自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

昔、堺に老舗菓子店があった。

2014年09月03日 | Weblog

  君死にたまふことなかれ      与謝野晶子 (旅順の攻囲軍にある弟宗七を嘆きて)

ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末に生まれし君なれば
親のなさけは勝りしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せしと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四までを育てしや。

堺の街のあきびとの
老舗を誇るあるじにて、
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
 (以下略)

(以下略)の手前四行は、明治11年(1878)、堺の菓子商人の三女として生まれた与謝野晶子の述懐であり、弟はその老舗菓子店を継いでいたことを表す。この詩は明治37年9月の『明星』に発表された。当時、晶子は『明星』でめざましい活躍をしていたが、この年、日露戦争が勃発し、弟の寿三郎も戦争に駆り出された。晶子は弟の安否を想い、詩を発表した。国の為には死をも辞さないという時世で、この詩を掲げた晶子の勇気には測り知れないものがある。実際「乱臣賊子」と非難された。
 しかし、晶子の勇気のような気概が要らない次代を望むばかりである。