世なおし倶楽部

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年金制度は「ねずみ講」

2007-06-26 23:36:08 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
民間でねずみ講を運営すると「犯罪」になるようです(正確には定かでないが)
当初、人口構成は、年寄りが減り、若年人口のほうが多い予定でした。しかし、一時のこととは云え、年金を受け取る年寄りの方が、年金料を支払い支える若い人たちが少なくなれば年金制度は「成り立ちません」成り立たせようとすれば、若い人の年金料支払いを一人前以上に増額せざるを得ません。こういうマネーゲーム的システムをねずみ講と云います。

年金制度を民営化するということは、「ねずみ講」の合法化と云うことなのでしょうか。

社会保険庁職員の「年金料のねこばば」が暴露されていますが、警察・司法はなぜはっちゃきになって捜査しないのでしょうかねえ。立派な犯罪でしょう。
官の計らいお目こぼし、エリート待遇と云うところでしょう。警察も暇では言い訳が立たないとみえて、牛肉・豚混入詐欺事件を優先して捜査の手を出し、大騒ぎしてアリバイ工作、情報撹乱というセコイ手を使っているようです。

豚・羊肉を混ぜ牛肉と詐称したのは、れっきとした犯罪ですが、本物が「安く買える」と手放しで喜ぶ「庶民も悪い」と当事者の社長が逆切れしていましたが、寂しいかなズバリその通りです。

逆切れ社長を、正々堂々非難出来るひとはまずいないでしょう。人は知らず知らずのうちに、自然の掟を犯している「犯罪者」になっているのですから。
天下の財産である「土地」を私有物にして、環境破壊に加担しているひとは、「自然裁きのルール」で裁けば「有罪」となるでしょう。このようなたとえ話はこと欠きません。

真の経済感覚で、現在の経済活動をみれば、まったく「不経済・非経済」です。
経済の語源は「経国済民」で、社会のルールを絡まないように公平フェアーに仕切り、民の生活を安定させる、ということでしょう。

ですから、経済と政治とは表向きの看板字面はちがいますが、本質は「社会の安定のための仕組み」で同じ仕事なのです。経済は主に「物・金」の関わりが主体で、政治は「者・エネルギー」のコントロールが務めなのではないか。<支配人ムカイ>

「ねずみ講で集めた年金料を、役人がねこばばした!」
権力体制が実権ある内は、ねずみもネコも犯罪者にならないのです。
天下泰平もそろそろおしまいのようですから、いつまでも大衆バカボンの冗談生活は出来なくなるでしょう。目先の経済は当然、早々に破綻するでしょう。

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