どうも最近は広重の名所江戸百景に縁があるようで、今回は鎧の渡しです。これは元禄年間
以来の切絵図などに記される日本橋川の渡し場で、明治5年(1872)に鎧橋がかけられる
まで存続したといいます。平安の昔、源頼義が奥州平定の途中暴風逆浪にあい、鎧を海中に投
げ入れて龍神に祈りを捧げたところ、無事に渡ることが出来たという伝説があります。
安藤広重の江戸百景には、渡しの図が描かれていますし、他にもこの渡しを詠んだ俳句や狂
歌も知られています。その中の「縁日に買うてぞ帰るおもだかも 逆さにうつる 鎧の渡し」
もその一つです。この絵に描いている倉の白壁は日本橋川の左岸、小網町側の川岸にずらり並
んでいたものだそうです。ここでも女性の赤い帯の色が映えますね。写真は現在の鎧橋(茅場
町~小網町)です。
たしか稲村ケ崎だったような 違いますかね。
広重の赤を求めて また探してみます。
広重の名所江戸百景に描かれた場所は
今 どうなっているか これ 興味がありますね。
この広重の鎧橋の絵、大変に綺麗で往時を忍ばせますね
又、女性の赤い帯 これがこの絵のポイントでしようかね
買って暴風逆浪を沈めるのに鎧を投げ入れ沈めたのですかね それでこの橋の名が・・・・
初めてこの様な事を聞きました
当爺さん子供の頃に読んだ本で新田義貞が太刀を投げ入れ波浪を沈めたと覚えており
この様な時は太刀をと思って居りました
一つ勉強させて頂きました 失礼致します
楽しんでます
知らないことばかり 江戸は 見所が一杯