スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

日本での取材中に宿泊先に困ったら・・・(取材中の裏話・その1)

2011-04-21 01:03:09 | コラム
大震災の直後から日本入りし、被災地の様子や日本政府の対応、福島原発の状況などをスウェーデンへ配信してきた主要メディアの特派員は何人かいるが、その中でも私がよく耳にし、気に入っているのはスウェーデン・ラジオ(公共放送)のNils Horner(ニルス・ホーネル)という男性記者だ。

スウェーデン・ラジオの記者や特派員は、まじめな報道を本国に送るだけでなく、現地での取材における裏話自身の心境、考えたことなどを3分から5分くらいのコラムとしてまとめることがよくあり、中には非常に聞き応えのあるものもある。

日本の被災地に赴いて1ヶ月ほど動き回ったこの男性記者は、4月14日にこんなコラムを送ってきた。大学に行く途中にトラムの中で聞きながら笑ってしまった。


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昨日は石巻で取材を行った。漁港のあるこの町は津波で大きな被害を受けた。ほんの1、2週間前までは津波で流された大きな漁船や乗用車が町の交差点に立ちはだかっていた。その漁船も今や取り除かれ、道路も通行可能となっている。散在している瓦礫も少しずつ片づけが始まり、混乱の中にも秩序が生まれつつある。全体が瓦礫と化したこの町の復興作業はとても気が遠くなるように感じられるが、わずかだが希望もある。

その晩は車で福島市に向かい、ホテル探しをすることになったが、行く先々で満室だと断られた。被災地の復興支援の人々や福島原発で復旧活動を行っている人々が泊まっているのだろうか。私たち取材チームは疲れており、寝る場所を求めていた。日本人のアシスタント(通訳・運転など)は「さらに一晩、車中泊はごめんだ」と言う。仕方がないので、私たちは最後の手段として、日本ならではの宿泊施設にトライすることになった。「ラブホテル」だ。

実は、今回が初めてではない。数週間前にもラブホテルに泊まることになったが、その時は私がホテルのレセプションでいつもやるようにパスポートを提示したところ、受付の人に笑われてしまった。そんな人、今まで見たこともないと言う。そう、ラブホテルは「匿名」であることがウリなのだ。お金のやり取りだって、顔が知られないように隠れて行ったり、自販機で支払いをすることも多い。利用時間だって90分という短い時間でもOKなのだ。

私の日本人アシスタントが試しに聞いてみた。「出張など仕事の都合でこのホテルに泊まることもできるのか?」すると、「いや、非常に特別な場合に限られる」、との答えが従業員から返ってきた。そもそも、鍵すらないのだ。部屋のドアは従業員がレセプションから自動で開けることになっている。

大きな荷物を抱えて313号室にたどり着くと、部屋には薄暗い紫色の照明がすでに付き、ロマンティックな音楽が流れていた。しかも、天井に取り付けられたミラーボールがくるくると回り、室内を鮮やかに照らしていた。ミラーボールのモーターがエネルギッシュに音を立てている。ドアを開けて部屋を覗き込みながらそんな光景を眺めていると、まるで奇妙な洞窟のようにも感じられる。さてどうしたものか、と少しためらった。でも、ホテルの外は寒い。それに比べれば、このホテルの部屋の中は暖かい。それに、とにかく寝たくてしょうがない

不思議なことに、この部屋が何だか心地よく感じられてきた。私は大きなベッドに座りながら、部屋に取り付けられた冷蔵庫の横に小さな自動販売機があることに気が付いた。いろいろなものがここで買える。ラブホテルとはいえ、やはりここは日本なので、部屋そのものはきちんと整っており清潔だ。ただし、部屋に何が備え付けてあるのか、よく見えない。ミラーボールのおかげで照明がチラチラしているからだ。

この日は朝早くから、瓦礫が重なる石巻で取材を始め、そして今こうしてラブホテルで一日を終えようとしている。それが何ともシュール(surrealistic)に思えて仕方がない。流れているロマンティックな音楽やムードを醸し出している紫色の照明を切ろうと思うのだが、ベッドの横にはたくさんのスイッチがあり、赤いランプが付いている。説明が書いてあるものの、すべてが日本語だ。試しにスイッチをいじってみると、思いがけないことが起きる。エアコンが強くなったり、弱くなったり。音楽の音量が上昇したり、お茶のための熱湯を沸かす装置が動き出したり。でも、しまいには照明が消せ、マーヴィン・ゲイの曲からも解放されることができた。しかし、ミラーボールを止めるためのスイッチは最後まで分からなかった。エネルギッシュなモーターの音を耳にしながら、そのうち夢の世界へ吸い込まれていった。

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現地から生でスウェーデンにニュースを発信するNils Horner記者(右)