わたしたちの洋書の森

「洋書の森」のとっておきの話をご紹介

「第19回 翻訳者のためのウィークエンドスキルアップ講座

2015年12月24日 09時06分31秒 | 魔女のポーシャ

――“行動する翻訳者”越前敏弥のフィクション翻訳なんでもQ&A」を受講して――

2015年12月12日(土)に出版クラブにて開催された翻訳家越前敏弥さんのセミナーは、訳文研究・演習もありましたが、全体としては「翻訳概論」でした。出版(文芸)翻訳とは何か。翻訳の役目や目的は? 翻訳に対してどのような心構えであるべきか。

全般的に厳しいお話でした。その中で一番厳しいと思ったのは、配布された「想定問答集」に登場するQ&A。

原書、翻訳書、日本人作家の本のうち、どれをたくさん読むべきだと思いますか。

――すべてたくさん読むべきです。どれが欠けても、まともな文芸翻訳はできません。

なぜ「すべてたくさん読むべき」なのかというと、出版翻訳において「翻訳する」は「翻訳」のすべてではないから。翻訳とはその本の運命につきあうことだから、と先生は言います。たとえばリーディングの段階では、その本が刊行するに値するかどうかの判断ができなければなりません。原書でも翻訳書でも日本人作家の本でも、似たジャンルの本を読んでいれば、面白いか、人気のあるジャンルか、一言添えることができます。あとがきを書くときにも、そのような知識が必要になります。また、たとえばミステリーにshotgunという言葉が出てきたとき、ミステリーをよく読む人なら、そのまま「ショットガン」と訳しますが、ミステリーに不慣れな人は、辞書で見つけた「散弾銃」をそのまま使うでしょう。「翻訳する」ときも知識は必要なのです。翻訳技術に関わり、出版に至るか、訳書が売れるかにも関わる知識は、幅広く読めば読むだけ、得られることになります。

次に注目したのは、翻訳の役目や目的とは何か、というお話です。1970年代以前は海外文化を紹介する目的の中で翻訳がなされていたそうです。ここで例に挙がったのが、12月8日に亡くなった翻訳者であり作家である小鷹信光さんでした。小鷹さんは、翻訳だけをやっていたのではなく、それを通じて、アメリカの文化を紹介し、初めてハードボイルドという概念や言葉を紹介しました。翻訳という作業だけに注目するのではなく、それを通じて自分は何を発信したいかということを意識する必要がある、ということでしょう。配布されたプリント1ページ目の「翻訳者は何ができるか、何をすべきか」10か条にも、「翻訳の仕事をする目的を明確にする」とあります。わたしはこれまで、「翻訳する」こと自体に楽しみと意義を感じて、あまり「目的」を考えず、ただ自分の興味を引く本を探して出版のためのプロモーションを試みていました。けれどそれでは企画が通るわけがなかったのです。セミナー後半のQ&Aで、翻訳一本で食べていかれない場合、兼業になるが、その場合の心構えは? という質問がありました。兼業は現実的な選択で、英語教育に携わったり他の業種で活躍したりする中で翻訳を考えることは有意義だ、というような回答でした。兼業によって翻訳を俯瞰してみることができれば、翻訳する目的、翻訳の役目が明確になるかもしれません。

越前先生が「行動する翻訳者」と呼ばれるのは、翻訳文化を普及させ、翻訳書の読者を増やす活動をするからです。日本人作家による本は読むけれど翻訳書はあまり読まない、とか、ブックオフなどの中古店で本を買ったり、図書館で借りたりすることが多い、とか、よく聞きます。けれど、本が売れない売れない、と嘆く前に、「本が売れるように翻訳者自らが、読者として本を買う努力をしなければならない」。確かに! 帰宅して書き込みをしたプリントを読み返すと、先生の言葉として「週に一冊、翻訳書を読む」とメモしていました。はい、努力目標…にしたいと思います。

後半のQ&Aでは、辞書や漢字表記、訳文研究の具体的な方法などの「翻訳作業の技術的側面」に関する質問、校正作業を含めた編集者とのつきあい方や一般文芸書やエンタメ系書籍の売れ行きなど、「翻訳という仕事全般」に関する質問が出ました。ひとつひとつ、丁寧に率直な回答をいただき、感激しました。また越前先生担当の編集者からも、現場の生の声を聞くことができました。ありがとうございました。

セミナーを受講するたびに、出版翻訳に対する覚悟を更新しています。ふだんの仕事や生活の中で慣れが生じたとき、そのためにモチベーションが下がったとき、この講座で感じた衝撃を思い出したいと思います。わたしにとっては、野菜のヒートショックのような、有意義な講座になりました。(洋書の森会員、斎藤静代)


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