スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

日本での取材中の裏話(その2)

2011-04-23 01:15:34 | コラム
昨日紹介したスウェーデン・ラジオの男性記者Nils Hornerは普段はタイやインド、インドネシアなどアジアを幅広くカバーしている(ただし、中国は女性の別の特派員がカバーしているが、今回の震災では彼女も日本に派遣された)。

この男性記者は日本で大震災が起きたときにはクウェートにおり、そこから日本へ急行することになった。ついでなので、震災からちょうど1週間が経った頃のコラムも紹介したい。

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緑茶で体や髪を洗うなんて、どこかのトレンディーな雑誌に新しい流行として紹介してもらえるかもしれない。でも、最高に気持ちがいいのだ。少なくとも日本の震災を取材し始めて3日目に体を初めて洗えた時にはね。最後にシャワーを浴びたのは、クウェートを発つ前だった。貴重な水やお茶を無駄にしてしまうのはもったいないけれど、仕方がない。

この日、福島市で見つけたホテルは水道が出なかった。そこで試しに緑茶(無糖に限る!)を使って体を洗ってみるとペットボトル5本分がちょうどいいことが分かった。最後に1リットルのEvian(ミネラルウォーター)で体をすすげば、立派に入浴完了というわけだ。ホテルの掃除の人は、翌朝に多数のペットボトルを見て「ここに泊まった外国人はよっぽど緑茶が好きなんだな」と感心したに違いない。

日本に到着して最初の夜は、バス停に併設する公衆トイレで夜を明かした。本当は東京から北へ80kmの所にある小さな町でホテルを探していたものの、停電や断水だったり、建物の安全性が保証できないということでどのホテルも断られた。そんな時に偶然出会ったブラジルのテレビチームが、この公衆トイレに案内してくれた。

ブラジル人のレポーターは到着するやいなや、トイレの便座に座りながら撮影した映像の編集を始めた。唯一のコンセントがその便座のすぐ傍にあったからだ。私を含め、その他の5、6人はトイレの床に寝そべることになった。バクテリア恐怖症の人でもトイレの床で違和感なく横になれる国なんて、清潔に常に気を遣っている日本の他にはないだろう。その晩は、トイレの中にも暖房が効いていた。外は零度を下回るくらいだったから、暖房をちゃんと付けておいてくれた管理人に本当に感謝したい。

2日目の晩は、そこからさらに北に行った沿岸部で取材をしていたが、成田に到着したときから私のアシスタントや車の運転をしてくれた日本人が、急遽東京へ戻ることになった。代わりのアシスタントは別の車で明日やって来るという。車がなければ車中泊もできない。そんな時、私がたどり着いたのは避難所として使われていた小学校の体育館だった。津波で家を失った人や福島原発の周辺に住む人たちが避難していた。

慣れないことだが、被災した人々と一緒に床で寝るというのは貴重な経験だ。ストックホルム本局のデスクが「周りの人たちにインタビューしてくれないか?」と要請してきたが、この状況でそれをしてはダメだと思い、断った。

この体育館に避難している人たちには子持ちの家族が多い。私のところにもちゃんと毛布があるかどうか、気を遣ってくれる。温かいおにぎりを3つも持ってきてくれた。スリッパまで私のために丁寧に用意してくれる(スリッパは日本の屋内では必需品!)。一晩中、トランジスターラジオが最新ニュースを伝えていた。大きな音量だったが、私の周りの人々はいびきをかいて寝ていた。ラジオが状況は落ち着いていると伝えていたからだろうか?

ある晩は、路上に車を止めて、助手席で寝ることになった。すると翌朝、ガラス越しに誰かがノックするので目が覚めた。何かと思って窓を開けると、その前にある家に住む人が、寒いだろうと思って温かいコーヒーを持ってきてくれたのだった。そんなことがあるたびに、人間的な温かさを感じる。

福島市役所は、救援活動の拠点としても、そしてメディアのための活動拠点としても機能していた。私は一室の片隅に陣取って、窓からちょこっと衛星通信のアンテナを外に出すことができた。愛用している「Thrane & Thrane Explorer 700」はどこでもちゃんと役目を果たしてくれる。ISDN回線経由でストックホルムのスタジオと生中継できるし、インターネットも普通の電話の会話も可能だ。電話帳一冊よりも小さな機械がこれほどまで大きな役割を果たしてくれるなんて信じられるだろうか?
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余談になるが、私の日本人の友人はスウェーデン・テレビ(※注)の取材班の通訳やアシスタントとして被災地での取材に立ち会ったが、避難所でのインタビューを終えてその場を後にしようとする時に「お腹がすくからこれも持ってお行き」と、避難所で配給されているおにぎりやお弁当を差し出されたという。スウェーデン人のジャーナリストは、それはできないと断るものの、持っていってくれと譲らなかったと言う。似たようなエピソードは、他のスウェーデン人レポーターからも耳にした。

(※注)スウェーデン・テレビスウェーデン・ラジオと同様に受信料で賄われている公共放送だが、NHKとは異なりそれぞれが完全に別組織となっており、よって報道部もそれぞれ独立している。だから、今回の大震災にしても、エジプトやリビアでの政変にしても、それぞれから異なった報道が聞けるのは嬉しい。(さらに詳しい話をすれば、スウェーデン・テレビには1チャンネル2チャンネルがあり、数年前まではそれぞれ別々の報道部があり独自の取材をしていた。)