スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

「温暖化対策準備委員会」(3)- 世論とメディア

2008-02-10 08:16:56 | スウェーデン・その他の環境政策
さて、日本であれば環境対策について国政政党すべての間で合意形成などしようとすれば、それぞれが自分たちの立場を主張し、議論が紛糾してまとまらないだろうに、スウェーデンでは、どうしてこうもラディカルな取り組みに関する合意が幅広くなされるのか?

日本と比べると驚くべきことに「環境問題、特に温暖化問題への対策は急を要する」という認識は与党(中道右派)にも野党(社民・環境・左党)にも広く共有されている。また、国民一般の側にも、メディア(テレビ・ラジオ・新聞など)における議論や専門家の意見などを通じて、温暖化問題が深刻な帰結をもたらしかねない、ということが広く認識されているようだ。

今回は、この世論について書き、次回、各政党の認識について書きたいと思う。

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温暖化問題を取り扱ったドキュメンタリー番組「Planeten」(スウェーデン・テレビ(SVT)の作成)が2006年終わりにテレビで放送されたり、また、アル・ゴア氏の映画上映もあったことにより、それまでは関心を持っていなかった人も何かしらの興味を持ち始めた。その後、メディアもニュースやさまざまな特集を組んで、このトピックを盛んに扱うようになった。

温暖化説に懐疑的な意見も、声が上がるたびに取り上げられ、ニュースや社会ディベート番組などで温暖化を懸念する人たちとの活発な議論が展開されたりはしたものの、様々な議論に耐えうる、強い説得力を持つ意見は稀なようだ。やはり科学的な根拠に基けば、人間の産業活動によって温暖化が引き起こされている可能性が非常に高く、積極的な対策が必要だ、という認識が現在では広く共有されているようだ。

日本では、この問題認識の段階ですら、少なからずの人が温暖化の進行や海面上昇、気候変動に対していまだに疑問を投げかけているようだ。新しい見方や、他の人とは違う斬新的な考えがメディアに取り上げられたり、本として発売されるのはいいことだと思うが、その説がきちんと吟味されないままに一人歩きし、それが鵜呑みされてしまうのは問題ではないかと思う。

まず、一人ひとりがいろいろな「説」を見聞きする段階で、ある程度、自分の頭の中で、論のつじつまや信憑性を考えて判断すべきだと思う。

ただ、もちろんほとんどの市民・国民は科学の専門家ではないので、それぞれの説の細部をしっかり吟味して、信憑性を判断できるわけではない。ならば、専門家の主張をある程度は鵜呑みしたり、受け売りしたりするのは、どこの国でも一緒ではないのか? スウェーデンにしたって、人々は温暖化問題を叫ぶ専門家の声を鵜呑みにしているだけではないか? と思われるかもしれない。

いや、そんな単純なことではない、と私は思う。

私はここでメディアの役割が重要になってくるのではないかと思う。つまり、ある新しい説が提唱されたり、新しい本が発売されたりして、話題になったときに、そのニュースだけを伝えたり、その新しい主張だけをタレ流すだけでなく、従来の定説を唱えている専門家とスタジオで議論させたり、一般の人からの疑問に答えさせたり、メディアが独自にその説の信憑性を検証したりすることで、意見の対立構造や、それぞれの意見の強さや弱さが多角的に分かる形で伝えるのだ。根拠に欠ける弱い意見であれば、そのような議論に耐えることはできず、次第に淘汰されていく。

スウェーデンでは、このようにメディアがある種の「フィルター」の役割を果たしながら、世論形成の土台を築いているように思う。「メディアにおける活発な議論が”det goda samhället”(良心的・良識的な社会)を築いていく」とある人が新聞のコラムに書いていたが、まさにこのことだと思う。

ともあれ、このようなプロセスを通じて、「温暖化対策は急を要する」という認識がスウェーデンでは広く共有されているようだ。(一方で、どのような方策を用いて温暖化対策を行うか、については意見が大きく食い違っている。)
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以上の結果、各政党も積極的な対策を打ち出さなければ、支持率を維持できない状況になっている。2006年秋に誕生した中道右派の現政権も、それまではあまり「環境政策」には熱心ではない、とは言われたものの、これを重要政策分野の一つに位置づけざるを得なくなっている(むしろ、他の政策分野で不評なので、環境政策分野でポイント稼ぎをしなければならない、という本音もあるのかもしれない)。

スウェーデンでも2006年の総選挙にキリスト教民主党「ガソリン税の切り下げ」を公約に掲げた。この公約で支持率が伸ばせる、という思惑があったようだが、選挙の結果は惨めなものだった。この政党の問題は他にもあったのだが、ガソリン税減税という「人気取り公約」に人々が見向きもしない、一つの象徴的な出来事だったと思う。(続く・・・)