「写真家ドアノー/音楽/パリ」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「写真家ドアノー/音楽/パリ」
2021/2/5~3/31



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「写真家ドアノー/音楽/パリ」のプレス内覧会に参加してきました。

フランスを代表する写真家のロベール・ドアノー(1912~1994)は、パリを舞台に日常の瞬間を切り取る写真で知られ、世代を超えた人気を得てきました。


「ロベール・ドアノーのセルフポートレート」 ヴィルジュイフ 1949年

そのドアノーの音楽をテーマとした写真で構成したのが「写真家ドアノー/音楽/パリ」で、街角にあふれた音楽の場面のみならず、シャンソン、オペラ、ジャズ、ロックなどのアーティスト写真、約200点が公開されていました。

はじまりは主に第二次世界大戦を終えたパリを舞台にした写真で、長い抑圧から解放され、自由に外へ出て音楽を楽しむ人々の様子が写されていました。


中央:「サン=ジャン=ド=リュズのブラスバンド」 1952年7月14日

この頃のパリでは生活のあらゆる場面に音楽が浸透していて、街角にはアコーデオン、ヴァイオリン、打楽器奏者や歌手によって編成されたグループが、大衆とともに歌う光景が見られました。いわば自由と解放の象徴が音楽でもありました。


右:「流しのピエレット・ドリオン」 ティクトンヌ通り、パリ 1953年2月

流しのアコーディオン弾きだったピリエット・ドリオンを主役としたのが「流しのピエレット・ドリオン」で、彼女に惚れ込んだドアノーは、店から店へと移動しては歌う姿に密着して撮影しました。当時、ドアノーはジャーナリストで友人のロベール・ジローと夜の街を撮ることを日課としていて、パリの素顔に精通していたジローの手引きにより、市井の生き生きとした街の音楽家を写真に収めました。


右:「ル・バル・デ・タトゥエのフレエル」 パリ5区 1950年6月

戦後のシャンソン界の立役者を写したポートレートは、雑誌のために制作された作品で、いずれもシャンソン文化の隆盛に大きな役割を果たしたキャバレーで撮影されました。

パリではカフェやキャバレーが文化の発信地として栄えていて、ドアノーは日中での仕事を終えると、第二次世界大戦後のキャバレー文化の中心であったサン=ジェルマン=デ=プレへ繰り出しては、ジローとともに夜のパリを写しました。


右:「ル・プティ・サン=ブノワのマルグリット・デュラス」 サン=ジェルマン=デ=プレ 1955年

カフェやキャバレーには、多くの文化人や知識人、芸術家らが交流していて、そうした人物も写真のモデルとなりました。小説家で映画監督として活躍したマルグリット・デュラスを写した「ル・プティ・サン=ブノワのマルグリット・デュラス」は、テラスでビールを楽しむ一瞬のくつろいだ姿を見事に捉えた作品と言えるかもしれません。


左:「サン=ジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ」 1947年
右:「ラ・ローズ・ルージュのジュリエット・グレコ」 レンヌ通り76番地、パリ6区 1950年10月30日

サン=ジェルマン=デ=プレで象徴的存在だった女優のジュリエット・グレコを写した2枚の作品にも心惹かれました。最初の1枚は1947年にグレコが犬に手を添える様子を捉えた「サン=ジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ」で、もう1枚はその3年後にヴォーグ誌のためのルポルタージュとして写された「ラ・ローズ・ルージュのジュリエット・グレコ」でした。ともにグレコを被写体としながらも、前者からはあどけなくプライベートな心情が垣間見える一方、後者はキリリとしたような立ち振る舞いに女優としての貫禄すら感じられるかもしれません。


「サン=ジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ」 1947年

実のところ「サン=ジェルマン=デ=プレのジュリエット・グレコ」のデビュー前のグレコの姿を写した作品で、ドアノーは当地で多くの有名人に愛されていた犬のビデのルポルタージュを制作していた際、偶然にグレコと出会い撮影しました。何とも運命的な巡り合いではないでしょうか。


「『トスカ』録音中のマリア・カラス、パテ・マルコーニ・レコードのスタジオにて、ジョルジュ・プレトル指揮」 1963年5月8日

クラシック音楽やオペラに関する写真も見逃せません。戦後、レコード市場が急拡大する中、ドアノーは作曲家やオペラ歌手の仕事場や録音風景を写していて、歌手のマリア・カラスをはじめ、指揮者のシャルル・ミュンシュ、それに同じく指揮者で前衛的音楽の作曲家でもあったピエール・ブーレーズのポートレートなどが展示されていました。


第6章「オペラ」 展示写真作品

また「カルメン」や「道化師」などのオペラの舞台写真は、当時オペラを保守的として批判した雑誌のルポタージュで撮影されたもので、今回世界で初めて公開されました。


中央:「雨の中のチェロ」 1957年

チェリストであり、スキーヤーや俳優としても活動したドアノーの友人、モーリス・バケを捉えた写真も魅惑的かもしれません。バケの多彩な想像力に触発されたドアノーは、フォトモンタージュやコラージュ、分割や変形などの技術を用いて写真を数多く制作し、1981年に写真集「チェロと暗室のためのバラード」として発表しました。


「チェロと暗室のためのバラード 制作のためのフォトモンタージュ」(部分) 1970年代後半

バケ自らがチェロに傘を差し掛ける「雨の中のチェロ」など、いわばユーモラスでかつシュールな写真も少なくなく、他のポートレートシリーズとは異なった実験的な味わいも感じられました。


右:「トマ・フェルゼン」 ポルト・ド・ヴァンヴの蚤の市 1992年9月6日

1980年代に入るとドアノーは写真家としての功績を認められるようになりましたが、それでも撮影現場を愛し、新しい世代のフレンチ・ポップスのミュージシャンのレコード・ジャケットやグラビア撮影などを多く手掛けました。


1932年にロベール・ドアノーが初めて購入したローライフレックス

この他、ドアノーが1932年に初めて購入したローライフレックスの日本初公開も見どころの1つでした。なお本展は2018年から2019年にかけて、パリのフィルハーモニー・ド・パリの音楽博物館で開催された展覧会を基に、日本向けに再構成した巡回展でもあります。


「ベルトラン・タヴェルニエ監督の映画『田舎の日曜日』撮影現場にて」 1983年10月

パリの多彩な音楽シーンを臨場感に溢れたドアノーの写真で楽しめる好企画と言えるかもしれません。いわゆるコロナ禍の今、以前とは異なる生活が続く中で、音楽の喜びを享受するドアノーの写真の人々を見ていくと、どこか心が晴れるものを感じました。


基本的に予約は不要ですが、会期終盤の3月20日(土・祝)、21日(日)、27日(土)、28日(日)の4日間に限り、オンラインによる入場日時予約が必要です。


「写真家ドアノー/音楽/パリ」展示室風景

3月31日まで開催されています。

「写真家ドアノー/音楽/パリ」 Bunkamura ザ・ミュージアム@Bunkamura_info
会期:2021年2月5日(金)~3月31日(水)
休館:会期中無休。
時間:10:00~18:00。
 *毎週金曜と土曜は20時まで開館。3月12日以降の夜間開館は決定次第アナウンスあり。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500円、大学・高校生700円、中学・小学生400円。
 *団体の受付は休止。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分

注)写真は内覧会の際に主催者の許可を得て撮影しました。作品はアトリエ・ロベール・ドアノー所蔵。
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「FACE展2021」 SOMPO美術館

SOMPO美術館
「FACE展2021」 
2021/2/13~3/7



2012年にSOMPO美術財団が創設し、年齢を問わず「真に力がある作品」(同館WEBサイトより)を公募する「FACE展」も、今回で第9回を数えるに至りました。

出品数は昨年の875点を大きく上回る1193点で、専門家による審査の結果、83点の作品を入選とし、グランプリ以下の9点の受賞作品が決まりました。


魏嘉(ウェイジャ)「sweet potato」 2020年
 
そのグランプリを受賞したのが魏嘉(ウェイジャ)の「sweet potato」と題した絵画で、煙突のある家の中にパイナップルや桃、それにコップを片手に飲み物を口に入れようとする人物などを描いていました。いずれもがラフなスケッチのような線で象られていましたが、パステルやスプレー、エアブラシなどが巧みに使い分けられていて、極めてニュアンスに富んだ質感を見せていました。


魏嘉(ウェイジャ)「sweet potato」(部分) 2020年

作家は受賞に際して、コロナ禍において帰国した台湾から出られなかった経験を元にしているとコメントしたそうですが、いわゆるステイホームを連想させる面もあるかもしれません。一見、ポップでありながら東洋画的な雰囲気も漂っていて、漢字で連なる文字列はさながら画賛のようにも思えました。


高見基秀「対岸で燃える家」 2019年

優秀賞に選ばれた高見基秀の「対岸で燃える家」は、川岸で屋根から炎を吹き出しながら燃える家を移していて、星空の元、木立に囲まれた辺りは静寂に包まれていました。まるで夢の中を覗き込むようで、不思議と以前に目にしたピーター・ドイグの絵画を思い起こしました。


内田早紀「鱗粉のゆくえ」 2020年

審査員特別賞の内田早紀の「鱗粉のゆくえ」も魅惑的かもしれません。やや小さな画面にはサメやウミヘビや海藻などの海のモチーフが絡み合うように描かれていて、色鉛筆と水彩による色彩が互いに響き合うように広がっていました。奇怪な生き物による魑魅魍魎とした世界ながらも、抽象的な形が垣間見えるのも面白いのではないでしょうか。


山本亜由夢「パライソ」 2020年

同じく特別賞では山本亜由夢の「パライソ」も印象に深い作品でした。ここでは抽象的な色面の中へ、樹木や生物、そして男女の様子を潜ませるように描いていて、いくつかのレイヤー状から情景が浮かび上がるように表されていました。


土井沙織「バイバイ フリードリヒ」 2020年

大きな瞳を前に向けた少女を描いた土井沙織の「バイバイ フリードリヒ」(読売新聞社賞)も存在感があったのではないでしょうか。それこそ仲睦まじい子どもとペットを写した家族のスナップ写真のような一場面を、石膏やペンキ、アクリル絵具などを用いた重厚な筆触で表していて、郷愁に誘われるような魅力を感じました。


吉田愛の「山行」 2020年

この他では、吉田愛の「山行」をはじめ、植田陽貴の「夜の共通語」や橋口元の「daily life」、さらには神戸勝史の「はじまりの木」に安藤恵の「Ordinary days」などにも心惹かれるものがありました。


植田陽貴「夜の共通語」 2020年

審査委員長の堀元影が審査講評において「例年以上にハイレベルな作品が多いと感じた」と記していましたが、確かに想像以上に見応えがあったのではないでしょうか。具象に抽象の表現、また油彩やアクリル、それに日本画の素材などのメディウムを問わず、力作が少なくありませんでした。


橋口元「daily life」 2020年

なお今回の「FACE展」は、昨年5月に新しくオープンした美術館棟での初めての開催となりました。展示室内の撮影も可能でした。(収蔵品コーナーの一部作品は除く。)


神戸勝史「はじまりの木」 2020年

会期中、観覧者投票によって「オーディエンス賞」が選出されます。私は土井さんの作品に投票しましたが、お気に入りの作品を探しながら鑑賞するのも楽しいかもしれません。


事前予約は不要です。3月7日まで開催されています。

「FACE展2021」 SOMPO美術館@sompomuseum
会期:2021年2月13日(土)~3月7日(日)
休館:月曜日。但し祝日・振替休日の場合は開館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般700円、高校生以下無料。
住所:新宿区西新宿1-26-1
交通:JR線新宿駅西口、東京メトロ丸ノ内線新宿駅・西新宿駅、都営大江戸線新宿西口駅より徒歩5分。
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「柏原由佳 1:1」 ポーラ ミュージアム アネックス

ポーラ ミュージアム アネックス
「柏原由佳 1:1」
2021/2/11〜3/14



1980年に広島県で生まれ、2006年に武蔵野美術大学造形学部日本画学科を卒業した柏原由佳は、ベルリンを拠点に制作活動を続けてきました。

その柏原の個展が「柏原由佳 1:1」で、野山や湖、それに水溜りのある自然を舞台とした13点の新作絵画が展示されていました。



いずれの絵画も揺らぎを伴うような筆触でまとめられていて、目の前のリアルな風景を写し取ったというよりも、刹那的とも受け取れるような心象が混じり合っているかのようでした。実際に作品には「現実の景色と内なる想像の空間が混在」(解説より)しているそうです。



また大きな葉の植物や荒々しい岩場などからは熱帯を思わせるものの、一転して薄暗い木立の池を描いているなど、場所は必ずしも一様ではなく特定も出来ませんでした。



さらに山々に囲まれた広い平地の景観全体を鳥瞰する一方で、水たまりを木陰越しに覗き込むような視点があるなどスケール感も多様でした。解説に「大地にひそむ根源的なエネルギーを喚起」とありましたが、例えば恐竜の生きた古代の地球のようなプリミティブな世界を連想させるかもしれません。



柏原は絵画制作に際し、半油性下地をキャンバスに塗り込む作業から行っていて、次に油絵具を日本画のように薄く溶き、時にテンペラを用いつつ色彩を表現してきました。色彩が混じりつつも類まれな透明感が感じられるのは、こうした技法に由来しているのかもしれません。



私が一連の絵画を通して特に印象的だったのは、池や湖と思しき水が多く描かれていることでした。それらの多くは濃淡こそことなれどもエメラルド色に染まっていて、強い光を受けながら輝いているいるかのようでした。



鑑賞者1人1人が景色に多様なイメージを投影できる作品なのかもしれません。しばらく水の描かれた光景を前にしていると、かつて瀬戸内で目にした美しい海の色が重なって映りました。



新型コロナウイルス感染症対策のために事前予約制が導入されています。但し当日の定員に達していない場合は、予約なしでの観覧受付が可能です。


3月14日まで開催されています。*写真は全て「柏原由佳 1:1」の展示作品。会場内の撮影が可能でした。

「柏原由佳 1:1」 ポーラ ミュージアム アネックス@POLA_ANNEX
会期:2021年2月11日(木・祝)〜3月14日(日)
休館:会期中無休。
料金:無料
時間:11:00~18:40 
住所:中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
交通:東京メトロ有楽町線銀座1丁目駅7番出口よりすぐ。JR有楽町駅京橋口より徒歩5分。
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「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート」 たばこと塩の博物館

たばこと塩の博物館
「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート 自然と共生の世界」 
2021/2/6~5/16



新潟県十日町市にあるミティラー美術館は、インドのミティラー地方に伝承する壁画をはじめ、先住民族のワルリー族やゴンド族の描く現代の民俗絵画などを数多く所蔵してきました。

そのミティラー美術館のコレクションがまとまった形でたばこと塩の博物館へとやって来ました。出展数は約90点で、主に1990年前後から2000年代に描き手が制作した絵画に加え、テラコッタなどの彫刻も公開されていました。

インド北東部に位置し、ネパールと国境の接するビハール州北部の平原地帯には、約3000年にも渡って母から娘へと壁画が伝わって来ました。それらは当地において、宇宙神やラーマーヤナ、マハーバーラタなどが家を飾るように壁画として描かれました。


ジャグダンパ・デーヴィー「ラーマとシーター」 制作年不詳

今ではインド政府の美術運動などにより紙やキャンバスにも描かれるようになっていて、一連の作品をかつての王国の名であるミティラー画と呼ばれるようになりました。


ガンガー・デーヴィー「結婚式」 1990年

こうしたミティラー画の第一人者とされるのが故ガンガー・デーヴィーで、会場でも「結婚式」や「上弦の月を喰べる獅子」などの作品が展示されていました。


右:ガンガー・デーヴィー「スーリヤムッキーの木」 1990年

「スーリヤムッキーの木」はガンガ・デーヴィーの遺作となった作品で、1991年に亡くなる1年前の春に来日して描きました。中央にはまるで蛇のようにニョロニョロと伸びるクローブの木が表されていて、枝葉には鳥などの小動物が集っていました。コンクリート擬似壁と呼ばれる素材に描かれていましたが、まるで刺繍を目にするような工芸的な味わいも魅力かもしれません。


リーラ・デーヴィー「ヴィシュヌ神と宇宙創造」 1994年

ガンガ・デーヴィーに師事したリーラ・デーヴィーの「ヴィシュヌ神と宇宙創造」は、ヒンドゥー教の主神の1人であるヴィシュヌをモチーフとしていて、蓮池に身を横にしてはヘソから花が伸び、ヴィシュヌが見た夢から作られた世界の誕生の場面を描いていました。


サシカラー・デーヴィー「村の生活」 1995年

この他ではサシカラー・デーヴィーの「村の生活」も楽しい作品ではないでしょうか。大勢の人々や鳥や牛などの動物、それに草花や樹木が画面を埋め尽くすように広がっていて、黄色や青、赤といった色彩が華やかな雰囲気を醸し出していました。自然に囲まれた村での生き生きとした生活が伝わってくるようで、幾何学的でかつ装飾的な文様が広がる様子にも目を引かれました。

インド西海岸のムンバイに近いマハラシュトラ州のターネー県には、約40万人のワルリー族と呼ばれる先住民族が生活していて、男女を問わず結婚式や祭りに際して壁画を描いてきました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「村の結婚式」 1994年

かつてはロックペインティングのような原初的な絵画であったものの、ジヴヤ・ソーマ・マーシェ(1934〜2018)の手によって民話や神話を表現するようになり、ワルリー画の新たな世界が築かれました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「ベールから生まれた娘」 1996年

いずれもが赤いキャンバスやコンクリート擬似壁を支持体に、白く細いレースの網目のような線で神話的とも呼べる光景が広がっていて、あたかも壮大でかつ幻想的な歴史物語を見ているかのようでした。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「魚を捕る大きな網」 1995年

ワルリー画では人物や動物が半ば象徴的に描かれているのも特徴で、ミティラーよりも大勢の人が登場し、漁や祭りに結婚式といった生活の場面をモチーフとした作品も目立っていました。


ジヴヤ・ソーマ・マーシェ「タルパーダンス」 1998年

ジヴヤ・ソーマ・マーシェの「タルパーダンス」は、ディバーワリ(ランプの祭り)と呼ばれる祭りの日の舞台としていて、男女が手を取り合いながら渦を巻くように踊る姿を表していました。頭の部分に細かな装飾のような表現が見られましたが、これは祭りのための装身具を描いているのかもしれません。


シャンタラーム・ゴルカナ「カンサーリー女神(豊穣の女神)」 2004年

シャンタラーム・ゴルカナの「カンサーリー女神(豊穣の女神)」も面白い作品ではないでしょうか。貧しいながらも他人に食べ物を与える男へ女神が米を施す場面を描いていて、もはや米は山を築くように堆く積み上げられていました。


ジャンガル・シン・シュヤム「飛行機」 1999年

インド中央部のマディヤ・プラデーシュ州に多く住むゴンド族によるゴンド画は、女神や虎などのほかに、飛行機といった現代の乗り物までをモチーフとしていて、いずれもほぼ単体として描いていました。


ジャンガル・シン・シュヤム「チャーンディ女神」 1999年

またゴンド画は細かな線よりも、小さな点を多く重ねながらモチーフを象っていて、いわば点描画のようにも見えました。なおゴンド族はインドの中でも最大の先住民族で、人口規模は1300万人にも及ぶそうです。


ジャンガル・シン・シュヤム「虎」 1999年

十日町の森の中にある旧小学校の校舎を利用したミティラー美術館では、1988年から多くのミティラー画の描き手を招聘し、インド民俗絵画を未来へと継承すべく活動を続けてきました。また2004年の中越地震により被害を受けて休館を余儀なくされましたが、2006年に1年9ヶ月ぶりに再オープンしました。

私も以前、十日町の光の館に泊まった際、界隈の美術館をいくつか廻りましたが、ミティラー美術館までは行くことができませんでした。いつの日か一度、訪ねたいと思いました。


「ミティラー美術館コレクション展」会場風景

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、開館時間が通常より短縮されました。(開館時間:11時~17時。入館締切は16時30分。)また予約は不要ですが、混雑時は入室を制限する場合があります。最新の情報は同館の公式アカウント(@tabashio_museum)をご覧ください。


なおたばこと塩の博物館ではミティラー美術館との共催の展覧会を過去に5回行っていて、今回のコレクション展は2006年以来、実に15年ぶりのことになるそうです。その意味でも貴重な機会と言えそうです。

撮影が可能でした。5月16日まで開催されています。おすすめします。

「ミティラー美術館コレクション展 インド コスモロジーアート 自然と共生の世界」 たばこと塩の博物館@tabashio_museum
会期:2021年2月6日(土)~5月16日(日)
休館:月曜日。但し5月3日は開館。5月6日(木)。
時間:11:00~17:00。*入館は16時半まで。
料金:一般・大人100円、小・中・高校生50円。
住所:墨田区横川1-16-3
交通:東武スカイツリーラインとうきょうスカイツリー駅より徒歩8分。都営浅草線本所吾妻橋駅より徒歩10分。東京メトロ半蔵門線・都営浅草線・京成線・東武スカイツリーライン押上駅より徒歩12分。
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「千葉正也個展」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「千葉正也個展」 
2021/1/16~3/21



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「千葉正也個展」を見てきました。

1980年に神奈川県で生まれた画家の千葉正也は、これまで国内のギャラリーで作品を発表してきた他、「ふぞろいなハーモニー」(広島市現代美術館)や「六本木クロッシング展:アウト・オブ・ダウト」(森美術館)などに出展して活動を続けてきました。

その千葉の美術館での初の個展が文字通り「千葉正也個展」で、絵画のみならず、彫刻、映像、インスタレーションなどの多様な作品が展示されていました。



さて「斬新でスリリングな絵画体験」と公式サイトに記されていましたが、足を踏み入れた途端、目の前に広がる光景に思わず驚いてしまったのは私だけではないかもしれません。



とするのも、展示室内には木屑の入った木製の通路が伸びていて、観葉植物などが半ば無造作に置かれていたと思うと、周囲におもちゃのようなオブジェや絵画が展示されていたからでした。



また絵画は壁に掛けられず、大半の作品は通路に沿うように並んでいて、しかも通路の方を向いていました。つまり通常の順路に従って進むと、サインが記された絵画の裏側だけしか見ることは叶いませんでした。



そして通路はギャラリーの4室を巡るように繋がっていて、各展示室の仕切りの壁をトンネルのようにぶち抜いていました。



木組の通路に沿うように歩きながら、木枠に立てられたキャンバスや彫像にオブジェなどを見ていると、仮設の工事現場に彷徨い込んだような錯覚に陥るのと同時に、観葉植物や書籍も置かれているからか、あたかも作家のアトリエを訪ねているような気持ちにもさせられました。



絵画には山や湖の広がる屋外の光景を背に、木の棚に白いオブジェや観葉植物、それに家電製品などが並んでいる様子が描かれていて、一部は展示室のオブジェなどと重なって見えるからか、画中の世界がまるで三次元的に広がっているようにも感じられました。



なお千葉は絵画を描くことに際し、先に粘土や木片で人型のオブジェを象り、身の回りの品々とともに仮設の風景を築くことから始めるそうです。こうした二次元と三次元を行き来するような手法も興味深いかもしれません。



木製の通路は広いスペースを伴っていたり、また緩やかな坂道になっているなど、あたかもアトラクションのような様相を呈していました。それにしても一体、この木製の通路は何故に展示室に張り巡らされていたのでしょうか。



驚くことに答えは亀でした。何と通路には生きた亀が棲息していて、亀はのんびりと体を休めつつ、ある時にはモゾモゾと通路の上を自由に移動していました。言わば通路は亀の家と化していて、過半の作品は亀の視点から見るのに都合の良い場所に設置されていたわけでした。



それこそ亀になったつもりで、亀の視点を想像しつつ、展示空間を追っていく体験も面白いかもしれません。奇をてらわない展覧会タイトルとは裏腹に、様々な仕掛けの施された、千葉の絵画世界を謎解きのように楽しめる空間が広がっていました。



事前予約なしで入場可能です。また入場時の混雑回避のため、予め来館日時をWEBで指定することもできます。(予約サイト



撮影も可能でした。3月21日まで開催されています。

「千葉正也個展」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:2021年1月16日(土)~3月21日(日)
休館:月曜日、2月14日(日)
時間:11:00~19:00 
 *入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *同時開催中の「収蔵品展070難波田龍起 初期の抽象」、「project N 81 小瀬真由子」の入場料を含む。
 *( )内は各種割引料金。団体での受付は当面停止。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」 すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館
「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」
2021/2/9~4/4



すみだ北斎美術館で開催中の「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」を見てきました。

彩色に工夫が凝らされ、絵師の筆触がダイレクトに残る肉筆画は、浮世絵において版画よりも先行して作られてきました。

そうした浮世絵の肉筆画に着目したのが「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」で、岩佐又兵衛にはじまり、菱川師宣や葛飾北斎、それ歌川国芳などの60名の浮世絵師の作品、約125点が紹介されていました。(前後期で全点入れ替え。一部は巻き替え。各会期で半数を展示。)

さて今回の「筆魂」展の特徴は、浮世絵の通史を肉筆画で追えるのと同時に、新発見や再発見、初公開の作品が少なくないことでした。それは重要美術品などと合わせると、実に全出品作の3割程度を占める40点に及んでいました。

また古山師重や松野親信、鳥山石燕に月斎峨眉丸といった、必ずしも有名ではない絵師の作品も多く公開されていて、それこそレアな絵師のレアな作品を楽しめる浮世絵展でもありました。


冒頭は浮世絵の先駆とされる岩佐又兵衛の作品が展示されていて、中でもかつて六曲一双の「金谷屏風」として知られ、現在は掛軸となって分蔵された「弄玉仙図」が目立っていました。笙で鳴き声を出しては鳳凰を呼ぶ姿を捉えていて、衣服などを象る滑らかな線が殊更に魅力的に思えました。まさにこれぞタイトルならぬ「線の引力」と呼べるのではないでしょうか。

菱川師宣の「二美人と若衆図」は絵師の最盛期の作品とされていて、着物の文様などが実に精緻に表されていました。すみだ北斎美術館は薄型の展示ケースも多いため、肉筆の細かな表現を目と鼻の先で見られるのも嬉しいポイントと言えるかもしれません。

黒い夏物の着物を纏う女性が化粧をする光景を描いた、喜多川歌麿の「夏姿美人図」も絶品でした。着物の下にはうっすらと水色の襦袢が透けて見えて、すらりとした立ち姿ながらも妖艶に感じられました。


新発見の歌川豊国の「三代目中村歌右衛門の急変化図屏風」も目立っていました。三代目中村歌右衛門による変化舞踏を8面に表した屏風絵で、それぞれの一瞬のポーズを切り取るように描いていました。各々が異なった様態ながらも、全体として均整がとれているように見えるのは、豊国の技量によるものかもしれません。

葛飾北斎の「合鏡美人図」は合わせ鏡で髷の具合を確かめる女性を描いた作品で、実物としては本展で初めて公開されました。また同じく北斎ではビゲローの旧蔵品とされる「登龍図」も充実していて、黒い虚空を背景に龍がとぐろを巻きながら登っていく様子を示していました。龍の体に墨の濃淡などが細かに施されているからか、立体感も巧みに表されていて、ぐるりと向きを変えては画面から飛び出してくるような味わいも感じられました。

葛飾北斎が、勝川派絵師たちと歌川豊国とともに描いた「青楼美人繁昌図」もゴージャスな作品と呼べるかもしれません。色とりどりで艶やかな衣装を身に纏った遊女たちと太鼓持ちを主題としていて、あたかも互いの遊女たちの会話が伝わるかのように臨場感がありました。この作品からは、北斎と不仲説が伝えられた勝川春章門下の兄弟子の春好や、ライバルとして知られる歌川豊国との意外な交流関係を見ることができるそうです。



展示替えの情報です。会期中、前後期で全ての作品が入れ替わります。かつての「金谷屏風」である岩佐又兵衛の「弄玉仙図」も「龐居士図」に分けて公開されます。

「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」(作品リスト
前期:2月9日(火)~3月7日(日)
後期:3月9日(火)~4月4日(日)

事前予約制ではありませんが、展示室内の混雑防止のために入場制限する場合があります。私は祝日の夕方に出かけましたが、まだ会期早々だからか、特に混み合っていませんでした。但し充実した内容だけに今後、混み合う可能性も考えられます。またミュージアムショップが10:30~16:00までの時短営業となっていました。最新の情報は公式ツイッターアカウント(@HokusaiMuseum)でご確認下さい。



4月4日まで開催されています。おすすめします。

「筆魂 線の引力・色の魔力ー又兵衛から北斎・国芳まで」 すみだ北斎美術館@HokusaiMuseum
会期:2021年2月9日(火) ~4月4日(日)
 *前期:2月9日(火)~3月7日(日)、後期:3月9日(火)~4月4日(日)
休館:月曜日。
時間:9:30~17:30(入場は17:00まで)
料金:一般1200円、大学・高校生・65歳以上900円、中学生400円。小学生以下無料。
 *団体受付は中止。
 *観覧日当日に限り、常設展も観覧可。
住所:墨田区亀沢2-7-2
交通:都営地下鉄大江戸線両国駅A3出口より徒歩5分。JR線両国駅東口より徒歩10分。
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「笠松紫浪―最後の新版画」 太田記念美術館

太田記念美術館
「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」
2021/2/2~3/28



太田記念美術館で開催中の「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」を見てきました。

1898年に東京に生まれた笠松紫浪は、鏑木清方に入門して日本画を学ぶと、東京や温泉地の風景を舞台とした新版画を多く制作しました。

そうした一連の新版画を紹介するのが「笠松紫浪―最後の新版画」で、大正から戦中、戦後にかけての作品、全130点が揃いました。(前後期で入れ替え。各会期で半数を展示。)

はじまりは紫浪が大正期に手掛けた新版画で、「青嵐」や「初秋」など水辺の牧歌的な景色を描いていました。まだ20代だった若き紫浪は、清方の勧めや渡邉庄三郎の依頼によって、1919年から翌年の間に渡邊木版画舗から5点の新版画を刊行しました。しかしその後は新版画に携わらず挿絵や日本画を描いていて、10年以上経った1932年頃に同じ渡邊木版より再び新版画を制作するようになりました。

1945年に戦争を避けるため長野県へ疎開した紫浪は、戦後もしばらく同地で暮らしていました。そして1948年になると渡邉庄三郎の甥である金次郎の手により、新版画を制作しはじめて、1950年までに8点の作品を発表しました。ところが刊行に際し、庄三郎の許可を得なかったために販売が差し止められ、市中へ出回ることはありませんでした。

結果的に渡邊木版画舗と疎遠になった紫浪は、1952年から京都の芸艸堂の依頼によって新版画を制作し、1959年までの8年間に100点もの作品を刊行しました。かつては紫浪が拠点としていた東京や疎開先の長野を描いていましたが、この時代になると芸艸堂からの取材資金によって全国各地を旅していて、日光や伊豆、松島などの温泉地や観光地も題材となりました。



戦前から戦後、色彩などで画風を変えたものの、紫浪の新版画は一貫して風景が捉えられていて、新版画の第一人者である巴水の作品を彷彿させるものがありました。ただ紫浪の作品には時に人の生活が滲み出ているようで、一見、静謐な風景のように思えても、ドラマのワンシーンを切り取るかのような抒情的な味わいが感じられました。

「春の夜―銀座」は多くの人が行き交う夜の銀座の賑わいを捉えていて、明かりの漏れる屋台の中には、おそらく客と思しき人物の足が描かれていました。まさに日常の一コマを取り出していて、人々の会話すら伝わってくるような情景と言えるかもしれません。

川沿いに立ち並ぶ家々を描いた「片瀬川月の出」は、ちょうど夜に月がのぼった光景を表していて、家の窓からは明かりと人影を見ることができました。あくまでも静かな景色ながらも、例えば家の中では夕飯の支度をしている人々の様子も想像出来ないでしょうか。


芸艸堂のいくつかの新版画は直筆の原画と見比べることもできました。そのうち「箱根湯本の春宵」は ぼんやりと外灯が点る温泉場の道を和装の女性が歩いていて、満開の桜とともに、雨上がりなのか路上には水溜まりがありました。紫を中心とした淡くおぼろげな色彩が包み込む原画には、まるで夢の中を彷徨うかのような幻想的な雰囲気が漂っているかもしれません。

ラストの一枚、「東京タワー」にも目を奪われました。ちょうど開業した翌年である1959年の作品で、夕暮れにライトアップされたタワー見上げるような構図で描いていました。古く懐かしい場所だけでなく、東京のビル群や横浜の大型貨物船などの近代的な風景を作品に取り込んでいるのも、紫浪の制作の特徴の1つかもしれません。

チラシ表紙を見て楽しみにしていた展覧会でしたが、実際の作品も想像以上に魅力的に感じました。また一人、かけがえのない画家と出会ったような気がしました。


なおカタログに記載されていましたが、笠松はこうした新版画の他に、日本画と自画自刻自摺による版画も制作していたそうです。特に戦後、1960年に芸艸堂からの刊行を終えると、実に1987年まで自画自刻自摺による作品を作り続けました。

今回の笠松展では日本画や自画自刻自摺の版画は出品されていません。いつの日かそうした作品を網羅した回顧展が行われればと思いました。

会期は2期制です。前後期で全ての作品が入れ替わります。

「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」(出品リスト
前期:2月2日(火)~25日(木)
後期:3月2日(火)~28日(日)
*2月26日から3月1日は展示替えのため休館。

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、開館時間が10:30~17:00(最終入館は16:30まで)と短縮されました。また混雑緩和のため、1階の畳の間と2階ののぞきケースに作品は展示されません。予約は不要ですが、混雑時は入場規制を行う場合があります。最新の情報は同館のWEBサイトをご覧下さい。



3月28日まで開催されています。おすすめします。

「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」 太田記念美術館@ukiyoeota
会期:2021年2月2日(火)~3月28日(日)
 *前期:2月2日(火)~25日(木)、後期:3月2日(火)~28日(日)
休館:月曜日、及び2月26日~3月1日。
時間:10:30~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般1000円、大・高生700円、中学生以下無料。
住所:渋谷区神宮前1-10-10
交通:東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅5番出口より徒歩3分。JR線原宿駅表参道口より徒歩5分。
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「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」 日比谷図書文化館

千代田区立日比谷図書文化館 1階 特別展示室
「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」
2021/1/22~3/23



日比谷図書文化館で開催中の「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」を見てきました。

1887年に埼玉県川越市に生まれた画家、小村雪岱は東京美術学校にて日本画を学ぶと、装幀、挿絵、舞台演出の分野にて幅広く活動しました。

その雪岱の主に装幀と挿絵に着目したのが「複製芸術家 小村雪岱」と題した展覧会で、鏡花本、新聞や雑誌の挿絵、大衆小説のための装幀など約200点の作品と資料が公開されていました。


泉鏡花「日本橋」 千章館 大正3(1914)年9月18日

はじまりは雪岱の手がけた泉鏡花の装幀で、デビュー作の「日本橋」をはじめ、「紅梅集」や「芍薬の歌」などの書籍が並んでいました。


泉鏡花「弥生帖」 平和出版社 大正6(1917)年4月20日

いずれも甲乙付け難いほどに魅惑的な装幀ばかりで、可憐でかつ意匠に秀でた作品世界が開かれていました。


泉鏡花「愛染集」 千章館 大正5(1916)年10月2日

「愛染集」は千章館が最後に制作した鏡花本で、表紙には雪降る吉原の遠景をやや幾何学的に表しつつ、見返しでは街中の雪景色が大胆な遠近法をもって描いていました。表紙から見返しへと景色の中に入りこむような仕掛けと言えるかもしれません。


邦枝完二「喧嘩鳶」 「東京日日新聞」夕刊 昭和13(1938)年8月7日〜昭和14(1939)年2月15日 「大阪毎日新聞」夕刊 昭和13(1938)年8月7日〜昭和14(1939)年2月14日

今回の雪岱展でとりわけ充実していたのが、新聞連載小説や雑誌のための挿絵でした。そのうち新聞の挿絵では原画だけでなく、新聞の原紙や切り抜きが紹介されていて、広告なども掲載されているからか、まるで連載当時の新聞をリアルに読んでいるような気分にもさせられました。


邦枝完二「お伝地獄」 「讀賣新聞」夕刊 昭和9(1934)年9月21日〜昭和10(1935)年5月11日

全ての資料は本展の監修を担い、装幀家である真田幸治氏の個人コレクションで、膨大な切り抜きなどを前にしていると、雪岱への情熱的とも言える愛しみが伝わるかのようでした。


鈴木彦次郎「両国梶之助」挿絵原画 「都新聞」夕刊 昭和13(1938)年9月22日〜昭和14(1939)年3月24日

鈴木彦次郎の「両国梶之助」の挿絵原画も見応え満点でした。これは1938年から翌年にかけて都新聞にて全155回に渡って連載された作品で、白と黒のコントラストや大胆な構図、はたまたメスで切り取るように細かな描線など、雪岱画の魅力に満ち溢れていました。


鈴木彦次郎「両国梶之助」挿絵原画 「都新聞」夕刊 昭和13(1938)年9月22日〜昭和14(1939)年3月24日

またともすると余白に美意識の感じられる作品ながら、時に思いがけないほど人物を濃密に表したりしていて、静と動の両場面を巧みに描き分ける雪岱の才能に感じ入るものがありました。


「九九九会の仲間たちの装幀本」展示風景

泉鏡花を中心としたグループで雪岱も入会した「九九九会」には、岡田三郎助や妻の八千代、久保田万太郎、鏑木清方らが名を連ねていて、雪岱はメンバーの著書の装幀を数多く手がけました。


表紙絵 長田幹彦「春の波」 「をとめ」創刊号 千章館 大正5(1916)年1月1日

最も挿絵画家として雪岱が注目を浴びたとされるのが大衆雑誌の分野でした。ここでは「演劇新派」や「をとめ」、「現代」、「キング」などの雑誌がずらりと並んでいて、多様な挿絵を目の当たりにできました。


表紙絵 「オール讀物」第4巻第11号/第5巻第12号 文藝春秋社 昭和9(1934)年11月1日/昭和10(1935)年12月1日

中でも時代小説が誌面を占める「オール讀物」は特に人気を博した雑誌で、雪岱は表紙も任されるなどして活躍しました。


左手前:「粧い」 東京銀座資生堂 昭和7(1932)年

この他では雪岱が一時入部していた、資生堂意匠部に関する作品も興味深いのではないでしょうか。


中央:「化粧」 東京新橋福原資生堂 大正7(1918)年8月〜大正8(1919)年9月

ここでは「銀座」の装幀や雑誌「花椿」の挿絵をはじめ、冊子「化粧」の表紙絵などを手がけていて、時代小説の挿絵とはまた一風変わった甘美でかつ幻想的な作風を見ることができました。


「花椿」創刊号 資生堂 昭和12(1937)年11月1日

なお今も資生堂独自の書体である和文の「資生堂書体」とは、雪岱が「雪岱文字」を持ち込み、資生堂和文ロゴタイプの制作で中心的な役割を担ったことに由来するそうです。まさに挿絵だけでなく、文字においても1つの地位を築いていると言えるかもしれません。


団扇「新月」 わかもと本舗 昭和14(1939)年

さほど広いスペースではありませんが、作品は所狭しと並んでいて、思いがけないほど見応えがありました。現在、三井記念美術館においても「小村雪岱スタイル-江戸の粋から東京モダンへ」展が行われていますが、合わせて見ておきたい展示と言えそうです。


「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」会場風景

会場内の撮影も可能でした。予約等は不要です。


3月23日まで開催されています。おすすめします。

「特別展 複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」 千代田区立日比谷図書文化館 1階 特別展示室(@HibiyaConcierge
会期:2021年1月22日(金)~3月23日(火)
休館:2月15日(月)、3月15日(月)。
時間:10:00~19:00(月〜木、土曜)、10:00~12:00(金曜)、10:00~17:00(日祝)。
 *入室は閉室の30分前まで
料金:一般300円、大学・高校生200円、中学生以下無料。
住所:千代田区日比谷公園1-4
交通:東京メトロ丸の内線・日比谷線霞ヶ関駅B2出口より徒歩約3分。東京メトロ 千代田線霞ヶ関駅C4出口より徒歩約3分。都営三田線内幸町駅A7出口より徒歩約3分。
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「漱石山房の津田青楓」 新宿区立漱石山房記念館

新宿区立漱石山房記念館
「特別展 漱石山房の津田青楓」 
2021/1/26~3/21



新宿区立漱石山房記念館2階資料展示室で開催中の「特別展 漱石山房の津田青楓」を見てきました。

図案家であり、日本画家や洋画家としても活動した津田青楓は、30代にして夏目漱石と出会うと、絵を教えたり、連れ立って展覧会へ出向くなどして交遊を深めました。

そうした青楓の手がけた漱石本の装幀を中心に紹介するのが「漱石山房の津田青楓」展で、書籍、資料、さらには絵画や書簡が約90点弱ほど展示されていました。

はじまりは漱石と出会うまでの青楓の軌跡を辿っていて、文芸雑誌「ホトトギス」に投稿した雑誌資料などが並んでいました。今回の青楓展ではいわゆる描く仕事でなく、書く仕事に着目しているのも特徴で、青楓の知られざる文筆活動の一面を知ることができました。


漱石を青楓が訪ねたのは、フランスへの留学を終え、1911年に京都から東京に移り住んでからのことでした。きっかけは、青楓が「ホトトギス」へ投稿した作品に漱石門下の小宮豊隆が関心を寄せたからで、青楓は小宮の紹介によって漱石と会うことができました。いわば「ホトトギス」が青楓と漱石の縁を繋いだと言えるかもしれません。

青楓は漱石の主に晩年に作品に装幀を手がけていて、会場では「行人」や「道草」、それに「明暗」などの書籍が展示されていました。また装幀のための図案集や「フランス刺繍花と鳥」も興味深いのではないでしょうか。青楓はフランスから帰国すると、装飾風の日本画や工芸品を制作していて、一時は刺繍が中心を占めていました。



漱石山房と青楓に関した資料も見逃せませんでした。この漱石山房とは、まさに記念館の地に建っていた晩年の漱石が過ごした家で、毎週「木曜会」などのサロンが催されては、多くの若い文学者が集っていました。

ここでは山房を南画風に表した「漱石先生閑居読書之図」や「漱石山房図」などが並んでいて、漱石の愛した芭蕉が生茂る往時の山房を見ることができました。

1916年に漱石が世を去った際、青楓は葬列にて人目を憚らず泣きじゃくったと伝えられています。そして展示でも漱石と青楓の関係に着目していて、記念館2階の1室における小さなスペースながらも、密度の濃い内容だと言えるのではないでしょうか。ちょうど昨年、練馬区立美術館にて「画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和」と題した大規模な回顧展が行われましたが、それを補完するような展示だったかもしれません。



さて新宿区立漱石山房記念館は、漱石が生まれ育った早稲田南町の住宅街の中、かつて漱石山房の建っていた地に位置しています。



漱石の没後に夫人が土地を購入し、母屋の増改築などが行われるなどして長く残されてきましたが、戦争の空襲によって1945年に焼失し、戦後に跡地は東京都の所有となりました。1950年からは都営アパートの敷地として使用されていたそうです。



しかし1976年に一部が漱石公園と整備されると、アパートの移転に伴って、2017年に漱石の記念館である同館が建てられました。まだオープンしてから数年しか経過していないゆえか、建物の外観も真新しく見えました。



記念館は地下1階、地上2階建てで、1階に漱石の生涯などをパネルや映像で紹介する導入展示と、山房の書斎やベランダ式回廊を再現した展示室があり、2階に青楓展が行われている資料展示室が広がっていました。また地下には図書館や事務室がありました。



漱石山房は空襲で焼失したものの、遺品や写真類は疎開されていたため難を逃れ、後に神奈川県立近代文学館へと寄贈されました。また漱石の旧蔵書も、青楓を漱石に紹介した小宮豊隆の尽力によって東北大学へと譲渡されたため、戦禍を免れました。



山房の書斎の再現に際しては、神奈川県立近代文学館の協力を経て、調度品や複製資料などが作られました。紫檀文机や飾り棚などが見事に再現されていたのではないでしょうか。



記念館の裏手には漱石公園が広がっていて、かつての夏目邸の母屋の遺構や、同家で飼われた猫などの生き物を供養するための石塔が残されていました。なお石塔は空襲で損壊したものの、残欠を利用して再興されたもので、山房唯一の遺構でもあるそうです。



1階エントランスに面したカフェ・ソウセキにて、「吾輩は猫である」に登場する空也もなかのセットをいただきました。またブックカフェも併設されていて、漱石作品や関連の図書などを読みながらコーヒーを楽しむこともできました。



カフェ・ソウセキは当面の間、漱石山房記念館の休館日と火、水曜日が休業となるそうです。ご利用の際はご注意ください。



新型コロナウイルス感染症対策に伴い、入場時に検温と手指の消毒、また連絡先などを記入する必要があります。但し事前予約は不要です。



3月21日まで開催されています。

「特別展 漱石山房の津田青楓」 新宿区立漱石山房記念館 2階資料展示室
会期:2021年1月26日(火)~3月21日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は開館し、翌平日が休館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般500円、小・中学生100円。
 *土日祝日は小中学生が無料。
場所:新宿区早稲田南町7
交通:東京メトロ東西線早稲田駅1番出口より徒歩約10分。都営地下鉄大江戸線牛込柳町東口より徒歩約15分。
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「美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 サントリー美術館

サントリー美術館
「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 
2020/12/16~2021/2/28



サントリー美術館で開催中の「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」を見てきました。

2007年に東京ミッドタウンに移転開館したサントリー美術館は、「美を結ぶ。美をひらく。」をメッセージに掲げ、洋の東西を問わず様々な展覧会を行ってきました。

今回は江戸時代から1900年のパリ万博へ至る時代のコレクションを紹介していて、古伊万里、鍋島、紅型、和ガラス、浮世絵にガレなど、国や時代、それに素材を超えた作品が展示されていました。


「色絵組紐文皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17〜18世紀

まず冒頭では古伊万里や鍋島の優品がずらりと並んでいて、特にデザインの観点からも面白い「色絵組紐文皿」や「薄瑠璃地染付花文皿」といった鍋島に魅せられました。

またここで興味深いのは、タイトルに物語とあるように、それぞれの作品をトピックとしてまとめていることで、鍋島では「構図」や色彩の「青の表現」などに着目していました。


「染付松樹文三脚大皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17〜18世紀 重要文化財

「染付松樹文三脚大皿」は松の枝と葉を丸く屈曲するように表した大皿で、幹や枝は単純化された一方、松葉の塊は細かい線によって1本1本丁寧に描きこまれていました。


「薄瑠璃地染付花文皿」 大川内・鍋島藩窯 江戸時代・17世紀

朝顔型の皿である「薄瑠璃地染付花文皿」は大振りの花や太陽光のモチーフを散らしていて、いずれも青と白抜きで口縁をはみ出すように開いていました。まるで花火を見やるようなイメージも浮かび上がるかもしれません。


「花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地」 19世紀

15世紀から19世紀にかけての琉球王国を彩った紅型や型紙も充実していました。そのうち「花色地瑞雲霞に鳳凰模様裂地」は、赤、青、黄、緑、紫の5色の羽をつけた鳳凰が堂々と舞う姿をモチーフとしていて、まさに王家のシンボルに相応わしいような風格を見せていました。


「矢羽根繋模様白地型紙」 19世紀

型紙の展示方法も秀逸だったのではないでしょうか。例えば「矢羽根繋模様白地型紙」では、ちょうど型紙をケースの中で浮かせるように置いていて、照明の効果によって型紙の影が鮮やかに浮かび上がっていました。



鍋島の優品と並んで私が強く魅せられたのは、江戸時代に「びいどろ」や「ぎやまん」と呼ばれた日本の伝統的なガラスでした。


左奥:「青色菊形向付」 江戸時代・18世紀

「青色菊形向付」は筋状の凹凸のある形にガラスを吹き込んで作られた器で、青色の曲線を描いているからか、水面が揺らいでいるような光景にも見えました。


「薩摩切子 藍色被船形鉢」 江戸時代・19世紀

この他、「藍色被船形鉢」や「緑色被栓付瓶」などの薩摩切子の名品も目立っていて、透き通ったガラスの煌めきの美しさにため息がもれるほどでした。


「横浜異人商館座敷之図」 五雲亭貞秀 江戸時代・文久元(1861)年

浮世絵では江戸、幕末の横浜浮世絵、明治の開化絵、それに小林清親の版画が展示されていて、主に洋風表現や近代化を描いた作品など、西洋との関係に着目していました。


「女織蚕手業草」 喜多川歌麿 江戸時代・寛政10〜12(1798〜1800)年頃

喜多川歌麿の「女織蚕手業草」は晩年の連作で、蚕が繭となり、糸になって織られる光景が描かれていました。女性が働く仕草を実に精緻に示していて、衣服の文様が空摺りによって立体的に浮かび上がっていました。また元々、一枚ずつ完結した場面であるものの、つなぎ合わせると部分的に絵柄がつながる構成も面白いかもしれません。



ラストはアール・ヌーヴォーの作家で、日本美術とも関わりの深いエミール・ガレの展示でした。ここには花器や壺をはじめ、飾棚からランプ、ティーテーブルまでが並んでいて、ガレの多様な制作を見ることができました。


左:エミール・ガレ「花器 バッタ」 1878年頃

花器「バッタ」は1878年のパリ万博で発表した「月光色ガラス」を用いた作品で、バッタや葉の表現からは日本の蒔絵を連想させるものがありました。


エミール・ガレ「壺 風景」 1900年頃

壺「風景」は器を取り囲むような木々の向こうに、色面で抽象化された風景が広がる様子を表現していて、神秘的とも呼べる作品世界を築いていました。


入場に際して検温、手指の消毒が必要です。なお予約制ではありませんが、事前にオンラインでチケットを購入することができます。金曜と土曜の夜間開館は休止となりました。



会場内の撮影も可能です。2月28日まで開催されています。

「リニューアル・オープン記念展 Ⅲ 美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:2020年12月16日(水)~2021年2月28日(日) *会期変更
休館:火曜日。但し2月23日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
 *入館は閉館の30分前まで。
 *金・土曜の夜間開館は中止。
料金:一般1500円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分
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「香りの器 高砂コレクション展」 パナソニック汐留美術館

パナソニック汐留美術館
「香りの器 高砂コレクション展」
2021/1/9~3/21



パナソニック汐留美術館で「香りの器 高砂コレクション展」を見てきました。

古くは紀元前3000年頃の古代メソポタミアやエジプトに辿ることのできる「香り」は、古今東西において、香油や薬、香水など人々の暮らしと密接に関わってきました。

そうした香りに関する器を紹介するのが「香りの器 高砂コレクション展」で、紀元前10世紀のキプロスの香油壺から古代オリエントのガラス製容器、さらにはマイセンからガレやラリックなどの香水瓶、はたまた日本の漆工品が一堂に会していました。

いずれも1920年に創業し、今では世界有数の香料会社として知られる高砂香料工業に由来するコレクションで、その数は約240点に及んでいました。

はじめに展示されていたのは、土や石、それに陶器で造られた、紀元前10世紀から紀元前450年頃の極めて古い香油壺でした。それに続くのが古代オリエントのガラス製の香油瓶で、とりわけ青や群青の色彩がマーブル文様を描く「マーブル文長頸香油瓶」に魅せられました。これは1世紀頃の限られた時期のみに確認される作品で、大理石や縞瑪瑙の模様をガラスで表現するため、2色のガラスを溶かして制作されました。

オリエントやイスラムの世界では、中世から近世にかけての蒸留技術の開発によって香水が多く作られ、その後、ヨーロッパでは17世紀頃にアルコールの精油の抽出による香水文化が花開きました。さらに18世紀になると庶民の間でも香水が普及し、かつてのガラス瓶に代わって、マイセンやウエッジウッドといった陶磁器による香水瓶が人気を集めました。


マイセン 色絵香水瓶「子犬」 ドイツ 19世紀

マイセンで目を引いたのは、人物や動物の姿を象った小型の彫像の香水瓶でした。子犬や狩人、また修道士などがモチーフとなっていて、かなり写実的でかつ色彩が細かに施されていました。


左:ウエッジウッド「女神天使文香水瓶」 イギリス 18世紀後半
右:ウエッジウッド「天使文香水瓶」 イギリス 18世紀後半

この他には、青や緑などの素地にカメオ風の白いレリーフを施したウエッジウッドの香水瓶や、セーブルのポプリポットなども魅力的かもしれません。


ボヘミアン・ガラス 展示風景

1つのハイライトを築いていたのが、ボヘミアン・ガラスの香水瓶の展示でした。ボヘミアでは19世紀の香水文化の普及を背景に、単純で控えめな装飾を特徴としたビーダーマイヤー様式の香水瓶が生産され、技術革新によって多様な香水瓶が作り出されました。そして色ガラスに金彩やエナメル彩を施した香水瓶や、エングレーヴィングの技法によって文様を彫ったものは、同国外の香水瓶の造形にも影響を与えました。


ボヘミアン・ガラス 展示風景

会場では「被せガラスエナメル金彩花文香水瓶」を頂点に、ボヘミアン・ガラスの香水瓶が6角形の展示台に並んでいて、実に華やかな雰囲気を醸し出していました。


ルネ・ラリック 香水瓶「ユーカリ」 フランス 1919年

アール・ヌーヴォーとアール・デコの香水瓶では、ガレやラリック、そしてドーム兄弟による作品が展示されていて、とりわけラリック代表作として知られた「ユーカリ」に心を引かれました。


右:ドーム兄弟「風景文香水瓶」 フランス 1900〜10年頃

ドーム兄弟は風景や百合の文様を色ガラスへ絵画のように描いていて、「風景文香水瓶」では湖や山が広がる光景を幽玄に表していました。


カール・パルダ「幾何学文香水瓶セット」 1930年頃

幾何学的モチーフを取り入れた香水瓶セットも興味深いのではないでしょうか。ボヘミアのガラス作家、カール・パルダの「幾何学文香水瓶セット」は、花や蝶などのモチーフを瓶に装飾していて、ワイン色のような光を放っていました。


「幾何学文アトマイザー香水瓶」 オーストリア 1920年頃 他

オーストリアの幾何学文様の香水瓶もいくつか並んでいて、シンプルなデザインでありつつ造形としての力強さが感じられました。いずれもウィーン工房周辺のガラス工房で制作された可能性があるそうです。

こうした一連の外国の香りの器に加え、もう1つの見どころと言えるのは、江戸時代の香枕や明治時代の七宝による高炉など日本の香りに因んだ器でした。また合わせて香木や香道伝書の資料も並んでいて、日本の香りに関する文化の一端を伺うこともできました。


参考出品:R.B.Sibia「ウォルト社」ポスター フランス 20世紀

アール・デコ時代の椅子やフロアランプなどの特別出品の資料も会場を彩っていました。


中央:セーブル「草花文ポプリポット」 フランス 18世紀

ファッションとデザインの両面の観点から多様な器を追っていくのも楽しいかもしれません。1つ1つの香水瓶がまるで宝飾品のように輝いて見えました。


予約は不要です。3月21日まで開催されています。

「香りの器 高砂コレクション展」 パナソニック汐留美術館
会期:2021年1月9日(土) ~3月21日(日)
休館:7月22日(水)、8月12日(水)~14日(金)、8月19日(水)、9月9日(水)、9月16日(水)。
時間:10:00~18:00 
 *入館は閉館の30分前まで。
 *3月5日(金)は20時まで開館。(2月5日の夜間開館は中止)
料金:一般1000円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分
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2021年2月に見たい展覧会【笠松紫浪/コンスタブル/電線絵画】

正月は早々と過ぎ、節分から立春を迎えようとしています。2月は春に向けて新たに始まる展覧会が少なくありません。そこで気になる展覧会をリストアップしてみました。

【展覧会】

・「DOMANI・明日展 2021 文化庁新進芸術家海外研修制度の作家たち」 国立新美術館(1/30~3/7)
・「FACE展2021」 SOMPO美術館(2/13~3/7)
・「カオスモス6 沈黙の春に」 佐倉市立美術館(1/26~3/14)
・「千葉正也個展」 東京オペラシティ アートギャラリー(1/16~3/21)
・「没後70年 吉田博展」 東京都美術館(1/26~3/28)
・「没後30年記念 笠松紫浪―最後の新版画」 太田記念美術館(2/2~3/28)
・「写真家 ドアノー/音楽/パリ」 Bunkamuraザ・ミュージアム(2/5~3/31)
・「Connections―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」 ポーラ美術館(11/14~2021/4/4)
・「国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話」 江戸東京博物館(11/21~2021/4/4)
・「川合玉堂」 山種美術館(2/6~4/4)
・「20世紀のポスター 図像と文字の風景」 東京都庭園美術館(1/30~4/11)
・「第24回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」 川崎市岡本太郎美術館(2/20~4/11)
・「没後70年 南薫造」 東京ステーションギャラリー(2/20~4/11)
・「小村雪岱スタイル―江戸の粋から東京モダンへ」 三井記念美術館(2/6~4/18)
・「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」 練馬区立美術館(2/28~4/18)
・「特集展示 アイヌ文化へのまなざし―N.G.マンローの写真コレクションを中心に」 国立歴史民俗博物館(12/22~2021/5/9)
・「3.11とアーティスト:10年目の想像展」 水戸芸術館(2/20~2021/5/9)
・「Steps Ahead: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」 アーティゾン美術館(2/13~5/9)
・「佐藤可士和展」 国立新美術館(2/3~5/10)
・「テート美術館所蔵 コンスタブル展」 三菱一号館美術館(2/20~5/30)
・「まちへ出よう展 ~それは水の波紋から始まった」 ワタリウム美術館(2/7~6/6)

【ギャラリー】

・「大庭大介 絵画-現象の深度」 SCAI THE BATHHOUSE(1/26~2/27)
・「阪本トクロウ: gap/大岩オスカール: 隔離生活」 アートフロントギャラリー(2/5~3/7)
・「柏原由佳 1:1」 ポーラ ミュージアム アネックス(2/11~3/14)
・「石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか 後期:グラフィック・アート」 ギンザ・グラフィック・ギャラリー(2/3~3/19) 
・「中川エリカ展 JOY in Architecture」 TOTOギャラリー・間(1/21~3/21)
・「堀浩哉+堀えりぜ「記憶するために―わたしはだれ?」 Space√K (2/13~3/26)
・「樹の一脚展 人の営みと森の再生」 ギャラリーA4(2/5~3/31)
・「輝板膜タペータム 落合多武展」 メゾンエルメス(1/22~4/11)
・「アネケ・ヒーマン&クミ・ヒロイ、潮田 登久子、片山 真理、春木 麻衣子、細倉 真弓、そして、あなたの視点」 資生堂ギャラリー(1/16~4/18)
・「2021年宇宙の旅 モノリス_ウイルスとしての記憶、そしてニュー・ダーク・エイジの彼方へ」 GYRE GALLERY (2/19~4/25)

まずは日本美術です。「最後の新版画家」と呼ばれる笠松紫浪の回顧展が、太田記念美術館にて開催されます。



「没後30年記念 笠松紫浪 ―最後の新版画」@太田記念美術館(2/2~3/28)

1898年に生まれた笠松紫浪は、鏑木清方に日本画を学ぶと、東京や温泉地をモチーフとした新版画を数多く制作しました。


その笠松の制作を追いかけるのが「没後30年記念 笠松紫浪」で、大正、昭和前期、さらには戦後へと至る約130点の作品が公開されます。近年、川瀬巴水を筆頭に、吉田博や小原古邨など新版画への人気が高まっていますが、また新たに注目を浴びる絵師の1人となるかもしれません。

作品は前後期で全点入れ替わります。ともに追いかけたいところです。*前期 :2月2日(火)~25日(木)、後期 :3月2日(火)~28日(日)

続いては「電線」に焦点を当てた異色の展覧会です。練馬区立美術館にて「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」が行われます。



「電線絵画展-小林清親から山口晃まで-」@練馬区立美術館(2/28~4/18)

街中の電線はともすると美的景観を損なうとされるものの、身近な日常の「飾らない」光景として、古くから多くの絵画に表現されてきました。


そうした電線や電柱の美術表現の変遷を辿るのが「電線絵画展」で、主に明治から現代へと至る電線を描いた風景画などが展示されます。電線や電柱を積極的にモチーフとして取り込み、新たな美意識を見出そうとする現代美術家の山口晃の作品も見どころになりそうです。

今年注目の西洋美術展がいよいよ開幕します。三菱一号館美術館にて「テート美術館所蔵 コンスタブル展」が開かれます。



「テート美術館所蔵 コンスタブル展」@三菱一号館美術館(2/20~5/30)

これは19世紀イギリスの画家、ジョン・コンスタブルの画業を回顧するもので、世界有数のコレクションを有するテート美術館から40点のコンスタブルの絵画に加え、同時代の約20点の作品がやって来ます。また国内に所蔵される作品も合わせて公開され、実に国内では35年ぶりとなる本格的な回顧展となります。


コロナ禍の今、海外からの借用作品を中心とする展覧会は、中止や延期に追い込まれたりすることも少なくありません。そうした中で無事開催されるコンスタブル展に大いに期待したいと思います。

新型コロナウイルス感染症対策に伴い、東京都や大阪府、それに神奈川県など10都府県に対して緊急事態宣言が延長されました。現在のところ臨時休館する美術館は限られていますが、今後の状況は依然として予断を許しません。最新の開館情報は各美術館の公式サイトをご覧ください。
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