「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」 国立歴史民俗博物館

国立歴史民俗博物館
「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」
2015/12/15~2016/2/7



国立歴史民俗博物館で開催中の「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」を見てきました。

江戸時代末期、当時のアイヌの有力者の肖像画を描いた一人の画人がいました。その名は蠣崎波響。松前藩の家老です。

松前藩主の五男に生まれた波響は、後に家老の資格を持つ蠣崎家に入り、藩政を担当。と同時に幼き頃から画才を発揮し、南蘋派に学んだ画人でもありました。何でも宋紫石に師事。応挙や抱一とも交流があったそうです。

波響がアイヌの肖像画を描いたのは1789年のことです。切っ掛けはアイヌ人の蜂起。「クナシリ・メナシの戦い」です。当時の「和人の非道」(解説より)に耐えかねたアイヌ人は松前藩の足軽や商人などを殺害。対して松前藩は鎮圧に乗り出します。結果、アイヌの首謀者は処刑。蜂起は退けられました。

この時、アイヌの中で松前藩に協力した有力者がいたそうです。彼ら彼女らこそが波響の肖像に登場する人物です。全員で12名。松前藩は波響に命じてアイヌの協力者の姿を「御味方」として描かせることを指示。それに応じて波響も「夷酋列像」と呼ばれる表題の作品を制作しました。


蠣崎波響「夷酋列像 ションコ」 ブザンソン美術考古博物館

「夷酋列像」は大変な反響を呼び、時の老中松平定信が写させたほか、京都の公家や天皇の上覧を得ることも出来たそうです。よってたくさんの粉本や模写が残っています。

しかしどういうわけか波響の「夷酋列像」は後にフランスへと渡りました。現在はブザンソンの美術考古博物館に収められています。前置きが長くなりました。つまり「夷酋列像」の里帰り展というわけです。ブザンソンからやって来た「夷酋列像」を起点に、粉本ほか、アイヌにまつわる資料を交え、18~19世紀におけるアイヌ、ないし北東アジアの文化や歴史を辿っています。

さて「夷酋列像」。一言で表せば驚くほど精緻です。保存の観点か照明がやや暗いこともあり、細部の確認には単眼鏡が必要ではないかと思うほどでした。衣装の文様、刀や弓などの装身具、そして身体の筋肉や体毛までが一つ一つ、極めて細かな筆にて描かれています。その意味では写実性が強い。波響の高い画力を伺わせます。

とはいえ、波響は必ずしもアイヌの人々を全てリアルに引き寄せて写したわけではありません。あえてアイヌの威容、ないし異様を強調して捉えています。実際にも戦いの後、松前に招かれたアイヌの有力者たちは、藩の所有の蝦夷錦を与えられ、外国の衣装を身につけた姿で描かれたそうです。

この蝦夷錦の一つを見ても松前藩とアイヌの関係は一筋縄ではありません。というのも蝦夷錦とは元々、中国から樺太を経てアイヌにやって来た衣装。それをアイヌの人が松前藩に献上していた経緯があります。一方でそれとは別に、アイヌでは中国から長崎を経由し、松前藩からもたらされた錦を着用していたこともありました。


蠣崎波響「夷酋列像 マウタラケ」 ブザンソン美術考古博物館

列像のうちの一人、マウラタケが下に敷いているのはラッコの皮です。18世紀にはアイヌの良産物とされ、松前藩から幕府を経て外国へ輸出。大変に高価だったそうです。それゆえに毛皮を獲っていたアイヌの首長たちに富をもたらすこともありました。


蠣崎波響「夷酋列像 チョウサマ」 ブザンソン美術考古博物館

チョウサマが持つのはアイヌの宝器である鍬形。イニンカリが連れて歩く動物はヒグマの子どもです。またシモチやニシコマケは弓を射ていますが、この弓こそが和人たちによるアイヌの象徴でした。また興味深いのはポロヤの衣装です。日本の着物とは逆に右の襟が上になっていますが、実際にアイヌにこのような習慣があったのか定かではありません。つまりあえて和人とは異なることを示すために描いたわけです。


蠣崎波響「夷酋列像 ポロヤ」 ブザンソン美術考古博物館

真っ赤な衣を纏うイトコイの立ち姿は中国の英雄、関羽に見立ているとも言われています。ほか巨大な鹿を背負うノチクサは源平合戦の逸話を思い起こさせるもの。波響は衣装や装身具こそ松前にあったアイヌの文物を丹念に写しましたが、ポーズや構図などはかなり自由に演出、ないし脚色しています。


「蝦夷錦」 国立歴史民俗博物館

「夷酋列像」のほかにはアイヌゆかりの刀や弓も展示。ラッコの皮やアザラシの皮で作った靴なども紹介されています。さらに蝦夷を写した地図や多くの模写に粉本、波響の描いた花鳥画までありました。いわゆる特別展ではなく、常設内の特集展示の扱いですが、思いのほかに資料は充実。アイヌの生活と和人のアイヌ観、引いては異国への視点が浮かび上がるような展示でした。

ところでいわゆる常設展こと広大な総合展示のある歴博。特集展のみならず総合展示においてもアイヌの文化を紹介するコーナーがいくつかあります。


「ジットク」 国立歴史民俗博物館(第3展示室)

例えば第3展示室では近世における日本とアイヌ文化の関係を紹介。18世紀のアイヌ絵で名高い小玉貞良の「蝦夷国魚場風俗図巻」の複製のほか、蝦夷地にてアイヌが所有していた着物、「ジットク」なども展示されています。(こちらは撮影可)


アイヌ関連展示(第3展示室)

第4展示室では現代におけるアイヌ工芸なども展示。アイヌの模様を施したiPhoneケースなどもあります。ほか第5展示室でも明治維新後にアイヌの「同化政策」に言及し、近代以降のアイヌの人々の生活のひずみなどについても紹介していました。さらに映像でアイヌの歌も聴くことが出来ます。「夷酋列像」展と合わせて見るのが良さそうです。


アイヌ関連展示(第3展示室)

作品の借用に際して筆記具の使用が認められなかったそうです。(係りの方による)よって「夷酋列像」展の会場内では鉛筆でもメモが取れません。ご注意下さい。

ちなみに本展は昨年秋、北海道博物館で行われた特別展がベースになっています。(作品数からして歴博は縮小版のようです。)この後は大阪の国立民族学博物館へと巡回します。

[夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界 巡回予定]
国立民族学博物館:2016年2月25日(木)~5月10日(火)



2月7日まで開催されています。おすすめします。

「夷酋列像ー蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」 国立歴史民俗博物館@rekihaku
会期:2015年12月15日(火)~2016年2月7日(日)
休館:月曜日。但し休日の場合は翌日が休館日。年末年始(12月27日~1月4日)
時間:9:30~16:30(入館は16時まで)
料金:一般420(350)円、高校生・大学生250(200)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *毎週土曜日は高校生が無料。
 *総合展示も観覧可。
住所:千葉県佐倉市城内町117
交通:京成線京成佐倉駅下車徒歩約15分。JR線佐倉駅北口1番乗場よりちばグリーンバス田町車庫行きにて「国立博物館入口」または「国立歴史民俗博物館」下車。東京駅八重洲北口より高速バス「マイタウン・ダイレクトバス佐倉ICルート」にて約1時間。(一日一往復)
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「ボッティチェリ展」 東京都美術館

東京都美術館
「ボッティチェリ展」 
1/16~4/3



東京都美術館で開催中の「ボッティチェリ展」のプレスプレビューに参加してきました。

イタリア・ルネサンスを代表する画家として知られるサンドロ・ボッティチェリ(1444/45~1510)。出品数としては国内で過去最多のボッティチェリ展です。いわゆる真筆で20点、加えて工房周辺作が6点。基本的には年代別での展示です。ボッティチェリの画風の変遷を辿ることも出来ます。



とはいえ、端的にボッティチェリにのみ着目した展覧会ではありません。主役は3人です。もちろん1人はボッティチェリ。ではあと2人の画家は誰でしょうか。それがボッティチェリと同じフィレンツェで活動したフィリッポ・リッピとフィリッピーノ・リッピ。親子です。しかもフィリッポはボッティチェリの師でフィリッピーノは弟子でかつライバル。互いに影響を与えています。この3名の師弟、ないし親子関係をあらかじめ頭に入れていくと、展覧会もより深く楽しめるのではないでしょうか。


サンドロ・ボッティチェリ「ラーマ家の東方三博士の礼拝」 1475-76年頃 テンペラ、板
フィレンツェ、ウフィツィ美術館


ルネサンス期のフィレンツェを支配していたのはメディチ家です。ボッティチェリの成功もメディチ家の「庇護のもとに達成」(キャプションより)されました。そのメディチ家の人物が描きこまれているのが「ラーマ家の東方三博士の礼拝」です。やや高い場所に位置する聖母子、博士が恭しく跪いていますが、彼こそがコジモ・デ・メディチ。そして注文主はタイトルにもあるようにラーマです。右手の男性の列の中にいます。奥の方でこちらを見ながら自らを指差す人物です。

そして列の最も手前にいるのが画家本人、つまりボッティチェリ。同じくこちらを向いています。ラーマはメディチ家に寵愛されたボッティチェリに制作を依頼し、メディチ家の人物と画中で共にすることで、その地位を示そうとしました。


フィリッポ・リッピ「玉座の聖母子と二天使、聖ユリアヌス、 聖フランチェスコ」 1445-50年 テンペラ、板
ロンドン、ピッタス・コレクション


さて展示は大まかにフィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、フィリッピーノ・リッピの順。まずはフィリッポ・リッピです。作品は帰属作を含め10点超。主に聖母子をモチーフとしたテンペラの板絵が続きます。また「ピエタ」も劇的。強い印象を与えるのではないでしょうか。ただここであえて挙げたいのは素描の下絵、「ヴェールをかぶった女性頭部の習作」です。


フィリッポ・リッピ「ヴェールをかぶった女性頭部の習作 (バルトリーニの円形画のため)」 1452年頃 尖筆、鉛白、ペンとインクおよび赤、石墨による後世の補筆、黄褐色で下塗りした紙、裏張り
フィレンツェ、ウフィツィ素描版画室


バルトリーニのための円形画のための準備素描、やや斜め上から見た少女が描かれています。瞼はいささか重く、口元ややや強めに閉じてもいます。通常、フィリッポの素描は「金属的で線刻的」(解説より)とされていますが、ここでは異なり、細く、また柔らかな線描が「絵画的効果」(解説より)を引き立てることに成功しています。ヴェールから頬、首筋のラインにかけての白く細かな線にも要注目です。いわゆるハイライトです。光の陰影を巧みに表してもいます。


サンドロ・ボッティチェリ「書斎の聖アウグスティヌス(あるいは聖アウグス ティヌスに訪れた幻視)」 1480年頃 剥離されたフレスコ画
フィレンツェ、オニサンティ聖堂


中盤はボッティチェリです。見事なフレスコ画がやってきました。「書斎の聖アウグスティヌス」です。まさしく堂々という言葉が相応わしいアウグスティヌス。左手を胸に寄せ、天球儀の方を仰いでは、思慮に富んだ眼差しを向けています。緻密でかつ肉感的ですらある顔面、ないし手の表現も素晴らしい。やや土色を帯びていますが、リアリティーにも満ちています。泰然でかつ超然。高さは1メートル50センチほどです。とてつもなく大きな作品でありませんが、まるで巨人を表したかのような迫力すら感じられました。思わず後ずさりしてしまいます。


サンドロ・ボッティチェリ「聖母子(書物の聖母)」 1482-83年頃 テンペラ、板
ポルディ・ペッツォーリ美術館


このフレスコ画の描かれた1480年代がボッティチェリの最盛期とも言われています。チラシ表紙を飾る「聖母子(書物の聖母)」も同時代。優しく慈愛に満ちた眼差しをイエスに落としているのが聖母マリアです。やや伏し目がちでもあります。一方のイエスはぐっと振り返ってはマリアの姿、ないし視線を確実に捉えようとしています。極めて親密な聖母。何よりも魅惑的なのは女性表現の美しさです。かの傑作「ヴィーナスの誕生」に登場する女神のごとく、卵形で目鼻立ちの整った姿が目を引きます。輝かしきブロンドの髪をだらりと垂らしていました。

細部の緻密な描写も見どころの一つです。中でも衣服のモール。点描でしょうか。さらに背後に置かれた果物かごも素晴らしい。光輪には金箔、また聖母の青い衣にはラピスラズリが用いられています。ともかく際立つ「書物の聖母」。展覧会のメインビジュアルに選ばれたのもさもありなんという気がしました。


サンドロ・ボッティチェリ「アペレスの誹謗(ラ・カルンニア)」 1494-96年頃 テンペラ、板
フィレンツェ、ウフィツィ美術館


時代が進むことで作風を変化させたボッティチェリ。「書物の聖母」からおおよそ10年後に描かれた「アペレスの誹謗」はどうでしょうか。現存しない古代ギリシャの作品を復元させようと試みた一枚。そこにはいわゆる誹謗中傷にあった人物の姿が寓意的に描かれています。床へ転がるように足を延ばすのは無実。懇願するように手を合わせています。そして彼の髪を掴むのが誹謗です。また左でただ一人、上を指差して立つ裸体の女性が真実です。いわゆる身振り手振りが激しい。まるで映像を前にしたかのような動きのある構図です。背景は古代風の建物。浮き彫りが細かに表されてもいます。一説ではボッティチェリが帰依したサヴォラローラへの誹謗に対する意味も込められているそうです。

ラストはフィリッピーノ・リッピ。約15点。力作揃いです。10代にボッティチェリの工房に属し、20歳頃に独立。メディチ家をはじめとする富裕層の注文を受けます。ボッティチェリよりも「甘美」と称されたこともあったそうです。確かに初期の「幼児キリストを礼拝する聖母」などは穏やかで美しい。背景の緻密な風景描写はフランドル絵画に着想を得たものです。イエスを見下ろすマリアには慈愛が感じられます。


フィリッピーノ・リッピ「聖母子と聖ステファヌス、洗礼者聖ヨハネ (引見の間のための祭壇画)」 1503年 テンペラ、板
プラート市立美術館


「聖母子と聖ステファヌス、洗礼者聖ヨハネ」にも惹かれました。フィリッピーノの生地、プラートの市庁舎のための板絵、祭壇画です。ステファヌスもヨハネもプラートの町の守護聖人。中央には聖母子の姿が描かれています。イエスはヨハネの方へ体を投げ出し、マリアもその方向を見やりながら、イエスを支えています。ステファヌスの頭にも注目です。何やら唐突にも石が描かれていますが、これは彼が最初の殉教者で、石打ちで殉じたことに由来するもの。ヨハネがやや笑みを浮かべているのに対し、物静かな様相で手を合わせています。


フィリッピーノ・リッピ「洗礼者聖ヨハネ」、「マグダラのマリア」(ともにヴァローリ三連画の両翼画) 1497年頃 テンペラ、板
フィレンツェ、アカデミア美術館


最後に一枚、おおよそ甘美とは言い難い作品がありました。それが「洗礼者聖ヨハネ マグダラのマリア」です。縦に長い構図、ヨハネとマグダラが描かれていますが、ともに憔悴しきっていて尋常ではありません。青白く細った手足、そしてマグダラの足元にまで及ぼうとする髪の毛。視線は虚ろで今にも息絶えてしまいそうでもあります。

これは先に触れたサヴォナローラの台頭した時期に広まった聖人表現だそうです。キャプションに「骸骨」とありましたが、さながら幽霊画を前にしているかのようでした。


サンドロ・ボッティチェリ「磔刑のキリスト」 1496-98年頃 テンペラ、板
プラート大聖堂付属美術館 (サン・ドメニコ壁画美術館に寄託)


ボッティチェリとリッピ親子の3人展。現存するボッティチェリの作品は約100点とも言われています。とすれば2割が揃ったことにもなります。しかもリッピ親子の作品も粒ぞろい。国内でこのスケールでの展示はしばらく望めないのではないでしょうか。

最後に会場の情報です。実はプレビューに続き、会期初日翌日の日曜日に改めて出かけてきました。

さすがに始まったばかりか館内の混雑はそれほどでもありませんでした。ただ「書物の聖母」などの一部の作品の前には大勢の人が立ち止まり、一番前を確保するための列も僅かならがら出来ていました。金曜の夜間開館日なども狙い目となるかもしれません。



4月3日まで開催されています。まずはおすすめします。

「ボッティチェリ展」@Botticelli2016) 東京都美術館@tobikan_jp
会期:1月16日(土) ~ 4月3日(日)
時間:9:30~17:30
 *入館は閉館の30分前まで。
 *毎週金曜日は20時まで開館。
休館:月曜日。3月22日(火)。但し3月21日(月・休)、28日(月)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1300(1100)円、高校生800(600)円。65歳以上1000(800)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
 *毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「フランク・ゲーリー/パリ-フォンダシオン ルイ・ヴィトン建築展」 エスパス ルイ・ヴィトン東京

エスパス ルイ・ヴィトン東京
「フランク・ゲーリー/パリ-フォンダシオン ルイ・ヴィトン建築展」 
2015/10/17~2016/1/31



エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中の「フランク・ゲーリー/パリ-フォンダシオン ルイ・ヴィトン建築展」を見てきました。

2014年秋、パリ西部、ブローニュの森にオープンした「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」。いわゆる現代美術の美術館を併設した総合文化施設です。

デザインしたのはフランク・ゲーリー。1929年にアメリカで生まれ、1989年にはプリツカー賞を受賞した世界的建築家です。

ゲーリーはどのように「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」を設計し、また建てたのでしょうか。そのプロセスなどを模型などから6つのセクションとともに紐解いています。



まずは歴史。ブローニュの森の地歴です。森とあるように同地域は緑に包まれた一帯。19世紀になってロンドンのハイド・パークに着想を得て整備されました。1860年にナポレオン3世がアクリマタシオン公園の開園を宣言。温室や水族館も建設されます。古くからパリの人々の憩いの場として愛されてきました。



そこへゲーリーが新たな文化施設を建てました。ご覧のように特徴的なのは外観を覆うガラスです。自身が「フランスの文化を象徴する壮大な船」と呼ぶように、確かに巨大な船の帆のようでした。全部で12枚。計3600枚ものガラスが用いられています。極めて大胆な曲線美。一つとして同じガラスはありません。

内部と外部の区別はありません。その意味では周囲の景観にも配慮。来館者は中からガラスの帆を通して森の緑や空を楽しむことも出来ます。



「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」はギャラリーのみならず、オフィスや倉庫、書店やレストランなどの複数のブロックから作られています。内部空間をデザインしたスタディ模型もずらり。またスケッチも多数。驚くべき自由な発想です。ゲーリーの設計のインスピレーションを辿ることも出来ます。



外観のガラスの帆は様々な素材によって検討されました。素材ごとに変化しても見える「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」。会場を見上げれば外観のみを模した帆が宙を舞っていました。確かに帆船、ないしは水の中を泳ぐ魚、はたまたぽっかりと浮かぶ雲のようにも見えます。



ガラス張りのエスパスの空間にも映える「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」の模型。大変にスタイリッシュな展示です。ちょうどガラス越しに東京の夕景を眺めながら楽しめました。



昨年秋より続く展覧会ですが、気がつけば会期末を迎えていました。1月31日まで開催されています。

「フランク・ゲーリー/パリ-フォンダシオン ルイ・ヴィトン建築展」 エスパス ルイ・ヴィトン東京
会期:2015年10月17日(土)~2016年1月31日(日)
休廊:不定休。1月1日(金)。
時間:12:00~20:00
料金:無料
住所:渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル7階
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A1出口より徒歩約3分。JR線原宿駅表参道口より徒歩約10分。
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「小西真奈 On Location」 ARATANIURANO

ARATANIURANO
「小西真奈 On Location」
1/16~2/20



アラタニウラノで開催中の「小西真奈 On Location」を見てきました。

1968年に東京で生まれ、主にアメリカでキャリアを積んできたペインター、小西真奈。2006年には若い世代の画家の登竜門として知られるVOCA賞を受賞しました。



鮮やかな油彩によって表された風景。日差しは強く、水の色も、森の緑も際立って見えます。そこに一人の人物。女の子でしょうか。白い帽子を被って海を眺めてもいます。また森の奥深き滝壺をうかがう子どもの姿もありました。まるで旅行のスナップ写真のようです。岩の質感は重厚。一見するところリアルですが、絵に近づけば筆は大胆です。かなりラフな筆致であることが分かります。

しかしながらこれらの風景、必ずしも全てが写実、ないしリアルではありません。



舞台は奄美大島です。昨年の夏に小西は初めて訪れました。そこでまず現地の風景を写真におさめます。後に写真と記憶を重ね合わせ、絵画の上だけの世界を作り上げました。言わば心象風景でもあるわけです。

ただかつての作品と比べると風景はよりクリアに浮かび上がっているような気もしました。どこかパラレルワールドを覗き込んでいるような小西の絵画世界。油絵特有の力強さも魅力の一つではないでしょうか。

2月20日まで開催されています。

「小西真奈 On Location」 ARATANIURANO
会期: 1月16日(土) ~2月20日(土)
休廊:日・月・祝
時間:11:00~19:00
住所:港区白金3-1-15 白金アートコンプレックス2階
交通:東京メトロ南北線・都営三田線白金高輪駅3番出口より徒歩10分。東京メトロ日比谷線広尾駅1番出口より徒歩15分。
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「佐藤万絵子展 机の下でラブレター」 アサヒ・アートスクエア

アサヒ・アートスクエア
「佐藤万絵子展 机の下でラブレター(ポストを焦がれて)」
1/9~1/30



アサヒ・アートスクエアで開催中の「佐藤万絵子展 机の下でラブレター(ポストを焦がれて)」を見てきました。

1975年に秋田県で生まれた美術家、佐藤万絵子。2004年にはVOCAに出品したほか、近年の「所沢ビエンナーレ 引込線」に参加するなど、「関東を中心に精力的に作品」(公式サイトより)を発表し続けてきました。

それにしても今回の「画業を総覧」(チラシより)するという個展。端的に絵画が並んでいるのかと思いきや、驚くべき光景が目に飛び込んできました。



入口は確かに「机の下」でした。足元に散らばるのは無数のロール紙です。そこには殴り書きのような赤や黒の線が走っています。紙は時にビリビリに破れ、また線も乱れに乱れています。塗りつぶしたり、余白を残したりと一定ではありません。まさに自在。そして激しい。絵画という枠を超えています。



奥へと進んでみました。するとご覧の通りです。やはり同じくロール紙が散乱し、木材が縦や横に点在しています。そして段ボールです。何枚も重なっているものや、そのまま箱になって転がっているものもあります。今度は青、緑といった色彩が目につきました。ぐしゃぐしゃになった紙や折れ曲がった木材。銀紙や針金のようなものも見えます。奥には半円の窓を模した建築物がありました。ただならぬ気配が漂ってもいます。



まず一目見て頭に浮かんだのが瓦礫でした。地震で倒壊した家屋、ないし、強大なエネルギーを持った何かに蹂躙された痕跡。破壊的、ないしカオスとも言えるかもしれません。紙や色はまるで爆発したように散乱しては、空間の全てを埋め尽くしています。

AAS OpenSquareProject MAEKO SATO


それにしても一体どのように制作されたのでしょうか。そのヒントは公開制作の動画にありました。そこで佐藤はコントラバスの刻むリズムに乗りながら、紙を広げ、ないし束ね、腕を振って色をつけては、また激しく乱していきます。服も手も絵具まみれ。顔にもこびりついています。紙に身を委ね、ないし格闘し、色を無心につけて、いや絵具を擦り付けていく作家。もはや何かに取り憑かれたと呼んでも良いかもしれません。鬼気迫る光景が映し出されています。



佐藤は旧作と新作を織り交ぜて展示を構成。会期初めに場内に滞在しては制作を続けました。

無数の描線は、決まったかたちや意味を持たない「言葉」とも言えます。言葉の連なりはやがて手紙となり、「机の下」という親密な空間の力を借りて「ラブレター」へと変容していきます。*公式サイトより



増殖する描線と紙。確かに留まることを知りません。佐藤はかつて一度、絵が描けなくなってしまったことがあったそうです。そこからの展開。今度は何か意を決したように絵画と全身で対峙してもいます。思わず息をのんで見入ってしまいました。

なお会期は2期制です。1期は制作プロセスを公開していました。そして現在は第2期。いわゆる完成作が展示されています。

私は2期の初日に出かけましたが、係りの方に伺うと、まだ一部手直しなどがなされているそうです。チケットは500円のパスポート制です。1期、2期の如何に関わらず何度でも入場出来ます。

会場のアサヒ・アートスクエアは「老朽化」(公式サイトより)のため、本年3月末で閉館します。

「アサヒ・アートスクエア閉館のご連絡」@アサヒ・アートスクエア



全てを呑みこもうとばかりに広がるペインティング、ドローイングの数々。天井高もあるスペースだからこそ可能なインスタレーションと言えるかもしれません。そろそろ見納めともなるアサヒ・アートスクエア。やはりどこか名残惜しくも感じられました。

1月30日まで開催されています。

「佐藤万絵子展 机の下でラブレター(ポストを焦がれて)」 アサヒ・アートスクエア@AsahiArtSquare
会期:1月9日(土)~1月30日(土)
 第1期:1月9日(土)~1月22日(金)
 第2期:1月23日(土)~1月30日(土)
休館:1月13日(水)~1月15日(金)
時間:18:00~21:00(1/9~22)、11:00~21:00(1/23~24、1/29~1/30)、11:00~21:00(1/29~30)。
料金:500円。(パスポート制。会期中再入場可。)
住所:墨田区吾妻橋1-23-1 スーパードライホール4階
交通:東京メトロ銀座線浅草駅4、5番出口より徒歩5分。都営浅草線本所吾妻橋駅A3出口より徒歩6分。東武線浅草駅より徒歩6分。
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「イングリッシュ・ガーデン」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」 
1/16~3/21



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」のプレスプレビューに参加してきました。

イギリスはロンドン南西部に位置するキュー王立植物園。18世紀半ばに宮殿併設の庭園として開設されました。以降、拡張に拡張を重ねて、現在の敷地面積は120ヘクタール。新宿御苑の約2倍もの面積を誇ります。2003年にはユネスコの世界遺産にも登録されました。今では多くの人で賑わう世界有数の植物園として知られています。

そのキュー王立植物園は植物学の研究機関でもあるそうです。ゆえに植物画ことボタニカル・アートを22万点も収集。何せキャプテン・クックの太平洋航海に同行したジョゼフ・バンクスが非公式で園長を務めたこともある植物園です。いわゆる黎明期の古い貴重な植物画も多く収められています。


バシリウス・ベスラーの委託による 「オオカンユリ(ユリ科)『アイヒシュテット庭園植物誌』より」 1613年 キュー王立植物園

黎明期の植物画、ではその起源は一体何時にあるのでしょうか。答えはルネサンスの時代。「自然に関する系統立った研究」(キャプションより)が行われます。さらに発展を遂げたのが17~18世紀です。いわゆる科学的な植物画として最古の出版物であるのがバシリウス・ベスラーの「アイヒシュテット庭園植物誌」でした。時は17世紀の初頭。ベスラーは南ドイツの司教邸の植物を観察。詳しく記録します。後に多くの画家が植物誌の制作に参加し、約16年の歳月を経て完成しました。


左:ピーター・ヘンダーソン「ニワシロユリ (R.J.ソーントン編『フローラの神殿』より」 1800年 個人蔵

コレクターの間で「史上最美の一冊」と称されるのがロバート・ジョン・ソーントンの「フローラの神殿」です。最初の出版は1797年。約10年ほどかけて分冊で刊行されました。当時の一流の植物画家を起用しての植物図譜、確かに極めて美しいもの。また背景にも注目です。当時のロマン主義の風潮を受けてか、壮大でダイナミックな風景が広がっています。

「フローラの神殿」の先立つことおおよそ30年前、バンクスがクックとともに太平洋に向けての航海に出発しました。友人の植物学者らとともに植物を収集します。帰国後に直ちに植物画集の出版が計画されますが、資金の欠乏などの理由により中断。結果的に生前発行されることはありませんでした。


右:アレクト社ヒストリカル・エディションズ「オオハマボウ亜種ハスタトゥス(アオイ科) 『バンクス植物図譜』より」 1985年頃 キュー王立植物園

今、我々が目にするバンクス花譜集は1980年代のものです。大英博物館にあったというオリジナルの銅版を用いて出版。100部限定で世に出回ることになりました。


右:ウィリアム・ジャクソン・フッカー「フロックス・ロゼア(ハナシノブ科)」19世紀初頭 キュー王立植物園

キュー王立植物園の正式な初代園長はウィリアム・ジャクソン・フッカー。次期園長となる息子のジョゼフ・ダルトン・フッカーとともに植物園の発展に尽力します。

フッカーは園の拡張。大温室の「パーム・ハウス」を建設します。その長さは100メートル超、幅は30メートルで高さも20メートルに及びます。建設当時は世界最大の鉄とガラスの建造物でした。さらには大英帝国内の園芸植物を展示する博物館などを設けます。「園を教育と娯楽の両方を提供できる施設」(キャプションより)に生まれ変わらせたそうです。


右上:ウォルター・フッド・フィッチ 「トウツバキ(ツバキ科)」 1857年 キュー王立植物園 

またウォルター・フッド・フィッチという植物画家を育てることとにも成功。彼は主要な画家の中でも特に多作で知られる人物です。会場内でも多くの作品が紹介されていました。


左中央下:マリアン・ノース「知恩院の鐘」 1875年頃 キュー王立植物園

思いがけず日本を描いた作品に出会いました。画家の名はマリアン・ノース。旅行家です。北米から南米、南アフリカやインド、ジャワ、そして日本を旅しては植物を写生。とともに旅先の風景を油彩で描きました。このノースが日本にやって来たのは1875年、約1年間ほど滞在したそうです。山門から眺める京都市中や知恩院の鐘などを捉えた作品を残しています。


中央:ウィリアム・モリス「サマードレス イチゴ泥棒柄のテキスタイルによる」 1883年(デザイン) 1920年代(制作) マイケル&マリコ・ホワイトウェイ

さてイングリッシュ・ガーデン展、端的なボタニカル・アート展ではないのもポイントです。と言うのも植物画のほかにも産業デザイナーのクリストファー・ドレッサーやアーツ・アンド・クラフツのウィリアム・モリスの仕事も参照。タイルや磁器に壁紙、さらには家具調度品やテキスタイルなどの展示もあるのです。


左下:小林路子「アミガサタケ(アミガサタケ科)」 2008年頃 キュー王立植物園

さらにラストには20世紀以降の植物画家を紹介。何もキュー王立植物園は過去作だけを収集しているわけではありません。中には21世紀、つい数年前に描かれた作品もあります。


右:ウエッジウッド社、トマス・アレン「審美様式のオイルランプ」 1880年頃 マイケル&マリコ・ホワイトウェイ

草花を描いた美しい絵の数々。端的に見るだけでも楽しめますが、実はイギリスのボタニカル・アートの歴史を体系的に追っています。思いの外に読ませる展示でした。


「イングリッシュ・ガーデン」会場風景

場内はご覧の通り植物園を模した造り。デザインは各地のT-SITEの設計でも知られる「クライン ダイサム アーキテクツ」が手がけたそうです。一部には花の香りに包まれるコーナーもあります。いつもながらの手狭なスペースではありますが、ムードは上々でした。

「イングリッシュ・ガーデンー英国に集う花々/求龍堂」

3月21日まで開催されています。

「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」 パナソニック汐留ミュージアム
会期:1月16日(土)~3月21日(月・祝)
休館:毎週水曜日。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般1000円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「マカオのアズレージョ ポルトガル生まれのタイルと石畳展」 LIXILギャラリー

LIXILギャラリー
「マカオのアズレージョ ポルトガル生まれのタイルと石畳展」 
2015/11/26~2016/2/20



LIXILギャラリーで開催中の「マカオのアズレージョ ポルトガル生まれのタイルと石畳展」を見てきました。

カジノや世界遺産でも知られる中国のマカオ。かつてポルトガルの植民地だったことから、同国由来のタイルや石畳が多く残されているそうです。



その名こそがアズレージョ。ポルトガルで16世紀頃に作られた装飾タイルです。例えば上の写真は民政総署。現地政府の役所です。2002年の設立ですが、16世紀の建物をリノベーションして使っています。

アズレージョの起源はイスラムで発達したタイルです。11世紀初頭にはスペイン南部で生産が始まり、ポルトガルへは15世紀頃に伝来。後にイタリアへも輸出されます。語源は「青」を意味しますが、多彩色であることも特徴の一つです。



タイルの絵柄は幾何学模様であったり、また緻密な図案であったりと多様です。ポルトガルでは黄、緑、茶色を使用したアズレージョが好まれますが、マカオでは青色が中心。これは中国人の好みに由来しているそうです。



複数枚のタイルを組み合わせて一枚の絵を描くこともあります。祈念孫中山市政公園の塀のパネルはどうでしょうか。全部で16枚。発展しては変貌し続けるマカオの風景が表されています。それにしても大きい。上の写真では分かりにくいかもしれませんが、人の高さの数倍はあります。6~7メートルほどかもしれません。

この塀のパネルはポルトガルで焼かれたものです。タイルは何も全てが古いわけではありません。現地政府がポルトガル文化の象徴として重視視していることから、これからも新たなアズレージョが増えていくとも言われています。



アズレージョと並んで紹介されているのが「カルサーダス」。同じくポルトガル由来の石畳です。19世紀にリスボンで作られました。原料は石灰石です。細かに砕いては道路や広場へはめ込み、動物や文字、それに抽象的な模様などを表現しています。



マカオでも市中心部のセナド広場やカテドラル広場に敷かれています。一片はおおよそ5センチ。歩道用です。一回り大きい10センチほどの粗い石は車道に使います。俯瞰して見ると様々な色に形が浮かび上がってきます。



会場内にはパネルが多数。現地の様子が良く伝わる展示ですが、思いの外にタイルの実物がありませんでした。そこは写真で想像力を働かせるほかなさそうです。

2月20日まで開催されています。

「マカオのアズレージョ ポルトガル生まれのタイルと石畳展」 LIXILギャラリー
会期:2015年11月26日(木)~2016年2月20日(土)
休廊:水曜日。
時間:10:00~18:00
料金:無料
住所:中央区京橋3-6-18 LIXIL:GINZA2階
交通:東京メトロ銀座線京橋駅より徒歩1分、東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅7番出口より徒歩3分、都営浅草線宝町駅より徒歩3分、JR線有楽町駅より徒歩7分
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「野口里佳写真展:夜の星へ」 キヤノンギャラリーS

キヤノンギャラリーS
「野口里佳写真展:夜の星へ」 



キヤノンギャラリーSで開催中の「野口里佳写真展:夜の星へ」を見てきました。

1971年に埼玉で生まれ、現在はベルリンに在住して制作を続ける写真家、野口里佳。その野口が同地のベルリンを見据えては街の景色を写し出しました。

会場内はぐっと照度を落とした暗がり。まさしく夜の世界です。そしてベルリンも夜。街灯やネオンサインが鮮やかに浮かび上がります。



視点がやや高いことに気がつきました。例えば道端で歩く人。野口の視点はさらにその上にあります。また車のテールライトもかなり低い位置で明かりを放っています。もちろん辺りは暗く、全てを見通すことはできません。ただそれでも点々と連なる街灯も遠くまで眺められることが分かります。



答えはバスにありました。というのも野口はベルリンを走る二階建てのバスに乗っては写真を撮ったそうです。つまり車中からの窓越しの景色。だからこその視点なのでしょう。そして明かりは赤や黄色、そして青に瞬いては強く輝き出します。ハレーションと呼んでも良いのでしょうか。光は闇をさも侵食するかのように広がっていました。



夜だからこそ際立つ色の世界。街にはたくさんの明かりに溢れていました。またいずれも不鮮明。ぼんやりと景色が写されているのも特徴です。一枚の作品に目が止まりました。やはり少し高い地点から女性を写したもの。家路を急ぐのかやや前かがみになって歩いているようにも見えます。ほかは至って暗く、また霧のように白い灯りに包まれています。何があるのかすらわかりません。不思議と絵画を前にしたかのような錯覚にとらわれました。野口が光を掴む感覚はやはり独特です。



展示は写真30点に加えて映像も1点。同じくベルリンの夜を映した作品です。対象を光のオブラートで包んでは表現する野口の写真の魅力を久々に味わうことができました。

なお作家の野口は現在、銀座のギャラリー小柳でも個展を開催中。本展とほぼ同じ会期で行われています。

「野口里佳 鳥の町」@ギャラリー小柳
会期:2015年12月19日(土)~2016年1月30日(土)

タイトルは「鳥の町」。ずばり空を群れては飛ぶ鳥をモチーフとした作品です。ここキヤノンの「夜の星」とは対照的な昼間、しかもクリア。水色が目に染みる空の景色です。あわせてみるのも楽しいのではないでしょうか。

「夜の星へ/野口里佳/NOHARA」

2月8日まで開催されています。

「野口里佳写真展:夜の星へ」 キヤノンギャラリーS
会期:2015年12月17日(木)~2016年2月8日(月)
休廊:日・祝日。年末年始(12/29~1/4)。
時間:10:00~17:30
料金:無料
住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1階
交通:JR品川駅港南口より徒歩約8分、京浜急行線品川駅より徒歩約10分。
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「ポーラ文化研究所40周年記念展 祝いのよそほい」 ポーラミュージアムアネックス

ポーラミュージアムアネックス
「ポーラ文化研究所40周年記念展 祝いのよそほい」 
1/15~2/21



ポーラミュージアムアネックスで開催中の「ポーラ文化研究所40周年記念展 祝いのよそほい」を見てきました。

いわゆるハレの日のための粧い。今も続く日本の美の源流の一つは江戸時代にあるのかもしれません。


「橘唐草紋散蒔絵婚礼化粧道具」 江戸時代後期

まずは嫁入りです。いわゆる婚礼化粧のための道具。ご覧の通りに見るも艶やかです。これは武家の上流階級のもの。全て実用ではなく、形式的に揃えられた道具も含まれています。豪華なセットです。早くも江戸時代前期には体系化されました。


「白粉包み」 幕末~明治時代 ほか

江戸時代は色白肌が好まれます。いかに肌を白く見せるのか。そこで白粉が重要となりました。特に重宝されたのが鉛白粉です。水で溶き、刷毛や指で伸ばして顔につけていきます。白粉には「のび」、「のり」、「つき」の三要素が肝心です。刷毛には兎や鹿の毛が使われました。明治時代に至るまで長く愛用されたそうです。


「南天模様柄鏡」 江戸時代後期 ほか

ハレには吉祥主題の模様も好まれました。良く知られるのは松竹梅に牡丹、そして獅子や宝尽しなどです。さらに南天とは難を転じるという縁担ぎ。多くの鏡のモチーフとなりました。このように吉祥模様は、女性の衣装や髪飾り、化粧道具に描かれていきます。


「白綸子地松竹梅鶴亀模様打掛」 幕末~明治時代 ほか

美しき婚礼衣装もお出ましです。おそらくは裕福な商家が持っていた打掛。地紋は菊と紗綾型の模様です。全体にやはり吉祥模様の松竹梅や鶴亀が描かれています。実に雅やかです。きっと映えたことではないでしょうか。


「結髪雛型・奴島田」  江戸時代後期 ほか

目を引くのは結髪の雛型です。全部で4種類。奴島田とは未婚の女性の髪型です。簪や櫛がはめ込まれています。今でも流行によって髪型が変化するように、江戸時代も時や場所によってスタイルが変わっていたのかもしれません。

元服も重要です。起源は奈良時代にまで遡ります。言うまでもなく元服とは男子が成人となったことを祝う儀式。以降、慣習は平安の公家社会、また中世の武家社会にも伝わり、江戸時代には庶民も元服を行うようになりました。


「庶民用お歯黒道具一式」 江戸時代後期

興味深いのは元服が女性を対象としていることです。結婚が決まると半元服。お歯黒をします。そして子どもが出来ると本元服です。今度は眉を剃ったそうです。どうも元服とすると男性の印象がありますが、女性にもこのような風習があったとは知りませんでした。


月岡芳年「新柳二十四時 午後一時」 1880年 ほか

当時の風俗を伝える浮世絵の参照があるのもポイントです。まさに化粧文化を牽引するポーラならではの展覧会と言えるのではないでしょうか。



2月21日まで開催されています。

「ポーラ文化研究所40周年記念展 祝いのよそほい」 ポーラミュージアムアネックス@POLA_ANNEX
会期:1月15日(金)~2月21日(日)
休館:会期中無休
時間:11:00~20:00 *入場は閉館の30分前まで
料金:無料
住所:中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
交通:東京メトロ有楽町線銀座1丁目駅7番出口よりすぐ。JR有楽町駅京橋口より徒歩5分。
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「英国の夢 ラファエル前派展」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」
2015/12/22-2016/3/6



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「英国の夢 ラファエル前派展」を見てきました。

1848年、ロセッティ、ミレイ、ハントらによって結成されたラファエル前派兄弟団。同派の名を冠する大規模な展覧会は、一昨年、森アーツセンターで行われた「ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢」以来のことかもしれません。

森アーツのラファエル前派展はテートのコレクションを踏まえていたのに対し、今回ベースになったのはリバプール。イングランド北西部の主要都市です。ラファエル前派が活動した頃には造船や工業の盛んな一大港町として栄えていました。

そのリバプールにはラファエル前派の傑作を有する美術館があります。当地の国立美術館です。しかしながら不思議とこれまで日本でまとめて紹介されたことがありませんでした。いわば本邦初のリバプール・ラファエル前派展です。出品は油彩、水彩合わせ65点。日本初公開の作品も少なくありません。


ジョン・エヴァレット・ミレイ「いにしえの夢ー浅瀬を渡るイサンブラス卿」 1856-57年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


まずミレイは8点。うち特に目を引くのは「いにしえの夢ー浅瀬を渡るイサンブラス卿」でした。画業初期の野心作、馬に股がる老騎士が二人の子供を従えています。馬は半身を水に浸していました。赤いドレスの少女は老騎士を上目遣いで伺い、後ろの幼い男の子は手を前に出しては騎士に抱きついています。ともに不安気な表情です。そもそも同作は何か特定のドラマを描いたものではありません。まるで逃避行の一コマのようにも見えました。


ジョン・エヴァレット・ミレイ「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」 1860年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


同じくミレイでは「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」も美しい。兵士と恋人の別れの瞬間です。兵士はいわゆる壁ドンのポーズをしながら女性に視線を落としています。そして何よりもシルバーのドレスの質感が素晴らしい。皺の折り重なる様子や青白い光沢感までを見事に表しています。

ロセッテイは2点です。うち心を射抜くよう目を向けた「パンドラ」に惹かれました。まさに男性を誘惑する美女。今まさに開けてはらなぬ箱を手に取る姿は、どこか不穏でかつ何かに取り憑かれたような表情をしています。パンドラは画家自身が魅了されていたモチーフでもありました。モデルは彼のミューズ(解説より)であったというジェイン・モリス。特別な感情が込められているのかもしれません。

古代のギリシャやローマを主題とした作品が多いのも特徴です。そして何よりも見るべきなのはローレンス・アルマ=ダデマ。本展の一つのハイライトと言えるかもしれません。歴史画でも知られる画家、風俗画の主題を古代世界に置き換えて描いています。

何気ない日常、一例が「打ち明け話」です。若い二人の女性がソファに腰掛けながら語り合っています。前には大きな鉢植え。花を手にしては匂いを嗅いでいます。真っ赤な壁はポンペイの様式、つまり舞台は古代ローマ時代です。ダデマは実際にイタリアを訪れては遺跡を研究したそうです。それがあってからこその作品なのでしょう。細密な描写でも腕をならしたダデマ、布張りに大理石の椅子の質感も巧みに表現しています。


ローレンス・アルマ=タデマ「お気に入りの詩人」 1888年 油彩・パネル
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


このダデマが5点ほど出ていました。ほかギリシャ風の「お気に入りの詩人」も優品です。大きく手を伸ばしては寝そべり、テキストを読む二人の女性。朗読しているのかもしれません。服の襞などを細かに描いた半透明のドレスも魅惑的です。そしてここでも大理石です。独特の色合い、古びた風合いまでを精巧に表していました。


フレデリック・レイトン「ペルセウスとアンドロメダ」 1891年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


現地では門外不出とも言われる大作もやって来ました。レイトンの「ペルセウスとアンドロメダ」です。高さは2メートル30センチ超。今にも生贄としてドラゴンにのまれようとしているのがアンドロメダ。空からペガサスに乗って助けに来たのがペルセウスです。よく見るとドラゴンの背には矢が刺さっています。ペルセウスが放ったのでしょう。口から炎を吐いては引っくり返っています。間も無く死を迎えるのかもしれません。恐ろしい姿です。一転してアンドロメダの身体は優美そのものでした。長い髪を垂らしては脱出しようと身をくねらせています。


ウィリアム・ヘンリー・ハント「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠」 1850-60年頃 水彩、グワッシュ・紙 
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


イギリスは水彩の盛んな国です。ハントの「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠の多い国」が印象的でした。まさに「鳥の巣ハント」と呼ばれた画家の典型作、色彩やテクスチャーが絶妙です。右はツグミの巣、写実の極致と言っても良いのではないでしょうか。一方で枝編みのカゴにはカタクリなどが生えています。光眩しき屋外、ふと道端で目を落としては見えるような景色ですが、作品そのものはアトリエで制作されたそうです。戸外ながら静物画と呼んで良いかもしれません。

一転しての闇夜です。ジェイムズ・ハミルトン・ヘイの「流れ星」はどうでしょうか。ともかく目に飛び込んでくるのは漆黒の闇です。大地はうっすらと白み、雪が降り積もっていることがわかります。家からは僅かながらオレンジ色の灯りが漏れていました。流れ星は空の中央、高い位置から下へ尾を引いては落ちています。無人と静寂。寒々した冬の夜空です。言ってしまえばただそれだけが描かれているわけですが、どこか幻想的な世界を表しているようでもあります。


エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」 1891年 水彩、グワッシュ・紙
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


バーン=ジョーンズにも大作がありました。「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」です。高さは3メートル超、Bunkamura ザ・ミュージアムに入る作品としては最大サイズとしても差し支えありません。主題は旧約聖書の雅歌、手前で歩くのは花嫁です。そして後方に二人。よく見ると浮いています。これは擬人化された北風と南風の女性像だそうです。渦巻く衣は風を表しているのでしょう。そして純潔を表す百合が咲き誇ります。やや硬めの筆遣いですが、画家晩年の優品の一枚として知られています。そしてこの作品も水彩でした。


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「エコーとナルキッソス」 1903年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


人気のウォーターハウスも3点、いずれも力作ばかりです。特に面白いのは「エコーとナルキッソス」でした。自らの水面に映る姿に驚き、見惚れ、今にも沈み込んでしまうナルキッソス。地面に這いつくばっては水面を覗きこんでいます。既に心あらず、自らに恋してしまったようですが、泉や小川といった水の質感をはじめ、アイリスなどの草花も美しいもの。エコーはなすすべもなくただ木の傍で見遣っています。


アルバート・ジョゼフ・ムーア「夏の夜」 1890年頃 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


実はかなり前、お正月休みの三が日に出かけましたが、会場内は余裕がありました。しかしながら何かと人気のラファエル前派です。ひょっとすると後半は混み合うかもしれません。早めの観覧をおすすめします。

3月6日まで開催されています。

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」 Bunkamura ザ・ミュージアム@Bunkamura_info
会期:2015年12月22日(火)~2016年3月6日(日)
休館:1月1日(金・祝)、1月25日(月)。
時間:10:00~19:00。
 *毎週金・土は21時まで開館。入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1300)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
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「未来へつづく美生活展」 東京国立近代美術館工芸館

東京国立近代美術館工芸館
「1920~2010年代 所蔵工芸品に見る 未来へつづく美生活展」 
2015/12/23~2016/2/21


東京国立近代美術館工芸館で開催中の「1920~2010年代 所蔵工芸品に見る 未来へつづく美生活展」を見てきました。

暮らしと密接に関わる工芸。人は常に何らかの工芸品に囲まれて生活しています。「美しい生活とは何か。」そのヒントを与えてくれる展覧会と言えるかもしれません。

出品は140点。表題の通り全て館蔵品です。会場は二部構成です。前半は近現代の工芸品が並びます。後半は一転してデザイナーとのコラボレーションです。ファッションの皆川明、そしてインテリアの中原慎一郎の各デザイナーがインスタレーション的な展示を見せています。


森口華弘の「縮緬地友禅笹文着物 残雪」 1969年

美しき和の装いです。森口華弘の「縮緬地友禅笹文着物 残雪」。友禅です。振り返ってみると絵画が目に飛び込んできました。中村貞以の「浄春」。いうまでも日本画です。和装の女性が正座姿で構えています。お茶の席でしょうか。黒い髪も艶やかで美しい。帯の青も鮮やかでした。


中村貞以「浄春」 1947年

実は本展、このように工芸だけでなく、一部に絵画の参照があります。いずれも1930年から1940年代のもの。モダンを志向した当時の生活の有り様を紹介しています。


藤井達吉「草花図屏風」 1916-20年

和室の設えも見事です。目立つのは藤井達吉の「草花図屏風」。木製でした。さらに奥には同じく藤井の電気スタンドが明かりを灯し、手前に象嵌を施した稲木東千里の「鉄刀木机」が置かれています。立ち入りは叶いませんが、思わず腰掛けては寛ぎたくなってしまいました。


「未来へつづく美生活展」展示風景

他にも茶碗や蒔絵手箱、釜にガラス器などがずらり。お気に入りの1点を探すにはさほど時間はかかりません。


飯塚小かん斎「竹刺編菱文提盤」 1975年

飯塚小かん(王編に千)斎の「竹刺編菱文提盤」に惹かれました。竹編みのお盆ですが、ともかく目地が細かい。菱形の文様がくっきりと浮かび上がっています。これほどの精巧な盆を作るのにいかなる労力があったのでしょうか。その技にも驚かされました。


磯矢阿伎良「バイオリン・ケース」 1931年

磯矢阿伎良の「バイオリン・ケース」も美しい。漆絵です。文様は一見、幾何学的ですが、どこか正倉院宝物を連想させるものもあります。


作者不詳「口紅、シガレットケース、コンパクトのセット」 1920-30年 ほか

シガレットケースやライターにも見るべき作品がありました。いわゆる七宝、なかなかのセンスです。しかしながらいずれも作者は不詳。一体どのような人物が作り上げたのでしょうか。


「第5室 中原慎一郎」展示風景

さて後半のコラボレーション、まずは中原慎一郎でした。コンセプトは日本のモダニズムに影響を与えたヨーロッパの工芸品です。ルーシー・リーの引用もあります。


マルセル・ブロイヤー「肘掛け椅子」 1922-24年

チラシの表紙に掲載された吉岡堅二の「椅子にすわる女」も掛かっています。時は1931年、画家はルソーに傾倒していたそうです。モデルは青緑色のドレスを着た女性です。鉄パイプの椅子に腰掛けています。パイプの色は白、曲線が特徴的でした。そして手前には1920年代のマルセル・ブロイヤーの「肘掛け椅子」が控えます。いわゆるバウハウスの学生だった頃の作品です。素材は手に入りやすい安価な角材でした。この時代のデザインの特性を家具から見据えた展示でもあります。


「第6室 皆川明」展示風景

皆川明は自身のデザインしたテキスタイルを紹介していました。とはいえ、単にテキスタイルを見せるだけではなく、各々に見合った工芸品を合わせ並べています。これがうまい。キャプションに「交差」とありましたが、確かにクロスオーバーを通して、工芸品の新たな魅力を引き出すことに成功しています。


須田悦弘「葉」 2007年
 
お馴染み須田悦弘の木彫も登場。テキスタイルのデザインと同じ木の葉です。虫食いの穴までを細かに再現しています。本物と見間違うばかりでした。



居心地の良い展示です。久々の工芸館でしたが、しばし時間を忘れて滞在してしまいました。

2月21日まで開催されています。

「1920~2010年代 所蔵工芸品に見る 未来へつづく美生活展」 東京国立近代美術館工芸館@MOMAT60th
会期:2015年12月23日(水・祝)~2016年2月21日(日)
休館:月曜日。但し1月11日は開館。年末年始(12月28日~1月1日)、1月12日(火)。
時間:10:00~17:00 
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般210(100)円、大学生70(40)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *1月2日(土)、1月3日(日)、2月7日(日)は無料観覧日。
場所:千代田区北の丸公園1-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩8分。東京メトロ半蔵門線・東西線・都営新宿線九段下駅2番出口より徒歩12分。
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「クリエイションの未来展  第6回 いきものたち展」 LIXILギャラリー

LIXILギャラリー
「クリエイションの未来展  第6回 宮田亮平監修 いきものたち展」 
2015/12/5~2016/2/23



リクシルギャラリーで開催中の「クリエイションの未来展  第6回 宮田亮平監修 いきものたち展」を見てきました。

一昨年の9月より続くシリーズ展の「クリエイションの未来展」。4名のクリエイターを監修者に迎え、それぞれに独自のテーマを設定して展示を行ってきました。早くも6回目です。

今回の監修者は金工作家で東京芸大の学長を務める宮田亮平。イルカの作品で良く知られています。テーマは「いきものたち」です。現代立体造形作家による「いきもの」をモチーフとした作品を紹介しています。



出品は3名、いずれも木彫です。うちやはり魅惑的なのは土屋仁応です。樟などを素材に象や鹿を作り上げる作家。仄かな彩色のなされた表面の質感は驚くほど滑らかです。すくっと立っては前を見据える鹿のプロポーションは美の極致。目は仏像彫刻の玉眼の技術を用いています。潤み、また澄んだ瞳。命を吹き込んでいます。



一方、一本一本の毛並みまで再現するのが中里勇太です。木兎でしょうか。どこか怪訝な様子で佇む姿は思いの外に可愛らしい。写実的でありながらも、動物の持つ力強さ、野性味を巧みに表しています。



ラストの深井隆のモチーフは馬でした。しかしながらどこか夢の中を駆ける幻のようにも見えます。箔の放つ光もまるで月明かりです。水紋のように円を描いています。幻想的な世界を見せていました。



2月23日まで開催されています。

「クリエイションの未来展  第6回 宮田亮平監修 いきものたち展」 LIXILギャラリー
会期:2015年12月5日(土)~2016年2月23日(火)
休廊:水曜日。12月29日(火)~1月6日(水)、2月21日(日)
時間:10:00~18:00
住所:中央区京橋3-6-18 LIXIL:GINZA2階
交通:東京メトロ銀座線京橋駅より徒歩1分、東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅7番出口より徒歩3分、都営浅草線宝町駅より徒歩3分、JR線有楽町駅より徒歩7分
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「フォスター+パートナーズ展」 東京シティビュー

東京シティビュー内スカイギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
「フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション」
1/1~2/14



東京シティビュー内スカイギャラリーで開催中の「フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション」を見てきました。

1935年にイギリスに生まれ、1999年にはプリツカー賞を受賞した世界的建築家、ノーマン・フォスター。彼が設立した「建築設計組織」(チラシより)がフォスター+パートナーズです。

すでに設立から約50年経過。世界各地で700の受賞歴を持ち、140超のコンペに勝利しているそうです。うち代表的な50のプロジェクトを紹介。現在進行形のものも含みます。大掛かりな模型、そして写真がメインです。逆に図面などはあまりありません。直感的に楽しめました。


「セインズベリー視覚芸術センター」 ノーウィッチ、英国 1974-1978

まずはキャリア初期です。「セインズベリー視覚芸術センター」は民俗学的文物と20世紀美術のコレクションを展示する美術館。空間を一つにまとめ、大胆にも天井のルーバーから光を取り込んでいます。「軽量でフレキブルな構造」(キャプションより)を探求したという建築、その魅力は模型からも見ることが出来ました。


「スタンステッド空港」 スタンステッド、英国 1981-1991

この軽量というキーワード。フォスター・パートナーズ建築の特徴とも言えるのではないでしょうか。一例が「スタンステッド空港」です。複数の鉄骨で支えるツリーの構造、設備機器をコンコース下の地下空間に移し込んでいます。ゆえに屋根は防水と採光の機能を持つのみ。軽い大屋根が内部空間の全てを覆っています。


「ドイツ連邦議会新議事堂、ライヒスターク」 ベルリン、ドイツ 1992-1999

ドイツ連邦議会新議事堂「ライヒスターク」もフォスター・パートナーズの仕事です。と言ってもライヒスタークは既存の建築。完成は1894年、帝政ドイツ時代に建てられたものです。度重なる戦争や過度の改修によってかなり損傷を受けていたそうです。それを東西ドイツ統合後に再生。天井にはモニュメンタルなガラス張りのドームを設置しました。


「大英博物館、グレート・コート」 ロンドン、英国 1994-2000

このリノベーションとも呼べるプロジェクトはほかにもいくつかあります。有名なのは大英博物館です。博物館内部の中庭の「グレート・コート」をフォスターが担当しました。内部はレストランと教育センター。屋根はやはり軽量なガラスです。太陽光が降り注ぐ広場としても機能しています。当時の最先端の工学によって設計されたそうです。


「ボストン美術館」 ボストン、米国 1999-2010

いわゆるミュージアム建築は大英博物館のみに留まりません。「ボストン美術館」です。こちらも開館は19世紀。近年になって改修計画が持ち上がりました。その際に美術館の展示空間を大幅に増やしたそうです。写真中央に光って見えるのが「クリスタル・スパイン」です。建物の主要な二つの構造物の間に差し込みました。やはりガラス。既存の中庭を「宝石箱」と呼ばれるガラスの中に取り込んでいます。


「スイス・リ本社ビル」 ロンドン、英国 2001-2004

高層ビルもずらり。とりわけ目を引くのがスイス・リ本社ビルです。繭のような形をしています。高さは180メートルで41階建てです。最上階には360度で展望可能なクラブ・ルームがあります。また設備においても内部の空調の依存度を下げるなど、環境負荷に配慮した設計となっています。


「北京首都国際空港」 北京、中国 2003-2008

スケールの観点からも圧巻なのは「北京首都国際空港」です。2008年の完成当時は世界最大。北京オリンピックの玄関口として整備されました。増え続ける航空需要に配慮しての巨大なターミナルです。何と全長3キロにも及びます。Y字型に広がるビルはまるで龍のようです。中国の伝統的な文化を象徴してもいます。


「ミヨー橋」 タルン渓谷、フランス 1993-2004

力技だけではない建築における繊細さ。それが最も現れているのは橋のデザインではないでしょうか。とりわけ美しいのが「ミヨー橋」です。フランスはタルン渓谷にまたがる二つの高原を繋ぎ合わせています。全長は2460メートルで高さは344メートルです。なんと東京タワーより高い場所を通過しています。景観に配慮しているというよりも、新たな景観を作り出すデザイン。実に優美な姿を見せていました。


「西九龍文化地区」 香港、中国 2009-

近年では香港の「西九龍文化地区」も凄まじいスケールです。全40ヘクタールの都市プロジェクト。構想は文化地区です。現代美術館、オペラハウス、そしてアリーナ、さらに公園までを一帯で整備しています。

ほぼ全ての写真が撮れましたが、唯一、本年竣工予定のアップル新社屋こと「アップル・キャンパス2」のみ撮影が出来ませんでした。建物は巨大なサークル、まるで飛来しては着陸した異星人の母船のようです。高さは4階建て。床から天井までが凸面ガラスに覆われるそうです。いかにも近未来、次世代を切り開く建築として注目を集めるのではないでしょうか。


「フォスター+パートナーズ展」会場風景

それにしてもフォスター+パートナーズが成し遂げたプロジェクトは多彩。巨大な都市計画からインフラに空港、さらにオフィスや個人住宅にプロダクトデザインまでと規模の如何を問いません。


「火星住居」 2015-

最後に驚いたのが火星住宅のデザインです。これはNASA主催のコンペで、3Dプリンターによって作られたもの。火星の赤茶けた大地にクレーターを掘り、その中で膨らませたモジュールを住居としています。ドーム型にしているのは、火星の過酷な外的環境を踏まえたゆえのことでしょう。また建設を担うのは宇宙飛行士ではなく、事前にプログラムされた半自動ロボットだそうです。いつ実現するかは見当もつきませんが、現実と夢の双方を見据えた面白いプロジェクトではないでしょうか。


「フォスター+パートナーズ展」会場風景

会場は六本木ヒルズ森タワーの東京シティービュー。森美術館の一つ下の展望台内のフロアです。森美術館の「村上隆展」、及び森アーツセンターギャラリーの「フェルメールとレンブラント展」のチケットでは入場出来ません。ご注意下さい。


「フォスター+パートナーズ展」会場入口

2月14日まで開催されています。

「フォスター+パートナーズ展:都市と建築のイノベーション」 東京シティビュー内スカイギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
会期:1月1日(金・祝)~2月14日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *ただし火曜日は17時で閉館。(11/3は22時まで。) 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、大学・高校生1200円、中学生以下(4歳まで)600円、65歳以上1500円。
 *本展のチケットで展望台にも入館可。(スカイデッキを除く)
 *森美術館「村上隆の五百羅漢図展」、森アーツセンターギャラリーには入館不可。別途料金が必要。
場所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。
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「初期浮世絵展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」
1/9~2/28



千葉市美術館で開催中の「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」を見てきました。

菱川師宣をはじめ、鳥居清信に清倍、さらには懐月堂安度や奥村政信など、いわゆる錦絵誕生以前、浮世絵を興し、また発展させた絵師たち。とかく人気の浮世絵とはいえ、黎明期から初期への歴史はさほど着目されたことはなかったかもしれません。

日本初の本格的な初期浮世絵展です。出品は190点超。ここは千葉市美術館、いつもながらに大変なボリュームでした。

まずは師宣以前の近世風俗画、例えば「江戸名所遊楽図屏風」です。時代は明暦大火以前の江戸。上に流れるのは隅田川です。浅草寺の境内も描かれています。太鼓や三味線を打ち鳴らしては芸を披露する人の姿が見えました。皆、どこか楽しげでもあります。今も昔も浅草の賑わいは変わりません。


重要美術品 (無款)「桜狩遊楽図屏風」 寛永期(1624-44) 個人蔵

「桜狩遊楽図屏風」に目が留まりました。中央には若衆の颯爽たる立ち姿。舞を披露しているのでしょうか。左手で太刀を押さえ、右手で扇子を持っています。そして周囲には多くの人。随分とくつろいでいます。寝そべってパイプを嗜み、また踊っていたり、杯を酌み交わしたりと様々です。体を触れ合わせては胸に手を入れている人物もいました。何やら官能的、ないし退廃的でもあります。花見の大宴会とはこのことでしょうか。岸田劉生の旧蔵品として知られていたそうです。


菱川師宣「角田川図」 延宝7年(1679) 千葉市美術館

浮世絵の始祖、菱川師宣の落款入りの最古作が出ていました。「遊里風俗画巻」です。ともかく描写が細かい。師宣らしい軽妙な筆致です。なお本作、覗き込む形のガラスケースに入れられていますが、ガラス面が作品に極めて近く、目と鼻の先での鑑賞が可能です。肉眼で彩色のニュアンス、絹本の目地までもしっかりと確かめることが出来ました。

師宣の「地蔵菩薩像」も興味深い一枚でした。ふっくらとしたお顔立ちの菩薩像。写実的とするには語弊があるかもしれませんが、まるで動き出さんとばかりの姿が描かれています。所蔵は大英博物館です。チラシやサイトにも案内がありますが、この展覧会は大英のほか、シカゴ、ホノルルの海外美術館、さらにはアメリカのコレクターの作品もずらり。里帰り作も少なくありません。


杉村治兵衞「遊歩美人図」 貞享期(1684-88)頃 シカゴ美術館

黎明期に重要な絵師がいました。杉村治兵衛です。ほぼ師宣と同時代に活動。かなり多作だったそうですが、ともかく艶やか、あるいは肉感的とも呼べる人物描写が特筆に値します。中でも「遊女と客」は絶品です。豪華な鳳凰の打掛の下で若い侍と遊女が床を共にしています。口からは互いに舌を出しては求めあっています。春画の一種と捉えて良いのかもしれません。やや丸みを帯びた顔は美しく、大胆な構図はまるでアニメーションを見るかのようでした。

この杉村治兵衛、ほかにも幾つか作品が出ていますが、私にとって一番発見の多かった絵師でした。この絵師の魅力に触れただけでも、見に行った価値は十分にあります。


初代鳥居清倍「金太郎と熊」正徳期(1711-16)頃 ホノルル美術館

初期鳥居派も充実しています。初代清信に清倍です。墨に赤い顔料で着色した丹絵を多く残しています。うち発色が素晴らしいのは清倍の「金太郎と熊」です。筋肉隆々の金太郎と熊の大格闘。熊はもう降参とばかりに仰向けになっています。その金太郎の体の顔料が眩しい。オレンジ色に染まっていました。


鳥居派「草摺曳図」 享保10年(1725) 館山市・那古寺

立派な絵馬額が出ていました。鳥居派の「草摺曳図」、いわゆる武者絵です。額いっぱいに描かれた武者。力比べの故事に因んでいます。安房は館山の那古寺の所蔵です。里帰り作以外では千葉市美術館のコレクションが目立ちますが、それ以外にも鋸南町の菱川師宣記念館のほか、柏市の滴水軒記念文化振興財団など、県内各地に点在する浮世絵も多く出ています。その辺も見どころと言えそうです。

滴水軒のコレクションに面白い作品がありました。「無間の鐘」です。紙本の肉筆、かなり大きな軸画ですが、画題からして興味深いもの。なんと小判がザクザクならぬバラバラと空から舞い降りています。これは手水鉢を鐘に見立てて叩くと小判が降ってくるという話に由来しているそうです。驚きました。

浮世絵の技法も日進月歩だったのかもしれません。やがて丹の代わりに紅の絵の具を用いる紅絵が主流になります。また膠を混ぜて漆のような光沢を引きだす漆絵も現れました。その漆を用いたのが奥村政信の「蝉丸見だいなを姫 勘太良」です。ここでは黒に膠が混ぜてあります。やや照りが増しているようにも見えました。

さらに西洋の遠近法を取り込んだ浮世絵も登場。その名も浮絵です。同じく政信の「両国橋夕涼見大浮絵」はどうでしょうか。隅田川沿いの茶屋の内部をまるでパノラマ写真のように捉えています。やはりそれまでの作品と比べれば新奇な構図です。江戸の人々に驚きをもって迎えられたに違いありません。


石川豊信「佐野川市松と瀬川菊之丞の相合傘」 宝暦(1751-64)前期 ホノルル美術館

ラストは錦絵への展開です。今度は紅を主としながら黄色や緑色を加えた紅摺絵が誕生。より多様な色が表現出来るようになります。錦絵で有名な春信の紅摺絵も数点出ていました。また同じく紅摺絵である石川豊信の「清水の舞台から飛び降りる娘」も印象に残りました。文字通りに舞台から飛び降りる娘、風で衣から白い脛が露わになってもいます。あぶな絵に近いのかもしれません。

錦絵の成立過程は二枚の浮世絵から紐解くことができます。ともに春信作で同名の「坐舗八景 台子夜雨」です。一つが摺物で、落款に巨川とあります。もう一つが錦絵です。こちらは無款でした。落款入りとないもの。同じ作品でありながら一体、何が違うのでしょうか。

ポイントになるのが巨川という人物です。本名は旗本の大久保巨川。俳人でかつ浮世絵師でした。きっかけは当時流行していた絵暦交換会です。そこで巨川は参加者に配るための作品を春信に依頼。この「坐舗八景 台子夜雨」を描いてもらいます。そして自らのものと示すために巨川と記しました。

交換会においてはより華美な作品が好まれたそうです。その結果、色はさらに複雑化、いわゆる多色摺の技術を持った浮世絵が誕生します。そこに注目したのは版元です。二枚目のように注文主の落款、すなわち巨川を削除。まさに錦織のように美しい絵であるとして東錦絵、つまり錦絵として売り出すようになりました。

錦絵は彫り、刷り師の分業制。周知のようにこの後の浮世絵を席巻することになります。とは言え、今回の浮世絵展はあくまでも初期に着目したもの。錦絵の誕生、すなわち春信で幕を閉じました。


懐月堂安度「立美人図」 宝永・正徳期(1704-16) 千葉市美術館

人気の歌麿と北斎に広重は一枚も登場しません。 肉筆を除けば単色の黒摺絵、丹絵に紅絵、せいぜい二、三色の紅摺絵ばかり。錦絵を知る我々には確かに地味とも言えるかもしれません。ただそれでも魅惑的な作品群。摺りの色の変化は浮世絵の歴史を物語ります。改めて浮世絵の奥深さを見る思いがしました。

会期中、一部作品に展示替えがあります。

「初期浮世絵展ー版の力・筆の力」出品リスト(PDF)

本展に続く新寄贈寄託作品展「花づくし」も充実していました。とりわけ甲斐庄楠音の「如月太夫」には見惚れてしまいます。大正デカダンスを象徴する日本画家、時にデロリとも称される表現にこそ魅力がありますが、「如月太夫」には可憐な美しさが同居しています。ほか岡本神草や椿椿山の佳品にも惹かれました。さらに時代を超えてイサムノグチや草間彌生までを俯瞰する「花づくし」。こちらもあわせて楽しめるのではないでしょうか。

カタログが豪華版です。論文のほか、詳細な解説もついて2500円。300ページの重量級です。ちなみに初期浮世絵展は千葉市美術館の単独の企画。巡回もありません。

2月28日まで開催されています。おすすめします。

「開館20周年記念展 初期浮世絵展ー版の力・筆の力」 千葉市美術館
会期:1月9日(土)~2月28日(日)
休館:2月1日(月)、2月15日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1200(1000)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は前売券、及び20名以上の団体料金。
 *きもの割:きものを着て来館すると観覧料が2割引。
 *ごひいき割引:本展チケット(有料)半券を提示すると、会期中2回目以降の観覧料が2割引。
 *前売券は千葉都市モノレール千葉みなと駅、千葉駅、都賀駅、千城台駅の窓口で会期末日まで販売。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー
「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 
2015/12/5~2016/2/7



東京ステーションギャラリーで開催中の「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」を見てきました。

フランスはパリ、モンパルナスの地に位置するリトグラフ工房、idemことイデム・パリ。1990年代から現代アーティストとの協働を積極的に行っているそうです。


フランソワーズ・ペトロヴィッチ「姉妹」 2014年

出品作家は20名。フランスのJRやアメリカのデヴィット・リンチ、さらに南アフリカのウィリアム・ケントリッジをはじめ、やなぎみわや南川史門に森山大道らといった日本人アーティストも登場します。

工房、つまりスタジオの壁をモチーフにしたのは岡部昌生です。元々フロッタージュの技法の作品で知られた作家、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本館の代表にも選出されました。工房の壁の傷、ないし滲みまでもを削り出しては写した作品は味わい深いもの。そこに流れる時間の痕跡をつなぎ留めています。

そもそもフランスは19世紀から100年以上もリトグラフの歴史を有する国です。ここイデムもかつてはムルロー工房と呼ばれ、ピカソやシャガールらが版画制作を行っていました。また当時のプレス機は今も大切に使われているそうです。イデムはそうしたフランスの伝統を受け継ぐ工房でもあります。

もの派の李禹煥は3点、「対話」と呼ばれるシリーズです。一息で引かれたストローク。副題に「海と島」とありましたが、余白が海とすれば、ストロークが島なのでしょうか。李に独特な筆の掠れはリトグラフにおいても損なわれていません。


キャロル・ベンザケン「伝道の書 7章24節」 2007年

現代フランスを代表するというアーティスト、キャロル・ベンザケンの「マグノリア」に魅せられました。揺らぎを伴うような色や線の軌跡。木の枝のような黒い線が赤や青を巻きこんで広がっています。色は層をなすように複雑に交差していました。端的に美しい。素材にも注目です。というのも土佐漉きの和紙を用いているのです。色はさも水に染み込むかのように滲んでいます。和紙特有の質感を見事に活かしていました。

政治や宗教、社会を取り巻く様々な問題について向き合っているのがJRです。いわゆるスラム街でしょうか。ひしめき合う家々には一つ一つの異なった顔写真がコラージュされています。貧困や差別のもとで暮らす人々のポートレートかもしれません。また東日本大震災をテーマとしたのは「気仙沼のプロジェクト」です。津波で流された漂流船でしょうか。そこにやはり目の拡大写真をはめ込んでいます。振り返ればJRは2013年、ワタリウム美術館で行われた個展においても、外観を震災の被災者の人々の顔で覆っていました。


デヴィッド・リンチ「頭の修理」 2010年

出品数からして特に目立つのがデヴィッド・リンチです。映画監督として活動しながら、絵画も描くリンチは、ここイデムにて奇異な人物や風景を表したリトグラフを制作しました。暗鬱で狂気的、キャプションには風変わりという言葉もありました。時にベーコンを連想させるような世界を表現しています。また先のJRと合わせ、イデムを題材とした映像作品も展示されていました。JRとリンチ、この両者こそが展覧会のハイライトとも言えるかもしれません。


やなぎみわ「無題2」 2015年

お馴染みの森山大道は3点です。いずれも「下高井戸のタイツ」。女性のタイツに官能性を見た作品を展示しています。またやなぎみわも3点です。まるで舞台のワンシーンを切り取ったかのような世界、2015年の新作でした。そして実は森山もやなぎもこのイデムで初めてリトグラフを制作。ようは作家初の取り組みでもあるのです。

さらにやなぎはリトグラフの原版、つまり石版も展示しています。通常、石版は一度使われると磨かれ、別の版として再利用されるそうですが、今回は特別に原版を保存。作品とともに並べています。


ジャン=ミシェル・アルベロラ「大いなる矛盾2 みんなで知恵を出しあう」 2012年

率直なところ、タイトルを見た段階では、どのような展覧会なのか想像もつきませんでしたが、行って見れば興味深い版画ばかり。全130点、いずれも2000年代以降のものです。今、まさに活躍中の作家の最新作も少なくありません。版画好きには嬉しい内容でした。

さて最後に一つ付け加えることがあります。実は本展、イデムのリトグラフのほかに、構成上、もう一つの軸が存在するのです。それが長いタイトルの一部をなす「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。」というテキストです。これは小説家、原田マハの「ロマンシエ」という作品の一節から取られたもの。ここで原田はイデムを舞台とした美大生の物語を描きました。

「ロマンシエ/原田マハ/小学館」

小説中で登場人物が展覧会を起案します。それがまさに本展覧会というわけです。つまり架空の展覧会が場所を変えて実際に開かれたことになります。ゆえに「読者も展覧会を実際に体験する」(美術館公式サイトより)とあるのでしょう。

とは言え、会場内には原田マハの小説の引用があるわけではありません。ただひたすらにイデムのリトグラフが続いていきます。実のところそれでも十分に楽しめますが、原田マハの小説とリンクさせるには、あらかじめ単行本なりに当たっておくのも良いかもしれません。なお「ロマンシエ」の帯を美術館の受付に持参すると入館料が300円引きになるそうです。(カタログにはテキストの記載がありました。)


イデム・パリ

2月7日まで開催されています。

「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 東京ステーションギャラリー
会期:2015年12月5日(土)~2016年2月7日(日)
休館:月曜日。但し1月11日は開館。翌12日は休館。年末年始(12月28日~1月1日)。
料金:一般1000円、高校・大学生800円、中学生以下無料。
 *20名以上の団体は100円引。
時間:10:00~18:00。毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで
住所:千代田区丸の内1-9-1
交通:JR線東京駅丸の内北口改札前。(東京駅丸の内駅舎内)
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