出久根さんのエッセイ集を読んでいると、いくらでもブログを書きたくなる話が出て来ます。
今度は「井伏氏の新しい顔」です。
「未知の読者から、井伏鱒二氏の筆跡鑑定を頼まれた」という話。
内容も面白いが、ここではそれには触れません。
《さて、コピーの署名は、井伏鱒二、の四文字のみ、無造作に付けペンで書きつけてある。》
で、出久根氏が所持しておられる井伏氏のハガキと見比べるのですが、それは、
《十七歳の時、私が井伏氏からちょうだいした葉書を取り出してきて、見くらべた。葉書の署名は、太字の万年筆で記され、丸みを帯びた文字である。ブルーブラックのインクをポタリと垂らしたような、そんな文字である。》
と書かれています。
そこで、わたしが所持する井伏氏のハガキです。
表の消印は昭和30年。
いや、わたしが井伏氏からもらったものではありません。
宛名は未知の人ですが、宮崎翁を経てわたしのところにやってきたものです。
「ポタリと垂らしたような、丸みを帯びた文字」と言われればそのような気がしますね。
今度は「井伏氏の新しい顔」です。
「未知の読者から、井伏鱒二氏の筆跡鑑定を頼まれた」という話。
内容も面白いが、ここではそれには触れません。
《さて、コピーの署名は、井伏鱒二、の四文字のみ、無造作に付けペンで書きつけてある。》
で、出久根氏が所持しておられる井伏氏のハガキと見比べるのですが、それは、
《十七歳の時、私が井伏氏からちょうだいした葉書を取り出してきて、見くらべた。葉書の署名は、太字の万年筆で記され、丸みを帯びた文字である。ブルーブラックのインクをポタリと垂らしたような、そんな文字である。》
と書かれています。
そこで、わたしが所持する井伏氏のハガキです。
表の消印は昭和30年。
いや、わたしが井伏氏からもらったものではありません。
宛名は未知の人ですが、宮崎翁を経てわたしのところにやってきたものです。
「ポタリと垂らしたような、丸みを帯びた文字」と言われればそのような気がしますね。