世なおし倶楽部

①ことば遊びから哲学へ②安全な国産の農産物等の生産、流通③人に健康社会に平和④地球環境とエネルギー⑤矛盾の活用

ヨガヨムへの回答コメント

2010-02-08 01:55:01 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
コメント: 死は止に通じ、過去と未来のハザマの瞬間の「間」であり、物質空間のものとものとのハザマのことと定義します。よって、死後の世界はあると想定しますが、「死の世界」ではありません。死後も死前もともに「生の世界」と考えます。「死」とは瞬間のいっときであり、「世界」としての広がりはないと考えます。つまり、寿命後の死ばかりが死なのではなく、毎日の生の瞬間瞬間の中に、死は存在していると考えます。夜の睡眠も一種の死の形と思います。眠っている間がすべて死ではないのは云うまでもありませんが。また、死後の転生ですが、死を迎えるまでの人生の繰り返しだと想像します。来世において、前世の死の状況を一歩超えることが、命の遍歴と考えます。一歩超える一つの方法は「意識的命がけの生活」でしょう。一生に命がけは1ポイントしかありません。つまり、一生を命がけに生きて、1ポイント人生が前進するのです。何ポイントで人生が完成するのかはまだ研究不足で不明です。生まれ変わりのサイクルについてですが、素粒子以下の超微粒子なら瞬間で転生し、バクテリアレベルは数秒か数分のものでしょう。一般人間の転生には一日~30年~5千年の開きがあるようです。釈迦レベルの聖人クラスは1千年以上転生はしないようです。参考情報ですが、時空の最小単位は時間空間に共通の概念で「一回転」というのがむすびヨガの基本哲学です。時間でもメートルでもありません。一回転という概念が基本最小単位と考えるのが、もっとも論理的です。究極の哲学により生死の定義が可能になります。生死を考える以前に「ヨガ哲学」がなければナンセンスです。瞬間の定義も、無限・有限、絶対、安定らの定義も同時に理解していないと、すべての基本は理解できないでしょう。

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