20年くらい前,仕事でドイツに出張した時にホテルでテレビのザッピングをしていたら,いきなり「バカノサト」というアナウンサーの言葉と共に相撲取りの映像が映った。ドイツ人の発音で「バカノサト」と呼ばれた力士は,関脇に上がったばかりの「若の里」だった。まさかヨーロッパで,日本でもスポーツとしてはメジャーと言えるかどうか微妙な立ち位置と言わざるを得ない大相撲が,有線チャンネルとは言え,本場所の取組が延々と . . . 本文を読む
日本では定年延長が進みつつあるとはいえ,多くの会社・組織においては60歳でひとつの区切りを付けることがまだまだ一般的だ。担い手不足が深刻な社会問題となりつつある中,70代の長距離運転手も多く見かけるようになった一方で,世代交代を理由に一線から退かざるをえなくなった組織ワーカーには,定年のない自営業が眩しく映るかもしれない。ただ年齢がアドバンテージに直結しないアーティストにとって,年齢に抗いながら仕 . . . 本文を読む
引き分け以上で2位グループの上位としてノックアウトステージに進めた札幌だったが,リーグ戦の悪い部分が全部出たような試合運びで,J2リーグで首位の町田に勝ち点で10点以上離されている磐田に逆転負け。リーグカップ戦にも拘わらず1万人を超えるサポーターが詰めかけた札幌ドームは,試合終了のホイッスルが鳴らされると同時に,文字通りの「沈黙」が支配した。
試合の入りは見事だった。いつも通り今季のストロング・ . . . 本文を読む
「トリとロキタ」:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
名古屋出入国在留管理局で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの支援者の活動について「詐病の可能性を指摘される状況へつながったおそれも否定できない」という発言をした国会議員を,党の幹部が当初は庇う発言をした国で,このダルデンヌ兄弟の新作がどれだけの人の目に触れたのかが,とても気になる。ヨーロッパの映画祭で常に高い評価を受けている監督コンビであ . . . 本文を読む
ベートーヴェン,バッハ,ワーグナー,フルトヴェングラー,バーンスタイン。指揮者は「作曲家にかしずく存在」と考えるベルリン・フィルの常任指揮者TAR(ケイト・ブランシェット)から見た,クラシック音楽史上にその名を刻んだ巨人たちの姿が次から次へと語られていくうちに,彼らが活躍していた時代も現代と同様に,音楽が社会から隔絶された場所で純粋な「芸術」として存在していたわけでは決してなく,様々な雑音の中で必 . . . 本文を読む
複数のiPhoneのみで撮影したことが話題となった「タンジェリン」,フロリダの陽光の下,懸命に生きるシングル・マザー親娘の苦境を描いた「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」の2作で一躍米インディペンデント界を牽引する存在となったショーン・ベイカー監督の最新作は,社会人としての良心とは無縁のポルノ俳優がドーナツショップで働く17歳の少女と出会って生き直す,という物語では全然なくて,どこまでもしょうも . . . 本文を読む
黒澤明がまだ戦後の空気が濃厚に残る1953年に,三船敏郎と並んで黒澤組の象徴的俳優と言える志村喬を主役に据えて監督した作品「生きる」。日系英国人のノーベル賞作家カズオ・イシグロが物語をほぼそのままロンドンにアダプトさせ,イギリス映画の新作として甦った「生きる LIVING」は,「フェイク1950年代作品」であることを堂々と宣言するかのような冒頭のタイトルからワクワクさせてくれる。陰影の濃いモノクロ . . . 本文を読む
「笑う故郷」で主演のオスカル・マルティネスにベルリン国際映画祭の主演男優賞をもたらしたガストン・ドゥプラットとマリアーノ・コーンというアルゼンチン人の監督コンビニよる新作「コンペティション」を観ながら、何故か「1スジ2ヌケ3動作」という牧野省三が語った映画の極意を思い出していた。「スジ」プロット・脚本がしっかりしていて、「ヌケ」映像が美しく、「動作」俳優の所作が決まっている。ペネロペ・クルスとアン . . . 本文を読む
「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」
ボウイが生前に残した演奏フッテージや本人のインタビューなどから,ロック・ミュージック史に大きな足跡を残した異型のスターの全貌を描き出そうとする壮大な試み。けれども冒頭に配置され,その後も何度か繰り返して使用される,どこかの異星に取り残された宇宙飛行士のショットが映し出された瞬間に,そのトライは脆くも崩壊する。本作品での言及はないが,一般にボウイと . . . 本文を読む
「フェイブルマンズ」:スティーヴン・スピルバーグ
自伝的要素が強いという作品だが,主人公が愛する母親の秘密を,偶然撮影したフィルムの中に見つけてしまったというエピソードは実話だ,という監督の話にはのけぞった。特にアクション映画において,明るく屈託がないという印象が強いスピルバーグ監督作品の幾つかに潜んでいた得体の知れない「暗さ」の発信源を見たような思いだ。終盤のヤマ場となる高校卒業記念フィルムに映 . . . 本文を読む
映画の冒頭で主人公の大(テナーサックス)が東京で初めて立ち寄った店で「ソニー・ロリンズ,じゃなくてスティット」がかかるところが,この熱い作品の土台を象徴している。ロバート・グラスパーに代表される「現代の」メイン・ストリームではなく,「ジャズ喫茶」というどこか懐かしい日本語から立ち上ってくる空気をまとったジャズを指向する10代の若者の姿を描いた映画「BLUE GIANT」は,アニメーションで音を表現 . . . 本文を読む
NETFLIXのドラマ「ザ・クラウン」の第5シーズンで扱われるチャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚のエピソードに絡んで,ヒュー・ハドソンの「炎のランナー」が出てくる。後にダイアナ元妃と共に交通事故で亡くなるドディ・アルファイドが同作を制作し,後にアカデミー賞を獲得することによって,ハロッズのオーナーだった父親に自分の仕事を認めさせる,というプロットだった。サム・メンデスの新作「エンパイア・オブ・ライ . . . 本文を読む
圧倒的な筆力と完全にひとつのチームと化した役者陣の素晴らしいパフォーマンスによって観客をドライブした「スリー・ビルボード」から早6年。待ちに待ったマーティン・マクドナーの新作は,100年前のアイルランドを舞台にしたとてつもないお伽噺だった。巷間よく耳にする「タイパ(タイム・パフォーマンス)」的には相当評価が低くなるであろう作品だからこそ創り得た空間の魅力に酔いしれる114分。またもや受難に遭う指が . . . 本文を読む
作品の中で,さまざまな音楽ジャンルにおいてリーダー格のポジションにいる大勢の音楽家が「エンニオ・モリコーネ」の偉大さを褒め称えるのだが,中でもジャズ・ギタリストのパット・メセニーが語った「最大の羅針盤だった」という言葉が,この作曲家の存在の大きさを顕す最も適切な献辞だったように思う。心に残る旋律。映像を補完することを越えて,物語の核へと導いていく音遣い。叙情と前衛の拮抗。「映画」という,音楽が何処 . . . 本文を読む
デイミアン・チャゼル監督の作品をサッカーに喩えるならば,デビュー作の「セッション」と第3作目の「ファースト・マン」は全編に亘ってテンションをほぼ均一に保ったプレッシング・サッカーを繰り広げる玄人向けのゲームで,大ヒットを飛ばした第2作の「ラ・ラ・ランド」は試合開始直後に爆発的なプレスをかけ,相手が息つく間もなく得点を奪い,後はその勢いを利用して90分間近くの時間を上手に費消する試合だった,という印 . . . 本文を読む