湯原修一の歓喜悦慶と聊かの慷慨憂愁, etc.

いつとはなしに眠りにおち微風を禿頭に感じて目が覚める。
このような生活に変わったらブログが更新されないかもしれません。

◇ 俄か "撮り鉄" になって「青ガエル」に乗る

2016年02月13日 23時16分36秒 | 日常・その他
  全国ネットのテレビでも紹介されていましたが、
  熊本電気鉄道(以下、熊本電鉄)で働いていた最後の1台の「青ガエル」が
  バレンタインデーの明日(14日)営業運転を終了します。

ここ最近は、
その話題が地元のテレビニュースや新聞で毎日のように取り上げられていました。
それに触発されて、私も俄か "撮り鉄" になろうと、
今にも降り出しそうな空模様の中を自転車で出かけました。
(ラストランの明日は仕事で行けないので)

青ガエルが運行されているのは「上熊本駅」~「北熊本駅」で
所要時間が9分という短い区間です。

上熊本駅は家から自転車で10分程度のところにあります。

先ず、駅近くの踏切で北熊本方面から来る青ガエルを待ちました。

  ※ローカル線っぽく線路が波打っています。

青ガエルが「韓々坂(カンカンザカ)駅」(*)を出ました。

  * : 珍しい駅名ですが、この駅の近くにある坂の名前からきています。
      昔その坂の辺りに韓国の方々が多く住んでいたのが名前の由来と
      云われていますが、定かではありません。

私が立っていた踏切を通過するところです。


1957年製造ですから、60年近く走り続けたことになります。
還暦の顔つきに見えなくもありません。

  この車両は、東急電鉄の目蒲線で運用されていたのを、
  1985年に熊本電鉄が譲り受けたものだそうです。

上熊本駅

  ※熊本電鉄の上熊本駅はJR九州の上熊本駅に隣接しています。

青ガエルが来るのを待っていた撮り鉄の方々が取り付いています。

  ※関東・関西方面からも来られているようでした。

私は15時20分発に乗りました。
発車前に運転席を1枚


青ガエルは冷房設備がありません。
熊本の夏の猛暑日も、ガタツク扇風機だけで頑張ったわけです。
茹でガエルになっていたかもしれません。


東急電鉄時代の吊革がそのままです。
  「ファッション・コミュニティ」は今も渋谷にあるのでしょうか?


上熊本駅と北熊本駅の間にトンネルが1ヵ所あります。


トンネルを過ぎたところにも、そして土手の上にも ・・・
北熊本駅までの線路沿いに
沢山の人がカメラを構えていました。

あっという間に終点の北熊本駅に着きました。
改札のところに青ガエルのマスコットがいましたが、
これも明日撤去されるのでしょうか?


駅舎の前で記念撮影する人たちがいました。
青ガエルに思い入れは無いはずですが、中国語も飛び交っていました。


復路の電車の発車時刻まで間があったので、
停車中の電車などを撮りました。

熊本電鉄には他の鉄道各社から譲り受けた車両が色々ありますが、
これは新しいほうではないでしょうか?
明日青ガエルが引退するというのに、もう会えなくなるというのに、
「くまモン」はいつものようにニコニコしています。
何の悩みも無い幸せモンです。


右が南海電鉄から1998年に譲り受けた車両で、
左が都営地下鉄の三田線で運用されていたものです。
(移籍してきた選手が元のユニフォームで試合している感じです)


昭和3年製造、国鉄から1954年(昭和29年)に譲り受けた車両で、
現在も北熊本車庫内で車両の入換用として稼働しているそうです。
博物館にあってもおかしくない貴重な車両です。

  ※この型式(モハ71)の車両には思い出があります。
    私が幼児のとき、まだ菊池市まで熊本電鉄が延びていた頃、
    この型の車両に乗ってお袋の実家がある菊池まで
    何度か一緒について行ったことがあります。
    私はいつもきまって靴を脱いで座席に上がり、
    窓枠に両肘をついて外の景色をずっと見ていました。
     なぜか、その情景だけを憶えています。

今日(13日)と明日(14日)が混雑する旨の注意書きが貼ってありました。



今日、俄か撮り鉄になって青ガエルに乗りましたが、
私が熊本電鉄に乗ったのはいつ以来になるのでしょうか ・・・
はっきりした記憶がありません。
乗る必要性が全くなかったので、
もしかしたら幼児のとき(上の写真のモハ71に乗ったとき)以来
かもしれません。

  ラストランとなる明日(14日)は
  北熊本駅で記念イベントが開かれるそうです。
  ギタリストの電車内ライブ(午前11時10分と午後3時30分)や
  青ガエルの撮影会(午後1時30分~2時30分)などもあるそうです。
    明日の夜のニュースで取り上げられるかもしれません。