「永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」 市川市文学ミュージアム

市川市文学ミュージアム
「永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」
7/20-10/14



市川市文学ミュージアムで開催中の「永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」へ行ってきました。

小説、随筆、日記文学などに大きな業績を残した永井荷風。彼は第二次大戦後に市川へと移住。その後も13年ほど住み続け、同市八幡にて生涯を閉じました。



そうした荷風の足跡を日記「断腸亭日乗」と、蔵書、日用品、また文具などの「遺品」で辿る展覧会が、市文学ミュージアムにて開催されています。

まずは断腸亭日乗から。これは言うまでもなく荷風が大正6年から死の前日(昭和34年4月29日)まで日常の出来事を綴ったもので、その日の天気や食事などともに、時に批判的な眼差しをもって、当時の世相や風俗、文化などについて記しています。

会場では原本、ノート、手帳などを数点紹介(会期中展示替えあり)。それまで使っていた紙が終戦直後の物資不足でなくなってしまったというエピソードも。またテキストだけではなく、例えば家の見取り図や街ゆく女性の髪型などを描いたスケッチも残しています。

「摘録 断腸亭日乗〈上〉/永井荷風/岩波文庫」

続いては荷風の著作がずらり。自著を遺品としては60点ほど残した荷風。「問はずがたり」では装丁にも注目。手がけたのは川端龍子です。

それに自筆の色紙や掛け軸画も2~3点ほど。色紙に描かれた抱一風の草花図が軽妙です。「うぐいすや 障子にうつる 水の紋」の句が記されていました。

また軸画では「ワイン昼食の図」が佳作。ワインボトルを画面の右手に描き、おつまみなのかトマトの切れ端が三枚。グラスにはワインも注がれています。どことなく清涼感を覚える作品でした。

さて荷風の人となりや交遊を知るのに面白いのは書簡です。ここには谷崎から荷風に当てられた葉書も。ちなみに谷崎、荷風が非常に評価したことも由縁もあって、作家としての歩みを固めたとか。またその谷崎から同じく贈られ、荷風が終生大切に使用していたという印章「断腸亭」も。二人の交流を伺わせます。



そして何よりも荷風の息遣いを感じられるのは遺品です。釜に茶碗、櫛から帽子に靴、また時計に眼鏡、さらにはシガレットケースなど、その数20点弱。さりげなく出ていた湯呑は富本憲吉の作というから驚きです。また甘いものの大好きな荷風、大きな砂糖壺を離さなかったとか。それに荷風のかけている眼鏡も。丸ぶち2個、角ぶち1個の眼鏡を愛用していました。



なお会場内には終の住処となった市川市八幡の6畳間の書斎を一部再現したコーナーも。本棚には荷風の蔵書がずらり。ちなみに遺品として残された蔵書は全部で520冊。うち三分の一がフランス語の著作だったそうです。

さらに荷風の葬儀を8ミリで捉えた珍しい映像も公開。会場はともかく手狭、展示も小品がメインです。遠方からわざわざとまではいかないかもしれませんが、一部新出の資料もあり、コンパクトながらも、よくまとまった展覧会だと感心しました。

さて最後にこの文学ミュージアムについて触れておきます。同ミュージアムは市川にゆかりのある文学者や映像作家、写真家などの資料を展示、また収集保存するための施設。つい先日の7月20日に開館しました。つまり永井荷風展はオープニングを飾る企画展というわけです。


市川市文学ミュージアム(通常展示フロア)をのぞむ *内部は撮影出来ません

会場は企画展示室(荷風展)と通常展示フロアの2部構成。企画フロアのみ有料です。そして通常展示フロアでは映画、演劇、小説、詩歌、文芸の5つのテーマに分けて市川ゆかりの作家を紹介。映画の水木洋子、演劇の井上ひさし、詩の宗左近、また放送作家の小島貞二、そして小説の永井荷風などの名が。タッチパネル方式の大型スクリーンを操作しながら、作家に関する写真や映像資料を閲覧することが出来ます。

これが思いの外にシンプル。凝った作りではありませんが、感覚的に市川ゆかりの作家の業績を知るのにはちょうど良いのかもしれません。

「文豪永井荷風ー人生の旅路/壬生篤/徳間書店」

場所はJR総武線・都営新宿線本八幡駅より徒歩15分ほどの生涯学習センター「メディアパーク市川」(1階は市立図書館です。)の2階。駅からやや距離がありますが、駅北口ロータリーと隣接のショッピングセンター(コルトンプラザ)を行き来するシャトルバスがあります。こちらは無料です。

ミュージアムのフロアにロッカーがありませんでしたが、一つ上の3階の文学ミュージアム資料室前には設置されていました。なお資料室では市川に関する作家の様々な資料を閲覧出来ます。(複写やレファレンスも。)

[関連イベント]
・川本三郎氏講演会(評論家)「荷風をめぐる女性たち」
 9月7日(土)午後2時/グリーンスタジオ/定員220人/申し込み8月6日(火)必着

・はこ崎博生氏講演会(葛飾八幡宮宮司)「父はこ先鴻東(こうとう)と荷風の交友」
 8月7日(水)/午後2時/ベルホール/定員46人/申し込み7月24日(水)必着

・映画上映「墨東綺譚(ぼくとうきたん)」(1960年120分)
 7月28日(日)午後2時/グリーンスタジオ/定員220人/申し込み7月17日(水)必着

・ギャラリー・トーク(文学ミュージアム学芸員によるギャラリー・トーク)
 8月1日(木)午後2時/申し込み不要


市川市生涯学習センター「メディアパーク市川」

市内散策とあわせて出かけるのも良いかもしれません。(いちかわ観光MAP)10月14日まで開催されています。

「永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」 市川市文学ミュージアム
会期:7月20日(土)~10月14日(月・祝)
休館:月曜日。但し7/15は開館。
料金:一般400(320)円、65歳以上320円、高校・大学生200(160)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
時間:10:00~19:30(平日)、10:00~18:00(土日祝)。最終入場は閉館の30分前まで
住所:千葉県市川市鬼高1-1-4 市川市生涯学習センター2階
交通:JR線・都営新宿線本八幡駅より徒歩15分。京成線鬼越駅より徒歩10分。
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「日本美術をめぐる旅」 pen

雑誌「pen」8/1号、特集「日本美術をめぐる旅」を読んでみました。


「Pen (ペン) 2013/8/1号/日本美術をめぐる旅。/阪急コミュニケーションズ」

「日本という国土に、美という概念が生まれたのは一体いつのころだろう。」

という書き出しからはじまるpenの日本美術特集。当然ながら写真や図版もふんだん。多様な日本美術を専門家の「案内人」が紹介していくという企画。いつもながらに見て読ませる内容でした。



切り口は「水墨画」、「障壁画・絵巻」、「茶の湯」、「仏画」、「建築・庭」、「伊藤若冲」、「縄文美術」の7点。それぞれを各専門家のガイド、テキストを頼りに、美術館や名刹、そして作品をピックアップしながら、その魅力を探るものとなっていました。

「水墨画」 板倉聖哲(東京大学文化研究所教授)
「障壁画・絵巻」 山口晃(画家)
「茶の湯」 木村宗慎(茶人)
「仏画」 横尾忠則(美術家)
「建築・庭」 藤森照信(建築家)
「伊藤若冲」 辻惟雄(MIHO MUSEUM館長)
「縄文美術」 石倉敏明(秋田公立美術大学講師)


では早速、中身を簡単に追っていきましょう。まずはお馴染みの山口晃さんから。



取り上げるのは障壁画に絵巻。ここではモチーフ云々よりもまず障壁、襖絵などの空間構成に注目。西本願寺の白書院における類い稀な奥行きへの志向を看破。さらには一見、目立たない「竹檜の間」の障壁の金の蒔き方に目を向け、描かれた竹と金との対比を。これまた奥行きを生み出していることについて触れています。



そして絵巻ではかの有名な舟木本の「洛中洛外図屏風」。ここでも画面に広がる金の雲に注目。特に舟木本は雲が建物の邪魔をしていないと指摘した上、その下に街がある感覚をうまく表していると述べています。

また絵巻では「松姫物語絵巻」の「下手の魅力」について言及。「巧まざる部分に関しての感性が日本にはある。」という突っ込みも。単なるヘタウマではない新たな絵巻の面白さを提示しています。

山口さんで長くなりました。続いて面白いのは横尾忠則の仏画。実は横尾氏、禅寺で修行経験を1年ほど積むなど、禅に造形が深いとか。教えを視覚的にも伝える仏画の数々。それを「絵の力」というキーワードで解説しています。



注目は縄文です。ここでは人類学者の石倉敏明氏が「縄文とは、時の古さとは裏腹に今まさに新しく発見されている美といえるのではないか。」という言葉を。土偶の魅力について切々と説いています。



こうした水墨に仏画といった括りに対して、単独の画家で取り上げられているのは伊藤若冲。ガイドはお馴染みの辻先生です。ちょうど7月27日(土)から福島へ巡回するプライスコレクション展にあわせてか、例の升目屏風「鳥獣花木図屏風」が。その他には鹿苑寺の障壁画や石峰寺の石仏についての記事もありました。



とじ込み付録では「三大博物館の至宝」と題し、東博、京博、奈良博のコレクションを紹介。ごく簡単な解説と図版による構成ですが、次の出展期間について触れているのが嬉しいところ。それによると抱一の「夏秋草図屏風」は9/18から東博で展示されるとか。これは楽しみです!

「日本美術をめぐる旅」特集、ちら見せします!@Pen

またPenで有り難いのは価格が安いこと。600円です。テキスト量が意外と多く、時間をかけて楽しむことが出来ます。

なお8/1発売予定の「BRUTUS」最新号でも日本美術を取り上げるとか。こちらも追っかけたいものです。

「Pen (ペン) 2013/8/1号/日本美術をめぐる旅。/阪急コミュニケーションズ」

雑誌「Pen」8/1号(7/16発売済)、「日本美術をめぐる旅」。まずは書店にてご覧ください。

「日本美術をめぐる旅」 Pen (ペン)
内容:日本美術をめぐる旅。日本という国土に、美という概念が生まれたのは一体いつのことだろう。紀元前1万5000年前にまでさかのぼるという縄文時代には、既に美しい紋様が生みだされ、人々の暮らしのなかに息づいていた。(略)そこでPenは、全国各地に散らばるさまざまな名勝や作品を、エキスパートの解説のもと取材。さあ、未知なる日本美術の旅へ出かけよう。
価格:600円(+税)
刊行:7/16発売(8/1号)
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「コレクション展 色を見る、色を楽しむ。」 ブリヂストン美術館

ブリヂストン美術館
「色を見る、色を楽しむ。ールドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』…」
6/22-9/18



ブリヂストン美術館で開催中のコレクション展、「色を見る、色を楽しむ。ールドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』…」へ行ってきました。

お馴染みの充実した印象派絵画に日本近代洋画、また戦後抽象絵画でも知られるブリヂストン美術館。今、そのコレクションを「色」をキーワードに俯瞰する展覧会が開かれています。

絵画表現における様々な色。確かに絵画に向き合う上ではモチーフ、形と並んで、意識しないことはありません。例えば黄色。レンブラントの「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」。ここでも黄色の明かりが闇夜を照らし、画家一流の明暗のコントラストを描いています。


レンブラント・ファン・レイン「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」1626-28年

この黄色の顔料とは。鉛と錫の化合物であるレッドチンイエローです。14~17世紀に多用されたものの、18世紀以降になるとなくなり、代わってネープレスイエローと呼ばれる顔料が利用されるようになりました。


ピエール=オーギュスト・ルノワール「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」1876年

また印象派絵画において色はどうなのか。例えば影の表現。それまでは黒が殆どでしたが、印象派では青や紫、時に緑色をあわせて巧みな色彩表現を。ルノワールの「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」でも椅子の背もたれには青い影が映っています。なおこの青い影は当時の批評家たちに大いに批判されました。


エドガー・ドガ「レオポール・ルヴェールの肖像」1874年頃

さらにファッションと色との関係。これも印象派から。印象派絵画には黒い服をまとう人物が多く登場しますが、この要因に19世紀は黒や灰色の衣服が好まれたということ。シルクハットに燕尾服の出立ち。ドガの「レオポール・ルヴェールの肖像」の男性も一例。当時の流行の反映であるわけです。(ちなみに18世紀の衣服は華やかな色や刺繍が好まれたそうです。)

展示ではこのようにコレクション作品を色から分析。ちなみに色に関するエピソードはキャプションで紹介。これがかなり丁寧。読ませます。


アンリ・マティス「X ピエロの葬式『ジャズ』より」1947年

なお本展ではマティスの挿絵本「ジャズ」の版画をまとめて展示。色が躍動感を持つ姿。20点ほど並ぶ様はさすがに壮観です。


オディロン・ルドン「夢想(わが友アルマン・クラヴォーの想い出に)3 うつろいやすい光、無限に吊されたひとつの頭」1891年

また新収蔵のルドンのリトグラフ集「夢想」も公開。あらゆる色の中で一番本質的な色が黒だとしたルドン。半ば見慣れた絵画を一つの視点、色に着目して見ること。その体験は思いの外に新鮮でした。

ところで感想が遅れてしまいましたが、実はこの展示、思うことがあって会期初日に行きました。そしてその理由はザオ・ウーキー。実は「色を見る、色を楽しむ。」展、併設として「追悼 ザオ・ウーキー」と題し、今年4月に逝去したザオの作品を9点ほど展示しているのです。



ザオの色に波にのまれる瞬間。彼も言わばカラリストなのかもしれません。ザオはちょうど私が絵画を見始めた頃に好きになった画家の一人でもあります。久しぶりに作品を前にして感動を新たにしました。

なお同館の館長ブログには「ザオの回顧展を将来開きたい。」との記載が。歓迎です。大いに期待しましょう!

「館長ブログ:追悼 ザオ・ウーキー」@ブリヂストン美術館

9月18日まで開催されています。

「色を見る、色を楽しむ。ールドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』…」 ブリヂストン美術館
会期:6月22日(土)~9月18日(水)
時間:10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで)*入館は閉館の30分前まで
休館:月曜日。(祝日の場合は開館)
料金:一般800(600)円、65歳以上600(500)円、大学・高校生500(400)円、中学生以下無料。
 *( )内は15名以上の団体割引。
住所:中央区京橋1-10-1
交通:JR線東京駅八重洲中央口徒歩5分。東京メトロ銀座線京橋駅6番出口徒歩5分。東京メトロ銀座線・東西線、都営浅草線日本橋駅B1出口徒歩5分。
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「モチーフで読む美術史」 ちくま文庫

「欲望の美術史」に続き、宮下規久朗先生の新聞連載が書籍化されました。ちくま文庫の「モチーフで読む美術史」を読んでみました。


「モチーフで読む美術史/宮下規久朗/ちくま文庫」

さて西洋絵画におけるモチーフやアイテムの意味については、以前に拙ブログでも紹介した「アイテムで読み解く西洋名画」をオススメしたいところですが、本書に関しては西洋にとどまらず、日本や東洋、さらには現代美術にまで言及し、文化論として読み応えがあるのもポイントかもしれません。

ではまず扱われているモチーフから。その数は全66点。犬や鶏などの動物にはじまり、パンやチーズなどの食べ物、そして薔薇から月や星に雷、さらには鉄道や端、また性愛や夢といった素材も。具体的なものから観念的なものへ。非常に多岐に渡るモチーフが引用されています。


牧谿「観音猿鶴図」13世紀後半 京都、大徳寺

早速、東西比較で興味深いところを。例えば冒頭の「猿」。西洋では異端や淫欲などの邪悪的な意味が。翻って日本ではどうなのか。それこそ等伯の猿しかり、決して陥れるような主題ではありません。よく知られた森派の猿など、猿自体の習性や仕草をよく観察して描いた作品が残されています。

西と東で特に対照的なのは「竜」。西洋ではしばしば蛇と混同され、悪魔や異端の意味が。一方で東洋では特に中国が皇帝のシンボルとして扱うなど、神聖な動物と見なされています。また日本でも蛇神信仰などと融合して雨の神様として崇められました。


カラヴァッジョ「蛇の聖母」1605-06年 ローマ、ボルゲーゼ美術館

ちなみに今、引用した「蛇」、確かに西洋では否定的なモチーフとして知られていますが、それはキリスト教の価値に由来するもの。例の原罪のモチーフです。よってキリスト教以前の西洋では時に良い意味も持ち合わせ、例えば雨の象徴として祭儀に用いられたとか。また医術の神の持つ杖に絡むような賢い動物である、といった表現も残されているそうです。


高橋由一「鮭」1877年頃 東京藝術大学大学美術館

また面白いのが「鮭」。高橋由一の鮭を引用していますが、これは贈答用として描かれたもの。論はそこから西洋の静物画へと展開。そもそも静物画もクセニアと呼ばれる贈答用の食材を描いた絵画から発生したジャンルだとか。これは知りませんでした。

なお食の観点から言えば「肉」と「魚」についても言及。魚を描いた作品は日本でも多数ありますが、肉のみを捉えたものはあまりありません。一方で西洋では肉の塊を描いた静物もいくつか。単独のモチーフとして確立しますが、元来は肉を物質的な欲望を示す否定的なモチーフとして位置づけていたのだそうです。


「柳橋水車図屏風」17世紀 滋賀、MIHO MUSEUM

章が進むにつれて西洋画の引用が多くなりますが、それでも例えば「橋」で再び日本美術に言及。キーワードは彼岸への道です。しかしながら西洋では「梯子」や「虹」は多く登場するものの、「橋」に象徴的な意味を与えることはありません。何故なのでしょうか。

さらに「分かれ道」では西洋のヘラクレスの主題を引用するともに、日本の画家、北脇昇の「クオ・ヴァディス」についても。私も近美で何度か目にしたことのある作品。道をどちらに進むべきか。どことない迷いの気持ちを感じます。

このペースであげていくとキリがありませんが、「ジャガイモ」の項では北朝鮮の画家、キム・ソンリョンの作品も。幅広い視点が論を深めています。

モチーフに派生する美術表現の東西文化比較論。その観点からも注目すべき一冊ではないかと思いました。

「モチーフで読む美術史/宮下規久朗/ちくま文庫」

まずは書店にてご覧ください。

「モチーフで読む美術史」 ちくま文庫
内容:絵画に描かれた代表的な「モチーフ」を手掛かりに美術を読み解く、画期的な名画鑑賞の入門書。カラー図版150点を収録した文庫オリジナル。
著者:宮下規久朗。1963年愛知県生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科准教授。
価格:840円(+税)
刊行:2013年7月
仕様:272頁
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「欲望の美術史」(光文社新書)

産経新聞夕刊に連載された宮下規久朗先生の「欲望の美術史」のエッセイシリーズ。その記事を加筆修正、新たに書き下ろしを加えての新書版です。光文社より刊行されています。


「欲望の美術史/宮下規久朗/光文社新書」

テーマは言うまでもなく美術と欲望。「そもそも美術というものは、純粋に美を求める気持ちから作られ、鑑賞されたものばかりではない。」とはまえがきの一節です。美術を生み出す力、また求める時の欲望を多面的にピックアップする。古今東西の作品を引用し、「人間の様々な欲望を映し出す鏡」(p.22より引用)としての美術の諸相を抉り出しています。

[目次]
まえがき
第一章 欲望とモラル
第二章 美術の原点
第三章 自己と他者
第四章 信仰、破壊、創造
あとがき



エル・グレコ「聖衣剥奪」1579年 スペイン、トレド大聖堂

さて冒頭では食欲や愛欲、それに金銭欲など、半ば誰もが持ち得る欲望から美術作品を挙げていますが、実に具体的な例を引き寄せているのも興味深いポイントです。例えばグレコ。デビュー作の「聖衣剥奪」ではマリアの描写が不適切として注文主の大聖堂からクレームが付いてしまいます。そのため一度は低い報酬しか受け取れませんでしたが、グレコは果敢にも訴訟を起こし、結果的に高い金額を受け取ることに成功しました。

また日本にも目を向けているのも特徴です。明治時代、内国勧業博覧会に出品された暁斎の水墨が高過ぎるとして評判になったエピソードなどを紹介しています。


リチャード・ダッド「お伽の樵の入神の一撃」1864年 ロンドン、テート・ブリテン

また美術の原点における欲望にも論考がありました。その一つが「空間恐怖」です。人にはやむにまれぬ装飾への要求があり、それが表れることで美術になる。ほかにも古代ギリシャの壺やケルトの装飾写本、それにイギリスのヴィクトリア朝の室内装飾などの例が挙げられています。

さらに面白いのが、何かを埋め尽くそうとする「空間恐怖」に対して反発する在り方もあるというものです。いわゆる日本の『余白の美』も一例ですが、さらに筆者はアメリカのミニマルアートについても言及します。ミニマルの表現は当時、席巻していた、作家の熱い感情などの充満する抽象表現に対しての反発、言い換えれば一つの禁欲の表れだとも指摘しているのです。


黒鳥観音(山形県東根市)の内部

山形の村山地方に伝わるムカサリ絵馬も興味深いのではないでしょうか。若くして亡くなった子が幻の配偶者と結婚式を挙げているシーンを描いて奉納するという絵馬。鎮魂のために表される婚礼です。その何とも言い難い雰囲気。複雑な死生観が示されています。

ラストには何かとタブー視されがちな戦争画から、昨年、高知での展覧会が話題となった絵金へ。扱っている作品も必ずしも『美術作品』と呼ばれるものにとどまりません。

「欲望の美術史/宮下規久朗/光文社新書」

エッセイという軽妙な語り口ながらも、美術の裏側を鋭く考察した一冊。図版も全てカラーです。一気に読むことが出来ました。

「モチーフで読む美術史/宮下規久朗/ちくま文庫」

なお宮下先生、ちくま文庫からも新刊を出されました。そちらも追って読み、またご紹介したいと思います。

「オールカラー版 欲望の美術史」 光文社新書
内容:美術を生み出し、求めるときの様々な欲望に光を当て、美術というものをいろいろな観点から眺めたエッセイ。世界的な名作から、通常は美術とは目されない特殊なものまで様々な作品を扱い、四つの観点から、「美が生まれる瞬間」を探る。
著者:宮下規久朗。1963年愛知県生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科准教授。
価格:920円(+税)
刊行:2013年5月
仕様:79頁
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市川市文学ミュージアムが開館します

古くは小説の永井荷風や幸田露伴、また映画の水木洋子や演劇の井上ひさしなど、様々な作家が拠点を置いて活動した千葉県市川市。



その市川ゆかりの作家を紹介する「市川市文学ミュージアム」が、7月20日(土)、市川市生涯学習センター内にオープンします。

「市川市文学ミュージアム」開館について@市川市

会場は「通常展示フロア」と「企画展示室」、及び「資料室」の三部構成。「通常展示フロア」では市川ゆかりの作家を資料や写真、映像を使って紹介。ジャンルは映画、演劇、小説、詩歌、文芸の5つ。また「映画」と「小説」では、タッチパネルを利用して資料などを見ることが出来るとか。直感的に楽しめるように工夫されます。

一方の「企画展示室」は言うまでもなく企画展示スペース。オープニングを飾るのは1946年から亡くなるまで市川に在住した永井荷風の特別展です。こちらについては後ちほど改めて。

また「資料室」には市川に因んだ文学や映像に関する書籍や雑誌が集められているとか。閲覧の他、複写、レファレンスにも対応します。

さて先に触れたオープニングの「永井荷風展」。情報を整理しておきましょう。


「開館記念特別展 永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」@市川市文学ミュージアム 7/20~10/14

[概要]文豪・永井荷風は昭和21年から34年までを市川で過ごし、市川を終焉の地としました。荷風の日記「断腸亭日乗」を、永井家に遺された荷風の遺品とともにたどり、荷風の生活とその人となりを紹介します。
本展では、「断腸亭日乗」の記述と、それに対応する「遺品」を結びつけながら紹介することにより、「断腸亭日乗」の魅力を伝えていきます。
なお、今回、荷風が間借りしたフランス文学者・小西茂也が書いた荷風に関するメモのほか、荷風の葬儀映像(葛飾八幡宮所蔵)を初めて展示します。

[関連イベント]
・川本三郎氏講演会(評論家)「荷風をめぐる女性たち」
 9月7日(土)午後2時/グリーンスタジオ/定員220人/申し込み8月6日(火)必着

・はこ崎博生氏講演会(葛飾八幡宮宮司)「父はこ先鴻東(こうとう)と荷風の交友」
 8月7日(水)/午後2時/ベルホール/定員46人/申し込み7月24日(水)必着

・映画上映「墨東綺譚(ぼくとうきたん)」(1960年120分)
 7月28日(日)午後2時/グリーンスタジオ/定員220人/申し込み7月17日(水)必着

・ギャラリー・トーク(文学ミュージアム学芸員によるギャラリー・トーク)
 8月1日(木)午後2時/申し込み不要

なお展示概要、及びイベント申込詳細などについては市の広報にPDFでアップされています。そちらもご参照下さい。

「文学ミュージアムオープン」@広報いちかわ(H25年7月6日)



市川市文学ミュージアムのオープンする同市生涯学習センター(メディアパーク市川)は、中央図書館なども入る複合文化施設。JR線、都営新宿線本八幡駅からは歩いて15分強ほどです。

また市内には数少ないとはいえ、荷風ゆかりの神社や行きつけだった料理店も健在。荷風の足跡を追いつつ、文学ミュージアムで彼の業績を知るのも面白いのではないでしょうか。

「荷風の散歩道」@市川市

市川市文学ミュージアムは7月20日(土)に開館します。

「永井荷風 『断腸亭日乗』と『遺品』でたどる365日」 市川市文学ミュージアム
会期:7月20日(土)~10月14日(月・祝)
休館:月曜日。但し7/15は開館。
料金:一般400(320)円、65歳以上320円、高校・大学生200(160)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
時間:10:00~19:30(平日)、10:00~18:00(土日祝)。最終入場は閉館の30分前まで。
住所:千葉県市川市鬼高1-1-4 市川市生涯学習センター2階
交通:JR線・都営新宿線本八幡駅より徒歩15分。京成線鬼越駅より徒歩10分。
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この夏、美術館割引アプリ「ミューぽん」が全国に拡大します

昨年に続いての夏の恒例企画です。お馴染み「Tokyo Art Beat」による美術館割引アプリ「ミューぽん」が全国に拡大します。


美術館の割引券アプリ「ミューぽん」がこの夏、全国に拡大!@Tokyo Art Beat

期日は7月10日(水)より各展示会期末まで。北は青森、南は鹿児島まで、以下の全国14の展覧会の割引が行われます。

[拡大割引対象となる美術館]

青森県立美術館
「三陸復興国立公園指定記念 種差ーよみがえれ 浜の記憶」
7月6日 (土) ~9月1日 (日)

十和田市現代美術館
「開館5周年記念展 vol.1 flowers」
4月27日(土)~9月8日(日)

豊田市美術館
「フランシス・ベーコン展」
6月8日(土)~9月1日(日)

MIHO MUSEUM
「ファインバーグ・コレクション展ー江戸絵画の奇跡」
7月20日(土)~8月18日(日)

京都国立近代美術館
「泥象(でいしょう) 鈴木治の世界」
7月12日(金)~8月25日(日)

細見美術館
「皇室のボンボニエールーご慶事を彩る菓子器」
7月27日(土)~10月6日(日)

美術館「えき」KYOTO
「絵本原画展 きかんしゃトーマスとなかまたち」
7月20日(土)~8月12日(月)

ART OSAKA 2013
7月19日(金)~7月21日(日)

堂島リバービエンナーレ
7月20日(土)~8月18日(日)

SNIFF OUT 2013
7月20日(土)~7月21日(日)

伊丹市立美術館
「加藤久仁生展」
7月13日(土)~9月1日(日)

丸亀市猪熊源一郎現代美術館
「大竹伸朗展 ニューニュー」
7月13日(土)~11月4日(月・祝)

広島市現代美術館
「サイトー場所の記憶、場所の力」
7月20日(土)~10月14日(月・祝)

鹿児島県霧島アートの森
「高橋コレクションーマインドフルネス!」
7月12日(金)~9月1日(日)



また注目は7/20から大阪で始まる3つのイベント、「ART OSAKA 2013」、「堂島リバービエンナーレ」、「SNIFF OUT 2013」がいずれも割引対象となること。

「ART OSAKA 2013」 7月20日(土)~21日(日)
ミューぽんで300円割引×2名まで(当日券に適用)

「SNIFF OUT 2013」 7月20日(土)~21日(日)
ミューぽんで500円割引×3名まで(当日、アート券にのみ適用)

「堂島リバービエンナーレ2013 Little Water」 7月20日(土)~8月18日(日)
ミューぽんで200円割引×2名まで(大学生以下100円割引)

割引額はそれぞれ300円、200円、500円。あわせて1000円。ミューぽんが現在セール中で350円で販売中のことを考えれば、この3つだけでも余裕で元がとれるというもの。関西の方も要チェックです。


「関西アートビート」

さらに関西といえば今年6月から「関西アートビート」が正式にスタート。関西地方の約400もの美術館・ギャラリーの展示情報が網羅。公式アプリではGPSとも連動。見知らぬ土地でもスマホ片手でスムーズにギャラリー巡りをすることが出来ます。



そして先にも触れたようにミューぽんは現在、夏休みセールと題して350円で入手可能(8/31まで)。もちろんアプリの有効期限は通常と変わらず2013年度末までです。まさにお得。

ミューぽんと東京アートビート、関西アートビートを駆使しての美術館、ギャラリー廻り。この夏は全国で楽しむことが出来そうです。

「ミューぽん 美術館割引クーポン 2013年版」@mupon_app
対応機種、動作環境:iPhone、iPod touchおよびiPad iOS 3.1.3以上
利用料金:350円(セール価格。7/10~8/31まで。)
有効期限:2013年末まで
カテゴリ:ライフスタイル
入手方法:App Store https://itunes.apple.com/jp/app/id579515686
公式URL:Tokyo Art Beat http://www.tokyoartbeat.com/apps/mupon
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「もっと知りたい菱田春草」 東京美術

東京美術より出版された「もっと知りたい菱田春草」を読ました。



2011年、没後100年を迎えた日本画家、菱田春草(1874~1911)。同年には生地長野で回顧展が開催。また少し遡りますが、都内でも2009年、明治神宮文化館で春草の特別展が。手狭なスペースながらも前後期の展示替えにて春草の作品を大いに紹介。私自身も通いました。

そうした春草の魅力に迫る一冊がお馴染みの東京美術より出版。それが「もっと知りたい菱田春草」(尾崎正明監修 鶴見香織著)です。

[目次]
はじめに 菱田春草ー近代日本画の革新に、もっとも重要な役割を果たして駆け抜けた画家
序章 明治前期の日本画壇ー春草以前の日本画の状況
第1章 おいたち・少年時代
第2章 東京美術学校時代と画壇への登場
第3章 日本美術院時代ー新しい日本画を求めて
第4章 外遊、そして五浦への時代
第5章 代々木時代ー新しい日本画の誕生
おわりに 短い生涯で拓いた、日本画のはるかな可能性


基本的には時系列での構成。春草は僅か37歳で短い生涯を閉じましたが、画業の変遷を時間の流れとともに追いかけています。

では内容を簡単にご紹介。まずは東京美術学校時代から。興味深いのは若かりし春草、その才能は幼少の頃から発揮していたわけではないこと。彼の先輩にあたる溝口禎次郎は春草について「一年の頃は大したことはなかったが、二年の頃から著しく成績が上がって来た。(略)卒業期になると、その名声と期待は素晴らしいものであった。」というように述べています。



また後に岡倉天心らとともに日本美術院を創設した春草。時に24歳。この頃には大観と並び「朦朧体」と呼ばれる技法を展開。今でこそ良く知られた技法ですが、当時は批評家たちに大変な非難を受けたとか。そもそも朦朧と名自体も一種の揶揄の意味が。実際に作品も殆ど売れなかったそうです。

なお紙上では特集「没線描法(朦朧体)ー新しい試み」と題して、春草の朦朧体作品を何点も紹介。いつも図版の豊富な「もっと知りたいシリーズ」。この辺りは抜け目ありません。

1903年、春草29歳の年、彼は大観とともに海外へ。インド、アメリカ、そしてヨーロッパと、計一年半に及ぶ外遊を果たします。



そしてアメリカ・ヨーロッパでは旅費を捻出するために計7回の展覧会も。そこでは国内で酷評された朦朧体が予想外の好評を得たとか。何でも「朦朧体がホイッスラーの作風のようだ。」という評も残っているそうです。また春草は西洋絵具などを素材として取り入れる試みも行います。次への挑戦をやめることはありません。



そして春草は1906年に茨城の五浦へ移転した日本美術院とともに同地へ移住します。岡倉天心に従って五浦で生活したのは春草、大観、観山、木村武山の五名。春草ら画家にはアトリエを与えられ、黙々と制作に励みます。また時折、画商が訪ねてくることがあったものの、その殆どが観山目当て。春草や大観は海で夕飯の魚を釣るような生活を送っていたそうです。


菱田春草「落葉」明治42年 紙本着色(部分) 永青文庫 重要文化財

病に冒された春草は1908年、代々木へ移り、病気治癒に専念します。一時、病状の回復した春草は自宅近くの代々木の森を歩いては観察。傑作「落葉」を生み出しました。(まだ木もまばらな当時の代々木の森の写真が掲載されています。「落葉」における独特な空間表現との関係も興味深いところです。)

なお春草の画風、時に琳派的展開を見せることもありますが、そちらについても特集ページが。抱一、其一らの江戸琳派の傾向を摂取しているのではないかとのことです。

偏愛の春草。好きな近代日本画家をと問われれば、私は必ず御舟と春草を挙げます。また来年には東京国立近代美術館で春草の回顧展も予定されているとか。そちらも大いに期待したいところです。

「もっと知りたい菱田春草ー生涯と作品」、まずは書店にてご覧ください。

「もっと知りたい菱田春草/東京美術」

「もっと知りたい菱田春草ー生涯と作品」 東京美術
内容:天性の色彩感覚・新しい表現法・精神性溢れる表現は同時代の画家の中で突出していた。平山郁夫は「天心のこころを絵で具現化した天才」と言い、大観は晩年、大家とほめられると「春草のほうが、ずっと上手い」と言ったという。画家が認める春草の、生彩豊かな、洋画・日本画の枠を超えた魅力を解明。
監修:尾崎正明(1974年より東京国立近代美術館に勤務、同館副館長を経て、京都国立近代美術館館長。)
著者:鶴見香織(1993年より群馬県立近代美術館に勤務。2006年より東京国立近代美術館主任研究員。)
価格:1890円
刊行:2013年6月
仕様:79頁
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「奈良エナミ K家の肖像」 Bambinart Gallery

Bambinart Gallery
「奈良エナミ K家の肖像」
6/15-7/7



バンビナートギャラリーで開催中の「奈良エナミ K家の肖像」へ行ってきました。

1977年に北海道で生まれた奈良エナミ。2006年のGEISAI#10で金賞を受賞。その後、ポーラ美術振興財団の研究員としてニューヨークへ。近年は都内の画廊で個展を重ねている。

とここまでは画廊サイトの記述。実は私、事前に何らの情報もなく、ただぶらりと3331へ。さながら習慣のようにバンビナートのスペースへと足を運びました。

するとただならぬ気配が。椅子に座ったり何やら話し込んでいる人物などが比較的暗い色彩で描かれている。その質感、そして独特の重み。これがまた惹かれたわけです。

さて展示された絵画、シリーズの名はタイトルの通り「K家の肖像」。いずれもとある家族の日常生活をテーマとしたものだとか。よって人々の間には何らかの緊張感があるわけでもない、一種の緩い空気が。確かに親密さが感じられます。

しかしながらただならぬのはやはり色遣いや筆致。背景は暗く、一部の家具こそあるものの、そこがどこなのかがよく分からない。そして色は先に触れたように暗くまた重い。言わば親密と不穏が同居したような空間があります。

筆致、とりわけ人物を象る色面は相互に溶け合うかのよう。そして色は何層にも重なりあい、滑らかな質感を出している。それにベーコン画とまでは言いませんが、どこか肉的な連なりが。独特です。

また会場を取り囲む絵画、順に見ていくと、何らかのストーリーを追いかけている気分にも。この女性と男性は如何なる関係なのか。そして一体何を話し、何をしようとしているのか。そんなことを想像してしまいます。

作家さんのサイトがありました。ご参考までにどうぞ。

7月7日まで開催されています。

「奈良エナミ K家の肖像」 Bambinart Gallery
会期:6月15日(土)~7月7日(日)
休廊:月・火休廊
時間:11:00~19:00
場所:千代田区外神田6-11-14 アーツ千代田3331 B107
交通:東京メトロ銀座線末広町駅4番出口より徒歩1分、東京メトロ千代田線湯島駅6番出口より徒歩3分、都営大江戸線上野御徒町駅A1番出口より徒歩6分、JR御徒町駅南口より徒歩7分。
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「エミール・クラウスとベルギーの印象派」 東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー
「エミール・クラウスとベルギーの印象派」 
6/8-7/15



東京ステーションギャラリーで開催中の「エミール・クラウスとベルギーの印象派」へ行って来ました。

ベルギーの印象派でルミニスム(光輝主義)とも呼ばれるスタイルを確立した画家、エミール・クラウス(1849-1924)。

いつぞや数点出ていた文化村の「フランダースの光」展でも一目惚れ。心のどこかでまとまって見る機会はないかと願っていました。


エミール・クラウス「ピクニック風景」1887年頃 ベルギー王室コレクション *本展不出品

ここにステーションギャラリーが実現。国内初の事実上クラウス回顧展が行われています。

さて事実上とするのにはとある理由が。と言うのも、本展ではタイトルにもあるようにベルギーの印象派画家も展観。またクラウスに師事した日本人画家、児島虎次郎と太田喜二郎を取り上げることで、ベルギーと日本の印象派の展開を見る仕掛けとなっているのです。

では順路に沿ってベルギー印象派の画家から。まず目につくのはレイセルベルヘの「昼寝をするモデル」。文字通り女性が寝る様を捉えた作品ですが、縦の構図で上から見下ろす構図がまるで萬鉄五郎の「裸体美人」。迫力があります。

そしてモデスト・ハイスの「レイエ川でのお祭りと嵐」。手前には川辺に人が集う様子を、また上空には渦巻く嵐を描いていますが、その点描を重ねて強いうねりをもった筆致はさながらゴッホ。ただならぬ雰囲気を漂わせています。

またフランスの印象派も10点ほど展示。アンリ・エドモン・クロスの「雲」はモザイク画のよう。建物からせり上がる雲、そしてエメラルドグリーンの空が目を引きます。

そしてクラウスです。作品数は全30点。一言に印象派、ルミニスムと言えども、作風には思いの外に幅があることが分かります。


エミール・クラウス「昼休み」(1887~90年頃) 個人蔵

まずは「昼休み」。光に満ちた田園、おそらくは農作業における昼休み、前景に女性の大きな後ろ姿が。細かな草花などの筆致はコロー風。向こうには三人の女性が座り、長閑な日常の一コマを表しています。


エミール・クラウス「野の少女たち」1892年頃 個人蔵

またチラシ表紙を飾る「野の少女たち」も田園をモチーフにした一枚。タッチは点描が目立ちます。また手前と奥の少女を対比させ、奥行きのある空間を作り上げているのもポイント。

面白いのは「タチアオイ」です。文字通り色鮮やかなタチアオイを描いたものですが、画面いっぱいにクローズアップして表す様子は、例えば光琳の描く草花図を思わせるものも。かなり独特です。

さらに目立つのは「そり遊びをする子どもたち」。横2メートルを超える大作、凍りついた川面で遊ぶ子どもがシルエット状に。白く見える氷や雪には仄かにピンクも交じり、おそらくは夕景なのか、抒情的な景色を生み出しています。


エミール・クラウス「レイエ川を渡る雄牛」1899年 個人蔵

また異様とも受け取れるのが「レイエ川を渡る雄牛」。深い緑色の川には何頭もの牛がじゃぶじゃぶと。これがかなり濃密。また岸の木立の点描と、川面の塗りの表現がまるで違います。

さてラストに一枚、私が特に惹かれた作品を挙げましょう。それが「テムズ河に輝く朝日」。一次大戦中、クラウスがイギリスに滞在していた時に描いた作品です。

セピア色にも染まるロンドン。テムズを斜めに切り出し、手前の道には馬車や人々が影絵のように朧げに。まるで幻想。単に光輝く風景を描いただけではないクラウスの多面的な世界。存分に堪能することが出来ました。

全面リニューアル後、初の印象派展です。かなり賑わっていました。なお受付にリストがありませんでしたが、会場内で係りの方に申し出るといただけました。


太田喜二郎「麦秋」1914年 高梁市成羽美術館

会期が短めです。 7月15日まで開催されています。おすすめします。 *東京展以降、石川県立美術館(7/26~8/25)、碧南市藤井達吉現代美術館(9/14~10/20)へと巡回。

「エミール・クラウスとベルギーの印象派」 東京ステーションギャラリー
会期:6月8日(土)~7月15日(月・祝)
休館:月曜日。但し7/15は開館。
料金:一般1000円、高校・大学生800円、小学・中学生400円。
 *20名以上の団体は100円引。
時間:10:00~18:00。毎週金曜日は20時まで開館。
住所:千代田区丸の内1-9-1
交通:JR線東京駅丸の内北口改札前。(東京駅丸の内駅舎内)
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7月の展覧会・ギャラリーetc

7月中に見たい展覧会をリストアップしてみました。

展覧会

・「コレクション☆リコレクション VOL.1 5 Rooms 彫刻/オブジェ/立体」 DIC川村記念美術館(~7/15)
・「プレイバック・アーティスト・トーク」 東京国立近代美術館(~8/4)
・「ET IN ARCADIA EGO 墓は語るか」 武蔵野美術大学美術館(~8/10)
・「生誕130年 彫刻家・高村光太郎展」 千葉市美術館(~8/18)
・「谷文晁」 サントリー美術館(7/3~8/25)
・「<遊ぶ>シュルレアリスム」 損保ジャパン東郷青児美術館(7/9~8/25)
・「LOVE展」 森美術館(~9/1)
・「浮遊するデザインー倉俣史朗とともに」 埼玉県立近代美術館(7/6~9/1)
・「大妖怪展ー鬼と妖怪そしてゲゲゲ」 三井記念美術館(7/6~9/1)
 #前期:7/6~8/4、後期:8/6~9/1
・「幽霊・妖怪画大全集」 そごう美術館(7/27~9/1)
・「浮世絵 Floating Worldー珠玉の斎藤コレクション」 三菱一号館美術館(~9/8)
 #第1期:6/22~7/15、第2期:7/17~8/11、第3期:8/13~9/8
・「フランシス・アリス展 ジブラルタル海峡編」 東京都現代美術館(~9/8)
・「鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い」 練馬区立美術館(7/14~9/8)
・「PAPERー紙と私の新しいかたち」 目黒区美術館(7/20~9/8)
・「アンドレアス・グルスキー展」 国立新美術館(7/3~9/16)
・「プーシキン美術館展」 横浜美術館(7/6~9/16)
・「日本の絵 三瀬夏之介展」 平塚市美術館(7/13~9/16)
 #対談:「三瀬夏之介×小金沢智(世田谷美術館学芸員)」 日時:7/13(土) 14:00~ 場所:展示室2 要観覧券。
・「八谷和彦 OpenSky 3.0」 3331 Arts Chiyodaメインギャラリー(7/13~9/16)
・「アートがあれば2ー9人のコレクターによる個人コレクションの場合」 東京オペラシティアートギャラリー(7/13~9/23)
・「ルーヴル美術館展ー地中海 四千年のものがたり」 東京都美術館(7/20~9/23)
・「米田知子 暗なきところで逢えれば」 東京都写真美術館(7/20~9/23)
 #対談:「片岡真実(森美術館 チーフ・キュレーター)×米田知子」 日時:7/20(土) 15:00~ 当日10時より整理券配布。要半券。
・「坂田栄一郎ー江ノ島」 原美術館(7/13~9/29)
 #坂田栄一郎アーティストトーク 日時:7/20(土)15:00~ 会場:原美術館ザ・ホール 定員:80名 要観覧料、要事前申込。
・「特別展 深海」 国立科学博物館(7/6~10/6)
・「モネ、風景をみる眼」 ポーラ美術館(7/13~11/24)

ギャラリー

・「小野哲也/伊藤航」 A/D Gallery(~7/21)
・「TWS-Emerging 平川正、小林あずさ、西村有、三瓶玲奈」 TWS本郷(7/6~7/28)
・「高橋大輔 絵の絵の絵の絵」 アルマスギャラリー(7/6~8/10)
・「西森瑛一 天国について」 児玉画廊東京(7/13~8/10)
・「楽園創造(パラダイス) Vol.2 池崎拓也」 gallery αM(7/13~8/24)
・「ミン・ウォン展」 資生堂ギャラリー(7/6~9/22)

さて7月、さすがに暑くなってきましたが、そうした季節に合わせたかのような展覧会が2つ。妖怪をテーマとした企画です。



「大妖怪展ー鬼と妖怪そしてゲゲゲ」@三井記念美術館(7/6~9/1)
「幽霊・妖怪画大全集」@そごう美術館(7/27~9/1)


会期はややずれますが、三井記念は中世より、それこそゲゲゲならぬ水木しげるの妖怪画までを辿ろうという展覧会。一方でそごう美術館は、京都の日本画家、吉川観方が蒐集したという妖怪画を展観。現在は福岡市博物館が所蔵しているものだそうです。ともに少なくとも関東でまとめて紹介されることは稀。私も日本橋と横浜をするつもりでいます。

さて横浜といえば「プーシキン美術館展」が愛知県美術館より巡回してきます。



「プーシキン美術館展」@横浜美術館(7/6~9/16)

こちらは2011年に開催が決まりながら、かの震災によって延期。2年越しで実現した展覧会です。横浜美術館での久々の西洋名画展。存分に堪能したいと思います。

明日、7月3日から国立新美術館で「アンドレアス・グルスキー展」が始まります。



「アンドレアス・グルスキー展」@国立新美術館(7/3~9/16)

展示詳細については改めて後日に触れますが、同展にあわせてオープンした特設サイト「comment99」の端に私のコメントを載せていただきました。拙い内容ですが、お目通しいただければ嬉しいです。

東京国立博物館が7月より公式ツイッター(@TNM_PR)、フェイスブックページを開設しました。

「Twitter、Facebookを開始しました!」@東京国立博物館

今後の展開に期待しましょう!

それでは今月も宜しくお願いします。*お出かけの際は改めて各美術館・博物館のWEBサイトをご参照下さい。
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「川合玉堂展」 山種美術館

山種美術館
「生誕140年記念 川合玉堂ー日本のふるさと・日本のこころー」
6/8-8/4



山種美術館で開催中の「生誕140年記念 川合玉堂ー日本のふるさと・日本のこころー」を見てきました。

今年生誕140年を迎えた日本画家、川合玉堂(1873-1957)。日本の自然や風物を牧歌的に表現。狩野派に琳派、そして南画を吸収した画風は、独特の情趣深い世界を作り上げています。

これまでも半ば単発的に作品を見ることがあれども、意外や意外、まとめて展観されたことは一度たりともありませんでした。

ここに山種美術館初の玉堂回顧展が実現。同館所蔵の玉堂作品全71点はもとより、他館からの作品もあわせて、画家の全貌に迫っています。


「青い日記帳×山種美術館 ブロガー内覧会」の様子(6/22)

さて今回は過日行われた「青い日記帳×山種美術館 ブロガー内覧会」に参加しました。その際の山崎館長のギャラリートークに沿って、展覧会の様子を簡単にまとめてみます。

まず玉堂について。ご自宅の床の間に玉堂の軸画が飾ってあったと仰る山崎館長。「筆ネイティブ」という言葉で玉堂画の本質を。この展覧会に向けて改めて作品を追うことで、ともかく筆の繊細な様子、とりわけ輪郭線を多用し、細かに色を塗り分ける技術に感じ入ったそうです。


川合玉堂「鵜飼」1939(昭和14)年頃 絹本・彩色 山種美術館

そして玉堂は岐阜の出身、しかも長良川のそばで育ったこともあり、鵜飼を何度も描いているのが特徴。その高い写実力は、円山四条派や狩野派をよく学んだからではないかとのお話でした。

また玉堂の卓越した水墨の技にも着目。横山大観の朦朧体を思わせながらも、そこには西洋のターナーやコローを志向するような叙情性が。ヨーロッパ絵画を墨で表したようにも映ります。


川合玉堂「二日月」1907(明治40)年 絹本・墨画淡彩 東京国立近代美術館 *前期展示(6/8~7/7)

さらに西洋といえば「二日月」。長閑な夕景を描いた一枚ですが、空の一部に西洋由来の顔料も用いられているとか。さらに写実においては琵琶湖に浮かぶ竹生島を描いた「竹生嶋山」に着目。これは玉堂が現地へ通って写生したもの。玉堂は屋外でのスケッチを好んでいたそうです。


川合玉堂「紅白梅」1919(大正8)年 紙本金地・彩色 玉堂美術館

琳派的な志向においては「紅白梅」を挙げなければなりません。木の枝の豊かなたらしこみはまさに琳派流。しかしながらそこには写実的な小鳥も。また紅梅よりも白梅の方が際立って多いのも特徴です。


川合玉堂「荒海」1944(昭和19)年 絹本・彩色 山種美術館

珍しい作品としては「荒海」も重要。波打つ大海原を激しい筆致で捉えていますが、これは何と玉堂唯一の戦争画であるとか。極めて特異です。


川合玉堂「水声雨声」1951(昭和26)年頃 絹本・墨画淡彩 山種美術館

さて玉堂は温暖湿潤の日本の風景、言わばそのウエットな感覚を良く表しているとのこと。「水声雨声」における瑞々しさ。細部に目を凝らせば墨の掠れと滲みが事実に効果的に。また淡い光の感覚は『微光感覚』と呼べるのではないかとの指摘もありました。


川合玉堂「早乙女」1945(昭和20)年 絹本・彩色 山種美術館

そしてチラシ表紙にも掲げられた「早乙女」です。あぜ道で区切られた田はまるで幾何学的平面。絶妙なトリミングです。そして田植えに勤しむ人物はあくまでものびやか、大らかに。実は本作は第二次大戦の末期に描かれたそうですが、そうした社会の状況を微塵も思わせません。鳥瞰的な構図の味わいと人物の生き生きとした様子。細部と全体に玉堂のセンスを感じさせる一枚でした。


川合玉堂「氷上(スケート)」1953(昭和28)年 紙本・彩色 山種美術館

ちなみにこの生き生きとした人物は「氷上(スケート)」でも同様。この一瞬の動きをピタリと静止して捉えたような姿。それでいてどこかゆるキャラ的な可愛らしさも。玉堂の人物に向けた眼差しは優しさに溢れています。まさに真骨頂です。


川合玉堂「水声雨声」(部分拡大)

この日は写真の接写撮影も許可されました。細部に宿る玉堂の巧みな筆さばき。その点も大きな見どころと言えそうです。


川合玉堂「鵜飼」(部分拡大)

会期中に展示替えがあります。 *出品リスト(PDF)

前期展示:6月8日(土)~7月7日(日)
後期展示:7月9日(火)~8月4日(日)



川合玉堂「早乙女」(部分拡大)

8月4日まで開催されています。

「生誕140年記念 川合玉堂ー日本のふるさと・日本のこころー」 山種美術館@yamatanemuseum
会期:6月8日(土)~8月4日(日) 前期:6/8~7/7 後期:7/9~8/4
休館:月曜日(但し7/15は開館、7/16は休館。)
時間:10:00~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般1200(1000)円、大・高生900(800)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *インターネット割引券
住所:渋谷区広尾3-12-36
交通:JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分。恵比寿駅前より都バス学06番「日赤医療センター前」行きに乗車、「広尾高校前」下車。

注)写真はブロガー内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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