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スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

2011年の予算案提出!

2010-10-17 23:34:22 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデンの財政を引き続き管轄することになったボリ財務大臣は、先週火曜日に来年2011年の予算案を議会に提出した。恒例として財務省から議会までの数百メートルの道のりを予算案を抱えながら行進し、その後、議会の予算委員会で与野党が討議を行った。


後ろのウサギはどうやらあるバラエティー番組の企画らしい

私はこの日たまたまスウェーデン議会の建物を訪ねる機会があった。討議は委員会室ではなく、大きな議場を使って行われるものの、出席しているメンバーは予算委員会のメンバーがほとんどのようだ。しかし、議会のカフェテリアや議場外のスペースには新議員を含め、様々な議員が行き交っていた。物議を醸している新しい社会保険大臣も見かけた。議会の労働市場委員会の事務を担当している職員の人が言うには「新しい議員が多いから、名前を知らない議員もいっぱい見かける」と、この職員にとっても新鮮な雰囲気が漂っているようだった。


議場を出たところ

さて、2011年の予算案の中身は、9月の国政選挙に先駆けて中道保守連立与党が発表した選挙公約(マニフェスト)に基づくものだった。

たとえば、
・年金受給者のみを対象にした基礎控除額の拡大
・大学生を対象にした生活ローンの増額
・国税所得税の課税最低限の引き上げ
・エコカー補助金の対象の厳格化
(これまではCO2排出を1kmあたり120g以下に抑える車が対象だったが、これからは50g以下に抑える車だけに限定する。補助金の額は4万クローナ・48万円)
・地方自治体への特別交付金
・高校職業科における実際の職場を利用した見習い制度(徒弟制)や若者向けの見習い雇用の導入

などだ。

日本でも選挙の前には「マニフェスト」という言葉が聞き飽きるくらい頻繁に使われるようにはなったが、スウェーデンの選挙との大きな違いは、スウェーデンではマニフェストに書かれた各政策分野の細かい公約が、各党の選挙キャンペーンやテレビやラジオにおける討論や「尋問」でちゃんと取り上げられ、吟味され、他の党の主張と比較される、というプロセスを経ていることだ。だから、ある程度、切磋琢磨されたものになっているし、その内容が世論にもかなりの程度、ちゃんと伝わっている。だから、その後に発表される予算案の内容も透明性を持ったものであるし、多くの人々がすでに耳にしたものばかりだ。

金融危機以降の不況から順調に脱していることを象徴するように、労働市場政策の関連予算は昨年よりも少なく抑えられることになった。これは失業者が順調に減りつつあるためだ。失業者の再教育のために大学の定員拡大を目的とした特別予算が2009年に設けられたが、これも廃止されることとなった。イメージとしては、金融危機という台風をしのぐために「家」のあらゆる「窓」に板を打ち付けていたが、それを少しずつ剥がして、正常な状態に戻している、といった感じだろうか。

また、選挙に先駆けて大きな議論となった勤労所得税額控除については、控除額のさらなる引き上げ(第5次税額控除)は見送られた。ただし、これはすでに選挙を前にした議論の中で「財政にそこまでの余裕がない」ことが次第に明らかになったため、中道保守連立政権側も経済の回復を見ながら行う、と発表していたものだった。

ちなみに、この予算案はあくまで2011年のものであるが、2012年から導入を行う予定の新しい政策についても既に触れられ、その導入がこの予算審議の時点で約束されることになった。たとえば、

・課税軽減を目的とした(株式や投資信託のための)預金口座制度の新設
・低所得の子持ち世帯のための住宅手当の増額
・子どもが生まれてから最初の30日間は、両親が同時に育児休業を取り、育児休業手当を受け取ることができるようにする
(現行では、育児休業手当は両親が同時に利用することはできず、その代わり、子どもが生まれる前後に父親が10日間仕事を休んで給与の補填を受けられる制度のみがある)
・雇い主が報酬の一つとして従業員に企業の車をリースする際、エコカーであれば課税を軽減する制度


さて、この予算案に対するメディアや専門家の反応はどうか?

選挙公約(マニフェスト)のなかで約束された政策がきちんと盛り込まれたことに対しては一定の評価があるものの、それ以上の「サプライズ」に欠けるという指摘が多かったようだ。たとえば、ある日刊紙は「自動操縦スイッチがONにされた」というタイトルの社説を掲載していた。つまり、不況という嵐を抜けつつある今、再びBusiness as usualに戻っただけで、今後のスウェーデン社会を見据えた大きなビジョンに欠ける、という批判だった。現政権に基本的に賛意を示しているこの日刊紙は、この連立政権が国・地方の財政規模を対GDP比で縮小させてきたことは評価しているものの、財政のスリム化はそろそろ止めて、むしろスウェーデン社会の長期的な変革に備えるための投資に予算を積極的に使うべきだ、という趣旨の論説を展開していたのが印象的だった。

また、財務省の専門家委員会の委員長を務める経済学教授は、現政権が2007年から2010年の間に労働市場政策のうちの職業訓練(比較的短期のもの)を極端に削減したことを批判し、景気や雇用情勢が確実に回復している今、労働需給のミスマッチを防ぎ、雇用を拡大させたい産業・企業が必要な技能を持った労働者不足のために拡大を断念したり、その分野の労働者の賃金が高騰すること(いわゆるボトルネック問題)がないように、適切な内容の職業訓練を実施できるように予算をちゃんとつけるべきだと指摘していた。


上の図は、2000年から2014年までの国・地方の歳入(青線)と歳出(赤線)を示したものだ(対GDP比。2009年以降は予測)。青線、つまり歳入が徐々に下降しているのは減税措置によって税・社会保障費の対GDP比を抑える努力をしてきたためだ。グラフから分かるように、社会民主党政権の時代にも減少してきたが、2003年から2005年の間に若干リバウンドしてしまった。その後を引き継いだラインフェルト政権勤労所得税額控除などによって対GDP比でさらに3%ポイントほど減少させた。

他方、歳出のほうは金融危機によって一時的には増えたものの、赤字の規模はわずかなものであり、来年の時点で歳入・歳出が均衡し、その後、順調に経済が回復していけば大きな黒字(青色の斜線)が生まれるものと見られている。これは、財政危機に苦しんでいる多くの先進国にとっては非常に羨ましいものだろう。近い将来に再び経済危機が襲ってくるようなことも大いにありえるものの、今の時点で言えるのは、この社会の将来はかなり明るいものだということだ。

私も、上に紹介した日刊紙の社説に賛成であり、財政規模は現在の対GDP比48%程度に安定させ、今後生まれるであろう黒字の分だけ減税をさらに行うのではなく、社会保障や教育・研究開発などへの長期的な投資に充ててほしいと思う。

ラインフェルト首相 Auto-tuned

2010-08-11 06:29:57 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデンのラインフェルト首相が歌います!



♪~ a better world to live in for future generations everywhere ♪~
"Tun Tun Tun ♪~"

半年ほど前に初めて見たときに大爆笑してしまった。
国連総会のときの演説を使ったようだ。
音階とテンポをうまくチューニングして、良くできている。
アメリカの医療保険改革とノーベル平和賞の選考が“熱~く”論じられています。

日本テレビ NEWS ZERO 「スウェーデン特集」

2010-07-16 00:50:24 | スウェーデン・その他の政治
日本テレビの夜11時台のニュース「NEWS ZERO」が今月初めに2夜にわたってスウェーデン特集を放送しました。夜も遅くの放送でしたので、見逃された方も多いと思いますが、番組のホームページ上で見ることができます。

私は「リカレント教育」がテーマとなっている「その2」でお手伝いさせていただきました。

NEWS ZERO 特集ホームページ


「スウェーデン」を知る その1 (7月1日(木)放送)

参院選焦点のひとつと言われている「消費税」。
実は日本やカナダの5%という数字は国際的にみると
低い水準と言えます。では高い国はどうでしょう。
ドイツやフランスは19%、イタリアは20%、そして
スウェーデンでは実に25%という高い数値になっています。

“福祉国家”として有名なスウェーデン。
この高い税率を採用した場合のメリットやデメリットは
どこにあるのでしょうか。あるいはこの税収はいったい何に、
どの程度使われているのでしょうか。スウェーデンでの
“人々の暮らし”を取材しながらその実態に迫りました。


「スウェーデン」を知る その2 (7月2日(金)放送)

スウェーデンでは税金や社会保険料をあわせると、
収入の3分の2ほどを国に支払うという「高負担」の国。
負担が重いと国の力は弱くなるという批判がある一方で、
スウェーデンの経済は成長し、国際競争力もあります。

とある「国際競争力」の順位表ではスウェーデンは4位、
日本は8位という評価されているデータがあります。
何がスウェーデンの“競争力”を押し上げているのでしょうか。
日本との違いはどこにあるのか、そして具体的な制度の差は
どこで生まれているのでしょうか…スウェーデンという国の
パワーの源泉とも呼ぶべき“社会システム”に切り込みます。

「いろいろあったけど、それでも応援しているよ!」

2010-05-18 08:27:36 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデンでは今年9月に総選挙(国政・地方)が行われる。しかし、選挙運動は既に昨年後半から始まっており、各陣営の具体的な選挙公約が形になって現れ始めている。選挙の話題については、これまでこのブログ上では少し怠けていましたが、これから徐々に書いていくつもりです。

その前に、今は亡き人のこんな話題。「いろいろあったけど、それでも応援しているよ!」というエールが、何だかほのぼのとさせてくれる。

――――――――――



童話作家アストリード・リンドグレーンが、1976年、自分の所得に102%の税金がかけられていることに気づいて、時の政権党であった社会民主党に抗議した話はよく知られている。ただし、102%というのは限界税率の話。実効税率ではない。しかも、所得税だけでなく、社会保険料を含めた限界負担率の話のようだ。

いずれにしろ、追加的に稼いだ分に対して、それよりもさらに多い税金・社会保険料を納めなければならないというのは異常であり、収入が多いと逆に損をするということになる。そこで、リンドグレーンはタブロイド新聞であるExpressenのオピニオン欄に意見記事を掲載することにした。しかし、さすが童話作家とあって、自分の主張を一つの童話に織り交ぜたのだった。

* * *

童話の舞台は、モニスマニエンという架空の国。この国にはポンペリポッサという女性が暮らしており、その国を40年以上にわたって統治してきた賢人たちに信頼を寄せ、選挙になればいつもその人たちに票を投じてきた。その賢人たちのおかげで、モニスマニエンの社会は豊かになり、生活に事を欠く者はいなくなり、誰もが社会保障の恩恵に預かることができるようになった。ポンペリポッサも自分の収入の一部を社会保障のために貢献できることに喜びを感じていた。

ポンペリーポッサの職業は実は童話作家だった。この世での生活に喜びを感じるために始めた趣味だったが、そのうち、モニスマニエン以外の国でも評判になり、童話が売れるようになった。そして、世界のあちこちから印税が舞い込んでくることになった。可哀想なポンペリポッサ! でもなぜ「可哀想」かって?

彼女の友人がある日、こう言ったのだ。
「あなたの限界税率が今年は102%になるって知ってた?」
「まさか! 率を表すのに100%以上の数字があるわけないでしょ!」と答えるポンペリポッサ。しかし、次第に明らかになったのはこのモニスマニエンという国には、100%以上の数字がいくらでもあることだった。そして、税金が次のように計算されることも明らかになった。

200万クローナの所得があった場合、最初の15万クローナに対しては10万8000クローナの税金を払う。そして、残りの所得である185万クローナには102%の税率が適用されるため、税額は188万7000クローナとなる。合わせて199万5000クローナ! すると、手元に残るのはたったの5000クローナ。もし、最初から所得が15万クローナしかないのであれば、手元に残ったのは4万2000クローナとなるため、所得が低いほうが得をしたことになる。だから、国外で人気が出てしまったために逆に損をすることになった「可哀想な」ポンペリポッサというわけだ。

* * *

この童話はさらに続き、個人年金への保険料の所得控除制度が遡及的に廃止されたことなどが紹介され、「賢人たちは自分たちよりも高い所得を得ている人がうらやましくてしょうがないからペナルティーを与えているのだ」と続く。ここに登場するポンペリポッサとはもちろん、リンドグレーンのalter egoだ。また、モニスマニエンという国の名は、その数年前に公開されたスウェーデン製のフィクション映画の中に登場する独裁国の名前から取ったというから、巧みだ。

この記事がタブロイド紙に掲載された日、実はスウェーデン議会では予算委員会(?)が開かれ、社会民主党の税制を巡って与野党間で議論が繰り広げられることになっていた。だから、掲載のタイミングは絶妙だったと言える。議会の議論では、リンドグレーンのこの記事が引き合いに出されることが目に見えていた。

だから、社会民主党の財務大臣グンナル・ストレングは秘書から受け取った記事を、議場の自席で目を通すことになった。その姿は、議場上方の報道席にいたカメラマンがちゃんと捉えていた。読み進めるストレング財務大臣の表情が次第に険しくなっていった。


予算委員会の席上では、野党である穏健党の党首がリンドグレーンの「童話」の全文を読み上げ、社会民主党の税制を批判した。それに答えるストレング財務大臣は、リンドグレーンが誤解していると指摘した上で「リンドグレーン夫人は童話を語ることはできても、計算はできないようだ」と発言した。

しかし、翌日のラジオ番組でインタビューを受けたリンドグレーンは、財務大臣の言葉をそのまま使って切り返した。「ストレング財務大臣は童話(=根拠のない批判)を語ることはできても、計算はできないようだ」

社会民主党とアストリード・リンドグレーンのこの喧嘩は有名になり、このときに指摘された税制の問題点が理由の一つとなって、その年の総選挙では社会民主党が敗退し、44年ぶりに非社会民主党政権が誕生することとなった。

――――――――――

2002年、リンドグレーンは94歳でこの世を去った。社会民主党とはあの喧嘩以来、袂を分かったものだと思われていた。しかし、最近になって、実は1995年に当時の社会民主党党首であったイングヴァル・カールソンに手紙を送っていたことが明らかになった。「親愛なるカールソン。新聞の写真を見ると、最近は元気がなさそうだから、応援のメールを書くことにしたよ」と始まるその手紙では、社会民主党とその党首を今でも応援していることが書かれていた。だから、生前に仲直りしていたのだった。

彼女が社会民主党と争った1976年というと、オイルショックのあとの経済危機の時代であり、税収を確保しつつ選挙で票を得るために、社会民主党は低所得者の減税を実行する一方で、高所得者にはとんでもない限界税率を適用していたようだ。なぜそれが100%を超えてしまったのかはよく分からない。

彼女の死の翌日、社会民主党党首であったヨーラン・パーション「彼女はおそらく正しかった。当時の税率には異常な側面もあった」と答えている。

イギリスの小選挙区制

2010-05-15 09:21:55 | スウェーデン・その他の政治
「政治改革」という言葉は日本では過去数十年を通して何度も叫ばれてきたが、90年初めには選挙制度を小選挙区制に変えて、二大政党制を実現することが政治改革なんだという単純で分かりやすい論理にメディアや世論が沸き立って、衆議院選挙での小選挙区選挙制が実現することになった。その結果どうなったかというと、議席を獲得するためには、2番ではなくて1番にならなければならず、資金や地盤、知名度、顔の広さがモノをいう傾向がますます強くなったのではないかと思う。近年でこそ、全国的には政策議論も盛んになりつつはあるけれど、一つ一つの選挙区の選挙運動となると、政策がどうこうというよりも、やはり個々の議員の名前とイメージをいかに売り込むかということに最も大きな力が注がれていると思う。この点は、完全な比例代表制を導入しているスウェーデンの選挙運動と比べると全く違う。

小選挙区制というと、古くからこの制度を導入し、世界的な典型例と言われているのがイギリスだが、本家本元のイギリスではこの制度の見直しを求める声が強まっている。

イギリスでは小選挙区制の下、保守党労働党の二大政党による政治が長いあいだ行われてきたが、これらの政党もしくはその政策に嫌気がさして新しい選択肢を求める人の支持を受けて、第3の政党が興隆してきた。それがLiberal Democrats(自由民主党)という党だ(日本語に訳すと、革新性だとか斬新さが全く感じられなくなってしまうのはなぜ?(笑))。

イデオロギー的には中道左派であるこの党は、5年前の下院選挙でも善戦し、得票率で見ると22.1%の支持を得た。しかし、彼らの支持者は全国に広く散らばっているため、小選挙区制の下では非常に不利となってしまった結果、総議席数のわずか9.6%(62議席)しか獲得できなかったのだ(これが、もし同じ得票率でも支持者が一部の選挙区に集中していれば、それらの選挙区では1位になれる可能性が高くなるため、議席数はもっと獲得できていた)。

今回の選挙でも、Liberal Democrats(自由民主党)の躍進が注目された。特に、ここ2年ほどの間に保守党や労働党の議員を巡る政治スキャンダルが相次いだ。だから、政治に不信を抱く有権者の支持が自由民主党に集まると見られていたためだ。しかし、せっかく支持率は向上しても、選挙制度のために前回のように獲得議席数は思ったほど増えない可能性は高い。支持者からすれば「不公平だ」と感じられるのも当然だ。自由民主党自身も、党の公約として以前から「選挙制度改革」を掲げてきた。

しかし、選挙の結果はどうだったかというと、事前の世論調査にもとづく期待に反して、自由民主党の得票率は23%とわずか0.9%ポイント増えたに過ぎなかった。それでも、支持が増えたこと自体は嬉しいことだが、何と議席数で見ると57議席(割合は8.8%)と5議席も減ってしまったのだ。


では、他の2党はどうだったかというと、予想通りに労働党は惨敗、そして保守党は大きく躍進した。しかし、そんな保守党も過半数を獲得することができなかった。保守党か労働党のどちらかが単独過半数を獲ることが一般的なこの国において、そうならなかったのは1974年以来初めてのことらしい。

このため、イギリスの政治史上では稀な連立政権が打ち立てられることになった。保守党労働党が手を組むことは考えられないので、保守党+自由民主党労働党+自由民主党という組み合わせになる。ただし、後者の連立の場合は過半数を超えることができない。この3党のほかにも極小政党など30議席があるためだ(ちなみに、今回初めてイギリスの緑の党が1議席獲得したとか)。だから、労働党+自由民主党の場合は、極小政党の閣外協力が必要となる。

面白いことに、自由民主党を連立政権に取り込みたい労働党保守党も「選挙制度改革」を約束することで自由民主党を取り込もうと躍起になっていた。結局は保守党と自由民主党の連立政権となることがつい先日決まったが、2党間の合意にも「議会に調査委員会を設けて選挙制度の再検討を行う」ことが盛り込まれていた。

本来、小選挙区制の下でその改革が行われる可能性は小さい。小選挙区制の下では比較的大きな政党が恩恵を受けており、政治の実権を握っているのはそのような党だからだ。保守党も労働党も本音は小選挙区の維持に賛成だ(保守党も労働党も得票率はそれぞれ36.1%と29.0%だが、獲得した議席の割合は47.0%および39.6%と得をしている)。しかし、今回のような非常に稀な状況が、選挙制度改革の道を開いたことになる。

しかし、比例代表制をイギリス人が受け入れるかどうかという疑問もある。イギリスでは通常、保守党か労働党のどちらかが単独で政権を獲得し、投票日のうちに新政権が何党かがはっきりする。だから、今回のように選挙後に舞台裏で連立交渉が行われ、数日かけてやっと新政権が発表されるという、比例代表制の下では一般的なやり方は異常に感じられたかもしれない。ただし、EUの欧州議会選挙は、イギリス全体を単一の選挙区とした比例代表制の下で行われるから、何も珍しいものというわけではないようだ。

しかし、そもそもの疑問として、この連立政権がいつまで続くのか?という疑問もある。1974年の選挙では、どの党も過半数が獲れず、労働党が不安定な少数政権を樹立したが、この時にはわずか9ヶ月しか持たず、解散総選挙が行われることになったという。だから、今回も連立内で意見が一致せず、それが崩壊して再び選挙ということになれば、やっぱり安定した政権を生み出せる二大政党制・小選挙区制がいい、と有権者が思うようになり、選挙制度改革は頓挫する可能性もある。

今度の新政権の課題は多い。まずは、GDP比12%にのぼる赤字を抱えた国の財政をどう立て直すかだが、選挙期間中はどの党も増税という言葉を避け、具体的な対策に触れようとしなかった。これからどうなるか?

地名として残るアンナ・リンド

2010-05-10 09:32:40 | スウェーデン・その他の政治
1年半ほど前、初めて耳にする曲がラジオから流れてきた。曲の始まりはこんな歌詞だった。


電話を切ると鍵もかけずに外に飛び出し
ヨート通りにやってきた
ここスカッテスクラーパンの建物の横はいつも風が吹いて
まるで空が丸ごと落ちてきそうな気がする

北に向かって夜の街を急ぎ
メードボリヤル広場を通り過ぎる
ここはアンナ・リンドが最後の演説を行った場所
あれは2003年9月のことだった



この部分を聞いた瞬間「ああ、アンナ・リンドもついに歌の歌詞になったんだ」と感慨深く思ったものだった。




アンナ・リンドとは1957年生まれの社会民主党の女性国会議員で、若いときから政治に興味を持ち、社会民主党青年部会の代表を務めたあと、1994年からは環境大臣、1998年からは外務大臣に就任し、政治キャリアの道を着実に歩んできた人物だった。熱意に溢れる政治家で支援者や仲間も多く、いずれは党首にそして首相になるのではないか、と見込まれていた。

しかし、統一通貨ユーロを巡る国民投票を数日後に控えた2003年9月10日、護衛なしで友人と買い物をしていたところを、刃物で襲撃され、翌日未明に病院で息を引き取ったのだった。まだ46歳と若かった優秀な政治家の死は、スウェーデンの社会にとって大きな損失だった。

<過去の記事> 2007-09-14: スウェーデンの9・11

その彼女が、襲撃される前日の9月9日に市民に向けて演説を行ったのが、そのメードボリヤル広場だった。公の場で彼女が行った最後の演説となってしまった。(メードボリヤル広場とは、市民広場の意)

――――――――――

彼女の死を悼んで、彼女の名を地名として残そうという運動はその後、盛り上がっていった。当初はメードボリヤル広場を「アンナ・リンド広場」に改めようという声もあったが、メードボリヤル広場は歴史のある広場であり難しかった。そこで、その広場から400メートルほど離れた小さなスペースを見つけて、そこを「アンナ・リンド広場(Anna Lindhs plats)」とすることにした。そして、そのセレモニーが先週行われた。



――――――――――

ちなみに、上に紹介した曲はスウェーデンの歌手ペーテル・ヨーベック(Peter Jobeck)が歌う「Stockholm i natt」という曲だ。曲全体を通してストックホルムの地名が散りばめられており、ストックホルム・メドレーのような感じだ。

さびの部分の「この美しいストックホルムに涙さえ流したいくらいだ」という歌詞がとてもよい。

ミュージック・ビデオは、明け方の酔っ払いをテーマにしているのだろう。バックが薄暗いが、6月・7月のストックホルムの夜は薄明かりが残っており、2時、3時になるとこの映像と同じような感じだ。夏が待ち遠しい。あともう少しだ。

今年のメーデー

2010-05-04 21:04:54 | スウェーデン・その他の政治
新しい年が始まったばかりだと思ったら、もう既に5月。

今年のメーデーの社会民主党・LO(ブルーカラー系労組)のパレードの様子。


赤い旗の後ろに、赤い服を着た女性二人が小さく写っているが、左側がLO代表、右側がヨーテボリ市の市長。


今年は総選挙が9月に控えているので、選挙に向けたスローガンも掲げられている。「Jobb」つまり、雇用だ。


中年・高齢者だけでなくて、若者もいる。SSU(社会民主党青年部会)の人たち。バラを配っている。


スローガン「Jobb och nya mojligheter - Byt regering 2010」つまり「雇用と新たな可能性 - 2010年、政権を変えよう」というわけだ。


毎年、社会民主党の党首や幹部、LO代表がどこの町で講演するかが注目されるが、今年は社会民主党党首のモナ・サリーン(Mona Sahlin)はストックホルムで、LO代表のヴァンヤ・ルンドビュー=ヴェディーン(Wanja Lundby-Wedin)はヨーテボリで講演を行った。

ヨーテボリでは、前座としてSSU(社会民主党青年部会)のヨーテボリ支部長の20代半ばの男の子も行った。彼とは以前ゴットランド島のセミナーで会ったことがある。国際政治の難しさを学ぶという目的で「外交ゲーム」というロールプレイをしたことがあるが、そのときに私が交渉を何度もする羽目になったのが対立国の大臣役の彼だった。



企業幹部のボーナスを巡る論争

2010-03-26 09:17:11 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデンでは、現在、労使間の団体交渉が各業界・各職能ごとに行われている。製造業のホワイトカラー従業員が経営者側と早くも合意に至ったのに対し、ブルーカラー従業員の団体交渉が難航。それに加え、小売・流通業の団体交渉もうまくまとまらない。現在結ばれている3年満期の団体協約は今年3月で期限が切れるため、イースター休暇がやってくる4月初めには大型スーパーマーケットなどでストライキになるかもしれない(おそらくギリギリのところで経営者側が妥協すると思うが)。

団体交渉の焦点の一つは、もちろん賃上げ幅だ。すでに景気回復期にあるとはいえ、昨年はGDPが大きく落ち込んだ。失業率も上昇した。そんな中で、どれだけの賃上げ水準が妥当なのか? この点について、これまでスウェーデン社会では熱く議論されてきた。

需要減退を受けて利潤が大幅に落ち込んだ経営者の側「賃上げは認めない」と言ってきた。これに対し、労働組合側は、現在の不況の原因が、人件費の高騰やそれに伴う国際競争力の低下といったサプライサイド要因ではなく、あくまで需要が世界的に落ち込んだというデマンドサイド要因である点を指摘し、いくら不況とはいえ、労働生産性の上昇分に見合った賃上げはできると主張してきた。

労働組合と経営者側との見解の相違点は、これだけではない。経営者側「労働者の賃上げを認めてしまうと、雇用が抑制され、スウェーデン経済の回復の足を引っ張ってしまう」と訴えているのに対し、労働組合側「足を引っ張っているのは、従業員の賃上げ要求ではなく、上級管理職や取締り役員の報酬(ボーナス)だ」と、こう切り返してきたのである。

おそらく労使双方の言い分にはそれぞれ正当性があるだろう。それでも、労働組合側が指摘するように、従業員の賃上げだけを問題視するのではなく、役員や幹部に対する報酬についても考えてみるべきではないかと思う。

――――――――――

スウェーデンの企業もアメリカほどではないにしろ、ここ十数年は役員報酬の伸び率がスウェーデン経済全体の成長率や被雇用者の平均的な給与上昇率よりも大幅に上回ってきた。しかも、金融危機以降の不況の真っ只中であった2009年にも、企業や金融機関の中には、業績が落ち込んだり従業員の解雇を行ったにもかかわらず、幹部職員や役員への報酬を逆に引き上げるところもあった。そして、その是非について、スウェーデンではこれまで熱い議論が闘わされてきた。

問題とされた役員報酬は変動性ボーナスとも言われ、企業の業績に応じて変動する。つまり、幹部の努力に対するご褒美であり、インセンティブを与える目的があるわけだ。しかし、それが逆に目先の利潤だけを追い求める短期的行動に駆り立てるとして、特に金融危機に際して問題視されてもきた。しかも、そのような報酬を業績が大きく落ち込んだ2009年になぜ引き上げる必要があるのか、スウェーデンでは疑問の声が上がってきた。

(ちなみに、スウェーデンでは一般の従業員を対象にした日本のようなボーナス制度は、金融・証券や不動産などのごく一部の業界を除いてはほとんど存在しない。だから、多くの従業員の年収は月収×12と等しい)

報酬を引き上げようとする取締役会側の言い分もある。一つは、優秀な人材を引き止めるためには、いくら不況であれ高い報酬を支払う必要がある、というもの。そして二つ目は、そのような決定は経営者や株主が行う資本サイドの問題であり、労働者の解雇や給与などの議論とは分けて考えるべきもの、というもの。

そのような言い分に対して、労働組合や社会民主党などはもちろん納得しない。しかし、スウェーデンにおける議論で面白かったのは、本来は財界や経営者連盟などと密接な連携をもっている保守政党の穏健党やキリスト教民主党が彼らと一線を画し、ボーナス批判をしてきたことだった。(続く・・・)

泥沼化するアフガニスタンの「平和ミッション」

2010-02-10 09:46:46 | スウェーデン・その他の政治
アフガニスタンに国際部隊として派遣されているスウェーデン兵士に2人の犠牲者が出た。徒歩によるパトロール中に、アフガニスタン警察の制服を着た何者かに至近距離で射撃され、28歳の大尉と31歳の中尉が命を落とした。また、同行していた現地雇用のアフガニスタン人通訳も殺害された他、21歳のスウェーデン兵士も足を撃たれ負傷した。

2001年のアメリカ軍によるアフガニスタン侵攻後、国連安保理の決議を受けてNATO主導による国際部隊(ISAF:International Security Assistance Force)が平和構築のために派遣されることになった。現在は42カ国から10万人の兵士が派遣されている。スウェーデンはNATOの加盟国ではないものの、国連の決議を受けた平和維持活動であることを理由に500人規模の兵士を派遣している。

しかし、治安状況は悪化するばかりだ。アメリカ軍による侵攻以前にアフガニスタンの中央政権を握っていたのはタリバン勢力だったが、彼らをはじめとする武装勢力による抵抗活動が近年ますますエスカレートしている。国際部隊の犠牲者は2008年の295人、そして昨年2009年は520人へと急増した。


スウェーデン軍が派遣されている北部地域で最近多発する襲撃事件
出典:Dagens Nyheter

スウェーデン軍が派遣されているのは、比較的治安が良いといわれるアフガニスタン北部のマザーリシャリーフという地域であり、他の国際部隊ほど大きな危険に晒されているわけではないが、それでも既に2005年に2人の死者を出した。この時は、車両を使ったパトロール中に、道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発し、兵士2人が重傷を負い、搬送先の野戦病院で命を引き取った。

アフガニスタン全土の治安が極端に悪化した2009年には、11月にパトロール中のスウェーデン軍の装甲車の真下で爆弾が爆発し、4人の兵士が重傷、アフガニスタン人の通訳が死亡するという事件も起きた。

そして、今回の銃撃事件。

実はNATOの指揮する国際部隊ISAFは昨年後半から戦術を改めていた。現地の人々の信頼を勝ち取るために、人々との触れ合いや交流を大切にしようと、これまでのような装甲車や戦闘車両によるパトロールだけでなく、車両の中から積極的に外にでて、人々と言葉を交わす機会を積極的に持とうと努力してきたのだ。「外国の占領軍」という悪いイメージを少しでも払拭し、現地住民の「心をつかもう」というわけだ。

「ソーシャル・パトローリング」と呼ばれるこの新しい戦術においては、スウェーデン兵士が高く評価されていたようだ。比較的安全な地域に派遣され、一般市民を巻き込むような戦闘に関わってこなかったため、悪いイメージが薄く、人々と接しやすかったという背景もあるし、スウェーデン部隊そのものがコミュニケーションに以前から力を入れてきたことも理由の一つだ(女性兵士も何人か派遣されており、現地女性と接点を持つことにも力を入れてきたようだが、極端な男性社会において、それがうまく行っているのかどうかはよく分からない)。

しかし、徒歩によるパトロールはもちろん危険も伴う。今回の事件は、装甲車両を後にし、村人と話をしているときに起きた。アフガニスタン警察の制服を着た数人の警官を見つけ、声をかけようと近づいたところ、彼らが至近距離で小火器を発砲した。

容疑者と思われる3人が既に逮捕されたというが、詳しい目的などは分かっていない。一説によると、ここ数ヶ月、アフガニスタンの治安部隊はフィンランド軍とスウェーデン軍の支援のもとで麻薬の取締りを強化しており、事件の起きた前の週には、その村の近くで大量の麻薬と爆薬が押収されていたという。だから、タリバン勢力ではなく、そのほかの犯罪組織の可能性もある。


タリバン勢力が事実上制圧した地域
出典:Dagens Nyheter
アメリカのオバマ政権はアフガニスタンへの増派を実行しているが、「戦乱の歴史に終止符を打ち、新生アフガニスタンの平和を構築すること」という目的を達成できる可能性がそもそもあるのかを疑問視する声はますます強くなっている。

大義名分は確かに聞こえはいいが、英米軍を中心とする軍事活動によって市民が巻き添えになる事件が後を絶たない。国連の推計によると昨年の市民の犠牲者は約2400人だったが、その3割は国際部隊によるものだったという。そのような事件が起こるたびに、タリバン勢力が人気を高めているというし、経済的な理由で犯罪組織などに加わって食べる糧を得る者もいる。国際部隊は、アフガニスタン人による治安部隊や警察の教育に力を入れているが、タリバン勢力のほうが高い給料を払っているという話もある。警察の制服は着ていても、タリバンの内通者である者も少なくない。

では、どうするのか? 今、手を引けば国をタリバンに明け渡し、これまでの努力を水の泡にすることになるし、かといって、先の見えないこのミッションに自国の兵士を犠牲にできるのか。最近は「タリバンと和解して、政権に加わってもらう」という妥協案が欧米から出ている。

今回の事件を受けて、既に「自国兵士の命を危険にさらす価値のあるものなのか?」という声がスウェーデンでも上がっている。興味深いことに、アフガニスタンでの平和維持活動に積極的な参加を主張してきた日刊紙の一部も、社説において「ミッション参加の意義を再考する可能性も残しておく必要がある」というように、躊躇が窺える内容を書いていた。スウェーデン国内には、アフガニスタンから難民として受け入れられた人も多数いるが、彼らの間でも国際部隊展開の意義について意見が分かれているようだ。

ちなみに、親ブッシュ政権の立場を取り、当初から米軍への積極的支援を行ってきたデンマークは、アフガニスタンにて既に31人の兵士を失っている。

既に負けた戦争、という人もいるこのミッション。どうにも出来ないジレンマだ。

EUの厳しいヒアリング(2)

2010-01-26 10:38:44 | スウェーデン・その他の政治
スウェーデン政府が指名した欧州委員会の委員候補41歳のセシリア・マルムストローム(Cecilia Malmström)という女性だったが、彼女は3時間に及ぶ欧州議会の口頭尋問をうまくクリアすることが出来た。

ただ、彼女が着任することになる内務担当委員というポストは、難民保護や人権問題、犯罪防止、テロ対策といった政策領域を担当するため、欧州議会の議員から投げかけられる質問にはデリケートなものが多かった。EU加盟国によっても見方が大きく分かれる事柄も多いからだ。たとえば、スウェーデンのように途上国や戦地からの難民を積極的に受け入れてきた国もあれば、厳しすぎる基準を設けて強制送還している国もある。テロ対策にしても、市民の自由や基本的人権とのバランスが難しい問題だ。

しかし、彼女は機転を利かせながらうまく答えていた。リベラルな立場からこれらの問題に長年携わってきた自分自身の考えや見方も、強く主張していたようだった。

答えは事前に用意していたのであろうが、自分の言葉で喋るから意欲が伝わってくるところもよかった。しかも、スウェーデン語・英語に加え、フランス語やスペイン語と、多言語を即座に切り替えて、相手の追及を流暢に切り返せるのも魅力の一つだ。さらにドイツ語やイタリア語も出来るという。(彼女は子供の頃にはフランスとヨーテボリに住んでいた。だから、もちろんスウェーデン語はヨーテボリ方言。)




彼女は、実は1999年から2006年まで欧州議会の議員をしていたのだった。だから、EUの機能や立法手続き、行政のシステムについては熟知している。この時は、とりわけ売春目的の人身売買によって貧しい国からEU内へ人を移動させるトラフィキングという問題への対策に力を入れていた。

ただ、彼女のEUに関する知識というのは、この時の議員経験からだけではない。彼女はその前には、ヨーテボリ大学政治学部博士課程に在籍しており、ヨーロッパ政治を研究していたのだった。1998年に博士号を取得しているが、それ以前から博士課程の研究生として大学の講義を担当したり、ヨーロッパ政治に関する様々な講演やパネルディスカッションに参加し、経験を積んできたようだ。特に、寛大な難民・移民の受け入れ政策やテロ対策・人権保護などといったテーマに強い関心を持っていた。だから、今回の内務担当委員のポストにはまさに適任者だといえるだろう。

ただし、博士課程時代は、彼女は政治的な意欲をあまり表には出さず、むしろ地味で、注意深く精確な研究者というイメージが強かったという。政治家になるよりも、むしろ官僚が向いていた。「彼女なら、閣議決定の一つ一つに脚注と参考文献リストを付け加えることも容易だと思えたよ」と党の同僚は語ったという。


さて、1999年の欧州議会議員の選挙のときに面白いことが起きた。彼女は当時30歳だった。スウェーデンでは、政治家として特に若いというわけではない。それまでの学術界での経験や知識、そしてヨーロッパ政治に対する熱意が評価されたため、比例代表の候補者順位を決めるための党員による事前投票で、彼女は第3位につけていた。しかし、党内でもそれほど名は知られていなかった。

その前の欧州議会選挙では、彼女の所属する自由党1議席を獲得していた。しかし、党に対する支持率の推移から推測すれば、2議席は取れそうな勢いだった。でも、彼女は第3位。第2位にはベテラン議員で当時66歳の男性がいた。

しかし、比例代表名簿の順位を最終的に決める党執行部の会議で同党の青年部会が反論を行った。「若い議員の力を政治に生かすべきだ!」と。たしかに、比例名簿の第1位には、これまたベテラン議員で当時60歳の女性マーリット・ポールセン(Marit Paulsen)がいた。「2議席獲得できるチャンスがあるなら、そのうち一つは若い力に託そうではないか!」というわけだ。

議論は紛糾し、最終的には会議に出席していた人たちの間で多数決にかけられることになった。結果は26対26。同数となったのだった。

こういう場合は、くじで決めることになる。早速、2枚の紙切れが用意され、帽子の中に入れられた。そして、比例名簿第2位という順位を手にしたのは30歳のセシリア・マルムストロームだったのだ。

彼女が選挙名簿の第2位についたことも功を奏しただろうし、第1位のマーリット・ポールセンの人気も高かったおかげで、1999年の選挙では自由党は大躍進し、結局は3議席も獲得することとなったのだった。

ちなみに、1998年から2001年まではヨーテボリのあるヴェストラ・ヨータランド県の県議会議員をしていた。つまり、1999年からは欧州議会議員と兼職ということになる。すごいパワーの持ち主だ。

EUの厳しいヒアリング(1)

2010-01-21 09:19:38 | スウェーデン・その他の政治
EU(欧州連合)の制度というのはかなり複雑だ。複数の国からなる協力機構として最初は始まったものの、次第に超国家的な立法機能や行政・司法機能を持ち備えるようになり、今に至っている。

三権分立の「三権」とは、立法・行政・司法のことだ。まず、EUの司法機関にあたるのが欧州裁判所だ。

では、EUの立法機関はというと、欧州議会(下院に相当)と閣僚理事会(上院に相当)の二つからなっている。この説明は今回は省くことにする。ちなみに、2009年6月に選挙があったのは、この欧州議会の議員を選ぶためだった。

さて、EUの行政機関が欧州委員会である。つまりEUの政府であり内閣なのだ。そして、この欧州委員会には、27加盟国のそれぞれから一人ずつ委員が選出されており、彼らは各政策分野を担当する大臣にあたる。彼らの任期は5年なのだが、これまでの任期が切れるため、新しい委員が選出され、ちょうど今、欧州議会の承認を受けようとしている。


加盟国各国はすでに自国から一人ずつ委員候補を指名しており、また、どの国の委員がどの政策領域を担当するかは、加盟国の首脳の間ですでに協議済みだ。ちなみに、27人の委員のうち一人は委員長を務め、これがEUの首相に相当するわけだが、このポストは前任者でポルトガル政府から指名されたバローゾが継続することは既に決定済みで、欧州議会の承認を受けている。

だから、現在は残る26人の委員候補を欧州議会が承認するかどうかが焦点なのだが、そのためには3時間に及ぶヒアリングという難関が待ち構えている。ヒアリングというと響きはソフトだが、内実は口頭尋問そのものだ。左派や右派の様々な欧州議会議員から厳しい質問を突きつけられ、それに対して自分なりの見解や委員としての職務を全うする意欲を明確にできなければ、欧州議会の承認を得ることは難しい。

今回は既に一人、脱落者が出た。ブルガリア政府から指名を受けて、国際協力・人道援助・危機対応担当委員のポストに就くはずだった女性(本国ではこれまで外相を務める)が、このヒアリングのなかで、個人資産の過去のやり取りをきちんと公表していなかったことを追及されたうえ、担当することになる人道援助に関しての質問にきちんと答えることが出来ず、知識や熱意を欠いていることが明るみになってしまったのだ。さらに、夫が汚職やマフィアとのつながりを持つ疑いがかけられ、さらには未熟な英語力が問題視され、結局、欧州議会の承認を得ることができなかった。そのため、ブルガリア政府は急遽、別の人物を指名してEUに送ることとなった。


ついでだが、ちょうど5年前のヒアリングでも脱落者が出た。イタリア政府から任命され、法務・自由・安全担当委員の候補だった男性が、ヒアリングの席上で女性や同性愛者に対する深刻な差別発言を行ったために、欧州議会が大反発し、イタリア政府は結局、別の人物を立てるという事態に至った。

――――――――――
では、今回スウェーデン政府が指名した委員の候補とは誰かというと、自由党所属でこれまでスウェーデン政府の中ではEU担当大臣を務めてきたセシリア・マルムストローム(Cecilia Malmström)という41歳の女性だ。彼女は、内務担当委員の候補として今週火曜日にヒアリングを受けたのだが、大成功に終わった。頭の回転が速く、ヨーテボリと関係が深い彼女については、次回に書く予定。


ノルウェー議会選挙の開票中継

2009-09-15 08:33:56 | スウェーデン・その他の政治
”Jens eller Jensen?”

今日、月曜日が投票日であるノルウェー議会選挙での注目はこの「イェンスかイェンセンか?」だ。イェンスとは現職のノルウェー首相であり労働党の党首でもあるJens Stoltenbergのこと。

それに対抗するイェンセンとは進歩党の党首Siv Jensenのことだ。さて、この進歩党とは現在、野党の第一党なのだが、ノルウェー政治の中で長い間、右派の中心的存在だった保守党ではない。実は、ここ10~20年ほどの間に急速に勢力を伸ばし、保守党を上回る数の議席を持つようになった新興の右翼政党なのだ。

現在、この進歩党が左派の労働党に次いで、議会の中で二番目に大きな政党となっている。ノルウェーもスウェーデン同様に、左派と右派のそれぞれで複数の政党が集まって「左派ブロック(赤緑連合)」「右派ブロック」を形成して連立形成による政権獲得を狙っているのだが、選挙前の世論調査では「左派ブロック」と「右派ブロック」がほぼ拮抗している状況なのだ。


(左から)進歩党、保守党、労働党の党首の風刺画


ノルウェー議会(Stortinget)の総議席数は169議席。だから、85議席が政権獲得のラインとなる。世論調査によるとまさに84~85議席のところで左派と右派が争っているのだ。

選挙の争点は、社会保障・福祉、環境・温暖化問題、移民・難民政策、税制・・・。進歩党はこの中でも移民・難民政策に主な焦点をおいて、移民・難民の大幅な制限や排斥、そして海外援助の大幅な削減などを訴えている。世界的な不況にもかかわらず失業率が4%ほどに過ぎないノルウェーだが、社会や経済が抱える様々な問題の根源として移民や難民を槍玉に挙げる「分かりやすい」政策主張がかなり多くの有権者に受けているらしく、得票率は23%近くまで達しそうな勢いだ。

「分かりやすい」ポピュリズムな政策主張といえば、進歩党は移民・難民政策のほかにも、経済政策で「興味深い」主張を行っている。石油輸出による収益をもっと歳出に回して、その分を減税すべきだと主張しているのだ。

石油の採掘が80年代に始まって以来、ノルウェー政府は石油輸出によって多額の収入を得ているが、石油で稼いだお金をそのまま歳出に使って経済に流し込むのではなく、公的石油基金に外貨のまま積み立てて大切に管理してきた(確か2006年以降は公的年金基金に編入されたはず)。そして、国の歳出に用いる際にも主に運用益のみを使い、その額が最大でも基金の4%を超えてはならない、という厳しいルールを定めてきた。だから、たとえ石油輸出がある年に膨大な利益を上げたとしても、国がそのまま歳出に回したり、それに相当する分を減税したりすることはできない。

もし、そうしてしまうとどうなるか・・・? 国内の生産性上昇以上に経済にお金が流れてしまうとインフレにつながる上、外貨をノルウェークローネに替える過程で為替レートがクローネ高に動くために、石油産業以外の輸出産業が不利を被ることになる。過去の例を見ても、特に発展途上国が一次産品(原油・ダイヤモンド・コーヒーetc)の一時的な価格高騰をいいことに歳出を増やしたがために、経済が傾いてしまったという例がよくある。オランダも70年代に石油や天然ガスの採掘で一時的な経済ブームを経験したが、資源が底をついた頃には他の輸出産業が大きな被害を被っていたという失敗例がある。このことから、このような大失敗は俗に「オランダ病」と呼ばれている。

しかし、そんな懸念にお構いなく、ノルウェーの進歩党は石油輸出の利益をもっと国庫につぎ込んで歳出を増やしたり、減税を行うべきだと主張しているのだ(笑)!


進歩党の党首

労働党の党首(スローガンはAlle skal med。スウェーデンの社民党となぜか同じ(Alla ska med))

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夜8時半頃に疲れて帰宅してから、ノルウェーの開票中継を見ていた。かなりスリリングで、開票作業が始まった当初の予想は、左派グループが85議席、右派グループが84議席と際どいところで争っていた。その後、左派が88議席まで伸ばしたり、再び85議席まで押し戻されたりしていたが、この記事を書いている深夜1時の時点では開票作業はほぼ終わり、労働党(AP)・社会左党(SV)・中央党(SP)からなる左派ブロックが86議席、進歩党(FrP)、保守党(H)、自由党(V)、キリスト教民主党(KrF)からなる右派ブロックが83議席で確定しそうだ。


左派が過半数を獲得したことで、現職のJens Stoltenbergが続投することになる。もし右派が過半数を取っていれば面白いことになっていた。というのも、自由党(V)キリスト教民主党(KrF)は右翼政党である進歩党(FrP)と手を組むことを拒んでいたからだ。一方、保守党(H)進歩党との連携の可能性を否定してはいなかった。

だから可能性の一つとしては、進歩党と保守党が手を組みながら、他の2党をうまく味方につけた上で、右派の第一党である進歩党の党首Siv Jensenが首相になったことが考えられる。もう一つの可能性は、進歩党を除く右派3党が連立を形成し、保守党の党首Erna Solbergを首相とする非過半数政権を作ることだ。この場合、政権運営のうえで進歩党の閣外協力が必要となるため、この党がキャスティング・ボードを握ることになっただろう。

いずれにしろ、進歩党が大きな影響力を持つ事態になっていた。左派が過半数を取ったことで、それがかろうじて回避されたわけだ。

雑誌『オルタ』-北欧特集

2009-09-03 21:44:38 | スウェーデン・その他の政治
NPO法人「アジア太平洋資料センター(PARC)」の発行している雑誌『オルタ』の最新号:2009年7/8月号が発売されました。

特集のテーマは「北欧神話?―グローバリゼーションと福祉国家」です。(記事1本とコラム1本を書かせていただきました)



<出版元のホームページより>
特集 北欧神話?―グローバリゼーションと福祉国家

雇用・教育・医療・介護・年金など、広範囲での社会的貧困が問題となるなか、“格差なき成長”を進めた「北欧モデル」が注目を浴びている。高負担と高福祉、国家による再分配を原動力とする北欧は、積極的な労働・経済政策の展開により、市場原理を福祉国家の内部にうまく吸収してきた。また、高度な民主主義、男女平等、人道問題への取組みに対する高評価も定着する一方、他のEU諸国同様、域外からの移住労働者受入れを厳格に制限している。ヒト・モノ・カネ・サービスが自由に移動するグローバル化時代において、「北欧モデル」はいかなる意味で教訓たり得るのか。内実に迫りながら、国家と社会のありようを考える。

* 対談 市野川容孝×小川有美
* 「北欧モデル」の成り立ちと現在 渡辺博明
* 「北欧家具」の真実!?─イケアを襲うスキャンダル 川上豊幸
* クリスチャニアと福祉国家の危機 毛利嘉孝
* 「北極」から見る北欧 岡本健志
* 「社会」のための政治─討議民主主義の実践 佐藤吉宗
* スウェーデンの「男女平等」神話を検証する 榊原裕美
* 福祉国家と移民─スウェーデンの経験から 小池克憲
* “社会主義国”スウェーデンの恐怖? 佐藤吉宗

(特集記事のみの一覧です)


詳しくは「アジア太平洋資料センター(PARC)」のホームページ

都市部の書店で購入いただけます。『オルタ』を販売している書店の一覧
近くに販売書店がない場合でも、通信販売で注文できます。


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雑誌『オルタ』とは

「オルタ」とは、オルタナティブ(alternative…今のようでない、もうひとつの)という意味です。「今のようでない社会」をつくり出すための世界各地の思想や挑戦、人びとの姿を紹介し、暮らしと文化を私たちの手に取り戻す手立てを探ります。「もうひとつの世界」を構想する雑誌です。ぜひご購読ください。

メディアと政府の責任の混同 ― イスラエルによる非難 (2)

2009-08-27 09:10:28 | スウェーデン・その他の政治
前回紹介したタブロイド紙の記事に対して、イスラエルは「反ユダヤ主義(anti-Semitic)の匂いがする」と激しく批判した。ユダヤ人を貶(おとし)めようとするプロパガンダ運動の一環として書かれた事実無根のルポタージュだ!というわけだ。

ヨーロッパ社会には反ユダヤの感情が今でも少しは残っている、と言われる。もちろん地域差もあるので一概には言えないだろうが、それがネオナチ運動のような形で一部の人々の共感を呼ぶこともある。だから、そのような運動が発展してユダヤ人が再び迫害に遭うような事態になることをイスラエルが警戒しているのは、別に不思議なことではないだろう。

しかし一方で、イスラエルは他国から批判を受けるたびに半ば条件反射のように「反ユダヤ主義」という言葉を用いる傾向があることも確かだ。今年初めのガザ侵攻をはじめとするイスラエルによる戦争行為やパレスティナ占領地域における人権迫害、民間人殺害に対しては、国際団体やスウェーデンなどの国々が批判を繰り返してきたが、イスラエル側はanti-Semiticという言葉を何度も使って、批判を退けようとしてきた。ある種の「隠れ蓑」ともいえるかもしれない。

だから、今回のタブロイド紙の記事に対しても、再び同じようなやり方で批判を浴びせようとしている。すでに述べたように、仮に記事の内容が本当に事実無根であったとしても、その責任は新聞社側にあるのであって、スウェーデン政府に非難をさせようとするのはお門違いだ。

(ちなみに問題の新聞の文化欄編集長は、「たしかに事実確認が十分取れたとは言えなかったが、あえて掲載することで、一般にあまり知られていない問題や疑惑を紹介し、社会的議論を起こすきっかけとする価値はあると考えた。だから、通常の報道面ではなく、文化面での論説という形で記事を掲載した」という見解を述べている。)

前回、スウェーデンの外務省が省としての公式見解を作成してホームページに載せるのではなく、ビルト外相が自身の個人ブログにおいて述べている見解にリンクを張ることで済ませている、と書いたが、やはり外務省はそうすることによって「これはそもそも省および政府が関わる問題ではないんだ」ということをアピールする意図があるものとみて間違いなさそうだ。

――――――――――
風刺画事件のような大きな問題に発展するかもしれない、と書いたが、おそらくその心配はなさそうだ。イスラエル政府は相変わらず、スウェーデン政府が問題の記事と新聞社を非難することを要求してはいるが、他方で、スウェーデン政府がその要求を飲むことはありえない、とも判断しているらしい。だから、政府としてはあまりに頑固な態度を取り続けるのは建設的ではないと考えているようだ。実際のところ、右翼政党に属する外相と副外相が「ビルト外相をイスラエルに入国させない」と言ったときも、外務省や政府としてはそのつもりはない、という声明が直後に出された。

また、本来は些細な問題にもかかわらず、右翼政党に所属するリーベルマン外相がスウェーデンを必要以上に槍玉に挙げて、イスラエル人の愛国心や民族主義を煽ろうとしている現状を指摘する声がイスラエル国内からも上がっている。日刊紙ハーレッツの論説委員は

「民主主義と開かれた社会を標榜しているスウェーデンの政府にメディアの言動の批判をさせるなんて、初めからおかしな話だ。ネタニヤフ首相までリーベルマン外相に影響されてしまっている。反ユダヤ主義という言葉を政治的に利用してポイント稼ぎをしようとする政治家がイスラエルにはいる」

とラジオのインタビューで述べている。


メディアと政府の責任の混同 ― イスラエルによる非難

2009-08-25 09:14:27 | スウェーデン・その他の政治
バルト三国の続きを書く前に、もう一つ飛び入りで書きたいことがある。


先週から、スウェーデンイスラエルの関係がかなりシビアになっている。事の発端は、先週月曜日にタブロイド紙のアフトンブラーデットが文化面に掲載したルポタージュ記事だった。

その記事は、フリーランスのジャーナリストが書いたものであり、イスラエル占領下にあるパレスティナ地区の住民をイスラエル兵が意図的に殺害し、その遺体から臓器を摘出して売買している、というものだった。この記事の情報は、パレスティナ地区の住民の声を根拠にしており、以前にアメリカで明るみになった在米のユダヤ教関係者による臓器売買事件と関連づける形で書いたものだった。記事の中では、イスラエルによる組織的な臓器摘出が頻発していることを懸念する、国連職員の声も紹介されていた。しかし、いずれにしろ情報の信憑性が十分高いとは言いにくい内容だった。

それでも、タブロイド紙アフトンブラーデットは掲載に踏み切った。編集長の判断だった。


この組織的な行為の背後にあるとされたイスラエル政府はもちろんいい気はしない。しかし、どういうわけか、記事の掲載に対する批判の矛先をアフトンブラーデットに対してだけでなく、スウェーデン政府にまで向けたのだ。

在スウェーデンのイスラエル大使「スウェーデン政府はこの記事に対する批判声明を発表すべきだ」と要求した。さらに「民主主義国であるスウェーデンが、メディアによるこのような誹謗中傷記事の掲載を許している現状に驚きを隠せない」とも伝えたのだった。

イスラエル政府側の主張は、この時点で明らかにおかしい。まず、記事掲載の責任は新聞社側にあるのであって、その責任を政府に追及するのは筋違いだ。さらに、彼らの要求は、政府がメディアに検閲を行うべきだとでも受け取れる内容だ。民主主義とは何も自由な選挙を行えばそれで十分かといえばそうではなく、権力の分立や自由なメディアの存在が欠かせない。そのあり方自体をイスラエルは批判していることになる。

そういえば以前も、イスラムの預言者ムハンマドの風刺画をいくつかの新聞が掲載したことに対し、中東諸国がデンマーク政府にその責任を追及したり、宗教冒涜を法によって罰すべきだ、などといった要求を突きつけたことがあった。デンマークでは2005年から06年にかけて大きな抗議行動やデンマーク商品ボイコット運動に発展した。2007年には同じ風刺画をスウェーデンの新聞が掲載したことに中東諸国が同様に抗議を行ったものの、スウェーデン首相が積極的に表に出て「政府とメディアとは違うものなんだよ」ということを国内のイスラム教関係者や中東諸国の外交官に説いて回ったことがうまく行って、大事には至らなかった。

2007-09-07:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(1)
2007-09-09:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(2)
2007-09-12:ムハンマド論争、今度はスウェーデンで・・・(3)

しかし今回、イスラエルまでもが政府と一般メディアの責任を混同した勘違いを行っているのだ。

イスラエル政府からの批判に対し、スウェーデン外務省「スウェーデン政府の知ったことではない。スウェーデン政府や外務省にとって、言論の自由や表現の自由は擁護すべき重要なことだ。よって、メディアの書いた記事について我々がコメントすることなどありえない」と答えた。政府として当然の態度であろう。

しかし、ここで大きなミスが起こった。在イスラエルのスウェーデン大使が本省の確認を十分に取ることなく、翌々日の水曜日に一つの公式声明を発表したのだ。

「今回の記事はイスラエル国民にとってだけでなく、スウェーデン国民にとっても衝撃的なことであった。我々は、イスラエルの政府やメディア、そして一般の人々がこの記事を批判していることに対して共感するし、スウェーデン大使館としてはこの記事の内容に対してきっぱりと距離を置く考えである。」


在イスラエルのスウェーデン大使館のホームページに掲載された見解(現在はすでに削除)

驚いたのは、スウェーデン外務省だった。慌てて「この声明は大使が勝手に発表したものであって、スウェーデン外務省としての見解ではない」という記者発表を行った。

ビルト外相も自身のブログの中で

「イスラエル政府は、スウェーデン政府としてこの記事を公式に非難にしたり、さらには、今後似たような記事が出版されないように政府がメディアに何らかの介入を行うべきだと要求している。でも、スウェーデンではそんな要求は通用しないし、我々もそんなことをするつもりはない。」

とコメントをしている。

ちなみに、ビルト外相個人のブログに書く考えやコメントは、普段から暗黙のうちに「政府見解の一部」として理解され、メディアも彼のブログを情報源としてよく引用している。しかも今回に限っては、スウェーデン外務省も省のホームページから彼のブログに直接リンクを張って、ブログ上での彼のコメントをそのまま利用している。(おそらく、外務省としてはそもそも自分たちが関わるべき問題ではないので、省として改めて記者発表を作成するのが面倒だったのだと思う。だから、外相のブログにリンクを張ることで済ませたのではないだろうか)


外務省のホームページに張られたリンク

しかし、ビルト外相の「関与せぬ」という態度は、イスラエル政府をさらに怒らせた。イスラエルの外相は極右政党に属するリーベルマンだが、彼はスウェーデンの外相が記事に対して公式批判を行わないことを非難する公式文書を、木曜日にスウェーデン政府に送りつけたのだ。

スウェーデン外務省の政務次官は金曜日、在スウェーデンのイスラエル大使を呼び出し、スウェーデン政府は「言論の自由」を擁護すること、そして、メディア検閲を行う考えは全くないことをを改めて伝えた。翌、土曜日はスウェーデンのラインフェルト首相も同様の見解を記者会見で発表した。

イスラエル側はそれでも屈しない。ビルト外相は9月はじめにイスラエルを公式訪問することになっていたのだが、日曜日になってイスラエル側は「国に入れない」と言い始めたのだ。また問題のタブロイド紙アフトンブラーデットのイスラエル特派員に対しては、イスラエル政府がパレスティナ地区での取材を許可しないなどの嫌がらせを始めている。また、2時間ほど前のニュースによると、イスラエルでは国民が「IKEAボイコット運動」を開始したともいう。

デンマークの風刺画事件に似た事態になってきた。ただ今回は、民主国とは呼べない国が多いアラブ諸国ではなく、イスラエルが相手だから驚きだ。

スウェーデン政府にはこれまでどおり確固たる態度をつらぬいて欲しいと思う。