邸に飾られていました。純白の薄い衣裳を身につけては脚を組んで、上目遣いに彼方を見やっています。手にはペンを持っていました。何か閃いたのでしょうか。どこか得意げな表情にも映ります。それにしても衣裳の襞をはじめ、背景の樹木、草花の描写も美しい。透明感もあります。セニャックはサロンの画家です。ただ一見するところは唯美主義の作風を思わせます。

私の好きなマルケが1点ありました。「アルジェの港」です。画家の得意とする港の景色を鳥瞰的に描いた作品、いつもながらに水色に染まる海面が美しいもの。かなり高い位置から眺めています。大きな貨物船が停泊していました。そして建物のオレンジ、あるいは赤色の屋根も際立ちます。建物や船による斜めのラインが強調されていました。

同じく海を捉えたモーリス・ブリアンションの「海辺」も魅惑的ではないでしょうか。マティスやボナールに私淑した画家、無人の砂浜を描いています。どこか物悲しい印象を与える作品です。後方の海面、さらには空のグレーへと変わる色のグラデーションも細かに表されていました。

ミロやビュフェを経由すると「住友コレクション無印良画」なるセクションがありました。はて何故に無印と思ってしまいますが、これらはいずれも画家のサインがなく、おそらくは19世紀以降、フランス以外の画家の手で描かれた絵画なのだそうです。

住友家では無印絵画を須磨や麻布の別邸に飾っていました。その様子などを写真パネルでも紹介しています。参考になりました。


ジャン=フランソワ・ミレー「古い垣根」 1862年頃

有名な画家だけでなく、知られざる画家にも佳品の多い展覧会ではないでしょうか。お気に入りの1点を見つけるのにはさほど時間はかかりませんでした。


アンドレ・ボーシャン「野花」 1944年

8月2日まで開催されています。

「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」 泉屋博古館分館
会期:5月30日(土)~8月2日(日)
休館:月曜日。但し7月20日は開館。翌日21日は休館。
時間:10:00~16:30(入館は16時まで)
料金:一般800(640)円、学生500(400)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体。
住所:港区六本木1-5-1
交通:東京メトロ南北線六本木一丁目駅北改札1-2出口より直通エスカレーターにて徒歩5分。
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「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」 練馬区立美術館

練馬区立美術館
「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」 
7/12-9/6



練馬区立美術館で開催中の「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」のプレスプレビューに参加してきました。

私が舟越保武(1912-2002)の名を知ったのは、今からもう10年も前、埼玉県立近代美術館の地下に佇む彫像、「ダミアン神父像」を見た時のことでした。

モデルはベルギー出身の神父です。1863年にハワイへ派遣され、当地のハンセン病患者の施設に暮らしては救済に尽力。布教活動にも身を捧げました。しかしながら自身もハンセン病に感染してしまいます。僅か49歳の若さで亡くなったそうです。

やや少し視線を落としては前を見据えた神父の姿。手はだらんと下がっています。風貌からは病に罹った様子も見ることが出来ました。苦渋、あるいは深い哀愁を帯びた表情とも言えるのでしょうか。何とも言葉に表し難い。ただやはり内なる意志なり気高さが滲み出しているように見えます。

初めてこの作品を前にした時、半ば衝撃的なまでに強い印象を受けたものでした。以来、舟越保武は心の中で、どこか特別な彫刻家として意識されてきたような気がします。

前置きが長くなりました。「戦後日本具象彫刻界を代表する」(美術館サイト)舟越保武の回顧展です。作品は彫刻60点です。初公開を含むドローイングもあります。

舟越の制作を6つの時期に分け、おおよそ65年に渡る制作の軌跡を辿る内容となっていました。

1912年に岩手で生まれた舟越、中学生の頃に高村光太郎訳の「ロダンの言葉」に出会って彫刻に憧れます。そして1934年には東京美術学校の彫刻科に入学。同級生の佐藤忠良に誘われ、練馬のアトリエ長屋で生活をはじめました。


舟越保武「隕石」 1940年 大理石 岩手県立美術館

舟越が初めて大理石を入手した1940年の作品が出ていました。「隕石」です。作家は石を見た際、「身体に熱いものが走るように思い」、「この石で彫刻しようと決意。」したとか。やや上を向いた青年の頭像です。目を閉じては眠り、あるいは瞑想に耽っているようにも見えます。表面がやや赤らんでいるのが印象的でした。血の通った生気も感じられます。静けさの中にも魂が宿っていました。

戦争中は物資不足によって制作の中断を余儀なくされたそうです。しかしながら戦後は再び彫刻家としての道を歩みます。1950年には家族で洗礼を受けました。そして翌年に世田谷へ拠点を移します。この頃から全国各地の教会での十字架やキリスト教を主題とする作品を作るようになりました。


中央:舟越保武「カンナ」 1953年 岩手県立美術館

物静かで温和な表情をした女性の頭像が目を引きます。「カンナ」はどうでしょうか。舟越がギリシア初期の彫刻に惹かれていた頃の作品、両目はくり抜かれて闇が伴います。やや笑みを浮かべているようで、一転してどこか怯えているような引きつった様相をしているようにも見えます。表情は単純ではありません。深淵です。まるで仮面を覗き込むかのようでもあります。


舟越保武「長崎26殉教者記念像 聖フランシスコ・デ・サン・ミゲル」 1962年 FRP 岩手県立美術館 ほか

一つのハイライトとしても過言ではありません。「長崎26殉教者記念像」です。豊臣政権下において弾圧され、処刑されたカトリック教徒26名。中には日本人もいました。舟越は彼らを象る際に晴れ着を着せています。手を前にあわせた合掌のポーズです。やや上を向き、口を開きます。賛美歌でしょうか。敬虔な祈り。まだ若く、あどけない表情をしている者もいました。ただしそこに一切の弱さはありません。確固たる信念を感じさせる殉教者たちの姿。そして造形にも緩みがなく力強い。圧倒されてしまいます。


舟越保武「ダミアン神父」 1975年 ブロンズ 岩手県立美術館

「ダミアン神父」と再会することが出来ました。但し所蔵は埼玉県立近代美術館ではなく岩手県立美術館のもの。ただ一人、どこか見る者に何事かを語りかけるような姿で前を見据えています。


舟越保武「ダミアン神父」 1986年 木炭・紙 個人蔵

木炭で描いた神父のドローイングが出ていました。線を重ねては、衣服の陰影、そして手の指や顔の表面など、実に細かく表しています。像と等しく重々しい質感が滲み出した一枚です。また赤線を加えては構図を練った習作も重要ではないでしょうか。ちなみに本展、こうしたドローイングが多数出ていますが、うちいくつかは初公開です。彫像と見比べることも出来ます。


舟越保武「タツコ(試作)」 1967年 ブロンズ 個人蔵
 
田沢湖に位置する有名な「たつこ像」も舟越の手によるものです。出品は試作です。湖神ととなった伝説の美少女。やや上半身をくねらせては右手を左側に寄せ、ふと遠くを見やるようなポーズも美しいもの。ブロンズの放つ鈍い光も雰囲気があります。


舟越保武「聖ベロニカ」 1986年 砂岩 岩手県立美術館

1970年代半ばからは公共施設などに設置する人物像が増えたそうです。そしてこの頃の聖女像もまた初期の女性像とは異なった味わいがあります。一言で表せれば清らかでしょうか。複雑なニュアンスは消え、表情も造形もよりシンプルです。微笑みもより穏やかに映ります。

1987年に舟越は脳梗塞で倒れ、右半身が麻痺してしまいます。しかしながら彼はそれでも制作をとめることはありません。今度は左手でデッサンを開始、さらに彫刻も同じように左手で作り出しました。


舟越保武「ゴルゴダ」 1989年 岩手県立美術館

そうした晩年の彫像がまた胸を打ちます。例えば「ゴルゴダ」です。表面はこれまでの舟越から想像もつかないほどゴツゴツしていて荒々しい。顔は歪み、悲嘆に暮れた様子が強く現れています。劇的ですらあるのです。

舟越保武―まなざしの向こうに/求龍堂」

館内の随所にある舟越のテキストがまた印象的でした。練馬区立美術館の空間がかつてないほど厳かにも感じられる展覧会。私にとっても舟越に出会ってから10年越しの回顧展です。充足感もひとしおでした。


「舟越保武彫刻展」会場風景

9月6日まで開催されています。おすすめします。

「開館30周年記念 舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」 練馬区立美術館
会期:7月12日(日)~9月6日(日) 
休館:月曜日。*但し7月20日(月・祝)は開館、7月21日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人800(600)円、大・高校生・65~74歳600(500)円、中学生以下・75歳以上無料
 *( )は20名以上の団体料金。
 *ぐるっとパス利用で300円。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「ルーシー・リー展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「開館20周年記念 没後20年 ルーシー・リー展」
7/7-8/30



千葉市美術館で開催中の「開館20周年記念 没後20年 ルーシー・リー展」を見てきました。

今年、没後20年を迎えた陶芸家のルーシー・リー(1902-1995)。ともかくルーシー・リーの展覧会といえば、2010年に国立新美術館で行われた回顧展が忘れられません。

以来、国内では約5年ぶりとなる展覧会です。出展は全200点。ほぼ年代に沿ってルーシー・リーの制作を追っています。

さて六本木と千葉の二つのルーシー・リー展、まず何が異なっているのでしょうか。答えは端的に作品です。二つの展示の出品作は一部を除いてほぼ別物でした。

「姉妹編」という言葉が相応しいかもしれません。そもそも今回のルーシー・リー展の出展作は日本初公開が多い。ゆえに新美術館の展示を一度見たとしても、また新たなルーシー・リーの魅力に出会えるわけなのです。

館内の撮影の許可を特別にいただきました。

ルーシー・リーの生まれは1902年、ウィーンです。19歳の時に工業美術学校の聴講生となり、翌年に入学。陶芸家としての道を歩み始めます。


「ルーシー・リー展(千葉)」会場風景

冒頭はウィーンでの器です。よく薄はりで、温かみのある釉薬に魅力があるとも言われますが、初期は意外と試行錯誤した形跡も見られます。例えば溶岩釉。表面はゴツゴツしていて無骨ですらあります。思いの外にバリエーションが豊かです。

また近年、オーストリア応用美術・現代美術館の調査により発見された作品もお披露目されました。もちろん日本初公開、まだ学生時代のものです。こちらも思いがけないほど色味が強い。まだ掻き落としの線描もありません。そしてこの頃から早くも作品は評価されていきました。

1938年にルーシー・リーはイギリスへやって来ました。原因はナチスのオーストリア併合です。そもそも彼女の出自はユダヤ系でした。ロンドン市内にアトリエ兼自宅の家を見つけます。結果的に終生、この地で作陶を続けました。


ルーシー・リー「ボタンの型」 1941-45年 個人蔵

戦中は知人の依頼によりボタンの仕事を手がけていたそうです。そしてこれが評判を呼び、高級衣服店へ卸されるようになります。それにしても色とりどりのボタン、一部の平らでやや屈曲したものには、どこか後の彼女の鉢や器を連想させる面がないでしょうか。またブローチなどには器からは伺い知れない造形感覚を見ることも出来ます。ファッション性も重視されるボタンでは釉薬の選定にもセンスが問われたそうです。その経験は以降の作陶においても役立ったに違いありません。


ルーシー・リー「斑文大鉢・小鉢」 1951年頃 個人蔵

戦後、ルーシー・リーの工房にやって来たコパーとの共作も重要ではないでしょうか。「白釉カップとソーサー」は乳白色を帯びていて美しい。二人はシンプルながらも味わい深いテーブルセットを世に送りだします。また「斑文大鉢・小鉢」はどうでしょうか。大胆なまでのうねりです。一種の歪みをも伴った器は角度を変える度に新たな景色を生み出します。


ルーシー・リー「線文大鉢」 1958年頃 イセ文化基金

ルーシー・リーは色の作家でもありますが、線の作家でもありました。つまり掻き落としです。1950年頃、イギリスの博物館で見た青銅器時代の土器によって着想を得た技法。線を描き加えるというよりも、表面の土を削いで、つまり落としては線を生み出します。もちろんフリーハンドです。素朴ながらも繊細。その細かく刻まれた線は、一見するところ寡黙なルーシー・リーの器に、絶妙なニュアンス、例えて言えば何かざわめきのようなものを与えてもいます。

この掻き落としから発展したのが象嵌です。掻き落としによる溝に色土を埋め込んだ技法、色はより深みを増していきました。


ルーシー・リー「ニット線文鉢」 1978年年頃 イセ文化基金

70年代以降がいわゆる円熟期と称されているそうです。この時代にルーシー・リーを代表する「鉢」と「花器」が次々と制作されています。また釉薬もピンク、マンガン、溶岩、白と多彩。さらには釉の滲みで線を表現するという「ニット線紋」なるものまで登場しました。


ルーシー・リー「青釉鉢」 1980年頃 個人蔵

ルーシー・リーの色の魅力、もちろん一口に表せませんが、あえて言うのなら青とピンク、そして白ではないでしょうか。例えば「青釉鉢」です。鮮やかながらも、深海を覗き込むような濃い青みが器の中を覆い尽くします。口縁部はマンガン釉です。やや爛れたように広がります。何やらさざ波のようにも見えました。


ルーシー・リー「ピンク線文鉢」 1980年頃 個人蔵

「ピンク線文鉢」も美しい。線は象嵌です。口縁はブロンズ、形を引き締めています。また仄かにグリーンのラインも入っていました。色はニュアンスを変えながら何層にも積み重なります。まるで可憐に花ひらく朝顔のようでもありました。


ルーシー・リー「白釉青線文鉢」 1979年 東京国立近代美術館

白では「白釉青線文鉢」も忘れられません。朧げな白を基調とした皿に青い線が象嵌されています。清涼感と言ったら誤解があるでしょうか。凛とした美しさをたたえています。実際にルーシー・リーは白を好んで使っていたそうです。

さも樂焼を見るかのように器に景色、ようは見立てが出来るのもルーシー・リーの魅力の一つかもしれません。もちろん作家自身の意図したものではないかもしれませんが、そうした鑑賞者の言わば空想も受け入れるような懐の深さがあります。

いわゆるスパイラルもルーシー・リーの代表作ではないでしょうか。彼女がスパイラル文に取り組み始めたのは1960年代後半。異なる色の入った土の塊を2種類以上混ぜ、轆轤で挽きながら螺旋模様を作り出します。土の着色が複雑になれば、出来上がった色もより深みを増していくそうです。


ルーシー・リー「スパイラル文花器」 1980年頃 個人蔵

一例が「スパイラル文花器」です。大きく口開く上部、まさに花が開いたかのようです。そして色は青、白、グレー、うっすらピンクと螺旋模様を描きます。明暗は混在し、必ずしも一定ではありません。まるでまだ見ぬ惑星の大気を表したかのようでした。

しばらく前に館内照明などを一新した千葉市美術館、ルーシー・リーの器の繊細な色味を素直に引き出してもいます。


ルーシー・リー「白釉ブロンズ花文鉢」 1974年頃 個人蔵 *覗きケース使用

また一部で絵巻物を展示するための覗きケースを使用していました。本来的な用途とは異なるかもしれませんが、それがかえって鑑賞者により近い位置で作品を見せることに成功しています。なかなか効果的でした。


ルーシー・リー「線文円筒花器」 1968年頃 個人蔵

奇を衒うことなく、ホワイトキューブの中、ともかくひらすらに作品を見せる展示です。もちろん随所にはキャプションもあり、ルーシー・リーの作陶の変遷も知ることも出来ますが、まずは無心に器の小宇宙へ集中して愛でてみるのも良いのではないでしょうか。

姉妹編ということで、カタログも前回の国立新美術館の時と同じサイズでした。書棚に二冊並べては交互に眺めるのも楽しいかもしれません。

[没後20年 ルーシー・リー展 巡回予定]
姫路市立美術館: 2015年10月31日(土)~12月24日(木)
郡山市立美術館:2016年1月16日(土)~3月21日(月・祝)
静岡市美術館:2016年4月9日(土)~5月29日(日)


「ルーシー・リー展」記念撮影用パネル

会場外に記念撮影用の立体パネルがありました。舞台は工房です。そしてルーシー・リーが作陶に精を出す姿が写されています。ようはこの前に座れば、彼女と一緒のフレームに収まるわけですが、何度見てもこのルーシー・リーの立ち振る舞いが美しい。この作家あってからこその作品がある。そうした気がしてなりません。


ルーシー・リー「黄釉線文鉢」 1968年頃 イセ文化基金 

千葉市美術館としては初めての本格的な陶芸展だそうです。ただそれでも展示には担当者による尽力もあったのでしょう。何ら違和感もなく、すっとルーシー・リーの世界に没入することが出来ました。

8月30日まで開催されています。まずはおすすめします。

「開館20周年記念 没後20年 ルーシー・リー展」 千葉市美術館
会期:7月7日(火)~8月30日(日)
休館:6月1日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1000(800)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。

注)写真は主催者の許可を得て撮影したものです。
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6次元で「ルーシー・リー鑑賞会」が開催されます

千葉市美術館で開催中の「ルーシー・リー」展。そのサテライトイベントです。荻窪の6次元で「ルーシー・リー鑑賞会」が開催されます。



[8/7(金)「ルーシー・リー鑑賞会」]
ゲスト;山根佳奈(千葉市美術館学芸員)
日時:8月7日(金) 19:30~(19:00開場)
参加費:3000円(展覧会チケット/ドリンク付き/要予約)
イベント予約はお名前、参加人数、電話番号を明記の上、rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp (ナカムラ)まで。

[ルーシー・リー鑑賞会 概要]
ルーシー・リーの作品(本物)をお借りして、その魅力について語り合うイベントを開催します。20世紀を代表するイギリスの陶芸家ルーシー・リーの展覧会が、千葉市美術館で開催されています。ろくろによって生み出される優美で緊張感のあるフォルム、象嵌や掻き落としによる独自の文様、釉薬のあたたかみのある色調などは、彼女ならではの造形世界。その作風はいかにして生まれたのでしょうか。ルーシー・リー作品の他、影響を受けたアジアの器を比較しながら、その魅力に迫ります。

[6次元(荻窪)] 
http://www.6jigen.com/
住所:杉並区上荻1-10-3 2F

イベントの開催日時は8月7日(金)の夜7時半から。ゲストに千葉市美術館の学芸員の山根さんをお迎えし、ルーシー・リーの魅力について語っていただきます。

そして目玉は何と言ってもルーシー・リーの作品の本物が登場することです。近年、特に人気があり、なかなか美術館やギャラリー以外ではお目にかかれないルーシー・リーの器を、かの6次元のスペースで楽しんでしまおうという魅惑的なイベントです。

千葉市美術館の山根さん、一度だけ私もお話を伺う機会を得ましたが、物腰柔らかく、とても丁寧な語り口が印象的な方でした。きっとルーシー・リーの美しさを分かりやすく伝えて下さるに違いありません。

予約方法は上記の通りです。事前に6次元まで直接メールで(rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp)でお問い合わせください。なお受付は先着順です。一定数に達し次第、終了となります。



人気が予想される「ルーシー・リー鑑賞会」、既に残席僅少だそうです。本記事掲載時には受付が終了している場合もあります。あらかじめご了承下さい。

ルーシー・リーの本物を交えての貴重な鑑賞会イベント、興味のある方は申込んでみてはいかがでしょうか。

「開館20周年記念 没後20年 ルーシー・リー展」 千葉市美術館
会期:7月7日(火)~8月30日(日)
休館:6月1日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1000(800)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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「ボルドー展」 国立西洋美術館

国立西洋美術館
「ボルドー展ー美と陶酔の都へ」
6/23-9/23



国立西洋美術館で開催中の「ボルドー展ー美と陶酔の都へ」を見てきました。

フランス南西部の港町、ボルドー。何と言ってもまずワインのイメージが浮かびますが、ではほかに何があり、何で知られているのかと言われると答えに窮してしまうのも事実です。率直なところボルドーのことを殆ど何も知りません。

結論からすれば、ボルドーへの知識のない私でも十分に楽しめる展覧会でした。古代から現代までのボルドーの歴史を辿ります。ワインだけに留まらないボルドーの文化や芸術を多様な文物で紹介していました。


「角を持つヴィーナス(ローセルのヴィーナス)」 25000年前頃
石灰岩 アキテーヌ博物館


歴史は25000年前に遡ります。冒頭は「角を持つヴィーナス」、旧石器時代の石像です。ボルドーのあるアキテーヌ地方は、ヨーロッパでも先史時代の彫刻洞窟が多いことで知られているそうです。かのラスコーの洞窟も域内に位置しています。

三日月のような角を右手で持ち上げてはポーズをとる豊満な裸体の女性。やや首をかしげているようにも見えます。モチーフとしては豊穣や多産に関連していると考えられるものの、厳密に何を意味するのかは分かっていません。

石器や石斧などの考古学的資料も並んでいます。紀元前2500年頃の「磨製石斧」の原料はイタリアのアルプスのものです。それが500キロ離れたボルドー付近に運ばれました。

都市ボルドーの起源は紀元前1世紀です。ガリア人が街を築き、後に古代ローマの属州として発展します。ワインの生産も1世紀頃から始まりました。


「ボルドー・ワイン用のアンフォラ」 1世紀半ば
テラコッタ アキテーヌ博物館


この時代のボルドーワイン用のアンフォラです。アンフォラとは古代ギリシア、ローマにおいてワインや穀物を運ぶために使われた器。ようは陶製の壺です。取っ手が2つ付いたシンプルなデザイン。実用的な形をしています。

5~6世紀頃の石棺の断片にはギリシャ風の杯とブドウの模様が彫られていました。またブドウはキリスト教では聖餐の象徴としても知られていますが、本作でその意味を持ち得ているかは定かではないそうです。

長い中世においてボルドーは300年に渡ってイギリスの統治を受けます。実際にも14世紀頃のボルドー市の紋章にはイギリス王室の象徴でもある3頭のライオンが刻まれていました。そしてボルドーはイギリスに向けての輸出基地としての地位を確立するとともに、スペインの聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の街としても発展していきます。

日本では見る機会の少ないベルリーニの彫刻がありました。名は「フランソワ・ド・スルディス枢機卿の胸像」。1600年前後にボルドーの大司教を務め、同地にバロック芸術を花開かせたと言われている人物です。物静かながらも、やや上目遣いで睨むような表情からは、どこか力強さも感じられはしないでしょうか。レリーフの細かな紋様も目を奪われました。

ボルドーの黄金期は18世紀です。交易とワイン産業で栄え、都市としてのインフラも整備されます。ガロンヌ川が三日月状に湾曲していることから「月の港」と呼ばれるようになりました。


エール・ラクール(父) 「ボルドーの港と河岸の眺め(シャルトロン河岸とバカラン河岸)」 1804~1806 年
ボルドー美術館


その月の港をダイナミックに描いたのがピエール・ラクール(父)。作品は「ボルドーの港と河岸の眺め」です。横幅3メートル超にも及ぶ大作、港には何艘もの船が浮かんでいます。また岸では荷物を運んだり、小舟を修理、あるいは建造している者の姿も見えます。それに家々のテラスには人の姿も見え、馬に乗って行き交う人々も多い。賑わっています。街の活気が伝わってくるような作品でもあります。

なおキャプションを読んで初めて知りましたが、ここには画帳を持って港の人夫たちをスケッチするボルドー美術館の学芸員の姿が描かれています。やや着飾ったような出で立ちも特徴的です。是非とも会場で探してみて下さい。

静物画に優品がありました。一つは有名なシャルダンの「肉片のある静物」、もう一点はそのシャルダンに影響を受けたアンリ・オラース・ロラン・ド・ラ・ポルトの「ハーディ・ガーディのある静物」です。ラ・ポルトの作品にはそれ以前に亡くなった作曲家、ルメールの楽譜も精緻に描き込まれています。そしてシャルダンの肉片の質感も生々しいもの。ともに見入りました。

それにしてもボルドー展、適切な表現ではないかもしれませんが、こうした絵画に思わぬ掘り出し物が多いのも見逃せません。先にあげたラクールやシャルダン、ラ・ポルトだけでなく、そのほかにもジャン=ジョセフ・タイヤソンの「感情表現のための頭部像」やベンジャミン・ウェストの「花咲くアーモンドの木の枝を見るエレミヤ」も美しい。後者はイギリスの歴史画家です。ウィンザー城内を飾るために描かれました。


ペルジーノ「玉座の聖母子と聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス」 1500~1510年頃
ボルドー美術館


ドラクロワの師であるピエール・ナルシス・ゲランの「フェードルとイポリット」も迫力があるのではないでしょうか。大きく見開いたフェードルの瞳は何やら殺気、あるいは狂気にとらわれているようで恐ろしい。思わず目線を逸らしてしまいそうになります。それにペルジーノの「玉座の聖母子と聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス」も素晴らしいもの。高さ2メートル超の大きな祭壇画です。制作は16世紀初頭、元々はペルージャにありましたが、それをナポレオンが接収、後にボルドー美術館へ移されました。

ルーベンスの「聖ユストゥスの奇跡」が大変な迫真性をもっています。首を切り落されつつも、それを自らの手に持っては立つユストゥス。首の切り口は生々しく、まだ血も滴り落ちています。そしてそれを驚きの形相で見やる人たち。ユストゥスはこの時、9歳だったそうです。直視することすら阻むようなショッキングな光景。残像が激しく頭に焼き付きます。背筋が寒くなるほどでした。

チラシ表紙を飾るのがドラクロワの「ライオン狩り」です。横幅3メートル6センチの大作、1855年のパリ万博のために政府から注文を受けて描かれた作品です。


ウジェーヌ・ドラクロワ「ライオン狩り」 1854~55年
油彩、カンヴァス ボルドー美術館


何やら渾然一体、荒ぶるライオンとサーベルを振りかざしては戦う男たちの姿が描かれていますが、ライオンは男の上にのしかかり、馬にも牙を突きつけています。また一人の男は既に力つきたのか、ひっくり返っているようにも見えます。返り討ちにでもあったのかと思ってしまいました。

もちろん実際はそうではありません。というのも、本作、1870年に火災で上部が損傷、ようはこの作品の上、左のライオンが見やる上の部分にも絵が連続していたのです。

答えとなるのがルドンの「ライオン狩り」、ようは模写です。まだ画学生時代のルドンが火災で損傷を受ける前の「ライオン狩り」を写した一枚、ドラクロワ作の構図を良く伝えています。


オディロン・ルドン「ライオン狩り(ドラクロワ作品に基づく模写)」 1860~70年
油彩、カンヴァス オルセー美術館(寄託)


一目瞭然です。最上段には馬に股がる男がライオンにサーベルを突き刺そうとしています。それに右にももう一人、赤い衣を身につけた男が槍をライオンに向けています。負けているわけではありません。総力戦です。獰猛なライオンとの戦いはまさに今、佳境を迎えていると言っても良いでしょう。壮絶な戦いの様子が後景、山や草地を伴った姿で描かれていました。

ドラクロワは父の仕事の関係から幼少期をボルドーで過ごしました。また同じようにゴヤやブレダン、それにマルケもボルドーと関わりの深い画家です。特にマルケはボルドー生まれ。当地の港を描いた「ボルドーの港」も展示されています。ちなみにマルケは少年期までをボルドーで送りましたが、あまり良い思い出がなかったらしく、パリに出た後は一度しか帰郷しなかったそうです。やや鳥瞰的な構図の「ボルドーの港」も確かにどこか寂し気でもあります。彼の故郷に対する心情が反映していると言えるのかもしれません。


クロード・モネ「ボルドー・ワイン」 1857年
マルモッタン・モネ美術館

 
ラストはワインに関する展示が続きます。19世紀のワインのエチケット、つまりボトルのラベルなどもずらり。またマルタンの「ブドウの収穫の習作」や最初期のモネの珍しいカリカチュア、「ボルドー・ワイン」も興味深いのではないでしょうか。


ジャック・ユスタン陶器製作所「銘々用のワイングラス・クーラー(カルトジオ会修道院セット)」 1745~50年頃
錫釉陶器 ボルドー装飾芸術・デザイン美術館


ともかく盛りだくさんなボルドー展。想像以上に見応えがあります。美術を中心にしながらも、多角的な視点からボルドーの歴史をひも解いていました。

キャプションに仕掛けがありました。ワインのマークです。グラスとぶどうの房が描かれているものがワインに関する展示物です。鑑賞の参考になりました。



館内は意外と盛況でした。9月23日まで開催されています。

「ボルドー展ー美と陶酔の都へ」@bordeaux2015) 国立西洋美術館
会期:6月23日(火)~9月23日(水・祝)
休館:月曜日。但し7月20日、8月10日、9月21日は開館。7月21日は休館。
時間:9:30~17:30 (毎週金曜日は20時まで開館)
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園7-7
交通:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成線京成上野駅下車徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。
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「アール・ヌーヴォーのガラス展」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「アール・ヌーヴォーのガラス展」
7/4~9/6



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「アール・ヌーヴォーのガラス展」を見て来ました。

ヨーロッパ随一のガラスコレクションを誇るドイツのデュッセルドルフ美術館。そのガラス作品が日本でまとめて公開されるのは初めてのことだそうです。

出品は135点。実のところかなりあります。そして必ずしも広いとは言えないパナソニックのスペースです。所狭しと作品が並んでいました。


「象の頭の飾付花器」 1883~1885年頃
デザインおよび制作:不詳 販売:パニエ兄弟商会エスカリエ・ド・クリスタル、パリ
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


始まりはパリです。ジャポニスムを反映しています。例えば「象の頭の飾付花器」、文字通り上部には象の鼻を象ったような取っ手が付いていますが、下部には何と北斎の木版画から引用された布袋図がほぼ丸々描かれているのです。


「台付蓋付花器」 1885~1889年頃
デザイン:ウジェーヌ・ルソー、パリ 制作:アペール兄弟、クリシィ 台と蓋:パニエ兄弟商会エスカリエ・ド・クリスタル、パリ 
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


ウジェーヌ・ルソーのデザインによる「台付蓋付花器」はどうでしょうか。台と蓋には荒々しき波飛沫が象られ、中央には大きな鯉がまさに滝登りさながらに彫られています。装飾は浮き彫りです。鯉はやはり北斎の木版に倣ったものとも言われています。このようにルソーは北斎漫画を「発見」したフェリックス・ブラックモンと協同し、ほぼ日本の木版を元にした陶器セットを生み出しました。

ガレは50点ほど出ています。ガレが活動したのは、フランス北東部のナンシーを中心にするアルザス=ロレーヌ地方。元々、手工業が盛んで、鉱物資源にも恵まれていたことから、ガラス制作に適していたそうです。


「筒型花器」 1895年頃
エミール・ガレ、ナンシー 制作:ブルグン、シュヴェーラー商会、マイゼンタール
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


透明感のあるブルーが目に染みます。「筒型花器」です。花はハーブの一種、ヤネバンダイソウを描いたもの。浅い浮き彫りでクリアに浮かび上がってきます。


「台付鉢」 1903年頃
エミール・ガレ、ナンシー 
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


「台付鉢」にも目を奪われました。無色のガラスに黄色のガラスを引き伸ばし、さらに赤色ガラスを付着させたという作品です。色がマーブル、大理石の模様のように変化していますが、実は本作、一部ではキャベツの葉と呼ばれていたこともあったそうです。確かに半円状にうねりのある造形はキャベツのようにも見えなくありません。


「銀飾金具付花器(オダマキ)」 1898~1900年頃
ドーム兄弟、ナンシー 
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


同じくナンシーで活動したドーム兄弟も優品揃いです。例えば「銀飾金具付花器(オダマキ)」、うっすら紫色を帯びた表面には三輪のオダマキの花や蕾があしらわれています。そして器の下にはとぐろを巻く蛇の姿が見えました。銀製の彫刻です。アール・ヌーヴォーのガラス器には植物だけではなく、こうした小さな生き物がたくさん登場します。


「花器(ブドウとカタツムリ)」 1904年
ドーム兄弟、ナンシー アンリ・ベルジェ(ナンシー)のデザインに基づく
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Walter Klein


カタツムリもいました。ドーム兄弟の「花器(ブドウとカタツムリ)」です。リエージュで行われた万国博覧会のために制作された器、ともかく鮮烈なオレンジから深い青、そして生々しい白を混ぜ合わせたような色彩感覚に目を引かれますが、確かに両側にカタツムリが這っています。大変にデコラティブです。

ちなみに今回のガラス器はいずれもドイツの実業家であるゲルダ・ケプフ夫人が1960年頃に集めたもの。その後、1998年にデュッセルドルフ美術館へ寄贈されたコレクションです。

元々、彼女はプライベートな室内を飾るためにガラス器を収集していました。ゆえにコレクションからはケプフ夫人の審美眼、つまりコレクターとしての視点を伺い知れるとも言えるのではないでしょうか。どちらかとすれば過度に華美ではない、やや穏やかな表情の作品が多いかもしれません。

さすがに脆いガラス器ということだけあり、露出展示はありませんでしたが、照明に一部仕掛けがありました。というのも幾つかの作品の照度を変えることによって、一つのガラス器から異なる光や色を引き出しているのです。


「花器(スイセン)」1897年
ドーム兄弟、ナンシー デザイン:エドモン・ラシュナル、パリ 
デュッセルドルフ美術館
©Museum Kunstpalast, Dusseldorf, Foto:Studio Fuis-ARTOTHEK


ガラスの小宇宙で花開いたアール・ヌーヴォーの装飾芸術。効果的な展示です。その多彩な魅力を味わうことが出来ました。

9月6日まで開催されています。

「アール・ヌーヴォーのガラス展」 パナソニック汐留ミュージアム
会期:7月4日(土)~9月6日(日)
休館:水曜日。及びお盆休み(8/10~14)。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般1000円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。
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「キネティック・アート展」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「動く、光る、目がまわる!キネティック・アート」
7/4-9/6



埼玉県立近代美術館で開催中の「動く、光る、目がまわる!キネティック・アート」を見てきました。

1950年代後半から1960年代にかけて、イタリアをはじめとするヨーロッパ各地で盛んになったキネティック・アート。キネの語源はギリシャ語の「動く」です。つまり「動く芸術」と訳すことも出来ます。

第二次大戦後、科学の発展とともに、いわゆる芸術にテクノロジーを取り入れようとした人たちがいました。彼らは時に企業と連携し、工業技術を利用して「動く作品」を作り出します。デザイナーや建築家との恊働もあったそうです。またイタリアだけではなく、フランスやドイツ、そしてアメリカへと広がりを見せます。多国籍に展開しました。

そのキネティック・アートを紹介する展覧会です。出品は約90点。ほぼ全てがイタリアに所蔵された作品です。

さて聞き慣れないキネティックという言葉、さも作品も難解なのかと思ってしまうかもしれませんが、実際にはそうでもありませんでした。(一部作品を除き、館内の撮影が出来ました。)

そこでキーワードになるのがタイトルの「動く、光る、目がまわる!」です。つまり機械仕掛けで動き、また光り、見ていて目が回ってしまうものばかり。感覚的に楽しめるものが少なくありません。実際にキネティックアートは、作り手の作家が自己を表現することよりも、受け手の知覚をいかに刺激することに主眼が置かれています。つまり主役は観客の側にあるわけです。


ジョヴァンニ・アンチェスキ「円筒の仮想構造」 1963年 鉄筋棒、電機仕掛の動き

ジョヴァンニ・アンチェスキの「円筒の仮想構造」はどうでしょうか。何やら難しい名前がついていますが、機構は至ってシンプル。スイッチを入れると18本の垂直の棒が一斉にクルクルと回転します。その結果、棒が連続することで円筒に見えてくるという作品です。


ジュリオ・ル・パルク「赤い横縞柄の曲技的な形」 1968年 金属、印刷した紙、電気モーター

ジュリオ・ル・パルクの「赤い横縞柄の曲技的な形」も同じく可動式です。赤い縞模様の箱に銀色の紙がセットされていますが、スイッチを入れると紙が動きます。すると光の反射なり模様が変化して見えます。ただし動きはあくまでもゆっくりです。ゆっくり、じっくりと景色が変わります。

このゆっくりというのもポイントかもしれません。というのも単に作品が動くとは言え、既に制作されてから60年も経過しています。モーターなどの老朽化もあるのでしょうか。妙に動きが遅かったりすることも少なくありません。もちろん当時としては先端の技術だったのかもしれませんが、今見れば微笑ましいくらいに懐かしいもの。言ってしまえばデジタルではなくアナログ、ようはレトロなのです。

機械で作品が動くのではなく、観客自身も動く必要があります。例えばエドアルド・ランディの「反射映像 球体バリエーション」ですが、半球の中に色とりどりの厚紙がぶら下がっていることが分かります。これのどこが「動く芸術」なのか。初めはにわかに分かりませんでした。


エドアルド・ランディ「反射映像 球体ヴァリエーリョン」 1967-69年 着色した木、クロームメッキした鋼鉄の半球、蛍光色にシルクスクリーン刷した四角い厚紙

答えは団扇です。何と団扇で風を送ると、その厚紙が揺れて、半球の中に映り込むというもの。もちろん会場にはご丁寧に団扇まで準備されています。なお息を吹きかけると故障する可能性があるそうです。やめておきましょう。


トーニ・コスタ「交錯」 1967年 ポリ塩化ビニルのレリーフ、板

トーニ・コスタ「交錯」も動きません。縦に連なる青と白のライン、ビニールのレリーフで出来ていますが、単に静止して見ていても動くわけもありません。つまり自分の立ち位置を変える必要があるわけです。右から左からと覗き込むと、確かに青と白のラインが動いているように見えました。


右:ジョエル・スタイン「青と赤の大きな円筒」 1973年 アクリル、カンヴァス

こうした目の錯覚を利用した作品が目立ちます。一般的な絵画を鑑賞する際にも視点を変えることが少なくありませんが、このキネティックアート展はさらに動かなくてはなりません。右から左から、下から、あるいは少し後ろからと場所を変えてみましょう。すると作品の表情が変化します。それが「動き芸術」の面白さの一つでもあるわけです。


アルベルト・ビアージ「傾斜した動力学」 1965年 ポリ塩化ビニルのレリーフ、板

さらにもう一つ興味深いポイントがあります。それは手仕事です。例えば先のコスタの「交錯」でも、ビニールのレリーフが実に細かに敷き詰められていることが分かります。ほかにもテンペラの技法やゴム紐を用いたもの、またアルミ板を驚くほど精緻に削って紋様を出したものなど、まるで熟練した職人の技を見るかのような作品が少なくありません。

レトロ、工芸的味わいなど、いわゆるテクノロジー云々から離れたところにも魅力のあるキネティックアート。骨董品を愛でている感覚に近いものがあるでしょうか。スイッチを入れて一生懸命にカタカタ、ギコギコと動く作品を見ていると、ついつい微笑ましく思えてしまいます。


ダヴィデ・ボリアーニ「全色彩 no.6」 1967-76年 ミクストメディア、電気モーター

光る作品はどうでしょうか。ダヴィデ・ボリアーニの「全色彩 No.6」です。スイッチを入れるとご覧の通り、箱の中が色とりどりに点灯します。ただ仕組みは謎めいています。箱にカラーのテープが貼られているわけでもなく、そもそも光源が何処にあるのすら見当たりません、実際にも作品の機構はよく分かっていないそうです。


グラツィア・ヴァリスコ「可変的な発光の図面 ロトヴォド+Q」 1963年 透明アクリル樹脂、木、電灯、電気モーター

グラツィア・ヴァリスコの「可変的な発光の図面 ロトヴォド+Q」も目を引きました。青い光が球体を構成しています。それがにょろにょろと動きます。もちろん青色LEDなどはあるはずもありません。それでも光は際立って輝いています。


左手前:ブルーノ・ムナーリ「旅行用彫刻」 1958年 洋梨の木、布粘着テープ

キネティックアートは欧米諸国で展開しましたが、それぞれの地域でグループが形成されるなど、活動は幅広い諸相を見せていました。うちイタリアではデザイナーとしても知られるブルーノ・ムナーリが一定の役割を果たします。そのほか、パーフォーマンスやインスタレーション的な展開もあったそうです。またキネティックアートは当時、一般の間でも人気を博しました。当時の様子は写真パネルによって知ることも出来ます。


「キネティック・アート」展会場パネル

本展は昨年4月より国内4会場を巡っている巡回展です。既に先行して山梨、東京、広島の各地で開催されました。ようはこの埼玉展が最後の会場でもあります。

実は私も一度、損保ジャパン東郷青児美術館で同展を観覧しました。基本的に出品作は同じです。ただ不思議とかなり印象が変わって見えました。


「キネティック・アート」展会場風景

というのもまず会場自体が広いのです。ゆえに作品の配置に余裕があります。さらに照明や構成などにも工夫がありました。率直に申し上げてこの埼玉展の方が断然に良く見えました。

よって一度、東京で見たという方もまた楽しめるのではないでしょうか。もちろん同展のチケットでMOMASコレクション(常設展)もあわせて観覧することが出来ます。

MOMASコレクション 第1期:4月11日(土)~7月12日(日)
MOMASコレクション 第2期:7月18日(土)~10月4日(日)

ちなみに7月18日からの第2期では、定評のある近代絵画や彫刻をはじめ、新寄贈品を含む小島喜八郎の絵画、さらには「さいきんのたまもの」と題し、近年、新たにコレクションに加わった作品などが展示されるそうです。



最後にお得な「夏割」の情報です。キネティック・アート展期間中、一般、大高生が中学生以下と一緒に来場すると、入館料が200円引になります。また中学生以下は無料です。家族揃っての夏休みのお出かけにも重宝しそうです。


レストラン「ペペロネ」キネティックアート展特別メニュー

館内レストラン「ペペロネ」のキネティックアート展特別メニューも美味でした。スイーツを含み、作品のモチーフに因んだ全部が4種類のメニューが販売されています。

「レストランペペロネ美術館」@埼玉県立近代美術館 *ディナータイムは17:30~21:30

ちなみにペペロネは4月に美術館が改装されて以降、夜のディナータイムの営業もはじめたそうです。(実は今回初めて知りました。)また現在、8月20日まで「森のビアガーデン」も開催中。よく考えればビアガーデンのある美術館のレストランなどあまりありません。北浦和公園の新緑に囲まれてのビアガーデン。この日は雨天のために諦めましたが、気持ち良くビールをいただけるのではないでしょうか。


「キネティック・アート」展会場風景

9月6日まで開催されています。これはおすすめします。

「動く、光る、目がまわる!キネティック・アート」 埼玉県立近代美術館@momas_kouhou
会期:7月4日(土)~9月6日(日)
休館:月曜日。但し7月20日は開館。
時間:10:00~17:30 入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円 、大高生800(640)円、中学生以下は無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *MOMASコレクションも観覧可。
 *夏割:一般、大高生が中学生以下の子どもと観覧すると200円引。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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