五月になった。
五月一日、母が亡くなった。享年81歳、ちょうど四ヶ月の入院であった。一月二日に入院して、一度は家に帰してやりたかったが叶わなかった。二月始めに外泊というかたちで一度自宅に帰そうと準備をしていたが病院で転倒し尿道カテーテルを入れたため取止めになったのだった。
最後の一週間ほどは反応が鈍くなり始め、五月一日は殆ど反応せず、午後六時三十分に呼吸が止まった。いつものように会社の帰りに病院に寄ったのだが少し早めに行ったのでちょうど呼吸が停止するところに立会うことが出来た。
これから御通夜、告別式と儀式が続く。
実はまだ実感が湧いてこない。まだ病院に居るような気がしてしまう。あ、そろそろ病院に行かなくちゃ、と思ってしまうのである。面会時間が午後八時までなので帰ろうとすると「もう行っちゃうの? 寂しくなるねぇ。」と言ったのを思い出すと辛い。
五月一日、母が亡くなった。享年81歳、ちょうど四ヶ月の入院であった。一月二日に入院して、一度は家に帰してやりたかったが叶わなかった。二月始めに外泊というかたちで一度自宅に帰そうと準備をしていたが病院で転倒し尿道カテーテルを入れたため取止めになったのだった。
最後の一週間ほどは反応が鈍くなり始め、五月一日は殆ど反応せず、午後六時三十分に呼吸が止まった。いつものように会社の帰りに病院に寄ったのだが少し早めに行ったのでちょうど呼吸が停止するところに立会うことが出来た。
これから御通夜、告別式と儀式が続く。
実はまだ実感が湧いてこない。まだ病院に居るような気がしてしまう。あ、そろそろ病院に行かなくちゃ、と思ってしまうのである。面会時間が午後八時までなので帰ろうとすると「もう行っちゃうの? 寂しくなるねぇ。」と言ったのを思い出すと辛い。
人の死は、よくロウソクの火が燃え尽きる瞬間と同じと例えられますが、まさしくそう思いました。
どうかくれぐれも、ご無理をなさいませんように…