郵便ポストまで出かけての帰り、日本盛の古い工場からサンダーの音が聞こえた。
なにか小さな工事をしているらしい。
それは珍しいことではない。
わたしが「おや!」と思ったのは匂いである。
懐かしい匂い。非常に懐かしい。
鉄粉の匂いである。
サンダーで削られた鉄の粉が窓から流れ出て、風に乗ってわたしの鼻腔に届いたというわけだ。
昔わたしは三年間だけだが板金工場に勤務したことがある。
そこで毎日のように匂っていた匂い。
その三年間の体験をわたしは退職後に詩集にしたことがある。
『工場風景』(私家版・1998年)、67篇を納めている。
わずか30部足らずだったと思うが、その時、M先生は「これは誰にでも上げたらあきませんよ。もったいないです」と言ってくださった。
S先生は「誉めすぎかもしれませんが」と激賞してくださった。
そしてY先生は「これは正式出版なさい」と言われた。暗に賞が取れるという意味で。
だがわたしは経済的な理由でそうはしなかった。
今、読み返してみて、暗喩直喩をふんだんに取り入れた、わたしらしからぬいい詩集だと思う。
そのころのこと(心象風景も含め)がありありと思い出され、感無量になってしまう。
話を戻そう。
鉄粉の匂いである。
古い工場だ。
この写真の右手の建物。
昭和36年に建った、元は酒蔵である。今は倉庫のような使われ方らしい。
多分「日本盛」が初めて建てた鉄筋コンクリートの酒蔵だった。
なぜそんなに詳しいかというと、丁度この時、昭和36年にわたしの父親が死んだのだ。
その葬式の時の写真がある。
右の奥の方で工事が行われている。
それが、今日、鉄粉の匂いが漂ってきた工場。
建ってから57年になるわけだ。
この時、最も新しかった建物が、いま最も古くなってしまっている。
因みに、写真左の塀から覗いている人は、用海小学校のプール新設工事の工事人。
ということは、用海小学校のプールも昭和36年に完成したというわけ。
プールも工場もそろそろ耐用年数が切れるのでは?
追記 工事中の酒蔵ですが、この写真が分かりやすいです。