世なおし倶楽部

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新春談合対談「披露聡秘」<加筆修正・再掲>

2009-01-19 18:15:19 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
何云う天然三者談合「哲学 ヒロソフィ 披露聡秘」<加筆修正・再掲>

世偏部:「哲学」というイメージは大体、近寄りがたいもの、でしょうか。哲学に限らず、地味系は普段の会話のテーマにはなりにくいですよね。今日はいっちゃってるご三方にお集まり頂いて「哲学」についておおいに語って頂きます。
ペコちゃん:哲学なんて女の子とのデートの時に話題にしたら??!!???ツーウツーウツーウ  プツン。でしょうね
ムカイ博士:・・・・
音霊字訳師:だいたいそうでしょうね。でも、最近は個性的がうける時代ですから、哲学っぽいのも意外にいいかも。人生いろいろ迷って転職繰り返して、行き着いたところが「哲学者」というサクセスすとーりーもありますよ。
ムカイ博士:サクセスかどうか・・・しかし、哲学はやってみると意外と白馬のようですよ。
ペコちゃん:「尾もしろい」でしょおー
世偏部:博士、古いですねー
音霊字訳師:冗談から駒ってこともあるから
ムカイ博士:それをいうなら、ひょうたんから駒でしょ。
世偏部:駒ったヒトたちですねえ(一同 笑い)
ペコちゃん:馬句云ったね。ところでヒョウタンカラコマってどう云う意味?
世偏部:ありえない、起こりえない、奇跡的なすばらしい事が起きることを云うんでしたよね
ペコちゃん:ってゆうことは、「哲学」すると奇跡が起きるってゆうことお?
音霊字訳師:そうです!実際に私は体験しましたから。
世偏部:へえ~、どんな体験ですか
ペコちゃん:どうしたの、どうしたの、
音霊字訳師:三日三晩寝ずに徹底的に哲学って、宇宙の果ての壁を乗り越え、突き抜けてしまいましたよ!
ムカイ博士:現代の宇宙論でもまだ宇宙の果てについて明快な理論は出ていませんから、もし宇宙の果てを乗り越えたり、突き抜けたりしたとなれば、重大なる事件です。
世偏部:そもそも宇宙の果てとはどんな状況なんですか
ムカイ博士:それが判らないから、学者が無い知恵をしぼって悶々としているわけです。状況が判るということ自体が「物理問題の回答 発見」なのですよ
ペコちゃん:??? そう云われればそうだよね。学者にもわからないことがあるんだねえ。安心した
ムカイ博士:そもそも「哲学」は人間の「言語による論理的・知的遊戯」という意味でしたから、言葉の意味が判らないままで哲学しても迷いの哲学になってしまいます。ほとんどの歴史的に知られている西洋哲学
は迷宮入りの哲学でしょう。なぜなら、思考するために使う言葉の意味をきちんと定義しないで、効を焦って結果を出そうとするからです。目的・目標を明確にしないまま探求したり、方法があいまいなままでは、明快な結果が得にくいのは当然です。全く出来ないということではないですが。東洋哲学の手法は、手段・方法と目標・目的・結果は「同じ」との洞察・直感によって哲学しますから、何となく漠然としていますが、判るひとには解るのです。というか、哲学的覚醒は「各自」の自身のもので、他人に客観的に教わって得るものではない性質のものなんでしょうね。西洋哲学の致命傷は「客観的に哲学を説く」という心構えがそもそもボタンの掛け違いであり、そのことに気づかないと云うことであると云えるでしょう。
西洋哲学思考はデジタル式で、東洋哲学思考はアナログ式とも云えますかね。日本はアナデジとでもいいますか
音霊字訳師:穴出痔
ペコちゃん:グエー
世偏部:師の奇跡的体哲学験とはどんな体験ですか
音霊字訳師:話すも涙、語るも鼻水だですよ。ハングルでは桜のことを「ハナミだ」という
ペコちゃん:余計な前置きはいらないからあ、早く超体験の話してえー
ムカイ博士:前置き挨拶と鼻毛は短い方がいいですから。
世偏部:博士もなかなかやりますねえ
音霊字訳師:もともと子供のときから世の中の不思議とか矛盾が気になっていましたね。運動するより考える体質でした。陰性体質というやつです。ですから、言葉、文字、絵などに興味がありましたね
ペコちゃん:虚弱児だったんだ
音霊字訳師:虚弱というほどではないですがね。母胎との不適合があったのか黄疸で産まれ、その後大腸炎を患いえらい目にあっていますよ。そんなことで、考えるう癖が身についているんです。
ペコちゃん:わたしは、運動系で頭のことはキライ。運動会ではスターだったけど教室では下向いてた。で、考えて何が奇跡なの
音霊字訳師:三日間眠くないのです。アドレナリンの出過ぎかな。秋か冬の事だったと思う。炬燵に入って考え始めたら止まらなくなっちゃった。普通なら炬燵に入ったらじきに眠くなるものですが、このときばかりはそうならなかったのも不思議なことです。何を考えたかというと「宇宙の果てはどうなっているか」ということです。23~4才のころです。人生、これからどうするという疑問が昂じて宇宙の存在、宇宙の果ての疑問が気になって収まらなくなってしまったのですよ。よりによって、宇宙の果てをはてな?なんて疑問は底なし沼で、元に戻れなくなってしまう危険な領域に入り込んじゃったんです。苦しんだらノイローゼ症となるところですが、ちょっと風邪気味ぐらいで、別に身体に異常は有りませんでした。
世偏部:三日間炬燵に居て、食事などはどうしてたんですか?
音霊字訳師:記憶にございませんが、たいした物は食べていなかったと思います。この頃はまだヨガとか玄米食とかには本格的には出会っていませんね。もともとそれっぽい要素がありましたけど。それと、肉食は少なかったし体質的に「穀菜人」だったですね。精神的な状況としては「法華経」の話を聞いたりして、仏教思想に興味を持ち始めていたな。仏典の内容の一部に「宇宙の果てのことや人間の超能力」についての話があるのを知って、「人間」についての認識が広がって行く感覚を覚えましたよ。
ムカイ博士:人間特有の客観認識の脳の覚醒状態になっていたのでしょう。人間、とくに男性の脳の働きはは左右分かれていますが、男性が成人するための通過儀礼の一生理現象でしょう。
ペコちゃん:へえ~、女の脳みそはどうなってんの?
ムカイ博士:女性の大脳も左右分かれてはいるが、機能を共有しているんですね。ですから、男性と比べると、論理的、客観的思考が曖昧になるようです。白黒はっきり割り切れないところがあります。このことが女性の優しさにもなり、優柔不断の原因にもなります。

音霊字訳師:哲学と聞くと即、耳とこころに壁が出来ますね。うさんくさい感じがしますから。胡散臭いと書きます。念のため。ヒロソフィという響きからは何となく芸術っぽい感じを受けると思いますがいかがですか。哲学のテツガクという響きは翻訳者の偏屈なガクガクな性格を思わせますね。
 学問的に、テツテツガクガク思い煩う思考作業を想起すると哲学という翻訳がぴったりです。夢想的に直感と感性で軽いのりで、アートの感覚で試行錯誤の思考なら披露聡秘という翻訳がピッタリでしょう。我が翻訳です。

世偏部:ここで、ちょっとまとめます。
①「哲学」 西洋哲学にかぶれた、あるいはかぶれさせられた江戸末期幕末の、舶来崇拝主義の浮き足だった日本のリーダー格の、今で云うインテリセレブーのひとり「西周」が、ヒロフォフィを翻訳して当初「希哲学」だったものが哲学という語になった。(堅すぎる語感から、翻訳者の偏屈性癖が伺える)
②哲学の意味は、「愛する、知的論理的思考を」
ヒロソフィ: ヒロ=愛する、楽しむ、戯れる。ソフィ=知的論理的思考、学習、大脳の思考作業。
ということでよろしいでしょうか。
ムカイ博士:まあそんなところでしょう。

ペコちゃん:わかったような、わかんないような
      ちょっと、お茶しない?不二家のホームパイとエンゼルパイもってきたから。自分一人だと食べ過ぎになるからお裾分けだよ~ん

音霊字訳師:「パイとパイ 同じパイでも 硬と軟 ヒロソフィは 披露聡秘」 知的戯れを哲学なんて表現してはいけません。知的戯れなら披露聡秘がピッタリじゃあないですか。

ペコちゃん:そのほがいい
世偏部:要するに、知的戯れは人間特有のものですからね。その目的は、宇宙・生命の不可思議な神秘を大脳コンピューターを駆使して聡らかにすることでしょうから、披露聡秘という表現はまんまですね。

音霊字訳師:世偏部さんはなかなかまとめが旨いですね。いまさら云うことではありませんが。
世偏部:梨本です!

ペコちゃん:恐縮でしょう すぐわかったよ~

ムカイ博士:何ですか、ナシモトって
音霊字訳師:ナシをかじってのどに詰まらせたとき、背中をたたいてモトに戻してもらって、感激恐縮して発する言葉ですよ、芸能人のスキャンダルをまとめるのが旨いってことだな。博士。

ムカイ博士:×~∝※↓↑√♭‡■=♂@#>=-@kyousyuku.jp  -i

ムカイ博士:一般に哲学は言葉の遊戯に偏っています。人間は言葉によって、あらゆる現象に「名前」をつけて認識し、考え、抽象的な新たな「バーチャル世界」を想像的に創造しています。ですから、最初に言葉ありきと云われるのです。その最初の言葉が現実世界・現象を正確に表現していないと、次々に想像、創造される言葉やイメージがどんどん現実とそぐわず、意味不明なものになって行きます。

世偏部:最初に言葉を作った方はどなたですか?
ムカイ博士:「神様」ということになりますが、はじめに言葉ありき、とも、神とともに有った、などと歯切れの悪い話になっています。そのことをきちんと整理・定義しないと真の哲学は出来ないのですがね。

世偏部:師(音霊字訳師)は、どうお考えですか
音霊字訳師:どうもこうも、そもそも「言葉」を作ることが哲学のはじめであり終わりなんですよ。どこの誰が作ったか分からないような言葉を有りがたく何の疑いも無く使って哲学するような者がどうして哲学者といえますか。各自哲学を志す者が自分で言葉を作り定義し、その言葉を使って哲学しないといけませんね。ただ、現実的には、今使っている言葉の見直しがほとんどですが。たとえば、「おにぎり」と「おむすび」が同じものとして使われていますが、正確には違います。天下の広辞苑でさえいい加減ですから。おにぎりは片手でニギニギして作るもの、江戸前寿司にぎりが分かりやすいでしょう。片手の平でしゃりを軽くギュッと握って作る。おむすびは両手の平で心を米てご飯を結んで作るから、左右の手のハンドパワー=気が込められたバランスのとれた命の糧になるんだ。にぎりではバランスが悪いのか、上に生臭い魚の死骸をのせてバランスをとろうとする。最近コンビニあたりで売られているやつは、おむすびでもにぎりでもない「かためし」というべきだろう。新しい言葉が出来た!機械的に型に押し込めて作ったものなら「かためし」か「かたおしめし」がいい。ざまみろい。

ペコちゃん:なんか人格変わって来たみたい。ところで師の好物は江戸前寿司って聞いたけど、バランスの鶏肉いお寿司を食べてもいいんですかあ~
音霊字訳師:生寿司はいいのだ。最近の鶏肉は危険だが。
ムカイ博士:鶏安いけどバランス鶏肉いですか、ははは。ほどほどになら寿司はいいですね。酢でしめたり、発酵させたりして。
世偏部:庶民にとってはめったに口に出来ないご馳走ですから、たまの寿司は栄養補給になっていいんですよね
ペコちゃん:みんな、都合の良いこと云って。私なんか、もう寿司食べ飽きちゃったよ。卵焼きののった寿司みて何だこれって思った。私の食べてたお寿司には卵焼きは無かったよ。

ムカイ博士:松の上 なら卵焼きは入っていないなあ
世偏部:庶民のにぎりセットには卵焼きは定番ですよね。ということは・・・ペコちゃんは庶民じゃ無かったんだ。えええ~!?

音霊字訳師:にぎりセットね。江戸前にぎり寿司とは大分響きがちがうね。江戸の時代には庶民が江戸の前浜で捕れた魚で生寿司を喰っていた。最高の贅沢だよ。

世偏部:哲学談義が、おむすび、おにぎり談義になって宴もたけなわですが、そろそろお時間ですが、最後にひと言ずつお願いできますか。

ムカイ博士:哲学は言葉を通じて、人生、宇宙の無限の夢を楽しむものでしょうか。
ペコちゃん:おむすびは女っぽい言い方だし、にぎりの方は男気を感じちゃう。
音霊字訳師:ペコちゃん、いい感性してるね。
ところで、哲学の東洋的傑作は「般若心経」でしょう。有って無きがごとしの「空 0」を解き、
「ギャーテー ギャーテー パーラーギャーテー パラソーギャーテー」では、徹底した知行合一によって、宇宙真理を体得でき、人間が完成することを説いている。彼岸に幸せがあるなどという解釈のレベルでは心経の真髄は読めない。ヨガにはテキスト書がないことになっているが、あえて云えば般若心経がテキストになり得ますね。言葉の解釈を徹底できれば、自ずと宇宙の真理が浮き出てくる。

世偏部:最後に堅く締めて頂きまして、何云う天然三者談合を終わります。
皆さん長時間ありがとうございました。
              
             

般若心経解説くわしくは・・・

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