「米田知子 暗なきところで逢えれば」 東京都写真美術館

東京都写真美術館
「米田知子 暗なきところで逢えれば」 
7/20-9/23



東京都写真美術館で開催中の米田知子個展、「暗なきところで逢えれば」へ行ってきました。

国内外の美術展の他、ヴェネチア、キエフなどのビエンナーレでも作品を発表し続ける写真家、米田知子。その活動なり作品は良く知られるところですが、意外にも近年、国内の美術館における単独での展示機会は必ずしも多くありませんでした。

東京では2008年の原美術館以来となる久々の個展です。主に2000年以降、初公開を含む新作シリーズまで。表題の映像作品をあわせて約70点弱の写真作品が展示されています。


「Scene」より 道-サイパン島在留邦人玉砕があった崖に続く道 2003年

「米田の作品は記録という写真の根本的な役割をベースにしながら、現実に見えているものだけではなく、そこにある記憶や歴史を背景に投影しています。」(公式サイトより)

さて米田の制作、ともかく上記に引用した一文、とりわけ「現実に見えているものだけではなく、そこにある記憶や歴史を背景に投影」という点が非常に重要なポイントです。

米田は被写体に選んだ場所の記憶や歴史を、半ば一つの物語を紡ぐかのようにして提示しています。


「Japanese House」より 日本統治時代に設立された台湾銀行の寮、後の中華民国中央銀行職員の家 2010年

例を挙げましょう。「Japanese House」と名付けられた連作です。色あせたクロスの貼られた無人の室内に赤いカーテン、それにもう使われてないであろうカウンターなど、ともかく古びた日本風の家屋の様子が写されていますが、これはいずれも台湾で撮影されたもの。しかも蒋介石政権期の参謀総長の自宅や、台北にあったという大戦下の首相、鈴木貫太郎の娘の家なのです。つまり米田はこれら家屋という日常的風景から戦前の歴史の痕跡を取り出しています。


「kimusa」より kimusa9 2009年

また聞き慣れない「kimusa」とはどうでしょうか。こちらもまたどこかの室内風景。白い壁や窓の樹木の見える庭、またカーテンなどが写されていますが、いずれもがかつて韓国軍の情報機関が利用していたという施設。ここで軍事政権期、思想犯やスパイを拘束し、取り調べたとか。さらに時代を遡ると日本の植民地時代は病院として使われていた建物なのだそうです。

家屋の床や壁、何気ないインテリアに深く染み付いているこれだけの記憶、その蓄積。米田はあくまでもそれらを半ば無機的にフレームへ落とし込む。それが極めて静謐で美しい。ただし写真自体は雄弁ではありません。

その写真に意味や歴史を強く与えるのはテキストです。そもそも会場でも写真は番号が表記されるのみ。入口側にはシリーズ名のみが記載され、キャプションはありません。

しかしながら個々の連作を見終えた時、各ブースの出口に設置された米田の言葉を見るとどうなるのか。ただ古い家だと思って見ていた場所に、かつてあったであろう人のドラマなり、歴史が重くのしかかってくる。思わずそれまで何を見ていたのかと自問してしまいます。

米田は写真は主観的にならないようにするとも述べています。確かに作品はいずれも即物的で乾いた風景。しかしながらその奥に潜み、また露となった物語性。どこかトリッキーです。


「積雲」より 平和記念日・広島 2011年

また主観的ならずとも、米田の強いメッセージが浮かび上がっているのが「積雲」シリーズ。かの震災と原発事故を踏まえた作品ですが、被災地が思わぬ地点と出会います。賛否はあるやもしれません。

ラストのモノクロームの「氷晶」が物静かながらも後を引きます。全体を一つのインスタレーションとして捉えても遜色ない展示。作品をどう見て読むのか。迷うところがあったのも事実ですが、作家の世界観は見事なまでに表されていました。

「米田知子 暗なきところで逢えれば/平凡社」

設営上やむを得ないのか、映像作品の音響が会場全体に鳴り渡っていました。気になる方もおられるかもしれません。

9月23日までの開催です。おすすめします。

「米田知子 暗なきところで逢えれば」 東京都写真美術館
会期:7月20日 (土) ~9月23日 (月・祝)
休館:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館。)
時間:10:00~18:00 *毎週木・金曜日は20時まで。(入館は閉館の30分前まで。)
料金:一般700円(560円)、学生600円(480円)、中高生・65歳以上500円(400円)
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *第3水曜日、及び9/16(祝)敬老の日は65歳以上無料。
住所:目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
交通:JR線恵比寿駅東口改札より徒歩8分。東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩10分。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )

「アートがあれば2 9人のコレクターによる個人コレクションの場合」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「アートがあれば2 9人のコレクターによる個人コレクションの場合」
7/13-9/23



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「アートがあれば2 9人のコレクターによる個人コレクションの場合」へ行ってきました。

「個人コレクションに焦点を当て、コレクションのあり方やコレクター像、さらにはアートと共に暮らすライフスタイルから浮かび上がるアートの魅力を探りました。」(展覧会WEBサイトより)

日頃、なかなか見ることの叶わない個人コレクター所蔵の美術作品。それらの殆どは各コレクターの住居なり倉庫などに収蔵。コレクター本人の他、その家族や友人など、身近な人々が楽しんでいる。というのが個人コレクションの多くに当てはまるかもしれません。

その一方で、「アート作品は本質的に個人消費の対象となるものではなく、最終的にその価値は社会に還元されるべきもの。」と述べるのは、堀元彰オペラシティアートギャラリーチーフキュレーター。賛否はあるかもしれませんが、ともかくも同ギャラリーでは新たな試みとして9名の個人コレクションの作品を公開。全127作家、206作品。それらがいずれもコレクター別、ほぼ1コレクター1室の形式にて展示しています。


小沢剛「醤油画(ロイ・リキテンシュタイン)」2012年 T.S Collection

さてまず興味深いのは展示形態。今触れたように作品は全て各コレクター別に並んでいますが、そのコレクターはいずれも匿名、イニシャルのみ公開されているのです。

そして受付でいただける鑑賞ガイドがポイント。そこには匿名コレクターの個人的な情報、例えば年齢なり職業なども掲載。しかも「あなたにとってのコレクションとは何でしょうか?」といったインタビュー記事も記されています。


小出ナオキ「Devil on elephant」2010年 E.Y Collection

そこで展示作品とコレクターが繋がり、また浮き上がってくる。もちろんコレクター像は朧げなイメージに過ぎませんが、ともかく作品とコレクターの関係、さらにはインタビューを通して垣間見えるコレクターの人となり。それが目の前の作品とともに頭の中で行き来する体験。意外と新鮮でした。

とは言え、やはり一番に見るべきは目の前にある作品でしょう。例をあげればE.Y氏はデマンドに桑久保さんに村上隆にメイプルソープ。A.K氏はアラーキーに青山悟、志賀理江子、またY.S氏は名和晃平に八木良太、東恩納裕一など。絵画なのか写真なのか立体なのか映像なのか。やはり各コレクターによって特徴なり志向、またさらにギャラリーの存在などが見え隠れしているのも興味深いところです。


田中功起「Someone's junk is someone else's treasure」2011年 Y.S Collection

ちなみに出品や展示にあたっては、各コレクターと美術館のキュレーターの方が相談しながら行われたとか。そもそも何を出品するのかはもちろんのこと、作品の配列なども、何らかの意図のあるものとして読み解くべきなのかもしれません。

お一人、一切のコレクター像を想像させ得ないお方が。イニシャルもなくインタビューも無回答。その名もanonymousです。展示に際してもご本人からともかくほぼ等間隔で作品を並べて欲しいという強いリクエストがあったそうですが、確かにこの方のブース、他の方とは一線を画しています。


西野達「The Merlion Hotel」2011年/2013年 anonymous collection

作品を見つつ人を思う現代アート展。ギャラリーをハシゴして見た感覚も。それでいて意外な作品同士が隣り合わせなっていたりするなど、時に刺激的な面もあります。また何故にこの作品を購入したのだろう、値段はいくらだったのだろう。普段どういう場所に飾っているのだろう。どの作品がお気に入りなのだろう。色々な疑問もわいてきます。

9月23日までの開催です。最後になりましたが各コレクターの方々、貴重な作品を見せて下さりありがとうございました。

「アートがあれば2 9人のコレクターによる個人コレクションの場合」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:7月13日(土)~9月23日(月・祝)
休館:月曜日。祝日の場合は翌火曜日。8月4日(日)
時間:11:00~19:00 *金・土は20時まで開館。最終入場は閉館30分前まで。
料金:一般1000(800)円、大・高生800(600)円、中・小生600(400)円。
 *( )内は15名以上の団体料金。夏休み期間(7/13-9/1)および土・日・祝は小中学生無料
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「第19回 秘蔵の名品アートコレクション展」 ホテルオークラ東京

ホテルオークラ東京
「第19回 秘蔵の名品アートコレクション展 モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち フランスの美しき街と村のなかで」
8/7-9/1



ホテルオークラ東京で開催中の「第19回秘蔵の名品アートコレクション展」へ行ってきました。

毎年夏、ホテルオークラで開催される「秘蔵の名品アートコレクション」も今年で19回目。私も近年は欠かさずお盆の時期に見ています。

今回のサブタイトルは「モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち フランスの美しき街と村のなかで」。やや長めですが、19世紀末より20世紀にかけ、印象派やエコール・ド・パリ、それに日本の画家たちの描いたパリや郊外の風景などに着目した構成となっています。


アルベール・マルケ「パリ、ルーブル河岸」1906年 ヤマザキマザック美術館

さて展示を見る前、ひょんなことからツイッターにて本展監修補佐の熊澤弘先生(@kmzwhrs)とやり取りする機会があり、以下のようなお題をいただきました。

「キーワードは、1.露払いは印象派 2.「森」「村」イメージの原点はシダネルから。3.「睡蓮」がまたやってきた(でもなぜか隣には岡田三郎助)。4.タイ大使館… 5.パリ再現(うまく行っていて欲しい)6.人物!」

睡蓮と岡田三郎助、それにタイ大使館?一体何でしょうか。この内容に沿って感想なりをまとめてみたいと思います。


カミーユ・ピサロ「ポントワーズの橋」1878年 吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)

ではまず「露払いは印象派」から。冒頭に登場するのはお馴染みの印象派の画家たちです。嬉しいのは私の好きなシスレーからおそらくは未見の一枚が出ていたこと。「ヒースの原」は高台から田園風景を鳥瞰的に望む構図が特徴的。またピサロの「ポントワーズの橋」も力作です。オワーズ川にかかる大きな橋と川に沿って行き交う人々の姿。時間はどことなくゆっくりと流れている。澱みない晴天の眩い陽射しが目に染み込んできました。


アンリ・ル・シダネル「森の小憩、ジェルブロワ」1925年 東京富士美術館

続いて「『森』『村』イメージの原点はシダネルから。」はどうでしょう。起点はシダネルの「森の小憩 ジェルブロワ」。パリから100キロ離れた小村の一コマ。木漏れ日の下ではピクニックの跡が。シダネルらしい叙情性も感じられます。また面白いのは隣に斎藤豊作の「残れる光」が展示されていることです。こちらも同じように木漏れ日を点描的に描いた作品。どこか似ています。

また他にもブラマンクの「雪の村」と彼に師事した里見勝蔵の「フランス風景」を並べた一角も。今度は似ているようで違う作品。ともかく全体的に作品の配列が巧みです。日仏の画家を分け隔てなく並べることで、両者の類似点や相似点なども浮かび上がっていました。


クロード・モネ「睡蓮」1907年 アサヒビール大山崎山荘美術館

それでは「睡蓮がまたやってきた(でもなぜか隣には岡田三郎助)」にすすみましょう。モネは「睡蓮」が2点と「日本風太鼓橋」が展示。制作順に1897年、1907年代、そして1918年。ほぼ10年間隔です。それらを見比べることで、一連の作風の変遷を知ることも出来ます。

それにしても何故に岡田三郎助がモネと一緒に、と思う方も多いかもしれません。(実際に私もそう思いました。)しかしながら彼の作品、「セーヌ川上流の景」を見てみると納得してしまうというもの。何せモネに似ているのです。しかも制作年代も今回のモネの「睡蓮」のはじめの作品と僅か一年違い。影響を受けていたのでしょうか。岡田三郎助というと女性像のイメージが強かったので、この作品には驚かされました。

さて熊澤先生からいただいたお題の中で最大の謎。それが「タイ大使館」。率直なところ展示に行く前は全く見当もつきませんでした。

答えは出品元です。前田寛治の「海」を所蔵するのがタイ大使館。しかもこれがかなりの大作です。岩場にぶつかって荒れ狂う波の様子。右からは斜めに水しぶきがかかっています。普段なかなか見ることの叶わぬ場所。これぞ「秘蔵の名品展」ならではの作品と言えそうです。

ハイライトは「パリ再現(うまく行っていて欲しい)」として差し支えありません。会場で最も広いフロアには日仏の画家によって描かれたパリの風景画がぐるりと一周、さながらパリの景観を空間全体で表すかのように展示。しかもフロア中央にはパリの地図が置かれ、展示作品の描かれた場所を参照することが出来ます。


矢崎千代二「巴里ルーブル宮」1923年 株式会社星野画廊

また同じ地点を複数の画家たちがどう描いているのかについてのかが分かるのもポイントです。例えばマルケの「ポン・ヌフ 霧の日」と有島生馬の「ポン・ヌフ」。同じ橋を前者は上から描き、後者は下の欄干の部分から捉えている。また日本人画家の作品に優品が多いのも特徴です。矢崎千代二の「巴里ルーブル宮」における雪景色の物悲しい様子。パステルの筆致も繊細です。心に響きました。


モーリス・ユトリロ「モンマルトルのキュスティーヌ通り」1938年 松岡美術館

もちろんここでは佐伯とユトリロ対決も見どころ。ともに出品は7~9点です。「パリ再現」コーナーの主役をはっていました。


アメデオ・モディリアーニ「若い女の胸像(マーサ嬢)」1916-17年頃 松岡美術館

ラストは「人物!」。ずばりエコール・ド・パリの画家による人物肖像画です。ドンゲン、モディリアーニ、キスリングに藤田などが一堂に。またパリの街を背景に幻想的な作品を描いたシャガールも展示されています。

ここでも偶然なのか、藤田の「横たわる裸婦」のちょうど向かいに、同じく横になった裸婦を描いた田中保の「裸婦」が展示されるなど、作品同士のちょっとした邂逅が。思わず両者の視線を追っ掛けてしまいます。

最後の一枚も藤田、しかしながらいわゆる乳白色の裸婦像ではなく、何と風景。しかもパリから遠く離れたインドシナを描いた「佛印メコンの廣野」です。彼は1941年に東南アジアに派遣され、各地の風景などを描いたそうですが、本作もそのうちの一枚。抜けるように青い空と野山。牧歌的とも理想風景ともいえる田園が広がっています。これは印象に残ります。


佐伯祐三「アントレ・ド・リュー・ド・シャトー」1925年 ポーラ美術館

テーマも明確でなおかつ作品も粒ぞろい。出品は主に国内の美術館をはじめ画廊、また個人蔵や先にも触れたタイ大使館など実に多様。「パリ再現」コーナーも、簡素ながら、ありそうでなかった試み。しかもうまく出来ています。それに知られざる作品との出会いも少なくありません。

夏のオークラの風物詩、アートコレクション、とても楽しめました。(熊澤先生、お題もありがとうございました。)

9月1日まで開催されています。おすすめします。

「第19回 秘蔵の名品アートコレクション展 モネ ユトリロ 佐伯と日仏絵画の巨匠たち フランスの美しき街と村のなかで」 ホテルオークラ東京
会期:8月7日(水)~9月1日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
料金:一般1200円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
住所:港区虎ノ門2-10-4 ホテルオークラ東京アスコットホール 別館地下2階
交通:東京メトロ南北線六本木一丁目駅改札口より徒歩5分。東京メトロ日比谷線神谷町駅4b出口より徒歩8分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

「曼荼羅展 宇宙は神仏で充満する!」 根津美術館

根津美術館
「コレクション展 曼荼羅展 宇宙は神仏で充満する!」 
7/27-9/1



根津美術館で開催中の「コレクション展 曼荼羅展 宇宙は神仏で充満する!」へ行ってきました。

それこそ東博常設などでもお目にする機会の多い曼荼羅。漠然としたイメージこそ頭にあるものの、種類や内容云々については殆ど分からず、そもそも曼荼羅自体をまとめて見たこともありませんでした。

そこで今回の根津美術館の曼荼羅展です。同館所蔵の仏画、曼荼羅を約40件ほど出品。多様な曼荼羅の世界を紹介しています。


「金剛界八十一尊曼荼羅」 鎌倉時代 13世紀

まずは一部が表紙にも取り込まれた「金剛界八十一尊曼荼羅」から。密教の悟りが金剛、ダイヤモンドのように堅固であることを示したという曼荼羅。ともかく美しいのは花葉にはじまり諸尊の色彩が実に鮮やかであるということ。図像は驚くほどくっきりと浮かびあがってきます。


「愛染曼荼羅」 鎌倉時代 13世紀

そして「愛染曼荼羅」も同様に色味の見事な一枚。尊像の肉体における朱を帯びた肌色が鮮やか。ちなみにこの作品は修復を経て初めて公開されたものだそうです。(本展ではこの他に「大日如来図」も修復後の初公開です。)

このようにまず感心したのが、曼荼羅の多くが色彩豊かであるということ。もちろん根津美の効果的な照明もあるのかもしれませんが、曼荼羅はどこか古びて退色したものが多いという、今思えば全くをもって根拠のなかった私の先入観は良い意味で裏切られました。

続いては怒りを示して衆生を畏怖の力で正しく導くという明王から。口をくわっと開いているのは「愛染明王像」。さすがに迫力があります。また極めて躍動感があるのが「大威徳明王像」です。水牛の背に左足一本で立ち、両手を大きく開いて矢を射ようとする姿。全身は燃え盛る火焔に覆われていました。

さて最後に私が非常に印象深かった曼荼羅を。それが「兜率天曼荼羅」。弥勒菩薩の浄土を俯瞰的に描いた作品です。


「兜率天曼荼羅」鎌倉時代 13~14世紀

何が凄いかと言えばともかく画面全体を覆う精緻な描写。主殿に楼閣に門、そして草花などが、驚くほどの細かな線にて描かれています。もちろん輝く金色しかり、彩色にも乱れがありません。

さながら浄土の「洛中洛外図」です。また適切ではないかもしれませんが、グリット状に建物が描かれた画面はCGを彷彿させる面も。シムシティならぬ、思わず中に入ってその中を歩き回ってみたくなります。

本展にあわせて刊行された図録もリーズナブル(1200円)で良く出来ていました。これは買いです。

9月1日まで開催されています。

「コレクション展 曼荼羅展 宇宙は神仏で充満する!」 根津美術館@nezumuseum
会期:7月27日(土)~9月1日(日)
休館:月曜日
時間:10:00~17:00
料金:一般1200円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料。
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「館蔵品展 大倉コレクションの精華2 近代日本画名品選」 大倉集古館

大倉集古館
「館蔵品展 大倉コレクションの精華2 近代日本画名品選」
8/3-9/29



大倉集古館で開催中の「館蔵品展 大倉コレクションの精華2 近代日本画名品選」へ行ってきました。

1930年(昭和5年)にローマで開催された「羅馬開催日本美術展」。当時の日本画壇を代表する画家80名の制作した日本画を一挙展観。イタリアの国王や首相も訪れ、彼の地にて日本美術の「最新」の力作が知られることになりました。

この通称「ローマ展」の開催に尽力したのが大倉財閥の総帥、大倉喜七郎です。彼は画家の制作費はおろか、渡欧費、また会場設営費などを負担。その縁もあり、当時出品されたものの多くは大倉家に所蔵、現在の大倉集古館におさめられました。

というわけで本展ではローマ展に出品された近代日本画を紹介。団長をつとめた大観をはじめ、玉堂、観山、古径、御舟らといった画家の作品、30点弱が展示されています。


児玉素光「山の湯」1926(大正15)年

では印象に深い作品をいくつか。まずは児玉素光の「山の湯」です。瑞々しいまでの緑に覆われた山の奥。そこには家屋が。また谷間からは湯気のようなものも立ち上っている。これは長野の温泉地を描いたものだそうです。情感に満ちています。


下村観山「不動尊」1925(大正14)年

下村観山の「不動尊」も大変な力作。紺の絹地に金泥で力強く不動の姿を。高野山に伝わる像を参照したとのことですが、右の童子が頬に手をあてるなど、少し変わった表現もとられています。

そして横山大観の「夜桜」です。大倉集古館の近代日本画では最も有名と言っても良い大作。改めて見ても見事なものですが、背景の黒い山と手前の篝火に照らされた明るい桜との対比は効果的。また篝火の煙が上へと靡く姿が、構図における縦への意識を強く志向しているようにも思えます。


小林古径「木菟図」1929(昭和4)年 *展示期間:8/3-9/1

小林古径の「木菟図」も可愛らしい一枚です。夕闇の中、紅梅の枝の上にちょこんとのった木菟。上目遣いの表情は思いの外に凛々しく、どこか風格すら漂わせています。


速水御舟「鯉魚」1929(昭和4)年 *展示期間:8/3-9/1

速水御舟の「鯉魚」も絶品。細やかな鯉の鱗の描写はもとより、絵具の滲みを利用した水の豊かな質感表現が巧みです。黄金色にも輝いていました。

また大観の描いたローマ展ポスターや、当時の展示会場写真などもあわせて紹介。会場は当時の宮大工らが手がけたという純和風です。おそらくイタリアの人々に驚きの目をもって迎えられたに違いありません。

ローマ展関連の展示はこれまでにも何度か開催されたこともあり、新鮮味はないかもしれませんが、大倉集古館だからこその近代日本画展。思いの外に見応えがありました。


川合玉堂「奔潭(左隻)」1929(昭和4)年

ホテルオークラ内で開催中の「第19回 秘蔵の名品アートコレクション展」のチケットで入場出来ます。

9月29日まで開催されています。*展示替えあり。リストは大倉集古館ブログへ。

「館蔵品展 大倉コレクションの精華2 近代日本画名品選」 大倉集古館
会期:8月3日(土)~9月29日(日)
休館:8月5日、9月2日・9日。
時間:10:00~16:30 (入館は16時まで。)
料金:一般800円、 64歳以上・大学生・高校生500円、中学生以下無料。
 *20名以上の団体は100円引。
 *ホテルオークラ東京「第19回 秘蔵の名品アートコレクション展」との共通チケットで入場可。
住所:港区虎ノ門2-10-3 ホテルオークラ東京本館正面玄関前
交通:東京メトロ南北線六本木一丁目駅改札口より徒歩5分。東京メトロ日比谷線神谷町駅4b出口より徒歩7分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「福井利佐 LIFE-SIZED」 ポーラミュージアムアネックス

ポーラミュージアムアネックス
「福井利佐 LIFE-SIZED」 
8/9-9/8



ポーラミュージアムアネックスで開催中の福井利佐個展、「LIFE-SIZED」へ行ってきました。

「福井利佐氏の作品は、今までに私たちが見てきた切り絵とは一線を画す独自の世界観を生み出しています。」(公式サイトより転載)

と、上記のように案内のある福井利佐の個展。切り絵と言われてイメージするのは超絶技巧、ともかく小さな平面に精巧な文様を描いて抜き出すモチーフ。さて今までと一線を画す作品とは一体どのようなものなのか。期待しながら足を運びました。



ずばり会場に並ぶのは主に「切り絵」のポートレート。そしてそこには技巧に加え、らしからぬ迫力が。そもそも作品のサイズからして1m以上とかなり大きいのです。

1975年に静岡で生まれ、多摩美術大学を卒業。その後「切り絵」を手がけつつ、Tシャツデザインや小説の挿絵、またスニーカーデザインなど様々なジャンルでも活動を続ける福井。本展ではあくまでも「切り絵」を提示しつつ、また作家の新たな境地を見せる展示となっています。



それにしてもこの「切り絵」ポートレート。切り刻まれた線が半ば眼球や唇などはおろか、顔面の筋肉までを生々しいまでに象り、一種異様なまでの存在感が。先にも触れたように近づいて見るとかなりの迫力があります。



裏へ廻ってみましょう。すると今度は色が出現。実は福井、これまで「黒」を用いてきましたが、今回はあえてそれを排し、「白」に挑戦。また通常行われることの多いという壁掛けをせずに、空間の中へ立体的に作品を配置しています。一つのインスタレーションというべき世界が広がっていました。



また奥には切り絵による魚が宙からモビール状に展開。これは会期中にワークショップによって作り上げられたものなのだそうです。

無数の線による切り絵の物質感。繊細さと大胆さが両立していました。



会場内は撮影が可能でした。

「福井利佐切り絵作品集 KIRIGA/青幻舎」

9月8日まで開催されています。

「福井利佐 LIFE-SIZED」 ポーラミュージアムアネックス@POLA_ANNEX
会期:8月9日(金)~9月8日(日)
休館:会期中無休
時間:11:00~20:00
住所:中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
交通:東京メトロ有楽町線銀座1丁目駅7番出口よりすぐ。JR有楽町駅京橋口より徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「アメリカン・ポップ・アート展」 国立新美術館

国立新美術館
「アメリカン・ポップ・アート展」 
8/7-10/21



個人所蔵としては世界最大級のポップ・アート・コレクションです。国立新美術館で開催中の「アメリカン・ポップ・アート展」へ行ってきました。

アメリカ・コロラドを拠点とする現代美術コレクターのジョン・アンド・キミコ・パワーズ夫妻。とりわけポップ・アートにおいては黎明期の60年代より強い関心を持ち、ウォーホルらの作家とも交流。パトロンとしても活動しながら、次々と作品を蒐集していきました。

しかしながら意外にもそのコレクション。これまでアメリカの美術館でもまとまって紹介されたことは一度もなかったそうです。


ロイ・リキテンスタイン「鏡の中の少女」1964年 エナメル/銅板 The Ryobi Foundation

そこでキミコ夫人の出身地である日本で初めて公開。多様なポップ・アートの作品、約200点が国立新美術館に集結しました。

さて展示は主に作家順。まずはロバート・ラウシェンバーグ(1925-2008)から。ポップ・アートの先駆的存在としても知られる人物です。

面白いのは「コンバイン」と呼ばれる一連のシリーズ。キャンバスに新聞やポスター、また布などを組み合わせ、そこへ白や黒などの色を力強く展開。「ブロードキャスト」(1959)では何と内部にラジオ三台を内蔵させ、キャンバスから突き出たツマミをひねると放送を聞くことが出たというもの。物質感を伴う抽象的な平面に生活や社会が介入してきます。

一際目立つのは、高さ、幅とも2mはあろうかという巨大な立体作品、「リボルバー」(1967)です。5枚の丸いアクリル円盤を並べ、スイッチで回転するという仕組み。円盤表面には人間や絵画、それにバイクの車輪などの写真が組み込まれています。

また人類初の月面着陸、アポロ11号計画をモチーフとした「空の儀式」(1969)なども。発射台や管制室の写真が色面とともにコラージュ的に展開しています。

主にリトグラフで構成されたラウシェンバーグの作品は全部で30点強。このスケールで見たのは初めてです。冒頭から少し興奮してしまいました。

さてラウシェンバーグと並び、本展で注目すべきはジャスパー・ジョーンズ(1930~)。旗や記号、それに数字など、身近な二次元のイメージからイリュージョンを排し、「対象と描かれたものを一致させる」(公式サイトより引用)活動をした画家です。


ジャスパー・ジョーンズ「旗1」1973年 シルクスクリーン The Ryobi Foundation

その旗で早速、登場するのが星条旗のモチーフです。「旗1」(1973)では星条旗を縦方向に展開。また「地図」(1965)ではアメリカの地図をそのまま平面上に描写。黒とも藍ともいえるような色に塗りつぶされた面の向こうからは、州の境界線の記されたアメリカが朧げに浮き上がってきます。

それに興味深いのは陰影をつけるための斜めの斜線を用いた「ハッチング」と呼ばれるシリーズです。こちらも旗や記号同様、街のどこにでもありそうな模様なりデザインを絵画表現に落とし込んでいます。

さて日用品や廃品を彫刻に取り込んだクレス・オルデンバーグ(1929~)では、「ねじれた排水管(青)」が秀逸。タイトルの如く排水管をアクリルボックスに並べたものですが、その姿はまるでミショー画のよう。ねじれた管と影があたかも書のような動きをしています。

さらに「ジャイアント・ソフト・ドラム・セット」(1967)も目立ってはいたのではないでしょうか。こちらはビニールなどの柔らかい素材を用いた「ソフト・スカルプチャー」と呼ばれる立体作品。文字通りドラムセットがビニールで作られていますが、それらはいずれもどこか暴力的なまでに曲がり、またひしゃげ、何やら不気味な様相を。彼はこれを人体の臓器、或いはコロラドの山々の風景に例えてもいるそうです。

少し長くなってしまいました。先を急ぎます。続いては本展チラシ表紙でも注目の「200個のキャンベル・スープ缶」(1962)。もちろん描いたのはアンディ・ウォーホルです。ともかく怒濤のように並ぶキャンベル缶。大量生産の日用品の溢れる現代消費社会云々、とも語られますが、もはやこれ自体がブランド、アイコン化したとも言える作品。タブローです。見ているとちょうど同じ美術館で個展開催中のグルスキーの「99セント」のイメージが思い浮かんできます。


アンディ・ウォーホル「マリリン」1967年 シルクスクリーン/紙 The Ryobi Foundation

ちなみにウォーホル作品ではこの他、「マリリン」(1967)に「花」(1970)、「毛沢東」(1972)、さらには「電気椅子」(1971)のシリーズなども展示。NYの処刑場に取材した「電気椅子」は異様な迫力があります。なお「電気椅子」については宮下規久朗先生の「ウォーホルの芸術」(光文社新書)にも詳細な記述があります。こちらは作家に対する深い考察でも定評のある著作です。おすすめします。

「ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡/宮下規久朗/光文社新書」

都現美の「ヘアリボンの少女」好きの私にとって嬉しいのはリキテンスタインが20点超出品されていることです。「大聖堂シリーズ」(1969)に「エキスポ67のための習作」(1967)なども見ておきたい作品。ちなみに前者にはモネのルーアン、そして後者にはアールデコのモチーフが取り入れられ、よく知られるように西洋の伝統的な主題を引用していることが分かります。ちなみにラウシェンバーグ同様、リキテンスタインもこのスケールで見たのは初めてでした。

さて最後に本展のある意味で主役を。それがキミコ夫人。言うまでもなくこのコレクションを夫のジョンとともに作り上げたコレクターです。


アンディ・ウォーホル「キミコ・パワーズ」1972年 アクリリック、シルクスクリーン・インク/麻布 The Ryobi Foundation

そもそもこの展覧会、冒頭に登場するのがウォーホルの「キミコ・パワーズ」(1972)。もちろんウォーホルに描かせた作品です。そしてウォーホルの展示室にも同じくキミコ夫人をモチーフにした連作が。その数5~6点。ウォーホルが比較的早い段階で、有名人ではない一般の人物をモデルとしたシリーズとのことですが、作品の並ぶ様子はさながらキミコルーム。キミコ夫人にこれでもかというほど見られます。

自身のコレクションを見せるコレクターとして存在感。展覧会を支配しています。圧巻でした。

お盆休み中の日曜ではありましたが、まだ始まったばかりだというのに、随分と賑わっていました。この後、さらに混雑してくるかもしれません。

講演会「アメリカン・ポップ・アートとその時代」
登壇:南雄介(当館副館長・学芸課長/本展監修者)
*アメリカン・ポップ・アートの意味するものと重要性、そして生まれた背景について、作品を通してわかりやすく解説します。
日時:9月14日(土)14:00~15:30(開場13:30)
会場:国立新美術館3階講堂
定員:先着260名
*聴講は無料。要観覧券(半券可)。

名の知られた大作だけでなく、60年代のポップ・アートの初期作をまとめて見られるのもポイントではないでしょうか。

「アメリカン・ポップ・アート誕生の熱気/キミコ・パワーズ、林綾野/講談社」

10月21日まで開催されています。

「アメリカン・ポップ・アート展」 国立新美術館
会期:8月7日(水)~10月21日(月) 
休館:火曜日。但し4月30日は開館。
時間:10:00~18:00 *金曜日は20時まで開館。
料金:一般1500(1300)円、 大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 *( )内は団体料金。8月9日(金)、10日(土)、11日(日)は高校生無料観覧日。(要学生証)
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

「和様の書のなりたちと展開」 6次元

荻窪の6次元で行われた「和様の書のなりたちの展開」に参加してきました。


「和様の書」@東京国立博物館(7月13日~9月8日)

現在、東博で開催中の「和様の書」展。私も今月初旬に一度出向き、なるほど確かに読めはしないものの、文字のリズム感や料紙の美しさに魅了。意外なほど楽しめました。しかしながらやはり前提知識なりがあると、より深く鑑賞出来たのではないかと感じたのも事実。もう少し突っ込んでみたいとも思いました。

そうした時に6次元で「和様の書」に関するトークショーのお知らせが。講師は東京国立博物館研究員の田良島哲さんです。早速、聞きに行ってきました。

さて田良島さん。まず書に接するには必ずしも読めなくても良い、と断られた上で、日本における書、かなの成立史などについてお話を。計1時間半ほどのレクチャーをして下さいました。

というわけでその内容から特に印象深かったポイントを順にまとめてみます。

まず文字の伝来。仏教(信仰)と律令(政治)の関係です。百済の聖明王より仏像とともに伝えられたという経典。その複雑な内容を学ぶには文字を写さなければならない。つまり写経こそが日本人にとって文字を書く、そして学ぶということの原点になります。



奈良時代に入ると「官学写経所」が誕生。写経は国による言わば「公共事業」として盛んに行われます。そこでは各々、経師(書く人)、校生(チェックする人)、装丁、舎人(事務職員)と細かに役割分担が規定。ちなみに写すのを間違える罰則もあったとか。写経は厳格です。

またこの時代の写経の文字の特徴として、ともかくきちっと、またたくさん書くことが第一に要求されます。誰が書いたが問題とされず、文字自体の個性も尊重されなかったそうです。

しかしながら平安時代になると状況も変わります。遣唐使の廃止による国風化の流れもあり、文芸の中心が漢文から和文へと変化。ただしこの変化は必ずしも急速ではなく、漢文も依然として主流ではあったそうですが、ともかく唐様から和様へという大きな潮流が生まれます。



そこで仮名の成立です。大まかに分けると万葉仮名、草仮名、平仮名、片仮名、そしてひらがなの順に確立します。ただし厳密にどのように変化したかはあまりよく分かっていません。また万葉仮名については現在もまだ解読出来ないもの少なくないそうです。



その仮名の名品として名高いのが国宝の「秋萩帖」です。平安時代の作品ですが紙背、裏面には唐の漢文(前漢時代の思想書の注釈)が記されています。つまり一度、おそらくは8世紀くらいに制作された書を裏返し、10世紀になって改めて仮名を書いているとも考えられるのです。(諸説あり。)ようは再利用です。

また元々あった漢語が平安時代になって読めなくなって来た。それを解読する形で仮名にしていく。万葉仮名の誕生にはそうした背景もあったそうです。



11世紀に入ると書き手が文字の美しさを追求。筆跡そのものを誇示しようとする動きが表れます。つまり誰が書いたのか、という問題が重要になってくるわけです。そしてここで今にも名前の伝わる書き手が登場します。それが能書と呼ばれる人達です。


小野道風「円珍贈法印大和尚位並智証大師諡号勅書」 平安時代・延長5年(927) 東京国立博物館

唐様では空海、橘逸勢、そして嵯峨天皇の三筆。一方の和様では小野道風、藤原佐理、藤原行成の三蹟が名声を博します。そして「和様の書」展に登場するのは後者の三蹟であるのは言うまでもありません。



三蹟はいわゆる役人でありましたが、階級としては道風、佐理、行成の順に高かったとのこと。また佐理は大雑把な性格でも知られ、寝坊して出勤は遅れてしまったというエピソードも。残されている書も詫び状がかなり多いそうです。


藤原行成「白氏詩巻」 平安時代・寛仁2年(1018) 東京国立博物館

最も位の高い行成は道長の信頼も高かったという人物、超エリートです。また真面目な性格であったとも伝わっています。そして書の代表作は「白氏詩巻」。田良島さんが本展でまず一番に挙げたいと仰った作品でもあります。

ちなみにこれら三蹟のように、文字がうまいと評判のあった人物は、本業、つまり役人としての立場とは別に余技として書を記していたとか。(ちなみに奈良時代の写経では雇われ人が記したもの殆ど。)そしてさらに時代が進むと文字を書くことそのものを生業とする書家が誕生します。その一つが行成を祖とする流派で、宮廷や帰属で最も権威のある書法であった世尊寺流です。



平安時代は信仰の在り方も多様化。奈良時代のような国家主導的な仏教事業は衰退します。一方で様々な信仰を伝えるための手段としての書の事業は増加。願文、鐘銘、そして経の題字など数多くの仕事が能書に求められたそうです。


「平家納経(部分) 平安時代・長寛2年(1164) 厳島神社

また装飾的な料紙が登場したのもこの時期。そこから書が一つの工芸品としても珍重されます。その例が「法華経(久能寺経)」や「平家納経」です。そして墨と紙を越えた道具、ひいては田良島さん曰く『アート』とも言えるような書が生み出されていきました。


藤原定信「本願寺本三十六人家集」 平安時代 西本願寺

田良島さんのレクチャーは以上です。その後は料紙のデザインと書家との関係、また美術品としていつ書が蒐集されるようになったのか、などといった質疑応答があり、散会となりました。

「和様の書のなりたちと展開」まとめーTogetter

8/16(金)「和様の書のはなし」
テーマ:「和様の書の成り立ちと展開」
ゲスト:田良島哲(東京国立博物館)
現在、東京国立博物館で開催中の特別展「和様の書」の名品を通じて、繊細で優雅な日本の文字文化を紹介します。
会場:6次元
時間:19:00開場 19:30開演
入場料:1500円(お茶付き)


6次元「和様の書のはなし」8/16 19:30~

東京国立博物館の「和様の書」展も残すところ三週間あまり。展示替え(リスト)も多数です。そういえば私が見た時はまだ前期でした。このレクチャーをふまえ、また改めて行きたいと思います。田良島さん、貴重なお話をありがとうございました。

「和様の書」 東京国立博物館@TNM_PR
会期:7月13日(土)~9月8日(日)
休館:月曜日。但し7月15日(月・祝)、8月12日(月)は開館。7月16日(火)は休館。
時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで) *毎週金曜日は20時、土・日・祝・休日は18時まで開館。
料金:一般1500円(1200円)、大学生1200円(1000円)、高校生900円(600円)、中学生以下無料
 * ( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「浮世絵 Floating World」(第三期) 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「浮世絵 Floating World 珠玉の斎藤コレクション」(第三期)
8月13日(火)~9月8日(日)*第三期会期



三菱一号館美術館で開催中の「浮世絵 Floating World 珠玉の斎藤コレクション」の第三期を見てきました。

6月下旬より一号館にてロングラン開催中の浮世絵展「Floating World」。コレクターとして知られる川崎・砂子の里資料館の館長、斎藤文夫氏の浮世絵コレクションを一挙公開。出品総数は全600点。それを3つの会期にわけて紹介しています。

第一期では師宣、春信にはじまり、鳥居派、歌麿らを、また第二期では北斎、広重などの作品を展示。いくつかのテーマを設定しつつ、浮世絵の通史を辿る内容となっていました。


歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」 安政4(1857)年 川崎・砂子の里資料館

しかし残念ながら私自身、一期、二期はちょうど多忙だった時期と重なって見ることが叶わず、気がついたら最終の三期に突入。展覧会も残り約三週間となってしまいました。

前置きが長くなりました。というわけで三期へ。ようやくの観覧です。サブタイトルは「うつりゆく江戸から東京~ジャーナリスティック、ノスタルジックな視線」。テーマは江戸、東京の変遷です。広重の「東都名所」や「江戸名所百景」など起点に、幕末の横浜絵、開化絵各種、さらには維新後、清親らが描いた東京の名所絵シリーズなどが展示されていました。


歌川国芳「東都三ッ股の図」天保2(1831)年頃 川崎・砂子の里資料館

さてまずは広重。その「東都名所」シリーズがずらりと揃いますが、やはり目につくのは「東都三ツ股の図」。画面左手、全体からすると驚くほどに高い櫓が一時、「スカイツリーの誕生を予言した?」などとして話題となった例の一枚です。

広重を過ぎると、豊国、井特、英泉などの肉筆画が登場。面白いのは展示方法です。というのも会場内の真ん中(壁際だけでなく。)にもケースが独立して置かれ、その中に軸画が収められている。しかも床面に置かれているため、視点からすると下方向。つまりいずれも見下ろす形に。つまりしゃがんでみるとちょうど良い高さになるわけです。


歌川芳員「亜墨利加蒸気船 長四十間 巾六間」文久元(1861)年 川崎・砂子の里資料館

ハイライトは開化絵と言えるかもしれません。いわゆる文明開化により大きく街並が変わりつつあった維新後の江戸、東京。また開国後の横浜の様子なども。多くの絵師たちが洋風建築や機関車、鉄橋、汽船を望む港などを精力的に描きました。


小林清親「海運橋 第一銀行雪中」明治9(1876)年頃 川崎・砂子の里資料館

嬉しいのは清親がまとめて出ていたことです。清親が明治9年から描いた東京の名所絵は、いずれも清親ならではの情緒溢れるものばかり。また清親といえば光の絶妙な陰影。江戸を懐古的に眺めつつも、近代化で変貌し続ける東京を巧みに表現しています。

ラストには芳年も登場。「藤原保昌月下弄笛図」は今昔物語に取材した作品です。秋草の靡くなか刀を構える男と横笛を吹く男の対峙。その緊張感。そして背景の大きな月。かの傑作「月百姿」をも彷彿させます。

また一号館ならではの試みとしてロートレックなどの版画もあわせて紹介。必ずしも目立っているとはいえませんが、展示のアクセントにはなっていたのではないかと。それにともすると手狭な一号館の空間が浮世絵のサイズに意外とあっています。

いわゆる名品展ではないかもしれませんが、会期を分けて通史を追い、あえてほぼ幕末から明治期の浮世絵のみで構成した第三期。切り取ってみれば、なかなか意欲的な企画とも言えそうです。

館内は余裕がありました。ゆっくり観覧出来ると思います。

「浮世絵師列伝/別冊太陽/平凡社」

9月8日までの開催です。

「浮世絵 Floating World 珠玉の斎藤コレクション」 三菱一号館美術館
会期:6月22日(土)~9月8日(日)
 第1期:6月22日(土)~7月15日(月・祝)、第2期:7月17日(水)~8月11日(日)、第3期:8月13日(火)~9月8日(日)
休館:毎週月曜。但し祝日の場合は翌火曜休館。9月2日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00(火・土・日・祝)、10:00~20:00(水・木・金)
料金:大人1300円、高校・大学生1000円、小・中学生500円。
 *リピート割引:入場済みのチケットを提示すると当日券が200円引き。
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「生誕250年 谷文晁」 サントリー美術館

サントリー美術館
「生誕250年 谷文晁」 
7/3-8/25



サントリー美術館で開催中の「生誕250年 谷文晁」展へ行ってきました。

「この絵師、何者!?」

チラシ表紙に記載された同館らしからぬセンセーショナルなキャッチコピー。確かに江戸絵画展ではご常連の谷文晁(1763-1840)。何となく南画の大家であるというくらいの認識はあるものの、どういう画業を辿ったのか、どのような作品を残したのかと問われれば、答えに窮してしまうのも事実。必ずしも良く知られた絵師とは言えないかもしれません。


谷文晁「楼閣山水図」 江戸時代 個人蔵

そこで谷文晁メモリアルイヤー、生誕230周年ならではの回顧展です。文晁の交流ネットワークを追いながら、業績全般を振り返って紹介しています。

序章 様式のカオス
第1章 画業のはじまり
第2章 松平定信と『集古十種』ー旅と写生
第3章 文晁と「石山寺縁起絵巻」
第4章 文晁をめぐるネットワークー蒹葭堂・抱一・南畝・京伝


まずは文晁総ざらい。様々な画風を吸収し、反映させた文晁画全般をひとまとめに概観。それが序章の「様式のカオス」です。彼は「八宗兼学」と呼ばれるほどに画風が多様。北宋画山水図を吸収したのは「秋山訪陰図」。点描による岩山。迫力ある構図ですが、筆致は柔らかく、温和な表情をとっています。


谷文晁「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」 江戸時代 神戸市立博物館

また「回道士像」は洋画的な人物表現が見どころ。顔面のリアルな線描に目が向きます。さらに「勿来関図」はやまと絵の摂取です。義家が勿来を通る姿。和歌はかの老中、松平定信によるものです。そしてこの定信が文晁の画業に一定の影響を与えました。

さて続いては初期の文晁へ。僅か10歳で木挽町狩野家に入門した文晁は、17歳の頃に渡辺玄対に学び、南蘋派の手ほどきを受けます。南蘋摂取の一例が「花鳥 文晁画稿」。木にとまる勇壮な鷹。また雪舟画を学んだことも。狩野派の粉本をよく写していたそうです。

そして先に触れた松平定信の登場です。1792年に田安徳川家の見習いから松平定信の近習となった文晁は、定信の諸国巡礼に従い、各地方の風景の写生、及び古寺や旧家などの文化財を調査、その模写などを精力的に行います。


谷文晁「熊野舟行図巻」 江戸時代 山形美術館

例えば1794年の松島巡礼。「東北地方写生図」では白石城をのぞむ景色を細かな筆でスケッチ。また1796年の関西巡礼では「熊野舟行図巻」を残し、広がる太平洋を左手に見据え、雄大な熊野地方の山々をパノラマ的に描きました。

また文晁は言わばパトロンでもあった定信をはじめ、好事家の木村蒹葭堂、狂歌師の大田南畝、そして絵師の酒井抱一らと交流。多様な文人ネットワークを構築します。

そうした交流を知らしめるのが「老梅図」。すくっと縦に伸びる白梅を抱一が描き、横から伸びる別の枝を文晁が記す。漢詩は亀田鵬斎。文晁、抱一とともに下谷に住んだ書家で儒学者です。三人の交流は「下谷の三幅対」とまで称されるほど有名でした。

また抱一画を取り込んだのか、琳派風とも呼べるのが「武蔵野水月図」も一興。秋草に隠れて咲く花の可憐な様子。しかしながら琳派で多用されるたらしこみの技法は使わず、独自の描法をとっています。

それにしても文晁は本当に芸達者。墨の濃淡、掠れと巧みに用いて描いた「風竹図屏風」の美しさ。風に大きく吹かれて靡く笹。横へ志向する構図感は抱一の「月に秋草図屏風」を彷彿させる面も。これは見事です。


谷文晁「石山寺縁起絵巻」 江戸時代 サントリー美術館

展示のハイライトは近年、同館に所蔵され、修復後初公開となった「石山寺縁起絵巻」ではないでしょうか。鎌倉時代末期に石山寺創建や同寺の功徳などを記した絵巻物。江戸時代に至るまで6、7巻は絵を欠いていましたが、それを定信の命の元に文晁が補完。ともかく見るべきは鮮やかな彩色と細密とまで呼べる線描表現。文晁渾身の力作です。

残念ながら前期展示(出品リスト)を見られませんでしたが、文晁の才能。その芸の幅。存分に堪能出来ました。

館内、混雑というほどではありませんでしたが、会期末が近いからか、それなりに盛況でした。「石山寺縁起絵巻」については多少の行列があるかもしれません。

「江戸絵画入門ー驚くべき奇才たちの時代/別冊太陽/平凡社」

8月25日まで開催されています。

「生誕250年 谷文晁」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:7月3日(水)~8月25日(日)
休館:火曜日。但し8月13日(火)は開館。
時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00) *7月14日(日)は20時まで開館。
料金:一般1300円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
 *ホームページ限定割引券、及び携帯割(携帯/スマホサイトの割引券提示)あり。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「PAPERー紙と私の新しいかたち展」 目黒区美術館

目黒区美術館
「PAPERー紙と私の新しいかたち展」 
7/20-9/8



目黒区美術館で開催中の「PAPERー紙と私の新しいかたち展」へ行ってきました。

これまでにも2011年の「包む展」など、造形素材の多様な可能性に着目した企画を行ってきた目黒区美術館ですが、今度は身近な「紙」をテーマに、その魅力を引き出そうとする展覧会を開催しています。

「出品作家」
植原亮輔と渡邉良重(キギ)
鈴木康広
寺田尚樹
トラフ建築設計事務所(鈴野浩一・禿真哉)
DRILL DESIGN(林裕輔・安西葉子)
西村優子




さてこの展示、掴みからしてなかなか巧みです。というのも階段からとある仕掛けが。(一階と階段に関しては撮影が可能でした。)一見、いつもと変わらない階段、よくよく手すりなりを見て下さい。



すると何と小さな小さな切紙の人形があちらこちらに。手がけるのは建築家でデザイナーの寺田尚樹。その名も「テラダモケイ」です。



そもそもは「100分の1建築用添景セット」としての生み出された作品。添景とは建物の大きさなどをイメージ出来るように配置した人や家具などのことだそうです。展示ではそれを独立させて、そっと空間に潜ませています。



踊り場にはオーケストラもご覧の通り。もちろん全ては紙で出来たもの。まさに小人の世界です。思わずにんまりしてしまいました。



ちなみにこの添景セット、2階の会場でも作品が多数紹介されています。そしてこれがまた面白い。様々なシチュエーションをイメージしたセットがあるのですが、各シーン毎に小さなアクリルボックスに入れられているのです。

うちそこには「デート」やら「ドキドキ」、そして「なかなか来ませんね」などのタイトルが。ネタバレになりますが、「なかなか来ませんね」とはバス待ちをする人々を表したセット。このバス停で人が並ぶ様子が再現されています。

その他、「渋谷」や「奈良」に「10円見つけた」なども。奈良には鹿がたくさんいました。では渋谷は?これがまたにやりとさせられるようなセットです。是非会場でご覧になってください。


トラフ建築設計事務所「空気の器」

さて今度は手すりやら踊り場から上を向いて天井へ。ゆらゆらと吊るされているのは「空気の器」。トラス建築設計事務所によるインスタレーションです。これが一枚の紙をいくつも割いて一つの器にしたという作品。赤に緑にと様々な色の器がふんわりと。カゴのようとも言えるかもしれません。

ちなみにとある器には先の添景セットの小人がくつろぐ姿も。心憎い演出でした。

紙を折るということに着目しているのは西村優子です。いわゆる紙の「折形」を平面上へ展開。いずれも折られた紙が幾何学的な面を切り開き、モザイクとも抽象絵画ともいえるようなイメージを作り上げています。また合わせ重なることで強度が増す、言わば紙に重みが加わるのも特徴です。作品には強度が感じられました。


植原亮輔と渡邉良重「時間の標本」

古書から蝶を羽ばたかせているのは植原亮輔と渡邉良重です。まず古書を見開き、中央部分に蝶を鮮やかな彩色とともに細密な表現で描写。裏にも描いた上で切り抜く。すると紙の張力で蝶が浮き上がってきます。極めてシンプルな仕掛けですが、これが思いの外に美しい。また制作途中の作品を公開しているのもポイントです。

実は先の「空気の器」をそうでしたが、本展では完成形前、制作中のものも一部展示されています。ここも興味深いところです。

大胆に映像を取り込んだのはアーティストの鈴木康広、タイトルは「波うち際の本」です。暗室に直に床に置かれた5冊の大きな本。プロジェクターからは波の様子が映し出され、展示室には波の音も軽やかに流れています。

面白いのは波はいずれも見開き部分から出てくることです。何やら異界が本に侵入してくるかのように広がる波の姿。暗室の効果もあってか、どこか神秘的でした。

受付のショップでは「テラダモケイ」や「空気の器」などが実際に販売されています。美術館という空間を超え、日常でも楽しめる紙の新たな世界。作り手の発想力には改めて感心させられました。



派手さはありませんが、目黒区美ならではの好企画だと思います。

9月8日まで開催されています。

「PAPERー紙と私の新しいかたち展」 目黒区美術館
会期:7月20日(土)~9月8日(日)
休館:月曜日
時間:10:00~18:00
料金:一般600(450)円、大高生・65歳以上450(350)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:目黒区目黒2-4-36
交通:JR線、東京メトロ南北線、都営三田線、東急目黒線目黒駅より徒歩10分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「高村光太郎展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「生誕130年 彫刻家・高村光太郎展」
6/29-8/15



千葉市美術館で開催中の「生誕130年 彫刻家・高村光太郎展」へ行ってきました。

評論「緑色の太陽」、詩集「道程」に「智恵子妙」、さらに翻訳「ロダンの言葉」など文筆活動で知られる高村光太郎(1883-1956)。父はかの木彫家、高村光雲。光太郎も幼少の頃から木彫を手がけ、ブロンズなど様々な作品を残しました。

しかしながら光太郎の彫刻をまとめて展観する機会が少なかったのも事実。代表作「手」こそ有名なもの、それ以外の作品はさほど知られていないかもしれません。

そこで生誕130周年のメモリアルイヤーです。本展では同時代の荻原守衛、佐藤朝山、また影響を受けたロダンを参照しつつ、光太郎の彫刻における業績を改めて紹介しています。

まずはブロンズから。展示室にずらりと並ぶのは胸像に座像。いずれも力作ばかりです。うち「獅子吼」は現存する初期のブロンズの代表作。肩をせり上げ、どこか挑発的な様子で彼方を見やる男の姿。その造形は父、光雲のスタイルも思わせます、


高村光太郎「薄命児男子頭部」1905年 個人蔵

なお今、『現存』と書きましたが、それには一つ理由が。というのも1945年、アトリエが空襲で被災してしまったとか。そこで作品が失われているのです。

また光太郎、当初は彫刻の制作、発表に関して実に慎重なスタンスをとります。彼は1907年、ニューヨークにはじまり、ロンドン、パリを経由、イタリアなどを2年間に渡って訪ね歩きますが、帰国した後もしばらくは評論や油画の制作に向き合っていたとか。いつでも彫刻というわけではありません。

光太郎の彫刻に関連づけて語られることの多い作家といえば、かの巨匠、オーギュスト・ロダンです。元々、ロダンに強い関心のあった光太郎が渡仏時代、ロダンに会わなかったことに際して、「江戸っ子の照れみたいなものだ。」と語っているのは興味深いところですが、やはりかの地でロダンの作品をたくさん見ています。

展示ではロダンの胸像も紹介。対する光太郎の胸像で印象的なのは「光雲一周忌記念胸像」、言うまでもなく父、光雲の一周忌の時に制作したものです。

髭をたっぷりとたくわえて前を静かに見据える父の姿。威厳に満ちあふれながらも、意外と表情は少なく、どこか近寄り難い印象も与えます。光太郎は父の作品には厳しかったそうですが、幼少期より「習うより慣れろ。」で彫刻を作り続けた光太郎。父から直接、手ほどきを受けたことはなかったそうです。そうした光太郎は父に対して一体、どのような思いがあったのか。そうしたことも考えさせるような作品でした。


高村光太郎「手」1918年頃 個人蔵

少し長くなりました。もう一つ、ブロンズで見逃せないのは手を象った作品、有名な「手」です。ここでもロダン作の「痙攣する大きな手」が参照されますが、光太郎の手は常に仏教の印、「施無畏印」の形をしていて、ロダンにはない、独特のしなやかさ、また静けさをもたたえています。

さて後半は木彫です。木彫作で現存するものは僅か14点に過ぎませんが、うち3点を除き、全て1930年以前に作られたとか。しかも光太郎はその後、木彫を手がけることはありませんでした。


高村光太郎「蝉3」1924年 個人蔵

ここでチラシ表紙を飾る「蝉」がお出ましです。作品は3点。全てほぼ実寸大。必ずしも超絶技巧とは言えないかもしれません。しかしながらむしろ素朴な風情が深い味わいを醸し出す。また傑作は「柘榴」です。かじったのか剥いたのか、半分近くが割れて、中の果実が露になった柘榴。実に食い込む種が数粒。肉感的でかつ瑞々しい様子。これは見事です。


高村光太郎「柘榴」1924年 個人蔵

さらには「蓮根」も佳作。少し細身の蓮根。上にはかたつむりがちょこんと乗っています。光太郎の原点とも言える木彫。いずれも小品ながら見応えがありました。


高村智恵子「くだものかご」1937-38年 個人蔵

さてラストは光太郎の妻、智恵子です。彼女は結婚後に精神を患い、自殺未遂を。その後、長期にわたって入院生活を送りながら、千数百点余にも及ぶ紙絵を残します。展示ではそうした紙絵を70点弱ほど紹介。いくつかは抽象的なものですが、多数は果物かごや水ようかん、それに手提げ袋など身近なものばかりです。これが思いの外に魅惑的でした。

光太郎展に続く所蔵作品展「高村光太郎の周辺」も充実。ここでは同館の所蔵品から光太郎に関連する作家、リーチ、富本憲吉、石井柏亭らの作品がずらり。また光太郎が装丁を担当した書籍も展示されています。この辺は企画展と所蔵品展を巧みに連動させる千葉市美ならではの試みと言えそうです。

図録が良く出来ていました。鮮明な図版、詳細な解説、また論文がいくつか掲載されて1800円。決定版かもしれません。

「智恵子抄/高村光太郎/新潮文庫」

行くのが遅くなってしまいました。8月18日までの開催です。おすすめします。

「生誕130年 彫刻家・高村光太郎展」 千葉市美術館
会期:6月29日(土)~8月18日(日)
休館:第1月曜日。(7月1日、8月5日)
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1000(800)円、大学生700(560)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

東京国立博物館で酒井抱一の「夏秋草図屏風」が公開されます

東京国立博物館ニュースでも大々的に告知されていました。同館の総合文化展「秋の特別公開」にて、酒井抱一の「夏秋草図屏風」が公開されます。



展示期間は9月18日(水)~9月29日(日)。場所は本館2階の第7室「屏風と襖絵ー安土桃山~江戸」のフロアです。ちなみに同館での公開は2010年以来、約3年ぶりのこと。また関東では2011年に千葉市美術館で行われた「酒井抱一と江戸琳派」展以来となります。


酒井抱一「夏秋草図屏風」東京国立博物館 *2010年の東博平常展での展示風景

またさらに東博では館蔵の抱一作「四季花鳥図巻」の下巻もあわせて公開。こちらの展示期間は8月20日(火)~9月29日(日)の約1ヶ月間。場所は「夏秋草図」の隣の第8室「書画の展開ー安土桃山~江戸」です。また巻替えはありません。つまり「夏秋草図屏風」の展示期間に出かければ双方を見ることが出来ます。

なお展示会期中、「夏秋草図屏風」に関する講演会、解説会も予定されています。

講演会「酒井抱一筆 夏秋草図屏風の魅力」
日時:9月28日(土)15:00~16:00
会場:平成館大講堂
講師:本田光子(絵画・彫刻室研究員)
定員:380名(先着順)
夏の雨、秋の風、銀地屏風の草花たち。季節の一枚にこめられた、さまざまなイメージをご紹介します。
聴講料:無料(当日の入館料が必要。)

列品解説「酒井抱一と夏秋草図屏風」
日時:9月18日(水)、9月25日(水) いずれも14:00~14:30
会場:本館地下 教育普及スペースみどりのライオン
講師:金井裕子(特別展室研究員)
尾形光琳筆「風神雷神図屏風」の裏面に描かれていた「夏秋草図屏風」。二つの屏風の関係を考えながら、作者酒井抱一の素顔に迫ります。博物館ビギナー向けの内容です。
聴講料:無料(当日の入館料が必要。)

ともに予約不要、入館料のみで参加可能です。また講演会の行われる9月28日(土)は特別夜間開館により20時まで開館します。ちょうどこの時期は特別展の入れ替わる期間で金曜の夜間開館はありません。秋の夜の静かな環境で「夏秋草図屏風」を楽しむのも良いのではないでしょうか。


酒井抱一「四季花鳥図巻」 東京国立博物館

この「秋の特別公開」は昨年より東博で始まった新企画。その他にも優品がいくつか公開されます。前回「夏秋草図屏風」が出た際は平常展に1ヶ月以上展示されていましたが、今回は2週間限定。かなり短めです。是非ともお見逃しなきようおすすめします。

「もっと知りたい酒井抱一/玉蟲敏子/東京美術」

「秋の特別公開 酒井抱一 夏秋草図屏風」 東京国立博物館@TNM_PR
会期:9月18日(水)~9月29日(日)
休館:9月24日(火)
時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで) *但し9月28日(土)は特別夜間開館で20時まで開館。22日(日)、23日(月・祝)、29日(日)は18時まで開館。
料金:一般600(500)円、大学生400(300)円。高校生以下、70歳以上無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

「オバケとパンツとお星さま」 東京都現代美術館

東京都現代美術館
「オバケとパンツとお星さま」
6/29-9/8



東京都現代美術館で開催中の「オバケとパンツとお星さま」へ行ってきました。

主に夏休みの子どもたちを対象とした展覧会です。通常の美術館での走らない、触らない、騒がないという約束事も解放し、他に迷惑をかけることがなければ、はしゃいだり触るのもOK。体験型の作品をメインに、子どもたちの想像力を喚起させるような仕掛けが随所にとられています。

それにしてもタイトルからして意味深。「オバケ」は見えないものを見る想像力や勇気を、また「パンツ」はおむつからパンツへ至るという成長の過程を、さらに「お星さま」はファンタジーや光、希望、未来を意味するとか。これら子どもを象徴するキーワードが作品と巧みに関係し合います。その鑑賞体験は意外なほど新鮮でした。

[出展作家]
変身コーナー担当:ゼロゼロエスエス
オバケ担当:松本力
パンツ担当:はまぐちさくらこ
お星さま担当:デタラメ星座協会(代表:村井啓哲/system:筒井真佐人)
オバケ屋敷担当:トラフ建築設計事務所(鈴野浩一、禿真哉)


館内は写真撮影が可能です。というわけで、会場の風景と一緒にいくつかの展示をご紹介。まずはファッションデザイナーの伊藤弘子とアーティストの松岡武によるゼロゼロエスエスから。変身コーナーです。


「変身コーナー」ゼロゼロエスエス

ここではひげやらカツラやら、いわゆる装身具的なアイテムが壁一面にずらり。その一つを手にとって文字通り変身することが出来ます。残念ながら私が出向いた時は既にアイテムが殆ど無くなっていましたが、ともかくはまずは仮装してスタート。展覧会への冒険が始まります。


「オバケはどこにいるか」松本力

すると出てくるのがオバケ。アニメーション作家の松本力の展示、映像と箱を用いたインスタレーションです。暗がりで動くアニメーションを追いかけながら、オバケを探す体験をしていく。また一つ、会場で工夫されていると感心したのはキャプションです。


「オバケはどこにいるか」展示キャプション

ご覧のように各作品には子ども用と大人用の二つの解説が付いています。そしてこの子ども向けが意外と読ませるのです。


「デタラメ星座協会」代表:村井啓哲/system:筒井真佐人

オバケに遭遇した後は夜空のお星さまへと向かいましょう。人の手で星座を作成出来るというプロジェクト「デタラメ星座協会」。ぼんやり出来上がった星座を見ているのも楽しいかもしれませんが、この星座の作り方がかなり凝っています。


「デタラメ星座協会」代表:村井啓哲/system:筒井真佐人

人と人ならぬ、星と星を繋げる技はまさに神の技。ここはチャレンジしたいところです。


「はだかちゃんとぱんつのくに」はまぐちさくらこ

さて暗がりから一転、床に巨大な「はだかちゃん」のぬいぐるみが転がるのは「パンツ」の国。はまぐちさくらこの「はだかちゃんとぱんつのくに」です。激しい色遣いの巨大ドローイングを背に「はだかちゃん」と遊ぶ瞬間。もちろん「はだかちゃん」とは直に触れ合うことも出来ます。子どもたちはジャンプしてまた寝そべって、思い思いに楽しんでいました。

すると次には再びオバケが。トラフ建築設計事務所のお化け屋敷。入口からは中に入ることも可能です。そして外側には美術館らしく何やら絵画が何枚も『展示』されている。一見、お化け屋敷らしからぬ作りですが、これが非常に良く出来ています。


「トラフのオバケ屋敷は化かし屋敷」トラフ建築設計事務所

というのもその一つ一つの絵画に仕掛けがいくつもあるのです。例えば肖像画の顔が入れ替わったり、突然中から人の目がこちらを覗いて来たりする。つまり見ているはずの絵画が別のものになることに気づいたり、見ていたと思っていた絵画から逆に見られていた、というようなことが体験出来るのです。しかもいずれも子どもたち自身が主体的に動く、ようは絵などに触ることで、初めて仕掛けが生きてきます。

あくまでもこのボックスは子どもたちの想像力を喚起させる装置に過ぎません。主役は絵ではなく鑑賞者、子どもたち、というわけでした。

美術を見ること。確かに一般的な鑑賞とは違う面はあるのかもしれません。しかしながら常日頃、作品なりに向き合う際、どこか受動的になり過ぎてはいないだろうか。そうしたことも考えさせられる展示でした。


「変身コーナー」ゼロゼロエスエス

ラストは再び変身コーナー。そしてこれがまた凝っています。たくさんの糸や布地やらがご覧の通り。思い思いのオリジナル衣装を作ることが出来ます。


「変身コーナー」ゼロゼロエスエス

会期中にフォーマンスや音楽会などのイベントもあります。いずれもチケットのみ、当日先着順での受付です。(11時30分より整理券配布)

「オバケとパンツとお星さま」関連イベント@東京都現代美術館

ただひたすら目線を下げ、分かりやすく美術を紹介することだけに留まらない意欲的な展示。単純に「子ども向け」の一言では片付けられません。楽しめました。

9月8日まで開催されています。

「オバケとパンツとお星さまーこどもが、こどもで、いられる場所」 東京都現代美術館@MOT_art_museum
会期:6月29日(土)~9月8日(日)
休館:月曜日。但し7月15日は開館。7月16日は休館。
時間:10:00~18:00 ただし、7月19日、26日、8月2日、9日、16日、23日、30日、9月6日(いずれも金曜日)は21時まで開館。
料金:一般1000(800)円 、大学生・65歳以上800(640)円、中高生500(400)円、小学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *「フランシス・アリス展」「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」との共通券あり。
住所:江東区三好4-1-1
交通:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口より徒歩9分、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩13分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「和様の書」 東京国立博物館

東京国立博物館
「和様の書」
7/13-9/8



東京国立博物館で開催中の「和様の書」へ行ってきました。

「和様の書とは、中国からもたらされた書法を日本の文化の中で独自に発展させた、日本風の書のことです。」(ちらしより引用)

あまり聞き慣れない和様という言葉。そして率直なところ苦手な書の展覧会。実のところ行くかどうかかなり迷いましたが、巷の評判も良く、また先だってのブルータスにも本展の特集がありました。これがご紹介したようにかなり面白い。比較的静かな夏の東博のことです。常設もあわせてと、出かけてみることにしました。


「手鑑 翰墨城」 奈良~室町時代・8~16世紀 MOA美術館 *展示期間:~8/12

さて結果どうだったのか。書の愛でるというのは必ずしも読むことと同義ではないのではないか。むしろ読めないという意識が書に対してハードルを作っていたのではないか。表情豊かなで自在な書の世界。紙という空に舞う文字のリズム感。余白の美。すっと心に入りました。

前置きが長くなりました。まずは展覧会の構成です。

第1章 書の鑑賞
第2章 仮名の成立と三跡
第3章 信仰と書
第4章 高野切と古筆
第5章 世尊寺流と和様の展開


冒頭に据えた「書の鑑賞」。この導入がさり気なく良く出来ています。というのもここでは書の魅力を様々な角度から紹介。そこで登場したのが蒔箱です。いつもは細かな蒔絵の文様ばかり見てしまうところですが、なんと箱の随所には源氏の初音の歌が散らされている、ようは文字が記されているではありませんか。

また同じく書の記された小袖や屏風絵なども紹介。考えてみれば屏風絵などにはよく和歌が記されているものです。文字が絵画や工芸の中で一つの文様、意匠として浮き上がってくる。筆跡のアルバムである手鑑のいくつかも可愛らしいものです。もちろんその一方で、書には記した人物の意志や思いもこめられています。


織田信長「書状(与一郎宛)」 安土桃山時代・天正5年(1577) 永青文庫 *展示期間:~8/12

それをよく伝えているの天下人の書、つまり信長、秀吉、家康の書ではないでしょうか。中でも興味深いのは信長の「書状(与一郎宛)」(展示期間:7/13~8/12)。残存する数少ない自筆のものです。戦功を賞して送った書だそうですが、そのスタイルは何やら即物的と言えるようなもの。思わずあの冷徹な眼差しを浮かべる信長の肖像を思い浮かびました。

さて二章では「三跡」。つまり和様の書を創出させた小野道風、藤原佐理、藤原行成による書が一挙に公開。私も名前こそ聞いたことがありますが、今回のようにまとまった形で見るのは初めてです。


藤原行成「白氏詩巻」 平安時代・寛仁2年(1018) 東京国立博物館

うち最も惹かれたのは藤原行成。「白氏詩巻」が目を引きます。色変わりの料紙に記した8篇の詩。ともかく柔らかで軽やかな筆致の美しさ。それでいて端正。実直な人柄だったのでしょうか。また墨の仄かな濃淡や掠れも絶妙。極めて繊細です。これは図版では分かりません。


「竹生島経」 平安時代・10世紀後半~11世紀 東京国立博物館

経典では「竹生島経」(展示期間:7/13~9/8)が絶品です。琵琶湖に浮かぶ竹生島の宝厳寺に伝わる法華経の経典、筆致は端正ながらも力強い。また金銀泥下絵の瑞鳥や草花も華麗です。それに有名な「平家納経」も出品。ともかく絢爛豪華な巻物、いつもながらに眩いばかりですが、書のみを捉えると、やはり書き手の強い願いがこめられているような印象も。さも一つ一つの文字が紙に固着して永遠に離れまいとする様子。ただならぬ気配も感じます。


「平家納経(部分) 平安時代・長寛2年(1164) 厳島神社 *展示替えあり

さて仮名や漢字、さらには料紙が一つの美しき小宇宙を創り上げるのは古筆の世界です。中でも古今和歌集の現存する最古の写本として知られるのが高野切です。

「古今和歌集 巻第五 高野切」(展示期間:7/13~8/4)。幽玄ともいうべき文字の軽やかなダンス。小川のせせらぎのように仮名がつらつらと続く様。また料紙にも注目。少し角度を変えて見ると雲母がキラキラと浮かび上がる。まるで天の川を眺めるかのようです。

この料紙の意匠を愛でることも、書の醍醐味と言えるのではないでしょうか。先の三跡の一人、藤原行成の系譜を受け続く世尊寺流と呼ばれる書の展開。息をのむほどに美しい料紙が目白押しです。

まずは「本願寺本三十六人家集」(会期中頁替有)。金銀箔に唐紙に染紙。秋の紅葉に染まった野山を見ているような景色。言葉になりません。そして「古今和歌集 序(巻子本)」(展示期間:7/13~8/12)蔦の文様が軽やかなリズムを刻む姿。料紙も紅、薄い桃色、白、藍などが連なって見事なグラデーションを描いています。


本阿弥光悦「四季草花下絵和歌巻」 江戸時代・17世紀 個人蔵 *展示期間:~8/4

そして琳派からは光悦。「四季草花下絵和歌巻」(展示期間:7/13~8/4)における四季折々の風情。噴水のように勢い良く群れる秋草、そして沈み込む半月。また桜に躑躅が艶やかな金銀泥で描かれていく。そこへ光悦の書が蝶のように舞う光景。思わず時間を忘れました。

荻窪の6次元でトークイベント「和様の書のはなし」の開催が決まりました。

8/16(金)「和様の書のはなし」
テーマ「和様の書の成り立ちと展開」
ゲスト:田良島哲(東京国立博物館)
現在、東京国立博物館で開催中の特別展「和様の書」の名品を通じて、繊細で優雅な日本の文字文化を紹介します。
会場:6次元(www.6jigen.com
時間:19:00開場 19:30開演
入場料:1500円(お茶付き)
トーク予約:件名を『和様の書』とし、お名前、人数、お電話番号、を明記の上、rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp まで。

ゲストは東京国立博物館の田良島哲さん。受付は先着順、定員になり次第締切です。何とか都合をつけて聞きに行きたいと思います。

なお展示は展示替え、巻替え、頁替え多数です。詳しくは出品リストをご参照下さい。

「日本の書/別冊太陽/平凡社」

8月に入ってすぐの日曜に出かけましたが、会場の一部で多少の列があったものの、全体としては余裕がありました。ゆったり楽しめます。

9月8日まで開催されています。

「和様の書」 東京国立博物館@TNM_PR
会期:7月13日(土)~9月8日(日)
休館:月曜日。但し7月15日(月・祝)、8月12日(月)は開館。7月16日(火)は休館。
時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで) *毎週金曜日は20時、土・日・祝・休日は18時まで開館。
料金:一般1500円(1200円)、大学生1200円(1000円)、高校生900円(600円)、中学生以下無料
 * ( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ