como siempre 遊人庵的日常

見たもの聞いたもの、日常の道楽などなどについて、思いつくままつらつら書いていくblogです。

尚五郎クラブ 第8回

2008-07-08 21:51:09 | Cafe de 大河
おひさしぶりの尚五郎クラブ。尚五郎が帯刀になっても、このタイトルで強引につづけたいとおもいます(笑)。
今回は、上様のご退場直前ということで、特別企画を組みました。題して

上様御薨去直前スペシャル!
13代将軍・徳川家定の健康診断

 徳川家の歴代将軍の平均寿命が51.4才だったことは、学習会でとりあげましたが、その51.4才より若くしてなくなった人と、死因は以下のとおりです。

3代 家光(48歳) 脳卒中
4代 家綱(40歳) たぶん心不全、心筋梗塞
6代 家宣(51歳) 風邪(インフルエンザ?)
7代 家継(8歳)  風邪
9代 家重(51歳) 尿路障害
10代 家治(50歳) 脚気衝心
13代 家定(35歳) 脚気衝心
14代 家茂(22歳) 脚気衝心

…いかがでしょうか。
実に、いちばん多い若死にの原因が「脚気衝心」。これはいかなる病かといいますと、

ビタミンB1の欠乏によって心不全と末梢神経障害をきたす疾患。下肢の浮腫・神経障害による下肢の痺れ・心臓機能の低下から心不全が併発する。

 ビタミンB1は、麦、玄米、肉、豆、卵などに多くふくまれ、それらの食品をつうじて摂取されるわけですが、江戸時代は肉食が原則禁止。さらに、大都市の江戸では、麦飯や玄米などが軽蔑されて、庶民でも精米された白米を好み、たくさん食べていたのです。
 なので、バタバタとみんな脚気になり、精白米の大消費地である江戸で圧倒的に多かったので、俗に「江戸わずらい」と呼ばれました。大正時代ころまで「日本人特有の病気」と思われていたくらい多かったそうです。
 麦ご飯・玄米ご飯を主体にした食生活でビタミンB1を摂取すると簡単に直るのですが、当時はそんな知識はありませんので、罹患すると悪化するだけで、直りません。

 栄養知識がないうえ、まずいことに、江戸城大奥では、お菓子の消費が大量です。
 浮世から隔絶された女の園で、女性が夢中になるものといったら、着る物のほかにはスイーツ。貴重な白砂糖をつかった上菓子がふんだんに食べられていましたが、実は、この白砂糖の糖質が、ビタミンB1を消費する悪玉なんですね。
 大奥の女性たちに、幼い頃から甘いもの漬けにされる将軍は、アゴが弱く、致命的な虫歯をわずらって、B1を含有する豆や雑穀などは食べられず、成人する頃には骨もヘロヘロ。やがて脚気を発病という、不幸のスパイラルに落ちるのでした。

 脚気は夏の暑い盛りに悪化することが多いそうです。暑気がB1の消耗を促すからだそう。尿が出にくくなり、足のむくみ・痺れがこうじ、足腰が立たなくなり、動悸、息切れ、心身虚脱。やがて心不全をおこし突然死に至るというものです。

家定のカルテ

 というわけで、「脚気衝心」はわりとありふれた病気だったのですが、でも、原因不明(当時は)で不治(ビタミンB1という知識がないので)という、非常に怖い、緩慢ながら確実に死に至る病でした。
 なので、将軍が若くして脚気衝心を患ったら、いつ身罷るかわからない、跡継ぎをはやいとこ決めないと!と回りが焦るのも、無理はないことなのでした。

家定はこどものころから体が弱かったのですが、主な原因は

おそらく生まれつきか、乳児期の病気が原因の脳性麻痺
 これのせいで身体障害がありました。チック症状のような顔筋の痙攣、首の不随意運動などが記録されてます。同じ障害があった9代将軍家重もそうだったのですが、恥じて人前に出たがらず、奥に引きこもることが多かったそうです。
 ただ、家重よりは軽度だったようです。肖像画でも、このように、家重とくらべてみると、ほぼ常人とかわりません。

家重
家定

 さらに、外国人で史上初めて将軍に拝謁したアメリカ領事・ハリスが書き残した、客観的な記述によると
みじかい沈黙のあと、大君は頭を左の肩の上にぐっとのけ反らしはじめ、同時に右足を踏み鳴らした。この動作を2,3回繰り返した」、これが麻痺症状特有の不随意運動をおもわせるものの、そのあと、「よく通る、明るくしっかりした声で」よどみなく口上を述べたとありますので、言語障害はなかったと推察されます。

○17歳のときに患った天然痘
 これのせいで顔に痘痕がのこり、やはり恥じて、人前に出るのを嫌ったそうです。肖像画のヒゲは、カムフラージュ?

 安政5年夏、35歳の家定は、病気が悪化する一方でした。
 開国という未曾有の国難にあたって、目鼻がつくまでとりあえず将軍を早死にさせないでおくため、江戸城では画期的なシフトが組まれます。
 それまで江戸城奥医師だった漢方の医師たちにかわり、蘭方医学の医師たちが正式採用されんですね。そして結成された「チーム家定」は、伊東玄朴、林洞海、戸塚静海、竹内玄同たち。長崎でシーボルトに学んだ、当時第一線の医師たちでした。

江戸時代の蘭方医の道具です。


将軍・御台所たちの健康状態

 15代の将軍たちで、身体壮健・精力絶倫の将軍というのはあまり居ません。皆、なんとなく健康不安みたいなひとたちでした。
 完璧に保護された環境で大切に育てられる将軍が、そろってそんなに病弱だった原因としては以下が考えられます。

衛生知識がなく、劣悪な衛生状態による感染症。とくにハエ、蚊、ネズミなどが媒介するもの。天然痘、麻疹、水疱瘡、赤痢などで、乳幼児死亡率は非常に高かった。

偏食。さらに、魚はすべて骨を除いて白身の部分だけを食べるとか、慢性カルシウム不足でアゴが弱く、虫歯に冒されやすい。柔らかく滑らかなものしか食べられないので栄養が不足し、精力も減退。

○乳児期に乳を与えられた乳母から、母乳を経由して摂取する白粉の鉛毒。当時の白粉は鉛を含んでいたため、これを乳児が摂取すると神経障害など深刻な症状をおこすことがある。

さらに、歴代御台所たちというと、これが将軍に輪をかけて病弱
3代家光以後の御台所たちは、基本的に全員が天皇家・宮家・摂家出身の姫君たちでした(例外は薩摩島津家出身の茂姫と篤姫ですが、摂家の養女として輿入れしてます)が、じつはこの姫君たち、お世継ぎを産んだ人はひとりもいません。どころか、出産した人じたいがほぼ皆無です。
 理由は、公家の姫君たちの体が、性交や妊娠・出産に耐えられるように出来てなかったとしか考えられません。

 発掘調査で出てきた将軍正室たちの骨は細く華奢で、歯のかみ合わせも悪く、虫歯や歯槽膿漏で歯がぜんぶ脱落していたりした。14代家茂の夫人・皇女和宮(静寛院)の遺骨は、その典型であったということです。
 幼い頃から深窓で育てられ、めったに外に出ないので運動不足。柔らかいものしか食べないので歯が弱く、四肢の筋肉も弱くて、まさに「やっと歩いている」という感じの姫たちは、ほとんどが20代~40代で亡くなってます(80過ぎまで長命した人もいるけど)。生まれた子供の数は、徳川15代を通じてゼロ。これは、かなり悲惨な健康状態を物語ってはいませんか。

 そういうわけで、京都出身の正室たちには子供は生まれない、そもそも期待されていなかった節があり、歴代将軍は2名(#3家光と#15慶喜)をのぞいて全員側室から生まれています。
 将軍のお手つきになる奥女中たちは、武家の娘や、庶民の娘など、いずれも元気な健康美人が選ばれるので、お手つき中臈のたちの健康は折り紙つきです。
 彼女たちと掛け合わせても、生まれた将軍たちのあの健康状態…ということで、江戸時代の衛生学の遅れと、将軍たちの生活の不健康さが忍ばれるのでした。


13 コメント

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グッジョブ☆ (なおみ)
2008-07-08 22:07:29
庵主さん、こんばんは。ナイスレビュー
まるで「洞爺湖発」のような優れた内容です。

>心不全と末梢神経障害をきたす疾患
ドラマでカステラ将軍も母親と妻の不仲を確認した折、じっと手を見て眼を剥いて倒れましたね・・・まさにこの通りだと思います。
あと「御台がいい~」とか言って倒れたときも・・・わざとじゃないですよね「本当に」倒れたんだと思いました。

>脚気衝心
和宮の死因もそうですよね。
箱根の塔ノ沢ちゅーとこに和宮に縁のある「阿弥陀寺」という山寺があるんですよ・・・今週末、また箱根に行くんで、行かれたら行ってみたいです。

というワケで、こちらの記事も募金ということで、頂いていっても宜しいでしょうか?
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募金 (庵主)
2008-07-08 22:57:09
>なおみさん

モチのロン!
こんなのでも、使っていただけると嬉しいです♪
例によって、うっかりミスが発見されそうな気がしますが…みなさまからのご指摘を待って、随時訂正しますね。

>じっと手を見て眼を剥いて倒れましたね

そうそう、あれが「脚気衝心」の症状にこまかくあわせてあると、今頃気づいて(汗)。てっきり仮病かとおもった(笑)。

箱根のお寺…いいですね。
天璋院も、明治後に箱根を訪れていますよね。

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阿弥陀寺 (くまま)
2008-07-09 11:46:21
庵主さま、
いやあ、おもしろかったです!!
しかも、分かりやすく読みやすい文章で感謝でした。麦などが脚気にいいということは、近代にわかったようで、戦時中でも、最初、白米ばかりを食べていた兵士は脚気に悩まされていたそうですね。

休みに、箱根へ行く予定です。
なおみさん、
私も、阿弥陀寺、訪ねてみたくなりました。
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こんばんはです (ikasama4)
2008-07-09 21:07:41
あ・・・脚気ネタ先に取られたなぁ(; ̄∀ ̄)ゞ


小学生の時、脚気の検査があった記憶があります。

昔見たドラマ「父子鷹」で
勝海舟の父・小吉もたしか脚気でしたね。

脚気は戦時中「感染病」と考えていた軍医がいたそうです。
それがあの森鴎外さんだと言われているみたいですねぇ。

その昔は
時の権力者が薬として水銀を飲んでたらしいですから

知らなかったとはいえ
知らないというのはやっぱコワイもんです(; ̄∀ ̄)
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麦はいい。 (庵主)
2008-07-10 21:42:22
>くままさん

>麦などが脚気にいいということは、近代にわかったようで

ですってね。昔は、肉なんかもほとんど食べていなかったから、そりゃあ脚気にもなるでしょう。
人生50年というのも、分かる気がします。

でも、いまでも脚気というのは無くなっていなくて、偏食の若い人なんかが罹ったりするそうですよ。
B1不足の慢性疲労には「麦こうせん」が良いと、お茶の先生が言ってました。それにアリナミンVを飲むと即効性があるのだとか^^;
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無知とはいえど… (庵主)
2008-07-10 21:46:17
>ikasama4さん

>勝海舟の父・小吉もたしか脚気

ああ、あの人は骨の髄まで江戸っ子ですからねえ(笑)。死因も「江戸わずらい」で。

>戦時中「感染病」と考えていた軍医

やっぱり、同じ白米食の兵士がバタバタと脚気になるから、「感染だ」と思ったんでしょうね。
ビタミンの存在が明らかになったのはわりと最近のことだそうですから…。知らないって怖いことですよね。
しかし、水銀を飲むって…!
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iいよいよ、、明日(涙) (taira)
2008-07-12 22:11:14
将軍の早死には、てっきり毒殺、もしくは近親結婚(島津、徳川、公家という範囲での血縁の狭さ)の弊害によるものかと思ってました。
そう言う栄養事情があったんですね!
ここで面白いデーターが、あります。
この時代に 問題のビタミンB豊富なブタ肉を、よく食べブタ一なんてあだ名のある人がいます。
ちなみに、この人は75歳まで生きました。   
この人のお父さんも進んだ人で、牛の飼育などして牛乳を飲んでたそうです。  ↑の息子にも、小さい頃はよく飲ませてたとか・・・
この、お父さんも60歳まで生きました。
さて、その親子とは!  破壊された、あのお人と、、、、最期の将軍です
 江戸の栄養学  面白いですね!
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肉食・菜食 (庵主)
2008-07-13 10:17:32
tairaさん

>てっきり毒殺、もしくは近親結婚(島津、徳川、公家という範囲での血縁の狭さ)の弊害によるものかと

わたしも家茂なんかは、タイミングも良すぎるし、毒殺かとおもってたんですが、この健康事情の惨状を検証すると、こりゃー、毒など盛らなくても死ぬわ…と納得した次第です(笑)。

>問題のビタミンB豊富なブタ肉を、よく食べブタ一なんてあだ名のある人

きっと、体格もすぐれ溌剌として見えたに違いないと思います。
将軍継嗣候補にあがるのも、ルックス面からも納得ですね。
菜食主義者と肉食の人って、なんかこう、漂う覇気みたいなのがぜんぜん違います。

ちなみに、ブタ一さんのお父上は、牛乳を、病篤くフラフラの阿部老中にも熱心に勧めていたんだとか(笑)。
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Unknown (SFurrow)
2008-07-13 23:01:37
先週末出かけてしまったので、今週はいつもにも増して早かった~~(先週のレビューももちろん読ませていただいたのですがコメントできずすみません)
こちらもいつもながら、詳しい考察がためになります。「乳母の鉛毒」が非常に恐ろしいけど「大きいかな~」という気がします。乳幼児で命を落とす例が多いですもんね。白米といい化粧といい、上流階級ならではの落とし穴っていうか。

伸び伸びになっていた「徳川十五代を小説で読む」企画、ようやくリストらしきものを作ってみました。まだまだ出てくると思いますが、皆で手分けしてブックレビューにリンクしていけたら嬉しいです。
庵主様ブログと書庫へのリンクを勝手につけてしまいましたので拙宅の皆さんより前に一応お知らせしとこうと思いまして・・・お気づきの点がありましたらよろしくお願いいたします。
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高貴な毒。 (庵主)
2008-07-14 22:04:10
SFurrowさん

拝見しました!すばらしい力作!
なんか、書庫のほうまでリンク貼っていただいて、ありがとうございます。あちらも微増しつつ増殖してますが(汗)。
ブックリスト、徳川15代と呼応したのはありそうで無かったのですね。これからどんどん増えていきそうで。楽しみにしてますね!

>乳母の鉛毒

ですよね~、乳幼児死亡率の高い時代とはいえ、江戸城や宮中での死亡の多さは、ちょっと普通じゃないし。
いらい、岩井友美の「歌橋」を見ると「この人が元凶かも…」と思うようになってしまいました(笑)。
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