ともちゃんの湯巡りと日帰り撮影隊の記録

公休日に出かけた先の温泉や風景をアップしてます。

ともちゃんの小さな復興支援 南三陸防災庁舎

2012-04-09 19:35:51 | 北東北
強風が少し収まった4月5日午前0時過ぎ家を出発、5分ほど走って秋田自動車道に乗る。こんな真夜中に遠出をする為に走っている人間など私たちの他にいるはずもなく当然のことながら道が空いていて走りやすい。

横手~湯田間が強風の為、通行止めになっていないか不安だったが規制もなく、錦秋湖のSAでしばしの休息、除雪した雪がまだ山のようにうずたかく積まれていて地面も溶けかかった雪でべちゃべちゃしている。シートを倒し、仮眠。目が覚めると雪がちらついている。

ユンケルを飲み、此処から築舘まで走り高速を降り、道の駅津山を目指す。午前5時40分、津山到着、ここでも雪がちらついていた。国道398号線を海に向って走り出す。道路標識を頼りに走っていると突然、家の土台だけが目に付き始め、道路わきに押しつぶされた乗用車が2台ある、被災地に入ったのだ。

「お父さん、車が潰れてるよ。」

「あそこに海が見える。」

ふと前方を見ると地平線まで見渡せる、そして海。本来なら此処から海が見えるはずはなかったのではないだろうか。左側には列車が走っていたであろうトンネルがあり線路の脇にはまだ手がつけられていないであろうコンクリートの塊が津波で動かされたままになっている、その右側にプレハブのコンビニがあった。これから先、何処で食料が買えるのか定かではない。此処で朝食におにぎりを買った。コンビニの先には真新しい橋が架かっていて車の往来がある。車の中でおにぎりを食べ、一休み。橋の向こう側に鉄骨だけが残された建物が見えたので立ち寄ってみた。鉄骨には流されていた物が絡みついたままになっていた、まだこんな建物も残っていたのだ、現地に来て見なければ判らないことだった。

コンビニのお兄さんから防災庁舎の場所を聞き、出発。迷わないだろうかと思ったが遮るものは瓦礫の山ぐらい、見慣れた鉄骨の姿に、

「きっと、あれだね」

献花台が置かれていて千羽鶴、花が供えられていた。しばし黙祷。見上げなければ見えない防災庁舎の文字、南三陸町長がしがみついて助かった屋上の棒など首を痛くして天を仰がなければ見えない、そこまで津波が押し寄せてきたとは想像すら出来なかった。誰が大津波を予想したか。黙祷しながら込上げるものがあった。此処で何人の人が亡くなったのだろうか。。。

防災庁舎の左側に見える病院の玄関の屋根の上には舟が乗っかっていてパチンコ屋の隣の3階建ての建物の上には乗用車が乗っていた。此処に人々の暮らしは戻って来るのか。

瓦礫の側の道路を通り、通勤通学している人たち、そこで生活しなければいけない人たちの心情を思えば、政府の対応に怒りさえ覚える。「あなた達も其処(被災地)に住んで見れば?」



コメント (6)
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